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吸血鬼の恋、魔女の愛

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吸血鬼の恋、魔女の愛

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chapter.11 codependency 


「やっぱり、ロイテホーンさんだったんだ……」
 骸骨となったリーシャの手を大事そうに握っている男――ロイテホーンを見て、愛美が言葉を漏らした。その声は、うっすら涙声となっていた。
「そう言っても、嘘がいっぱいありすぎて、何から謝ったらいいかな……」
 リーシャの声が、静かな鍾乳洞の中でこだまする。
「まずは、あたしがいくらでも血を生成できるって言ったこと。あれがひとつ目の嘘。ほんとは、全然そんなことなかった。周りの生き物を助けるためにでたらめ言っちゃった。あ、ごめん、これも嘘になるかな」
 リーシャがおどけたような声を発する。
「ほんとは、ずっとロイテホーンに血を吸われていたかった。そうすることで、必要なんだって思われたかった……勝手だね、あたし」
「リーシャ……」
 ただ話を聞くことしかできないロイテホーンに、リーシャは語り続ける。
「ふたつ目は、この姿。たしかに血を長年吸わせていたから弱ったのは間違いないけど、それでロイテホーンに責任を感じてほしくなかった。だってこれは、あたしが勝手に望んで吸われ続けたんだから。余計な罪悪感を持たせたくなくてこんな魔法を自分にかけてみたけど……結果的に騙すことになっちゃってたね」
 ロイテホーンは顔を上げた。
「……まさか、あの時からずっと……!」

 半月ほど出かけてくるね、と言って小さな洞穴を出たリーシャをロイテホーンが見送ったのが、今から1ヶ月以上前のことだった。リーシャは、ふたりが暮らしていた小さな洞穴から鍾乳洞へ移り、そこを死に場所とした。死ぬ前に自分の骨が自身の姿を映すよう魔法をかけて。そして彼女は指輪を外し、袋に入れ洞穴に続く水路へと流した。その指輪を声の再生と、幻の解除の鍵としたのだ。
 半月を過ぎても洞穴に戻ってこないリーシャの身を案じ、ロイテホーンは洞穴を飛び出し島中を探し回った。鍾乳洞で彼女を発見した時、すでに彼女は幻の姿となっていた。動かず喋りもしないリーシャに違和感を覚えなかったのは、それが仮にも触れることができる幻だったこと、そして半月以上愛しい女性の血を吸っていなかったことで、既に彼の頭は正常さを失いかけていたことに起因する。血を吸わずとも吸血鬼が餓死することはない。が、彼はリーシャに他の血は吸わないと誓った身でありながら、同時に吸血衝動の強いタイプの吸血鬼でもあった。
「みっつ目の嘘は、色んな血を吸ったら自分の血がなくなるっていうこと」
 ロイテホーンの追想を遮るように、声は続く。
「ひょっとしたら気付いてたかもしれないけど、もちろんそれもでたらめだよ。でも、我がままだけど、やっぱり他の血はあんまり吸ってほしくないな。周りが傷つくのも嫌だし、ロイテホーンにそんなことしてほしくないし。だから……」
 ロイテホーンは、その嘘に気付いていた。しかし彼が気付きながらも騙されていたのは、彼もまたリーシャを必要としていたからだった。それは好きなだけ血を吸える存在としてではなく、確かに愛を分け合う存在として。
 少し間を置いて、リーシャが言う。
「自分勝手な恋をしたあたしが言えたことじゃないけど、これからロイテホーンには、ちゃんと誰かを愛してほしい。あたしのは、愛じゃなくて恋だったから。こんな思いをしてほしくないんだ」
「リーシャ、そんなことはない! 私は愛されていたし、愛してもいた!」
「こんな形で……声でしか謝れなくて、ほんとにごめんね。あと、最後にもうひとつ謝らなきゃ。今からあたし、最低なこと言っちゃうから。ほんとは、こういう時に嘘がつけたらよかったんだけど」
「リーシャ……?」
 気付けば、リーシャの声も鼻声になっていた。ロイテホーンが骸骨を見る。彼の目には、しっかりとリーシャが映っていた。そして、彼女は言葉を告げた。
「大好きだよ」
 その言葉を最後に、声は途絶えた。ロイテホーンが堪え消えずに涙を流し骸骨を抱くと、音を立てて骨は崩れ落ちた。
 そんなロイテホーンを見て、愛美が静かに近付く。
「ロイテホーンさん……」
 愛美たちの方を振り向くロイテホーン。その目はもうさっきまでの狂気を孕んだ目ではなかった。
「私たち、ロイテホーンさんとリーシャさんに憧れてたんです。あんな素敵な恋ができたらいいなあ、って」
「憧れていた……?」
 涙を拭い、聞き返すロイテホーン。彼の前に、愛美は持ってきた絵本を差し出した。
「これを見て、私たちはふたりのことを知りました。本当のお話でびっくりしたし、今こういうことになってすごく悲しいけれど……それでも、やっぱり私にとってふたりは憧れなんです」
 ロイテホーンは愛美から絵本を受け取ると、一文字一文字を噛み締めるように読み進めた。読み終えたロイテホーンが本を閉じる。
「こんなことを言っていいのかも分からないけど。今、リーシャさんの言葉を聞いて、本当にふたりは素敵な恋愛をしていたんだなあ、って思ったんです」
 だから……と愛美が一拍置いてから言う。
「どうか、リーシャさんが愛したロイテホーンさんでいてほしいんです」
「……私にはもう、愛する資格も愛される資格もない」
「そんなことないです! もしそう思ってしまうほど自分を拒んだり悔やんだりしても、何度だって愛に触れていいんです!」
 手に持った絵本をじっと見つめたまま、愛美の言葉を聞くロイテホーン。彼は表紙を少しの間眺めると、やがてゆっくりと立ち上がり、愛美に向かって話しかけた。
「すまないが、この絵本を私にくれないだろうか」
 愛美は、何の躊躇もなく頷いた。
「……ありがとう」
 ロイテホーンはそう言うと、自らの口に手をやった。そして、鈍い音と共に彼の大きな牙が折れた。
「ロイテホーンさん!?」
「これは、戒めだ。私はもう二度と血を吸うことなく生きていく」
 牙をなくしたロイテホーンが、鍾乳洞の外に向かって歩き出す。



 鍾乳洞付近では、コウモリが生徒たちをまだ襲い続けていた。ロイテホーンはそれを見て、彼らを呼び寄せた時のように再び吼えた。するとコウモリたちは途端に襲撃をやめ、鍾乳洞へと戻っていった。
「……すまないことをした」
 深く頭を下げるロイテホーン。そしてその後ろから現れた愛美たちを見て生徒たちは事件の解決を知るのだった。双子の弟、隼人がロイテホーンに話しかける。
「どうやら無事話がついたみたいでほっとしたぜ。ところで吸血鬼さん、俺たちと蒼空学園に来ないか?」
 突然の申し出に驚くロイテホーン。
「俺とパートナー契約したってことにすればきっと来れるはずだし。平穏に、そして楽しく暮らしていけると思うぜ?」
「おぉ、それええやん! どうしても血が欲しくなったら、あたしのあげたるから来ぃや?」
「あそこでしたら、輸血パックなどもあるでしょうし」
 沙耶と美咲も同意し、図書館で話していたことをそのまま伝えた。
「俺らは何百年も生きられないし、どんな魔法でも使えるってわけじゃない。けど俺らは、パラミタにはない技術を持っている。それに何より、武士道の精神を持っている」
「最近ウエスタンウエスタンばっかり言ってて武士道って口にしなくなったと思ったら、一周してまた戻ってきたんでございますか」
 明るく誘う零に、ルナが茶々を入れる。
「まあ……生徒だっていっぱいいるんだ。献血だっつって呼びかけたら、ある程度血も集まんだろ」
 壮太も後押しをするように誘いをかけた。それらの勧誘を一通り聞くと、ロイテホーンは困った顔をしつつも微かに笑みを浮かべた。
「ありがたい誘いだが、私はもう少しの間リーシャとこの島で過ごしたい。気持ちだけありがたく頂戴しよう」
「……そうですか、僕たちはいつでも歓迎しますよ」
 双子の兄、優斗が穏やかにそう言うと、ロイテホーンの顔も少し柔らかくなった。
「すまない。では、たまに顔を出させてもらうことにする」
「やった! 楽しみだね優斗!」
 隼人のパートナー、アイナがなぜか相方ではなく相方の兄に話しかける。
「おいアイナ、パートナーは俺だろ?」
 文句を言う隼人。周りがにこやかな雰囲気に包まれる。その時、茂みから数人の生徒が現れた。
「……あれ? 何ですか、この空気?」
 周りを見渡してきょとんとしたのは、捜索班の陽太だった。後ろには緋桜、紫桜、アリア、シルバ、夏希、京、唯、シロウ、桜耶、スバルらもいた。陽太のパートナーエリシアがとことことやってきて、陽太の背中をポンと叩く。
「どうやら、全て片付いた後みたいですわね」
 一気に肩を落とす一同。それもそのはず、彼らが今日やったことは身内の救助だけだった。
「……でもまあ、バトルに巻き込まれなかっただけでもよしとしますか」
 そんな陽太を見て、またエリシアは呆れ顔になった。

 やがて日も沈み、別の捜索班たちとも合流した愛美たちは船に乗り帰ることとなった。
「全員揃ってますかー?」
 確認を取る愛美に、マリエルが乗客リストと船内を見比べながら答えた。
「あれ、ふたりほど足りない……誰だろ」
 その頃、鍾乳洞から出てきたのは静麻とパートナーのレイナだった。
「静麻……常に幸せな結末が待っていてほしいと思うのは、私の高望みでしょうか」
「昼間も言ったが、どんな話にもハッピーエンドが待ってるわけじゃない。たが、どんな話にも結末は訪れる。だったら、それを見届けた時に俺らがどう思うか、じゃないか。少なくとも、リーシャ、そしてロイテホーンはたくさんの人に愛されていたはずだ」
「……そうですね。私たちの他にもお供えをしていた人がいたようですし。綺麗な花束でしたね」
「ああ。おっと、もう皆船に乗ってるみたいだ。急ぐぞレイナ」
 そしてふたりを乗せると、船はロウンチ島を後にした。