空京

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重層世界のフェアリーテイル

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第一世界・第8章「聖域からの使者」
 
 
「おっしゃ! 次はもらったぜ!」
 大平原の中でも聖域に近いエリアを駆け抜けながら、藤沢 アキラ(ふじさわ・あきら)志摩 練蔵(しま・れんぞう)シルヴァイサー・リヴィル(しるゔぁいさー・りゔぃる)の三人が先を競うように進んでいた。彼らは皆調査そっちのけで幻獣との戦いを希望した者達だ。同じ目的を持った三人は偶然出会い、今は自然と発生した勝負に勝つ為に獲物を取り合っている。
「まず一匹、オラァ!」
 アキラは銃を持って来ているにも関わらず、それを使わずにボクシングスタイルで戦いを挑む熱血男。
「中々やりおるの。じゃが……!」
 練蔵は刀を手に幻獣の面を狙う、スマートな戦い方をする年配の男。
「…………」
 そしてシルヴァイサーは無表情のまま剣を振るう、沈黙の剣士だ。三人の実力に大差は無く、一進一退の獲りあいが続いている。
 アキラ達からそれなりに離された位置で、必死に走りながら前を追いかけている者達もいた。
 千歳 シゲル(ちとせ・しげる)リィズ・ユウテリア(りぃず・ゆうてりあ)、そしてセレルシア・レイナ(せれるしあ・れいな)。それぞれ三人のパートナーなのだが、皆一様に疲れた顔をしている。
「はぁ、もう……アキラは本当に猪突猛進というか……見てて飽きませんけど、もう少し後ろを気にして欲しいですね」
「うちのおじさんもだよ〜。ごめんね皆、戦闘狂なおじさんで」
「私の所もです……本当は草花の採取くらいはお手伝いしたかったんですけど……」
 後ろの三人が差を詰めたと思うと、前のアキラ達が幻獣を倒し終えて次へと移ってしまう。中々追いつく事は出来ず、彼らはどこまでも走って行った。
(消耗を抑えた戦い方では不利か。やはりここは――ん?)
 剣を握りしめなおしたシルヴァイサーが前方に人の姿を発見する。見た限りでは幻獣と遭遇している訳ではなさそうだが、その状況の異様さに思わず三人は足を止めてしまっていた。
 
「……なぁ、本当にそんなんで大丈夫なのか?」
「ガハハハ、大丈夫だ! どんな獣でも、この罠で捕まえられると爺ちゃんが言っていた!」
「キッキ……(どこにそんな自信があるんだよ……)」
 目の前の光景に嫌な予感しかしないヤジロ アイリ(やじろ・あいり)に対し、豪快に笑い飛ばすアリマ・リバーシュア(ありま・りばーしゅあ)。そして呆れた目でツッコミを入れる白いテナガザルの キキちゃん(しろいてながざるの・ききちゃん)。アイリの同行者であるセス・テヴァン(せす・てう゛ぁん)も含め、アンバランスな四人は一つの罠の周りに集まっていた。
 大きな籠に棒を立て、中に餌をしかけた古典的な『アレ』。罠の所にはわざわざ持参したのだろう、縛られたわたげうさぎが置かれていた。
「正直私はこれで釣れた幻獣がアイリに相応しいとは思えませんが……あぁイナンナ様、アイリをお護り下さい」
 アイリ同様この先の展開に不安しか無いセスが祈りを捧げる。
「さぁいつでも来い幻獣! お前達を捕まえた暁には、マニアに売って大儲け! そしてその資産で大海賊への一歩を築くのだ!」
「キキィ……(獲らぬ狸の皮算用って知ってる?)」
 その時、馬鹿笑いに惹かれた訳では無いだろうが、地響きが聞こえた。見ると遠くから馬型の幻獣が走って来るのが見える。
「おっ、来たな来たな! そのまま罠まで一直――」
「キキ?(何か、数が多いぞ?)」
 そう、地響きだ。一頭や二頭ではない。まるで競馬の大レースのような多頭数の突撃を受け、罠の性能を活かす間も無くアリマ自身が大きく吹き飛ばされた。
「ぬぉわーーっ!?」
「キキッキ、キキ……(無茶しやがって……)」
 星になったアリマに敬礼するキキちゃん。ちゃんと罠に添えたわたげうさぎを解放してあげる辺り、彼の後始末というのを心得ているようだった。
 
「結局何だったんだ、あいつは……けど、とりあえず幻獣は出て来たんだ。あいつらに俺の力を見せて、認めさせてやる!」
 引き返してくる幻獣達の正面に立ち、獣のオーラが漂う手甲を着けた両手を軽く打ち付ける。アイリの目的、それは幻獣達と召喚術の契約を結ぶ事だ。それに相応しい実力があると幻獣達に証明する為、単身で群れの先頭へと突撃する。
「はぁっ!」
 ギリギリの所で突撃をかわし、全力で拳を打ち込む。打撃や斬撃が通常以上の効果を伴うというこの世界の法則は今回も発揮され、幻獣は想像以上に吹き飛んだ。
「よし、行ける! ……問題は数の多さだけどな」
 駆け抜け、視界の先で再びこちらへと方向転換する残りの幻獣達を見ながらアイリがつぶやく。だが一対多数という現在の状況は、乱入者によって次々と覆される事になった。
「面白そうな相手じゃ。わしもやらせてもらうとするかの」
 まずは練蔵達三人が横から入り、一気に乱戦状態へと移る。更に別方向からもそれ以上の人数が割って入ろうとしていた。
「お〜っと、敵さん発見っ。もうやり合ってるみたいだねっ☆」
「あれが幻獣でござるか。拙者の修行の成果を見せる時!」
 先頭の鳴神 裁(なるかみ・さい)杉原 龍漸(すぎはら・りゅうぜん)が先ほどのアキラ達のように先を争いながらやって来る。その後ろにはフルール・シュヴァリエ(ふるーる・しゅばりえ)カルト・エペノワール(かると・えぺのわーる)も二人に遅れてはいるが、既に戦闘準備は万端だ。
「相手は多数ですが、それに対する人数もまた多数……ならば決して不利とは言えないでしょう。腕慣らしには丁度良いですね」
「君なら大丈夫だろう。背中は俺に任せて、思い切りやって来るといいさ」
「……何か一気に増えたな。まぁいい、俺は俺の事をするだけだ……!」
 再び幻獣との格闘戦へと戻るアイリ。その上を何かが跳び越えて行く。裁だ。
「さぁ、ボクの動きを捉えきれるかな? 殴り愛、いっくよ〜☆」
「裁さん、ちょっと動きが無茶過ぎませんか〜?」
 魔鎧であるドール・ゴールド(どーる・ごーるど)が思わず突っ込みを入れるほど、裁の動きはトリッキーだ。もっとも、そのドールが裁に超人的な肉体の効果を与えている為に彼女が無茶な動きをするという皮肉な面もあるのだが。
「鳳凰の拳! 力こそぱわー!」
 連撃が決まり、弾き飛ばされた幻獣は龍漸とフルールが戦っている相手を巻き込んで吹き飛ぶ。
「裁殿、危ないでござるよ!」
「あ、ごめんごめん。てへっ☆」
「仕方が無いでござるな……気を取り直して、杉原 龍漸、参る!」
 薙刀を構え、幻獣の攻撃を捌きながら背後へと移動する龍漸。その逆、常に正面に回るようにフルールが動き、前後を挟む形となる。
「そちらにばかり気を取られて良いのですか? 行きますよ」
 正面から槍の攻撃を受け、幻獣がフルールの方へと向き直る。そうなれば龍漸にとってはしめたものだ。
「今度はこちらが隙だらけでござる! 師匠に鍛えられたこの力……受けてみよ!」
 慌てて逆を向いた幻獣の眉間に龍漸の薙刀が思い切り突かれた。攻撃を受けた幻獣はそのまま横倒しに倒れる。
「師匠、拙者、やったでござる! この勢いで進むでござるよ!」
 
 結局、騒がしくも暴れまわる乱入者達の力もあり、多数の馬の幻獣はそこらに倒れる事となった。その中の一頭へと、アイリが近づいて行く。
「俺だけの力って訳じゃ無くなっちまったけど、それでも勝ちは勝ちだ。さぁ、俺と召喚の契約を結んでもらおうか」
 幻獣は負傷が激しいのか、それとも拒否をしているのか、反応は鈍い。それが気になったのか、龍漸の手当を終えた黒崎 椿(くろさき・つばき)が幻獣のそばへと寄った。
「ん〜、この子、元気が無いのかな? ボクが手当てしようか?」
 膝をつき、幻獣を撫でる椿。そんな彼女の周囲に影が落ちた。
「君、危ない!」
「へ? きゃぁぁぁぁ!?」
 カルトが咄嗟に椿を抱えながら転がり、幻獣から離れる。先ほどまで二人がいた場所には強い風が吹き荒れ、空を見上げた者達は思わず声を失った。
「アイリ、あれは……」
「幻獣? いや、それにしてはデカ過ぎる。あれじゃまるで巨獣じゃないか」
 空に浮かんでいたのは、大きなワシ型の幻獣だった。その大きさは通常の幻獣の比では無く、最低でも10m、下手をすれば20mを超えるほどの巨体だ。
「これは厳しい戦いになりそうですね……皆さん、気を付けて下さい」
 シゲルが呼び掛けるまでも無く、皆の表情は引き締まっていた。強大な相手に緊張する者、興奮を覚える者など様々だが、今までのようには行かない事だけは全員が確信していた。
 
「ちっ、やり合うにはちぃっと階級が違い過ぎるな……けど、引き下がる訳にはいかねぇぜ!」
「それ以前に、飛行する幻獣が相手ではまともな勝負にならないな。ボス格を一戦交えてみたいという希望は叶えられたが……さて、どう攻略したものか――ん?」
 アキラとシルヴァイサーが後方の空を見上げる。二人を始めとして皆が奮戦してはいるが、相手は巨大な幻獣。ましてや空にいる相手だ。降下して来るタイミングに合わせて攻撃を仕掛けるものの、それらが効いているとは思えない。
 そうして悩んでいる時、幻獣の更に上から降下してくる姿が見えた。その人物、モードレット・ロットドラゴン(もーどれっと・ろっとどらごん)はレッサーワイバーンから飛び降り、龍の牙の如き槍の一撃を幻獣へと突き刺す。
「こんな巨大な相手と戦えるとは、俺は運が良い……さぁ、俺を楽しませる事が出来る存在か、確かめさせてもらうぞ!」
 攻撃を受けた幻獣の高度が下がり、地上にいる者達でも跳び上がれば狙える範囲まで下りて来た。すると今度は近くから複数の爆発音が聞こえた。羽皇 冴王(うおう・さおう)が仕込んでおいた音のトラップだ。
「面白れぇ相手だ。けどな、どんな奴だろうが、狩って、食って、俺の好きなようにするだけだ」
 続けざまの奇襲を受け、幻獣の動きが僅かに止まる。そこに立ちはだかったのは力を求めるシャンバラの悪党代表、三道 六黒(みどう・むくろ)
「幻獣とやらがどのような生物かは知らぬが……どの場所であっても、全てを支配するのは武という力よ」
 巨大な剣を易々と持ち上げ、その重さを感じさせない速さで駆ける。そのまま幻獣に向けて跳び上がると、巨体に向けて渾身の一撃を放った。
「ぬしが力を持つ存在だと言うのであれば……それを見せてみよ!」
 翼を斬りつけられ、体勢を崩して墜落する幻獣。皆がそこに追撃を入れようと近寄るが、そこに大きな咆哮が響き渡った。
「! これは……向こうに見える神殿からですか。しかし、何と威圧感のある……!」
 六黒達の戦いを邪魔する者が現れないように近くで警戒していた久我内 椋(くがうち・りょう)が片耳を押さえながら神殿の方角を見る。その強烈なプレッシャーは他の者達の動きも一瞬止めるほどだった。
 ――そしてその隙に、幻獣は再び大空へと舞ってしまう。先ほどまでと違い、今度は上空を旋回するのみで降下してくる様子が見られない。当然ながらモードレットがその状況を訝しむ。
「何だ? まさか六黒の一撃だけで恐れをなしたとは思えんがな」
「……ちっ、そういう事か」
「どうした? 何か分かったのか、冴王?」
「あぁ、見てみろよ」
 冴王が指差した方向。そこはアイリ達が馬の幻獣を相手に戦っていた場所だった。だが今は一匹残らず姿を消している。
「まさか、あの鳥の幻獣が他を逃がす時間を稼いでいたと?」
「そう考えるしかねぇだろ。あの鳥……随分特別な存在らしいな」
 その巨大な幻獣の姿も、気付けば遥か遠くへと飛び去っていた。既に戦いは終わったという事だ。
「どうやらあの神殿のある場所に何かがあるようですね、六黒殿」
「…………」
 椋と六黒、二人が聖域の方へと視線を向ける。幻獣を護る幻獣と、神殿から聞こえた巨大な咆哮。この世界に何があり、そして何が起きようとしているのか。
 訪れた契約者達は、様々な形で核心へと迫ろうとしていた――