|
|
リアクション
第5章 24時間調査できますか? ――図書館+α編――
「ふぅん……ちゃんと図書館はあるのね」
街の住民に図書館の場所を訊いたグラルダ・アマティー(ぐらるだ・あまてぃー)が何故かやたら尊大な調子で零し、頷く。
(ああ、良かった)
と、グラルダの後方で、小さな階段に腰を降ろしていたシィシャ・グリムへイル(しぃしゃ・ぐりむへいる)は思った。
(もし、『無い』などと言われていたら……私の脛は最早限界です)
彼女の脛は、この街に着いて既に数度グラルダにローキックを受けていた。
根拠の無い強大な自信と神も仏も恐れぬ強気、気まぐれに発動する底無しの知識欲……それらに問答無用の癇癪を加えたものがグラルダという少女である。
彼女は自身の気に食わぬ事があると暴れ、往々にしてその矛先はシィシャの脛へと向けられる。
腰の入ったグラルダのローキックは一級品であり、ただただ痛い。
と。
「……何故、図書館への道を教えてもらうだけで、ワタシがチップを払う必要があるのかしら? 出し惜しみされるのって嫌いなのだけど……」
不穏な調子をはらんだグラルダの声が聞こえて、シィシャは、ふっと微笑んだ。
「頑張れ、私の脛」
ちょっと調子をこいたが故にグラルダにぶっ飛ばされようとしている住民の身代わりとなるべく、シィシャはゆっくりと腰を上げた。
暫くの後――グラルダらから図書館の場所を得たジェニファ・モルガン(じぇにふぁ・もるがん)達は、他の多くの契約者と共に図書館で司書による翻訳の補助を受けながら資料検索に当たっていた。
「やっぱり、世界樹に関する記述は見当たらない?」
膨大な数の書が整然と並んだ館内の中央に置かれた、長く大きなテーブルの上に何冊かの本を置きながらジェニファはエイボン著 『エイボンの書』(えいぼんちょ・えいぼんのしょ)に問いかけた。
イルミンスール大図書室に所属しているエイボンは彼女たちの中で最も目当ての資料を探り出すのに長けている。
が――。
「ええ、世界樹やそれに類する記述は無いようですわ」
「この第二世界にそういったものは特に無い、って考えて良いのかしら」
「はい、おそらくは」
エイボンの書が、それまで目を通していた分厚い本をパタリと閉じて頷く。
ジェニファはエイボンの書の向かいの椅子に座り。
「そう。でも、唯一神のようなものが無さそうで少し安心しました。わたくしたちのような異邦の者に少しは寛容だと思って良さそうだもの」
「姉さん」
とジェニファを呼んだのは、マーク・モルガン(まーく・もるがん)。
彼は、涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)と共に館内の別のエリアの資料を当たっていた。
「マーク。お役には立てた?」
「……どうかな?」
ジェニファの方へと歩みながら、マークが涼介の方を伺うように見やる。
涼介はにっこりと微笑み。
「非常に助かったよ。素直な良い子だな、あなたの弟さんは」
「自慢の弟よ。それで、そちらは何か分かりました?」
「この地の気候や風土はやはりイルミンスールや地球の西欧に似ているらしい、ということは分かった。そして――」
涼介はエイボンの書の隣に座りながら続ける。
「『大いなるもの』について、詳細を示したものは無かったが、それに触れる全ての本が『大いなるもの』をやはり邪悪な存在だと記していた。……四賢者については何も無かったがな。世界樹の方は?」
涼介の問いかけにエイボンの書が首を振る。
「そうか……」
ふむ、と零してから涼介は目を細めた。
「この図書館に来るまで街並みを見てきたが、ここは本当に美しく、人々に活気のある良いところだ」
彼の言葉にジェニファは「ええ」と頷いた。
「わたくしもそう思います」
「この世界に滅びや災いが訪れることを防げるなら防ぎたいものだな」
涼介の声が小さく零される。
彼の後ろでは、資料を探す契約者たちの姿の他に、数人の住人が思い思いに本を探しているのが見えていた。
彼らは、災厄の気配など微塵も感じない静かな日常を過ごしているようだった。
一方、街の魔法学校。
「古い書物やら伝承がありそうな場所――として見つけたまでは良かったけど」
黒羽 シァード(くろばね・しぁーど)は、適当に声をかけた女生徒に手伝ってもらいながら、学校の資料にあたっていた。
「何にも出てこないねぇ」
ティルナ・レイ(てぃるな・れい)が本に溜まっていた埃にケホッと咳き込みながら言う。
「大いなるものについても、封印についても新たな情報は無し、か」
ふぅ、と息をついたシァードへ、どこかモジモジとした女生徒が。
「あの……学校にある古い書はここにあったので全部です」
「そうか、ありがとう」
「その……それで、もし、この後お時間があるようでしたら、お茶でもご一緒しませんか? なんて、キャー! わたしったら何て大胆なっ!!」
「ああ、うん。そうだね。でも……」
シァードは本を棚に返しながら、さらっと続けた。
「自分は『女』なんだけど、それでも構わない?」
「へ……?」
男装していたシァードを完全に男だと思い込んでいたらしい女生徒が、呆気に取られた顔を見せる。
彼女の顔と、完全に楽しんでいるシァードの顔を見やったティルナが、はぁっと盛大にため息をもらした。
「……いつか、刺されるよ。『おねーちゃん』」
教室棟の一角。
「教えてくれ! 大切なことなんや!」
上條 優夏(かみじょう・ゆうか)の熱い声が響く。
彼の目の前では上質のローブに身を包んだ長い白髭の老人が居た。
老人はこの魔法学校の教授だった。
彼は少しの間、驚いたように目を瞬かせていたが、優夏の真剣な眼差しを見返し、ゆっくりと頷いた。
「我が校の生徒にも、君のような熱心さがあればな……」
「じゃあ――教えてくれるんか? その身を清く保ったまま30歳を超えると身につけられるという伝説のHIKIKOMORIの魔法を!」
「あはは、そんなものあるわけないでしょー」
のめしっ、とフィリーネ・カシオメイサ(ふぃりーね・かしおめいさ)の放った軽いチョップが優夏の頭に叩き込まれる。
フィリーネは、よいしょっと優夏を横に退けて。
「最近、この世界で何か『異変』が起きていないか知りたいの」
「異変?」
老人は、ふむ、と眉を寄せながら考えたようだった。
しかし、彼には思い当たる事は無く、他の教授たちからも役に立ちそうな情報を得ることは出来なかった。
「ということは、今回の件は魔法絡みである可能性は低いと見て……いいのかな?」
「どうやろ。『魔法使い』や『ネ申』となった男やったら詳しく知っとると思うけど……」
二人並んで魔法学校の門をくぐって街の通りへと出て行く。
「優夏の言う魔法使いとか神って、ニートの王様みたいな人のことだよね? 探し当てるのは難しいと思うなぁ」
フィリーネは、たはは、と苦笑してから、小さく呟いた。
「結局、ニートを更生するような魔法も無し、か。んー、でも、今回は優夏と街を歩けただけでも良しとしようかな」
「フィー?」
少しいぶかしげにフィリーネを見た優夏の方へ、フィリーネは「なんでもないよー」と笑ってみせた。