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世界樹で虫取り

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第二章 害虫ホイホイ
 こちらは世界樹の幹。キッチンチームが作った蜜が運び込まれているが、そこにはまだしっかりとフタがされている。幹に蜜を塗る前に、しなければならないことがあるからだ。
「ここに害虫を集めますから、みなさん準備してくださいませ」
 乾いた木の枝を集めてたき火を用意したのはリフレシア・アタナディウス(りふれしあ・あたなでぃうす)だ。
「こんなことしたら虫はんが来はりますよぉ……」
 傍らではパートナーのドナドール・パラセルシア(どなどーる・ぱらせるしあ)が身構えている。
「せっかく作っていただいた蜜を今すぐに塗っても、夜行性の蜂や蛾に食べ尽くされてしまいますわ。先に駆除が必要ですのよ」
「うちはパラ実さんたちの方がコワイですわぁ」
 少し離れたところで、何かシュワシュワした飲み物を飲みながら戦意を高めているパラ実生たちをちらりと見て、ドナドールは肩をすくめた。ぼんやりしているようで実は、リフレシアのためにパラ実や周辺の害虫に対して、先ほどから警戒を怠らなかった。……パラ実も害虫と考えているのだろうか。
 ざわっ。
 暗闇が動いた。そして。
 ぶうううううううん。
「来ましたわね!」
 リフレシアは周りの木々に注意しながら、上空に向けて火術を放った。
 その光で周辺がぽっと明るくなると、巨大な夜行性のパラミタヤミスズメバチや蛾が大量に集まっているのが確認された。
「よし、いいぞ!」
 リフレシアの火術で一瞬とまどいを見せた一匹の蜂に、クルード・フォルスマイヤー(くるーど・ふぉるすまいやー)が素早く斬りかかった。
 しかしハチも俊敏だ。クルードが放った最初の一撃は、まるで槍のような針に跳ね返された。
「ユニ、力を貸してくれ!」
「クルードさん強くなぁれ。パワーブレス!」
 クルードのパートナーであるユニ・ウェスペルタティア(ゆに・うぇすぺるたてぃあ)は、パワーブレスで援護した。
「いける。そこだ!」
 一閃。はらりと、蜂の羽が切り離された。
「うふふ、さすがですわ。クルードさん」
 強いクルードに、ユニは満足げだ。
「……油断するな。まだ来るぞ!」
 周辺からは、かさかさざわざわとした気配がまだたくさん感じられた。
 その時!
「大変だ! 怪我人がいる!」
 ぐったりとした様子の椎名 真(しいな・まこと)が運ばれてきた。
「こんなことになっているとは知らずに……このあたりを旅していたんだ」
 右腕の衣服が少し破けている。スズメバチの針がかすってしまったのだろう。傷自体は深くないが、体内に毒が入り込んでいる可能性がある。
「全身がシビシビする……。ノドがかわく……」
 真の意識はもうろうとしているようだ。うつろな目が天を見上げている。
「ああ、ここまでか……。うん、きっとここまでだ……ねむい」
 目を閉じて、意識がなくなろうとしたその時。
「待ってて! ……キュアポイゾン!」
 幸いにも近くにいたユニがキュアポイゾンをかけると、真の顔色はみるみる良くなっていく。
「……残念だな。まだ旅を……続けた……かっ……た」
「あのー……。もう毒は抜けてますよ?」

 やがて復活した真は事情の説明を受け、協力することを決めた。
「よし、俺も手伝うよ。カブトムシ用の罠くらいなら作れるぜ」
 まだ体に若干のだるさは残るが、真はこの森のために協力したいと思った。
「お、人出が増えたのか。ありがたいねぇ。あんた、こっちを頼むよ」
 声をかけたのは、戦闘チームから離れたところで罠を作っていた東條 カガチ(とうじょう・かがち)と、パートナーの柳尾 なぎこ(やなお・なぎこ)だ。
「ちょうどいい。罠作りなら手伝わせてもらうぜ」
 真は、カガチとなぎこに続いて森の奥へと入っていった。
「カブトムシは酸っぱい匂いとアルコールが好きなんだよねぇ。この蜜はモテモテ間違いないなぁ」
 イーオンが作った完熟バナナのワイン漬けをぺろりとなめて、にやりと笑うカガチ。
「へぇぇ。そうなんだ! ふむふむ」
 なぎこはメモを取り出して、カブトムシさんはお酒が好き、と書き込んでいる。
「これで夏休みの自由研究はバッチリだよ! あとは虫さんを捕るだけだね」
「そうだねぇ。というわけでこの蜜を仕掛けよう」
 真もアドバイスを送る。
「だったら布きれに染み込ませておくのがいいね。カブトムシが吸いに来るはずだよ」
 3人は協力して、蜜を染み込ませた布を木の幹に広げた。
「ちゃんと自由研究の資料を作る写メは撮っておけよ」
「あ、そうだね!」
 カガチに言われて、なぎこは携帯を取り出してパシャパシャと吊した布などを撮影している。周りが暗いが、フラッシュでどうにか写っている。
「絶対にいい自由研究になるよ。ヒーローになっちゃうかも!」
 なぎこはゴキゲンだ。
「しっかしこれは……甘ったるい匂いだねぇ」
 あたりに広がる匂い。手についた蜜を、ぺろりとなめてみる。濃厚でやたらと甘く、発酵のためか不思議な匂いがする。決して美味しくはない。
「虫の好みは分からんねぇ」
「ここにい〜っぱい虫さんが集まれば、リザリザちゃんとパラ実のおにーちゃんたちが喜んでくれるね!」
 こうして、虫採取のための、立派な罠が完成した。

 少し離れたところでは、和原 樹(なぎはら・いつき)が、パートナーのフォルクス・カーネリア(ふぉるくす・かーねりあ)とともに、やはり虫取り用の罠を仕掛ける作業をしているところだった。
「罠はなるべく高い場所に仕掛けるべきだろう。フォルクス、乗せろ」
「うむ。乗れ」
 樹は蜜の入った容器を抱え、フォルクスの空飛ぶ箒にまたがった。
 ふわり。幹の上部を目指して、箒は飛び上がった。
 しかし……辺りは暗闇。バサドカバキと、木の枝にぶつかりまくる2人。
「わ、わわわっ!」
 ばっしゃーん。ドサッ。
 バランスを崩した2人は地面に落下。
 樹は頭からたっぷりと蜜をかぶってしまった。
「あーもう! 何をするんだよ!」
「仕方なかろう。我なりに頑張った結果だ」
 ちなみにフォルクスには一滴の蜜もかかっていない。樹はきっとそういうキャラなのだろう。
 ぶううううううん。
 遠くから近付いてくる羽音。
「なんだ?」
 見回すと、蛾やスズメバチがまっすぐ樹めがけて飛んでくる!
「み、蜜か! しまった、来るな!」
 不幸なことに樹がかぶった蜜は、誠が作った特に甘いものだった。匂いがあたりに立ちこめる。
「いやまてちょっとうわぁぁぁああぁぁ!」
 逃げる樹。追う虫群。
「我のものに手を出すとはいい度胸だ、虫けら共!」
 樹に吸い付こうとする虫を前に、フォルクスの嫉妬がメラメラと燃え上がった! だが懸命に応戦するも、虫の数が多すぎる。
「自ら囮になるなんて、やるじゃねえか!」
 空飛ぶ箒で虫を追ってきた高月 芳樹(たかつき・よしき)が、パートナーのアメリア・ストークス(あめりあ・すとーくす)とともに駆けつけた。
「み、自ら囮になんてなってないのだが……」
 アメリアがぽそっと言った。
「人間害虫ホイホイね……」
 結果、あたりの虫たちは一斉に集まり、樹は見事にホイホイを勤めていた。
「チャンスだ! 一網打尽にしてやるぜ!」
 芳樹から氷術が飛ぶ。冷気で虫たちが一瞬ひるむ。
「やっぱり虫は寒いのに弱いんだな!」
「芳樹、無理しないで! あとは私が……」
 ひるんだ虫を、素早くアメリアが仕留めていく。囮の樹、嫉妬に燃えるフォルクスとともに、4人は見事なコンビネーションだ。
 やがて虫たちは戦意を失い、次々と逃げていった。害虫駆除に成功したのだ!
「あ、あそこに最後の一匹が残ってるぞ!」
 最後の一匹は、15メートルほどある蛾だった。巨大だし、蜜も吸ってしまうのだが攻撃性はない。
「いやぁぁぁ……気持ち悪い」
 ただし女子の精神には大きなダメージを与えることがある。アメリアは全身に鳥肌がたっている。
「早く追い払って……」
「しょうがねぇな。ほらほら、もう行った行った」
 しっしっと芳樹が蛾を追い払うと、そこには精も根も尽き果てた様のヴェルチェが倒れていた。盗み出した蜜は、全て虫たちに食べ尽くされてしまっていた。
「うふっ……失敗。でもまたひと山狙っちゃうんだから♪」

 虫がすっかりいなくなった幹では、引き続き罠の仕込みが行われていた。
「ふふふふ〜〜ん♪」
 モップを使って蜜を辺りに塗りまくっている騎沙良 詩穂(きさら・しほ)はゴキゲンだった。根っからのメイド精神から、モップを握るとテンションが上がるのだ。
「ここにも、あそこにも塗ってしまいましょ。ついでに詩穂にも塗りますわ〜」
 幹にぬりぬり、自分にもぬりぬり。
「キミ、その蜜あたしにも塗ってくれるかな?」
 詩穂に声をかけてきたのは、木……ではなく、ボディペイントで木に化けた羽高 魅世瑠(はだか・みせる)と、パートナーのフローレンス・モントゴメリー(ふろーれんす・もんとごめりー)だ。
「お嬢様方、よろしいのですかぁ?」
「木になりたいんだよ。無心で木になれば、きっと次郎さんも来てくれるでしょ!」
 魅世瑠とフローレンスは完全に木になりきるつもりだ。
「わかりましたぁ。ではお嬢様、失礼しまぁす!」
 ぬりぬり。ぬりぬり。
「うひゃ、ちょっと……うふふふ」
「このあたりはいかがですかぁ?」
「あ、そこはまずい……ひゃひゃ」
「遠慮なさらずにおとなしくしててください、お嬢様っ」
「おとなしくって……そんなところされたら無理……」
「えいえいえいっ!」
 モップに全身をくすぐられてもぞもぞする木が2本。そのモップを持つのは、自らも蜜だらけのメイド。その妖艶な雰囲気に、虫ではなく男子生徒たちが集まってきてしまった。
「ある意味、虫ですわね。悪い虫、っていう。うふふふふ」
 何はともあれ、ハイテンションの詩穂が精力的に動いたおかげで、様々な場所に蜜を塗ることができたのである。