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探し出せ!犯人を!お嬢様を!!

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第四章 推理

 地図を見なければわからないような安全な道からは少し外れた、剥き出しの岩壁が残る通路を、生徒たちの集団が歩いていた。依頼を受けた蒼空学園の生徒、噂を聞き付けた他校の生徒、様々が織り混ざる中で、高潮 津波(たかしお・つなみ)は神妙に告げる。
「よって……恐らく、犯人はダッセ家の当主でしょう」
 結びの言葉に頷くもの、疑念交じりに首を傾げるもの。足並みを揃えた一同は、互いの推理を披露しながら遺跡の奥へと向かっていた。
 彼女の推理はこうだ。兄弟のうちの一人が犯人ならば、残りの二人はサーシェ家の心証を良くするため、自らラピスと連絡を取るだろう。しかしそれが無い以上、兄弟のうちの一人が犯人だというのは考えにくい。ならば犯人は声の似ている親族であり、かつこの遺跡の管理者でもある、当主本人に違いない。彼はユリアナの件の決着を兄弟につけさせるため、彼女を浚った上で兄弟を遺跡に呼び出したのだ、と。
 傍らを歩くナトレア・アトレア(なとれあ・あとれあ)は慎重に周囲に視線を配っている。ダッセ家の当主に見張りは無い。ならば、真実を暴露した津波へいつどこから襲い掛かってくるかもわからない。
 同様に周囲を警戒しながら、永夷 零(ながい・ぜろ)がやや芝居がかった様子で重々しく首肯する。
「兄弟三人で役割を分担したんだろう。誘拐実行犯はイタル、物証のかく乱にクドールとガンチアが絡んでいると推測する。……武士道の名の下に、全員懲らしめてしまおう」
「……それ、ブシドーなのですか?」
 ぴょこんと付け耳を跳ねさせたルナ・テュリン(るな・てゅりん)に疑いの眼で覗き込まれ、零はうっと言葉に詰まった。
「私も同意です。……やはり、ユリアナさんの保護が第一でしょう」
 そんな彼らに宮坂 尤(みやさか・ゆう)が追って頷き、ユリアナの身を案じて眉をひそめる。推理が正しければユリアナの身は安全だろうと思われるが、万が一ということもある。
「なにぃ!? ならば早急にダッセ家当主の身柄を確保するでござるよ!」
 ばさりとトレンチコートの裾を振り乱し、一拍遅れてゴザルザ ゲッコー(ござるざ・げっこー)が声を上げる。
「落ち着いて、ええと……ゴザル刑事」
 一瞬悩む間を空けて思い出したように呼び掛けたのは、倉田 由香(くらた・ゆか)だ。黒の双眸を深刻そうに細め、声を落として言葉を続ける。
「これは罠かもしれない」
「罠? どういうことかね?」
 オウム返しに尋ねるゴザル刑事の言葉を受けて、由香は傍らのパートナー、ルーク・クライド(るーく・くらいど)をちらりと見遣る。好きにしろ、と言わんばかりに呆れた目を向けるルークに笑顔を返し、意を決したように由香は口を開いた。
「もしかしたら、ダッセ家当主じゃない誰かがダッセ家と私たちを戦わせようとしているのかも……」
「そうすると、僕はラピスが怪しいと思います」
 後ろを歩く鳥羽 寛太(とば・かんた)が、言葉を引き継ぐ。
「彼女は素人の蒼空学園生に捜索を依頼した。まず、これがおかしいとは思いませんか。……加えて、彼女ならユリアナさんに睡眠薬か何かを盛って、抵抗を封じるのも容易い。証拠だって、彼女ならいくらでも嘘をつけますからね」
 傍らで、うんうんとパートナーの伊万里 真由美(いまり・まゆみ)が同意した。寛太にラピスの監視を頼まれた筈の彼女は、「あ、あんたが犯人に殺されたらどうするのよ!」とちゃっかり付き添っている。
「ふむう……しかし、動機がなあ」
 難しく唸るゴザル刑事の肩を、ぽん、と叩いた者がいる。百合園女学院の制服に身を包む、笠岡 凛(かさおか・りん)だ。
「ご安心下さいませ、ゴザル刑事。犯人はイタル・ダッセでございます」
 自信満々に断言する彼女の言葉に、一瞬にして一同の視線が突き刺さる。戸惑う生徒たちの中で、いち早く回復したゴザル刑事が咳払いを落とす。
「あー……それは、何故かね?」
 答えるでもなく平然と見返した彼女の肩の上から、メアリ・ストックトン(さら・すとっくとん)がひょこりと顔を出した。無邪気な笑顔を浮かべ、無い胸を張ってメアリは答える。
「犯人はイタル・ダッチェだからよ!」
「ダッセですお嬢様。……とにかく、メアリ様がそう仰るなら、イタル・ダッセは黒なのです」
 ぽかんと口を開いて言葉を失うゴザル刑事に優雅に一礼を施して、話は済んだとばかりに凛は唇を閉ざした。当然の如く納得がいかない生徒たちが問いを投げかけようと必死に言葉を準備する間に、携帯を片手にした譲葉 大和(ゆずりは・やまと)が宥めるような声を上げた。
「まあまあ、イタルが怪しいのは確かですよ。彼を示す証拠のみが存在しないというのは、かえって非常に疑わしい」
「でも部屋からは何も出てこなかったよ、大和ちゃん」
 どこかから聞こえたノイズ混じりの声に、大和の表情が曇る。
「あー……やりづらいんで電話切りますよ、ラキ」
 言うだけ言って携帯のボタンをぎゅっと力強く押し込んだ大和は、気を取り直すように短く息を吐いた。
「失敬。……とにかく、イタルが怪しいことも忘れてはいけません」
「俺も、イタルが怪しいと思います」
 続けてやや頼りなく同意したのは、大草 義純(おおくさ・よしずみ)だ。集まる視線に委縮したように身を竦めながらも、ぐっと堪えて唇を開く。
「彼はゴーレムを造ることが出来る。……もしかして、ゴーレムで彼女の似姿を作ろうとしてるんじゃないでしょうか」
 ぎょっとする一同の視線に視線を彷徨わせ、義純は小さく語尾を結んだ。ふむ、と伊達眼鏡を上げたゴザル刑事が、今まで黙り込んでいた樹月 刀真(きづき・とうま)へと目を向ける。
「貴公の考えはいかがでござるか?」
「俺はですね……」
 困ったように言葉に詰まった刀真は、隣を歩く漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)へと助け船を求めるよう視線を送った。ぴくりと顔を上げた月夜は、漆黒の長髪をさらりとなびかせ言葉を引き継ぐ。
「……真実は、一つ」
「……は」
 唐突な月夜の言葉に単音を漏らして唖然とするゴザル刑事を満足げに一瞥し、月夜は刀真を見上げる。
「私が、ホームズ」
「俺が、ワトソンですか」
 反射的に答えた刀真の言葉によしよしとばかりに頷き、ホームズは俯き加減に推理タイムへと突入した。未だに固まったままのゴザル刑事を見遣り、刀真は軽く彼女の肩を叩いた。
「だ、そうです」
「…………」
 何とも破天荒な推理を立て続けに聞かされたゴザル刑事は、なかなか硬直から回復する様子を見せなかった。今にも叫び出しそうな彼女を見たアシュレイ・ビジョルド(あしゅれい・びじょるど)は、慌てて声を上げる。
「わては、ガンチアも怪しいと思うぞ。ズボンに染みがあったのは事実じゃしのう」
「ですが決定的な証拠となるズボンを残しておくのはおかしいですし、クドールという線も……」
 難しい表情で考え込む影野 陽太(かげの・ようた)がぽつりと呟きを重ね、うーん、と一同の唸り声が唱和する。
「……どの推理も、筋が通っているようでござるな」
 一部を除き、とは敢えて声に出さず、ゴザル刑事が困惑を露に声を絞り出す。いずれの推理にも否定するだけの材料は見当たらず、現在所持している材料だけでは答えが出せない事は明白だった。
「とにかく今は、真実を目指して前へ進みましょう」
 重く落ちた沈黙を志位 大地(しい・だいち)の声が打ち破り、頷いた生徒たちは足を早めた。一本道の先に待ち受けるであろう真実へ、辿り付く為に。