空京

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重層世界のフェアリーテイル

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第一世界・第7章「交流、それは音楽だ!」
 
 
「良い景色だぜ。こんな大平原はパラミタでも中々見られねぇだろうな。なぁ飛閃」
 広大な大平原。愛馬にまたがりながら、獅子導 龍牙(ししどう・りゅうが)はのんびりと過ごしていた。
 元々この第一世界を選んだ理由は、自身が『1』番が好きだったからに過ぎない。しかし、ゲートをくぐった直後に広がる雄大な景色に心を奪われた龍牙は純粋にこの世界を楽しみたいと思い、こうして皆と別行動をとって散策を始めたのだった。
 今この場にいるのは龍牙と愛馬の飛閃、そして魔鎧のカノン・ガルディエル(かのん・がるでぃえる)くらいだ。
「主、随分と機嫌が良さそうじゃのぅ。まぁこの光景を見れば分からぬでもないが」
「あぁ。こんな時はやっぱり――」
 龍牙の言葉を遮るように、飛閃が走り出した。小高い丘の頂上まで走り、そこでようやく歩を止める。
「どうした飛閃、珍しいな」
「主、あれを」
「ん? あれは調査団の奴らと……幻獣か」
 
「おねーさま、次はこちらの子をお願いします」
「はいはい。さぁ、大人しくしててね……あら、酷い怪我ですわ。ローズさん、こちらを手伝って下さらないかしら?」
「ちょっと待って、今こっちを……よし、これで終わり、と。お待たせ、亜璃珠」
 平原では狂暴化によって自傷した幻獣や、それらに傷つけられた別の幻獣の治療が行われていた。崩城 理紗(くずしろ・りさ)が運んできた幻獣を崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)が二人がかりで診ている。
「ふぅむ。こうなると私はやる事があらへんね。まぁ痛い思いさせて取り押さえるよりはえぇけど」
「あ、あの……でしたら、こちらを手伝って頂けますでしょうか。この子、痛みで暴れてしまうので……」
「七ッ音さん、僕も手伝うね!」
 護衛役として付いてきた座頭 桂(ざとう・かつら)も隣で治療を行っている乙川 七ッ音(おとかわ・なつね)のサポートに回り、更に松本 恵(まつもと・めぐむ)が加わる。それ以外に、直接治療には当たれなくても周囲で手助けをして回る者達が多数。今やこの場所は野戦病院の様相を呈していた。
 
「……この子で最後かな? 皆、お疲れ様」
 それからしばし、ようやく全幻獣の治療を終えて、ローズが立ち上がった。辺りには包帯を巻かれて大人しく横になっている幻獣達がいる。
「いやぁ、大変やったろうに、ようやってくれたな。ほんま助かったわ」
 嵐のような治療騒ぎが過ぎ去り、皆が座り込んでる中で日下部 社(くさかべ・やしろ)がローズと亜璃珠達を労った。
 846プロダクションと呼ばれる芸能事務所を運営している彼は、幻獣と触れ合う事によって所属アイドル達の疲れを癒せないかと思い、彼女達を連れてこの平原までやって来ていた。
 だが、そこで見つけた物は傷ついている幻獣達の姿。急いで助けようとするも、治療を行える者が七ッ音と恵など数名しかいなかった為、急いで近くにいるローズと亜璃珠に応援を頼んだという訳だ。
「手遅れにならなくて良かったよ。せっかくの獣医の心得、こういう時にこそ役立てないとね」
「えぇ。この子達が無意味に傷つくなんて悲しい事ですもの」
 亜璃珠が優しく幻獣を撫でる。パッと見高貴な感じが漂う亜璃珠だが、実のところ結構な動物好きなのだ。
「でも、狂暴化の根本的な治療法はまだ分かってないんだよね。だからせめて、今は少しでも落ち着かせてあげたい所だけど……」
 事前に他グループから得た情報で狂暴化の特性をチェックしていたローズがため息をつく。その気持ちが分かるのだろう、桂も頷いた。
「そやねぇ。こんな事なら琵琶でも持って来れば良かったわ」
「……ん、琵琶? ちゅー事は音楽やね」
 社のサングラスがキラリと光る。社長モードが本格化した証だ。
「音楽で癒す、それならうちの真骨頂や! アイドルの諸君、準備はえぇか!?」
 社長の言葉に活気づく846プロアイドルの面々。すぐに準備を整えた彼女達を、社が一人一人観客――ローズや亜璃珠、そして幻獣達――に紹介していく。
「ボーカル、響 未来(ひびき・みらい)!」
「本当は社長秘書なんだけどね。アイドル活動を詳しく知りたければ『響ミク』で検索してくれると嬉しいわ」
「ボーカル兼キーボード、神崎 輝(かんざき・ひかる)!」
「音楽なら幻獣とだって心を通わせられるよね。頑張ります!」
「ボーカル兼ギター、碓氷 士郎(うすい・しろう)!」
「優しい歌で皆を癒してあげたいね。よろしく」
「ボーカル、乙川 七ッ音!」
「わ、私もですか!? そ、その……頑張り……ます……」
「ボーカル、柳玄 氷藍(りゅうげん・ひょうらん)!」
「どうも、巫女兼神主兼アイドルです」
「ボーカル、松本 恵!」
「えっと、男の娘魔法少女ガーディアンアイドル☆めぐむですっ! ……もう訳が分からないよ」
「ボーカル、赤坂 優(あかさか・ゆう)!」
「僕も歌っていいの? なら精一杯やらせてもらいます!」
「以上! これが846プロダクションや!!」
 
「ボーカル多過ぎない?」
 
 理紗のツッコミが入る。当然だ。
「仕方がないのでござる。今回別世界の調査に行ったメンバーもいる故、あくまでプロダクションとしての行動でござるから」
「そうなんです〜。でも、たまにはこうやって皆で歌うのも楽しいと思いますよ〜」
 裏方の真田 幸村(さなだ・ゆきむら)神崎 瑠奈(かんざき・るな)がフォローを入れる。瑠奈の言葉が正しい事は、次の瞬間に証明された。
 
『♪〜』
 
 キーボードとギターに導かれ、優しい音が空へと広がる。歌詞の無い、ただの旋律。しかし、七人の想いが幻獣の傷を癒すように響いていた。
「へぇ……中々やるじゃないか、あいつら」
「せやな、幻想的っちゅーのはこういう事を言うんかな」
 思わずつぶやいた龍牙の声に答える者がいた。いつの間にかそばへと来ていた渡辺 鋼(わたなべ・こう)が興味深そうに846プロの面々を見ている。
「なぁ、あんたも歌、やるんか?」
「俺様か? まぁな」
「そか、ならお仲間さんやな。どや、せっかくやからあの兄さん達の所に行ってみぃひんか?」
「あいつらの所か……面白ぇ」
「よっしゃ、決まりや。そんならはよ行こか。セイ、ダッシュするで!」
「ははは、元気だな、鋼は。さぁ、君も走ろうじゃないか!」
 鋼が一番に駆け出し、セイ・ラウダ(せい・らうだ)がそれに続く。二人を追いかけるように龍牙もまた、飛閃の脚を動かすのだった。
 
 結局鋼と龍牙が歌へと乱入し、総勢九名による旋律が大平原へと広がった。セイが祝福の花びらを歌い手達の周囲に蒔いた事もあり、そこはまるで天然のステージのようだったと見た者は後に語っている。
「どうかな、皆の状態は? 少しでも気分が楽になってくれればいいんだけど」
 歌い終わった輝が幻獣達へと近寄る。効果がどれほどの物だったかは分からないが、少なくとも今のところはどの幻獣も気分が落ち着いているように見えた。
「皆良かったって言ってると思いますよ〜。さすがに言葉は分かりませんけど〜」
「どうせなら音楽だけではなく、言葉でも幻獣と心を通わせれば良いのでござるがな……そうだ」
「幸村さん、どうかしましたか〜?」
「いえ、瑠奈殿の言葉で一つ思いつきが……」
 近くで休ませていたレッサーワイバーンを呼び寄せる幸村。そこで彼は龍の咆哮を用いてワイバーンに指示を出してみた。
「ん……? もしかして幸村、ワイバーンに幻獣とのコミュニケーションを取らせようっていうのか?」
 氷藍の言葉を肯定するようにワイバーンが幻獣に近づく。二言三言鳴き声でやり取りをしたかと思うと、今度はワイバーンが幸村に向かって翼を広げて一声鳴いた。
「なるほど……龍の咆哮までは考えていましたけど、ワイバーンを間に挟む事までは思いつきませんでしたわね。それなら私でも出来ますわ」
 それを見ていた亜璃珠が自分のワイバーンを呼び寄せ、同様の手段で意思疎通を図る。基本的にはいかいいえで答えさせる簡単な質問方法ではあったが、このお陰でより踏み込んだ所まで情報を得る事が出来た。
 
「やはり、狂暴化は幻獣達の意志とは無縁の理由で起きているようでござるな。彼らも困っているようでござる」
「それから、幻獣全体のトップが分かりましたわ。大きなドラゴンの姿をした幻獣がそうみたいですわね」
「龍か……定番だな。でも幻獣王……とでも呼ぶべきか? それが龍だからこそ幻獣とワイバーンも意思疎通が図れたのかもな」
「氷藍殿の仰る通りでござるな。後はその龍がどこにいるかでござるが……こればかりはこちらが周辺の地理を理解しないとどうにもならないでござる」
 龍の咆哮はあくまで鳴き声を真似て簡単な意思疎通を図る為のもので、それが言葉に変換される訳では無い。だからある程度はこっちが質問を絞ってやらないと答えようが無いのだ。
「う〜ん、村の調査に行った人達と合流して、地図とかのデータをもらった方がいいのかなぁ? 瑠奈、一応その時の為にこっちのデータも纏めておいて」
「分かりました〜」
 輝の言葉でHCを取り出す瑠奈。飛竜を通じて幻獣から情報を聞き出すという幸村と亜璃珠の手段は、他の誰も行っていない画期的な手段として調査団に伝えられたのだった。