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第五章 完封! 暴走女性徒!

「見ぃつけたぁ!」

 その一言で、教師寮前が戦場に変わった。

 箒による高速飛行で教師寮に近づく小さな影を発見するなり全力で攻撃準備、鳥羽寛太(とば・かんた)は女性徒に火術を放った。
 びくり、と一瞬身を震わせた女性徒だったが、すぐに態勢を整え寛太の術を撃墜、返す刀でさらに攻撃を放った。
「ぬああああっ!」
 気合い一閃、その攻撃を防ぎ、さらに追撃を準備する寛太。
「寛太っ!」
 パートナー伊万里真由美(いまり・まゆみ)の鋭い声。
「なんだ? 心配か?」
「違う、もっと突っ込みなさいっ!」
「ああそうかいっ!」
 ほとんど捨て身になって寛太は攻撃を続ける寛太。
(ちょっとけしかけすぎたかしら?)
 真由美は精一杯のヒールの準備を始めた。

「ミストラル、来たわよ。ふふふ、課題免除……張り込んでいた甲斐があったというものだわ」
 寛太達と同じく教師寮を張り込んでいたメニエス・レイン(めにえす・れいん)は、戦闘が始まったのを見て嗜虐的な笑みを浮かべた。
 散々待った結果が実り、今獲物が目の前にいる。
「メニエス様、お気持ちわかりますが、わかりますが、いいですね。あの見かけですが相手は実力者のです。無茶は厳禁ですからね」
 メニエスをかばうように立ったミストラル・フォーセット(みすとらる・ふぉーせっと)は雷術を放つ。偶然にも寛太達と女性徒を挟み撃ちにする形の攻撃になったが、勝ち気な瞳に口を真一文字に結んだ女性徒は、それでもかわしてのけた。
 メニエスの表情が少し変わる。
「ふふふ、課題免除も良いけど、あたしあの子に興味湧いて来ちゃった……絶対、捕まえてあげるわ」

「真紀、始まってるよ!」
 女性徒が残した魔法の痕跡をひたすらに辿り、ついにここまでたどり着いたサイモン・アームストロング(さいもん・あーむすとろんぐ)は、その視界に女性徒の後ろ姿を捕らえ思わず歓声をあげた。
「よし、サイモン、ここまで来たら突っ込むであります。あくまで、捕縛が目的ですが、あの実力ではお互い無傷は難しそうでありますね」
 比島真紀(ひしま・まき)は軍靴の音を止めて少し考え込んだ。
「き、君たち、あの女の子取り押さえるのなら、足下気をつけてください」
 おどおどした声に真紀が振り向くと影野陽太(かげの・ようた)だった。
「足下、でありますか?」
「はい、その、落とし穴を掘ったんです。その、教師寮の周りに」
「ええ、わたくしの発案で」
 背中を丸めがちな陽太の代わりに小柄な体を盛大にふんぞり返らせたのはパートナーのエリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)だ。
「あの女の子を落とし穴に落とせればと思いまして……」
「その後はボッコボコですわ。この偉大なる魔女、エリシア・ボックの手で」
「わわわ、いや、そんな、落とし穴なら安全に捕まえられるかなって話しただけですっ!で、今戦ってる人たちには伝えてあるので、もしお二人が加わるのなら、その、気をつけてください……」
「ふむ、落とし穴でありますか」
 真紀はあごに手を当てて考え込んだ。
「その、保険のつもりで……捕まえられたらいいなーって……」
「いえ、確度は悪くないかもでありま――」

 パンパカパンパンパーン

 真紀の声は、ファンファーレじみた冗談のような高音と、盛大な煙をまき散らした火術によって遮られた。

「あーはっは、そこまでです悪党さん! 悪行三昧もいよいよここまで! この俺、クロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)が来たからには今宵この時この場所で、きっちり成敗されてもらいますよっ!」
 教師寮の真向かい。校舎の中でも最も高い位置で高笑い。
 出現した黒マント姿は、一般の生徒がざわめきをあげるのに至って満足そうに首を振った。
 教師寮前では一瞬時が止まる。
 六対一。
 射撃で足止めされ火術と雷術に氷術。
 さすがに押さえ込まれつつあった女性徒はこの一瞬の隙に、再び逃走姿勢を取る。
「むっ。逃げるか! マナさんっ!」
「まかされたっ!」
 楽しそうにパートナーの胸に飛び込んだドラゴニュートのマナ・ウィンスレット(まな・うぃんすれっと)を、オーバスローから振りかぶったクロセルが全力で投擲。
「くらいなさいっ! 正義の鉄槌っ!」
 ちょうどボールのような大きさのマナは一瞬の滑空の後、スコーンと女性徒の後頭部を直撃した。
「ふわぁ!」
 悲鳴と共につんのめる女性徒。それでも再び態勢を立て直そうとしたところ――
 ズボッ!!
 派手な音を立てて地面が消失。
「ふにぃ!」
 悲鳴と共に、その場にいた皆の視界から女性徒が消えた。

「あ……」

 影野陽太が、その場の誰よりも自分の功績におどろいていた。


「…………」
 女性徒が目を覚ますとズラリと沢山の顔に取り囲まれていた。
「――っ! ――っ!」
 慌ててもがくが、遠野歌菜(とおの・かな)がギュッーと抱きすくめているため動けない。
「逃げようとは思わないことです。まぁこの人数ですから実質逃げられないんですが……皆、別に……、そう言えば誰も名前を知らないのですね……。ではあなた。あなたに危害を加えるつもりはありません」
 交渉役を買って出た御宮万宗(おみや・ばんしゅう)が、女性徒の目線まで腰を落とし、ゆっくりと、なだめるような口調話しかける。
 女性徒が落とし穴の中で気絶している間、かなり物騒な意見も出たのだが、きっちりとそれを説得、納めた手腕はかなりのものと言えた。
「聞きたいことはそれぞれに山ほどあるのでしょうが、まずはゴーレムの静止。これをやってもらいましょう」
「……」
「大分沈静化してるかも知れませんが、このままじゃ被害は出る一方ですよ? あなただって騒ぎが好きなわけでは無いでしょう?」
「……食堂連れてって」
 ポツリ、うつむきがちに女性徒が呟いた。
「食……? お腹空いてるんですか?」
「食堂連れてって」
「食堂連れてったら止め方教えてくれるんですか?」
「……」
「こら」
 ずいっ。
 歌菜のパートナーブラッドレイ・チェンバース(ぶらっどれい・ちぇんばーす)がその精悍な顔を女性徒に顔を寄せる。
 びくりっ。女性徒が肩を震わせた。
「良い子にしてないと……くっちまうぞ」
「ふにーっ!」
「ちょっ、ちょっとレイ! 相手は子供なんだからっ! それと、顔近づけないっ! この子怯えてるでしょうが」
 唇をかみしめ、うるうると目を潤ませた女性徒を見て、歌菜が止めに入る。
「む? そうか」
 ブラッドレイはそれでツイと横を向いた。少し傷ついたようにも見える。
「でもあなたもダメだよ。万宗のお兄ちゃんに謝ろうね」
「……」
「ね」
「……ごめんなさい」
 上目遣いに謝る女性徒。
 一部にホワンとした空気が広がっていく。
「で、じゃあゴーレムの止め方も教えて?」
「……食堂、連れてってくれる?」
「んー、騒ぎが収まったら考えてあげる。万宗のお兄ちゃんも言ってたけど、このままじゃ、みんな困っちゃうもん。ね?」
 歌菜が首をかしげて聞くと、女性徒は少しだけ迷ったが、コクリと頷いた。
 一同に今度はホッとした空気が広がった。
「よし。じゃあ行きましょう。あ、もうひとつ。あなた、何でこんなことしたの?」
 変化は劇的で、聞いた歌菜にしたところで完全に想定外だった。
 女性徒の目にみるみる涙がたまり、決壊。
 引き結んだ唇からは嗚咽がもれだし、
「だってケインがぁ、ケインがぁ!」
 号泣となってあたりを包んだ。