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第三章 ゆるスターとゆかいな仲間たち 2

「うおおお、なんたることじゃあ。誰も新部長の申請をしないじゃと!」
 波羅蜜多生である棚畑 亞狗理(たなはた・あぐり)は壁を叩いて悔しがった。
 新部長申請に行く人間の書類に『経営アドバイザー:農学博士・棚畑 亞狗理』とコッソリ書き加えるという亞狗理の夢が消えてしまったからだ。
「まったく蒼空学園の連中は根性がないのう。こうなったらゴブリン相手に恐喝じゃあ! 牛相手に搾乳じゃああ! パラ実農学部(自称)の俺様が、本当の農耕ビジネスを教えちゃるき!」
 亞狗理は気合を入れて、校舎の廊下を歩きだした。
 すると、彼の前に、こんな紙が降ってきた。
『ここではきものを脱いでください』
「……なんだ?」
 疑問に思いながら、亞狗理が脱ぐ。
『黒いお風呂で洗って下さい』
「……なんじゃろうな。ちょっとネギとか醤油とか香辛料っぽい臭いがするんじゃが」
『粉をよく体にまぶして下さい』
「粉? ああ、ここにある白いのか」
 よく下味のついた亞狗理が、白い粉にまみれる。
『最後に、こちらにお入り下さい』
「おお、鉄鍋型の風呂か? なにやらベタベタするし、ありがたいのう。……ん?」
 次の瞬間、蒼空学園の校舎内に亞狗理の悲鳴が響き渡ったのだった。 

「何!? 何か調理室であったんですか?」
 エメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)がお掃除をする人々を見て驚く。
 しかし、亞狗理はすでに運ばれていて、片倉 蒼(かたくら・そう)ともども二人で首を傾げるのだった。
「ま、ともかくから揚げを作りますかね。他の皆さんは?」
「はいはい、あたしたちいまーす!」
 蒼空学園の制服をちょっと着崩した蒼空寺 路々奈(そうくうじ・ろろな)が元気に手をあげる。
 それと共にヒメナ・コルネット(ひめな・こるねっと)もおずおずと手をあげる。
「あ、はい。私も、そうです……」
 他にも何人かの人間がから揚げ作りに集まっていた。
「よし、それじゃ、まずがゴブリンども用のを作ろうぜ! 学食から消費期限切れの鶏肉もらってきたからさ!」
 瀬島 壮太(せじま・そうた)がみんなにもらってきた肉を配り出す。
 そして、まずはゴブリン用から揚げクッキングが始まった。
 広瀬ファイリア(ひろせ・ふぁいりあ)が楽しそうに歌いながら調理を始める。
「お肉にハバネロとタバスコときっついお酢を混ぜて〜♪」
「コショウもふんだんに振って、と」
 壮太が横からコショウをドバドバ入れて、ますます味をすごくする。
「……大丈夫ですか? それ」
 心配そうにヒメナが聞くが、壮太は明るく手を振った。
「大丈夫、大丈夫。オレたちが食べるわけじゃないしな!」
「そういうこと♪ と、それじゃ、自分たち用のも作ろうか!」
 ファイリアが新しい揚げ物用鍋を出すと、すでにエメと蒼がお揃いの割烹着と三角巾を装備して、自分達用のを作り始めていた。
「あ、ありがとうございます。下ごしらえはしたので、それじゃ、揚げますね」
 エメが温度計を持ち出し、蒼が揚げ物用の長い菜箸を持ち出す。
 蒼は背が低いので、踏み台を用意し、エメと並んで、真剣に調理に向かった。
「揚げ物のときには真剣にね」
 ファイリアの言葉を聞くまでもなく、エメと蒼は真剣だった。
「……油温170度を突破! 75・76……180度来ました!」
「投下します!」
 熱くなった油の鍋に、鶏肉を入れていく。
 しかし、その時、ファイリアが、そのSFモードに混ざってきた。
「ダメです! 数が多すぎます」
「なにっ!?」
「一度の投下に数を送り込みすぎました!」
「し、しかし、ここで撤退はできません……なんとか、なんとか持ちこたえて」
「それなら、火強くすればいいんじゃね?」
 コンロを回そうとした壮太を見て、エメが慌てて止める。
「いけません! 投下によって温度が落ちたとはいえ、高熱の油は油。引火は最大の惨事になります!」
「しまった、オレとしたことが!」
 妙に盛り上がるみんなを見て、路々奈がつっこみを入れる。
「みんな盛り上がるのはいいけど、ちゃーんとたくさん作ってねー」
「分かってるー。周ちゃんから愛をこめて、美味しいから揚げを作っておいて言われてるし」
 自分も揚げ物用鍋を用意しながら、ファイリアが答える。
「よしよし、みんなえらいぞ。みんながんばれ」
 感心する路々奈の隣で、ヒメナがつっこみを入れる。
「路々奈さんも、ちゃんと作ってくださいね……と」
 みんなが作っているのとはちょっと違ったから揚げが、ヒメナの前で作られていく。
 これはゆるスターの使い古しの着ぐるみを、ゆるスター小屋から借りて、それを煮出してだし汁にした、ゆるスターの匂い付きから揚げだ。
 ゆるスターのから揚げ大好きなゴブリンなら、この匂いに反応すると思ったのだ。
 他の人が間違えないように、コンビニのあんまんのように、食紅でゴブリン用の目印をつけ、保存していく。
「味見は……しなくていいことにしましょう。うん」
 黒のボブカットをふりふり、ヒメナは自分にそう言い聞かせる。
 古くなったゆるスターの着ぐるみの匂いは、ゴブリンにはいい匂いなのかもだが、人間にはちょっと受け付けなかった。
 そんなこんなでから揚げ作りが終わり、みんなで調理室を片付けたあと、思い思いにから揚げを詰めて、出て行った。



 そして、から揚げ班がから揚げを作り終える頃、鈴木 周(すずき・しゅう)レミ・フラットパイン(れみ・ふらっとぱいん)はゆるスター小屋に行って、セルフリーネに会っていた。
「な、これ、良かったら受け取ってくれ」
 真紅の薔薇を一輪差しだされ、セルフリーネはその意味を測りかねるように、周と薔薇を見比べた。
「あ、あの、これは……」
 愛の告白に良く使われる花を差し出されて、セルフリーネは戸惑っている。
 しかし、それを察して、レミがフォローを入れた。
「これはね、そういう意味じゃないの。エメさんに頼んで作ってもらったものなのよ!」
「エメさんが?」
「ああ、『禁猟区』がそういう使い方出来るのかは知らねえが、『禁猟区』を薔薇の形に作ってもらった。ま、単なる気休めかもしれないし、効果があるか分からねえが、良かったら持っていてくれ」
 すっと、周が薔薇を渡す。
「あ、は、はい。ありがとうございます」
 初めて男性から花というものを差し出されたセルフリーネは、ドキドキしながら、それを受け取った。
「そういう意味じゃなくても、ドキドキしちゃいます」
 ちょっとはにかんで微笑むセルフリーネに、周はずずっと迫った。
「無事に守りきれたらデートしてくれ! デート、デート!」
「え?」
 ビックリしたセルフリーネが薔薇を落としそうになるのを見て、レミが慌てて割って入る。
「周くんの言うことは、あんまり気にしないで! から揚げ作成にセルフリーネさん混ざれなくて残念だったけど、みんなががんばってくれてるからさ。後でみんなで楽しもう!」
「あ、はい」
「さ、それじゃ、邪魔してごめんね! 美羽さんとか、ゆるスター小屋のみんなが待ってるよね。どうぞどうぞ、遠慮せずに行って」
 レミに促され、セルフリーネは小屋の方に戻っていった。
 その背中を眺めながら、周は溜息をついた。
「なんだよ〜、せっかくいい感じだったんだぜ!」
「いい感じだったんだぜ、じゃないの。まったく」
「ちぇ〜。から揚げって言えばさ。ファイリアは俺の分のから揚げに愛を込めてくれたかなあ」
「……それはご本人に聞いてちょうだい。と、あれ? 何してるのかしら?」
 何か聞き慣れたお菓子屋のような庶民的なテーマ曲が聞こえ、上りのようなものが立っている。
 良く見ると、それは路々奈とヒメナの二人だった。
 二人は何やら数えながら、ほくそ笑んでいた。
「ふふふ、南蛮とかザーカイ天とかメニュー増やしたのも成功だわ〜。食い逃げもされなかったし、大成功ね」
「歌もうまく行きましたねー。お揃いのギター持ってきた甲斐がありました」
「うんうん、やっぱり人を引き寄せるものって大事よね!」
「……何してるの?」
 レミが近くによって声をかけると、路々奈たちはビクッとした。
「な、ななな、なんでもないわよ! 小遣い稼ぎとかしてないわよ!」
「小遣い稼ぎ?」
「なんでもない。あはははは」
 路々奈の笑いが日が暮れ始めた空に響き渡るのだった。