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第四章 エリザベートの受難
 イルミンスール魔法学校の校長室。
「なかなか順調ですわぁ」
 状況の報告を受けたエリザベートは満足げに微笑んだ。
「これでカブトムシさんたちが来てくれれば……」
 くすくすくす。エリザベートが小さく笑う。この時、もしもエリザベートの表情を見る者がいれば、必ず「悪い顔……」と言っただろう。
 どんどん、どんどん!
 校長室のドアをノックする音。
「はぁい、どうぞ〜」
 新しい状況報告だろう。エリザベートはすぐに入室を許可した。
 ばたんっ!
 ドアが開くと同時に、数名の学生がなだれ込んできた。
「校長!」
 最初に叫んだのは、イルミンスールの生徒神名 祐太(かみな・ゆうた)だ。
「一体何なんだ、この騒ぎは! ヘンな虫の羽音で寝れないじゃねぇか!」
「まあまあ、落ち着いて」
 裕太を落ち着かせ、アルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)は、静かにエリザベートに語りかけた。
「今回は蜂などの害虫も寄ってきてしまっていますぞ。まあ、他校の生徒の力を借りて何とかできるとは思いますが」
「むぅ……」
 エリザベートがふくれている。
「もしもあのまま放置したら、世界樹が危なかったのかもしれないのですぞ」
 ぷくー。アルツールの言葉に、エリザベートは破裂しそうな風船のように頬を膨らませた。
「お主、少しは自分の責任を感じたらどうじゃ!」
 その姿を見た蒼空学園のセシリア・ファフレータ(せしりあ・ふぁふれーた)が、エリザベートに詰め寄る。
「そもそも全ての元凶はお主の戯れではないか! 自分で何とかしようとはせんのか?」
「その通りだぜ、校長!」
 セシリアに裕太が力強く同意する。
「子供のお遊びでやっていい範囲を超えているんだぜ?」
「わたしだってぇ、ただのお遊びでこんなことしてるんじゃありませんよぅ!」
 顔を真っ赤にして反論するエリザベート。
「なんだよ、何か理由があるのかよ?」
「そ、それはぁ、だって、イルミンスー……いえ、なんでもないですぅ」
 何かを隠しているのか、珍しくもごもごするエリザベート。それを好機と、セシリアがエリザベートに掴みかかった。
「そもそも、私は年齢制限でイルミンスールに入学できなんだのに、なんでお主のような幼女が校長をやっておるのじゃ!」
「おまえ……何の抗議に来たんだよ?」
「ええいっ、うるさいですわぁ。特にそこのおチビさん」
「なんじゃと、お主のほうがチビじゃろうて!」
 ケンカする二人のおチビ……ではなく学生と校長。それを呆然と見ている裕太とアルツールは、だんだん怒る気も、説得する気も失せていった。
 コンコン。校長室のドアがノックされた。
「取り込んでいますよ」
 かわりにアルツールが返事するも、かまわずドアが開いて蒼空寺 路々奈(そうくうじ・ろろな)と、パートナーのヒメナ・コルネット(ひめな・こるねっと)が入ってきた。
「あああ、シシィちゃんいたー!」
 肩を掴んでいたセシリアからエリザベートをもぎ取って、路々奈はぶんぶんとエリザベートを振り回した。
「な、なんですかぁ!」
 エリザベートが目を回す様子に、ヒメナが慌てて路々奈を止めた。
「路々奈さん、あまり失礼のないようにね」
 一応エリザベートを解放したものの、路々奈は興奮さめやらぬ様子。
「ずっとずっとシシィちゃんのファンだったの! 握手して、握手!」
 ぶんぶん。まだ目が回っていてぼんやりしているエリザベートの手を無理矢理取って振り回している。
「またぁ……」
 今度もヒメナが止めに入る。
「シシィちゃん、 世界樹に蜜を塗るものいいけど、シシィちゃんも蜂蜜を塗ってみたらどうかな?」
 路々奈の手には、蜂蜜の瓶が握られていた。
「お、おい何を……」
 裕太が校長であるエリザベートを守ろうとするが、路々奈の勢いに圧倒されて近づけない。
「蜂蜜はとってもとっても美容にいいんですよ。パックをすればツヤッツヤ。蜂蜜のビタミンが肌荒れを整えて美しくしてくれるんです!」
 もう路々奈はエリザベートに蜂蜜を塗る体勢に入っている。
「やめましょう、路々奈さん!」
「やめなさい!」
 周囲が止めるが、路々奈はじたばたと蜂蜜の瓶を振り回している。
 その時。
 ばっしゃあああぁぁん!
「ひゃあぁ! なんなんですかぁ!」
 校長室にただよう甘い香り。そして、シロップまみれのエリザベート。
「ひゃっはぁー! 次郎さん見つけたぜぇ」
 校長室に飛び込んで、エリザベートに蜜をぶっかけたのは南 鮪(みなみ・まぐろ)だ。
「ついつい可愛い次郎と、とても可愛い可愛いエリザベートの区別が付かなかったぜ〜! げーらげらげらげら」
 髪の毛から蜜をしたたらせているエリザベートは怒りの爆発寸前だ。
「もうぅ、許さないですよぅ!」
 ざわりと空気が動き、エリザベートが魔法の詠唱をはじめた。
 まずい。その場にいる全員が命の危機を感じたその時!
 ばっしゃあああぁぁん!
「きゃあぁぁぁ!」
 再びエリザベートに大量の蜜がぶっかけられた。
 いつの間にか校長室の入り口に立っていた国頭 武尊(くにがみ・たける)が、空になった蜜の容器を投げ捨てて叫んだ。
「君が思いつきで行動した結果が、この騒ぎだ。蜜でもかぶって反省しやがれ。
このなんちゃってファンタジーロリめ!」
「ふぁんたじーろり?」
「いや、疑問に思うところはそこじゃない。というか知らなくていい」
 聞き慣れない言葉に首をかしげた裕太の肩をアルツールが叩いた。
「というかもうエリザベートが次郎でいいだろ! 連れて帰るぞ!」
「ひゃっはー! こいつが次郎だぜぇ!」
 次郎のかわりにエリザベートを連れ帰る。偶然にも同じ意図であった鮪と武尊は、一瞬で意気投合した。
 だがしかし、これはさらにまずい。エリザベートの怒りは頂点だ。
「もうっ、全員まとめて吹っ飛ばしますぅ!」
 べとつく髪の毛をかき上げ、今まさに攻撃魔法を使おうとした……が!
「あ、あれぇ……くぅ……」
 エリザベートは、へなへなぺたんと座り込んでしまった。
「これは……もしかして酒か!」
 鮪と武尊がエリザベートにかけた蜜。これは実は、昨夜蜜作り班が完成させたものをキッチンから盗み出したものだった。果物やシロップだけでなく、大量のお酒が使用されている。
 エリザベートは、校長とはいえまだお子様。きついアルコールの匂いで酔っぱらってしまったのだ。
「くぅ……」
 すっかり寝入ってしまったエリザベート。
「いやあぁぁ! 寝てるシシィちゃんかわいすぎぃ!」
 もともとエリザベートに蜂蜜をかけるつもりだった路々奈は、他者の手とはいえほぼ目的を達成できたことになった。カシャカシャ。眠るエリザベートを写メにおさめていく。
「よっしゃぁ! じゃあ次郎さんを連れて帰るかねぇ!」
 鮪と武尊はエリザベートを担ぎ上げ、校長室から走り去った。

「こ……校長が攫われた!」
 状況に気がついた者たちは、みなエリザベートと2人の後を追った。

 学校の外に飛び出した彼らが見たものは。
 巨大なスズメバチに餌として捕まり、ちょうど巣へ持ち帰られるエリザベートと武尊、鮪の3人だった。
 エリザベートからしたたる蜜で、何とも言えない匂いをさせていた武尊と鮪も、スズメバチに餌として認識されたようだった。
「ひゃっはー! 空を飛んでるぜえぇぇぇ!」
 その声はやがて小さくなり、そして空の向こうに消えていった。