空京

校長室

重層世界のフェアリーテイル

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第1章 第二世界は今日も暢気だった

「さて早速調査開始……、って思ったけど、完全に観光気分なのも見えるわね……」
 第二世界の調査メンバーとして参加した1人、雅羅・サンダース三世(まさら・さんだーすざさーど)は自分と同じくゲートを潜り抜けた契約者の一部に対し、ため息をつきながらそのような感想を漏らした。

 中世ヨーロッパの古都を思わせるこの街は非常に活気があり、道行く住人たちには笑顔が溢れていた。
 広々とした道の両脇には様々な露天商が顔を並べ、かと思えば建物1つを店舗として利用した所もある。買い物目的で歩き回る人々は、露天商や店舗をめぐり、例えばおしゃれ目的のアクセサリーや、物騒な世の中に対する備えとしての武器。あるいは家族に料理を食べさせるための食材を買い漁っていた。買い漁る者の中にはシャンバラからの契約者も混ざっており、例えばとある執事服に身を包んだ男は市場流通の調査を目的として屋台を見て周り、例えばいかにも魔女に見える格好をした「実は執事」などはパートナーと共に「掘り出し物」を探し求めていた。
 ほぼ観光状態になりつつある中で、完全に観光気分に呑まれる者もいた。藍玉 文虫(らんぎょく・ふみむし)がその代表例である。
「賑やかですねぇ。こういう街の雰囲気っていいですよね」
 元々近所の商店街のマスコット的存在だった彼女は、最近イルミンスール魔法学校に通うこととなった契約者である。どちらかといえば闘争心に欠ける印象を与える彼女は、自身がまだ「戦力」になれそうにないということを自覚していた。
「……来て、よかったんでしょうか」
 周りを見れば、自分と同じ新人、あるいは現時点では手の届かない熟練者の姿がある。果たして自分はこの場にいていいのか不安を感じないわけではなかった。
 だが、だからと言って逃げ帰るわけにはいかない。ここで帰ってしまえば今回の調査に参加した意味が無くなってしまう。
「情報収集だけでもやっておいた方がいいと思うよ」
 隣で促すのはパートナーである強化人間の紅峯 匠(あかみね・たくみ)である。
「僕らは確かにまだ弱いけど、それだけにできることだってあるよね」
「そう、ですね」
 パートナーの言葉に文虫は頷く。
「では、せっかくですから情報収集だけでもやってしまいましょうか」
 気を取り直して文虫はこの世界に関しての情報を集めるべく、聞き込みを開始しようとした。
 だがそう思ったのもつかの間。すぐに彼女たちは自身の目的を見失った。
「あっ、このソーセージおいしい!」
「う〜ん、賑やかでいいね! こりゃもう旅行しちゃってもいいんじゃないかな!?」
 数分もしない内に、街の雰囲気に呑まれて観光気分に浸っていたのであった。もちろん聞き込みを行うことは頭から抜け落ちていた。

「い、遺跡見てたらいつの間にか知らない土地に飛ばされてた……!」
 街中で不安そうに周囲を見渡すのは片野 ももか(かたの・ももか)である。文字通りの新人契約者とも呼べる蒼空学園の女生徒は、見知らぬ土地を前にしてひたすら怯えていた。
「うー……、帰れなかったらどうしよう……」
「落ち着けももか。少なくともここはパラミタじゃ。慌てる必要は無い」
 小刻みに震える肩に手を置いてなだめるのは、パートナーのモリンカ・ティーターン(もりんか・てぃーたーん)だ。
「帰る方法だってちゃんとあるんじゃ。心配しなくともよろしい」
「か、帰れるの……?」
「ああ、帰れる」
「帰れる……。そ、そうなんだよね? ほんとだよね?」
「本当に決まっておろうが。だからそう泣きべそをかくんじゃない」
 モリンカの言葉は本当だった。
 契約者たちは遺跡に出現したゲートをくぐってこの世界にやってきた。ゲートの先に見えたのはこの街で、ゲートをくぐった全員が「全く同じ光景を見た」ことになっている。
 つまり、ゲートを抜けた場所はランダムに指定されるのではなく、必ず同じ場所に出るということである。その逆もまた然り、通ってきたゲートは契約者たちの動きに関わらず、その場で静かにたたずんでいた。
「だから最初の場所に戻れば確実に帰れるんじゃよ」
「モリンカがそう言うなら、信じる……」
 信じるも何も、実際にゲートは同じ場所にあるわけだが。モリンカはそう言おうかと思ったが、これ以上刺激するのもためらわれたのか話題を変えることにした。
「まあそれはひとまず置いておくとして、じゃ。そんな装備では頼りないじゃろう」
「確かに、『大丈夫だ、問題無い』って言えないよね……」
 先日、蒼空学園の生徒になったばかりの2人が身に着けていたものは、新人らしく非常に心もとないものだった。この状況を打破するため、モリンカは街の武器屋を探そうと提案した。
「武器……。そうか、パラミタだから自衛に武器も必要だよね。でも……」
 どうにも怖くて仕方がない。ももかの目はそう語っていた。
 とある事情からももかは「死」という言葉を非常に恐れていた。そしてその死に繋がる可能性の大きい「武器」というものにも恐怖を感じていた。
 それをひとまず払拭したのはやはりモリンカだった。
「気持ちはわからんでもないが、何もしなかったら余計に死ぬじゃろうて。まあここはとりあえず、見るだけ見てみることにしよう」
 こうして2人は買い物に出かけることとなった。

 買い物を行おうとする者は多い。
 観光気分な者も、真面目に調査を行おうとする者も「買い物を行う」という行動をとることには変わりは無かった。
 だがここで契約者たちは――半ば予想していたかもしれない危機に直面した。
「えっ、ここってゴルダじゃなくて、その、そんな『塊』なの!?」
 立ち寄った露店で叫んだのはヴァイス・アイトラー(う゛ぁいす・あいとらー)である。叫んでしまった若者をなだめるように露天商である果物屋の店主が丁寧に説明を行った。
「それは異国の通貨ってやつだね? 悪いけど、この辺じゃそれは使えないんだよ」
 シャンバラ、ひいてはパラミタ各地において流通しているはずの「ゴルダ」はこの街においては全く異質の存在であり、通貨としての機能を果たしていないというのだ。
「ん、でも珍しいっていうなら、これと同等の価値を持つ物と交換できるんじゃないの?」
「まあその手も使えなくはないんだけど、あんまりお勧めはしないなぁ」
「どうして?」
「まずここで金として使われているのが、この金や銀の塊であるということ。でもって、価値を決めるのはその『重さ』であるということ。そして――」
 異国の通貨を受け取ってしまえば、自分の国に帰った際に金が無くて困るという事態を引き起こしかねないということ。
 以上の点から、ゴルダでの買い物は不可能だったのである。
 武器屋に立ち寄ったももかとモリンカも同様に、ゴルダが使えないと知ると途端に買い物続行が不可能となってしまっていた。
「まあ場合によっちゃ、手持ちのものを売って、こっちの金に換えるのはできるんだけどねぇ」
 契約者の大半がその道を選んだ。ゴルダが使えないなら、それと同価値であるアイテムを、この第二世界の通貨に換えてしまえばいいのである。
 だがヴァイスはその道を選ばなかった。彼は通貨を得るのに違う方法を見出したのである。
「……なあ、しばらくここで働かせてくれないか?」
「は?」
「つまり、金が無いなら働いて返す、みたいな?」
「ははぁ、なるほど」
 そのやりとりだけで店主は状況を理解した。ヴァイスはこの場でアルバイトを行って金を稼ごうというのである。
「まったく、したたかと言うか、たくましいと言うか……。働いて通貨を得るという発想はさすがに無かったぞ」
 呆れ顔でその「交渉」を見物するのは、ヴァイスのパートナーであるセリカ・エストレア(せりか・えすとれあ)だ。
 言葉はなぜか通じる――これは第二世界という空間が自動的に翻訳を行っているらしいことが後に判明する――が、見知らぬ世界だというのに、よくもまあ働く気になれるものだ。セリカはそんなパートナーに呆れつつも、協力を申し出ることにした。
「まあここで俺が付き合わないわけにはいかないだろうな」
「お、セリカが手伝ってくれるならより助かるよ」
 水色の右目と赤色の左目を輝かせ、ヴァイスは共に果物屋で働くことにした。
 結果から言えばこの作戦は大成功だった。人手が足りないとぼやいていた店主は、突然2人の若者に手伝ってもらえたことで物が飛ぶように売れ、早々と閉店することになったのである。
 本日の商売がうまくいったことを喜んだ店主は、手伝った2人にこの世界の通貨となる金属の塊を手渡した。金、銀、銅の大小様々な塊を手に入れた2人は、ひとまずそれで別の何かを買うことにしたという……。

「ふむ、それにしてもこの店は、杖ばっかりじゃのう……」
 一方、武器屋に出向いたモリンカは店内のラインナップに少々不満げな感想を漏らした。
 手持ちのアイテムをその場で換金し、ひとまず買い物ができるようにすると、ももかとモリンカは適当な武器を見て回ることにしたのだが、店内に置かれていたのはほとんどが魔法使い用の杖ばかりで剣や斧といった類の武器が見当たらなかったのである。
「うーん、魔剣士にぴったりの武器も無さそうだね」
 ももかはフェルブレイド。どちらかといえば近接戦闘を主体とする少女だったのだが、どうやらこの店には彼女に合う物は無いようだった。
 武器そのものが売られていない、というわけではない。ただ需要があまりにも少ないのだ。
 この第二世界と名付けられた場所は、どちらかといえば「魔法の力が強くなっている」という空間である。近接攻撃の威力自体が落ちているわけではなく、場合によれば、俗に言う「レベルを上げて物理で殴れ」も使えなくはないのだが、この世界においてはその発想自体が無かったのである――実は他にも接近戦が有効でない理由があるのだが、それは後にさせていただきたい。
「仕方ない。今回はこの辺で切り上げるとするか」
「うん、そうだね……」
 自分たちに見合った武器が無いことを悟った2人は、ひとまず売り払った武器を返してもらい、それと同時に手に入れた銀の粒――通貨として使われるのは、いわゆる「金塊」のような大きなものだけでなく、小石程度の粒もあるのだ――を返して店を出ることにした。