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リアクション
chapter.2 advance
「ねえねえマナミン! あたし説話のこともっと詳しく知りたいんだけど、教えてもらえないかな?」
船が陸地を離れ数十分。思い思いに過ごしていた生徒たちの中からひとりの女の子が愛美に話しかけた。明るく元気な雰囲気を持つこの女の子は倉田 由香(くらた・ゆか)。その横にはパートナーでドラゴニュートのルーク・クライド(るーく・くらいど)もいる。
「ったく由香は、何にでもすぐ首突っ込みたがるよな」
やれやれ、といった感じで由香に付き添うルークだったが、身の丈1メートルもない幼い外見と年齢のせいか、冷めた言葉があまり似合っていないようだった。これではどう見ても由香の方がルークの付き添いである。
「あっ、愛美さん、あたしも吸血鬼と魔女のお話聞きたいなぁ」
「それ私も聞いてみたいの!」
由香たちに続き会話に入ってきたのは朝野 未沙(あさの・みさ)とそのパートナーで機晶姫の朝野 未羅(あさの・みら)だった。だが未沙の真意は別なところにあった。説話のことを聞いてみたいというのもあるが、1番の目的は愛美と一緒にいることだった。というか、愛美と一緒にいられれば割と他のことはどうでもよかった。
彼女はこれまでも愛美に過激なアプローチをしてきたのだが、その都度邪魔が入るという古典的な展開を繰り返していた。もちろん当の愛美もその記憶ははっきりと残っていて、未沙が会話に入ってきた時一瞬びくっとなったが、
気のせい、気のせいだようん。ていうか友達だもんね友達。それにほら、女同士だし。
と自分を納得させ、笑顔で迎え入れた。
その後陽神 光(ひのかみ・ひかる)、光のパートナーで剣の花嫁のレティナ・エンペリウス(れてぃな・えんぺりうす)、葉山 龍壱(はやま・りゅういち)、龍壱のパートナーで守護天使の空菜 雪(そらな・ゆき)、あーる華野 筐子(あーるはなの・こばこ)、筐子のパートナーで剣の花嫁のアイリス・ウォーカー(あいりす・うぉーかー)、ロイ・エルテクス(ろい・えるてくす)とそのパートナーで魔女のミリア・イオテール(みりあ・いおてーる)、そして先ほど図書館にいた隼人のパートナーアイナ・クラリアス(あいな・くらりあす)らも愛美の元へやってきて、皆で話を聞くことになった。
「マナミンね、あのお話が絵本になってるって知って、こないだ買ってきたの」
そう言うと、愛美は荷物から1冊の本を取り出した。本の表紙には『はらぺこロイテホーンとうそつきリーシャ』と書かれている。
「説話が載ってる本より、こっちの方が分かりやすいし、可愛いよね!」
アイナが絵本を見て目を輝かせながら言った。
「それでそれで、どんなお話か聞かせてっ!」
負けじと目をキラキラさせながら由香が促すと、愛美が話し始めた。
「昔、血が大好物で皆から怖がられてた吸血鬼さんがいたの。あまりに皆から血を吸うから、周りは困ってしまって。でもそんなある日、吸血鬼さんの前にひとりの魔女さんが現れて、皆を助けようとするんだ。普通に説得しても効果がないと思った魔女さんは、ある嘘を吸血鬼さんにつくことにしたの」
「うんうん、で、どんな嘘をついたの?」
話が終わるまで待ちきれない由香は、合いの手を入れて続きを急かす。
「吸血鬼さん、そんなにたくさんの生き物から血を吸っちゃったら、そのうち他の生き物たちの血でいっぱいになって、自分の血がなくなっちゃうよ。って魔女さんは言ったの。すると、その嘘をすっかり信じた吸血鬼さんは怖くなっちゃったんだ。それを見た魔女さんは、自分の血をあげることにしたの」
「そっか! 吸血鬼も魔女も不老不死だから、そうすればずっと血を与えたり貰ったりしながら生きていけるんだね!」
「うん、あたしは魔女だからいくらでも血を与えられるよって魔女さんは言うんだ。でも、その代わりもう他の生き物の血は吸っちゃダメだよ、って吸血鬼さんに注意するの。喜んだ吸血鬼さんは魔女と一緒に島に住むようになって、そこでふたりで幸せに暮らすっていうお話なんだ。ね、素敵なお話でしょ?」
「分かる〜、そういうお話って憧れるよね! いいなぁ〜、あたしもいつかそんな一緒にいれる恋人が欲しー!」
すっかりテンションの上がった由香が興奮気味に感想を話す。
「たしかその後、吸血鬼が魔女に指輪を渡す場面もあったよね! 私あそこも好き!」
「あー、分かる! いいよねー、ロマンチックで!」
アイナが自分の好きな場面を語ると、愛美たち女子は一斉に頷き、賛同した。もう雰囲気的には完全に月9の放送があった翌日の女子校である。
「でも、その話が現実で、話に出てくる吸血鬼と今回の吸血鬼が一緒なら、なんで吸血鬼は周りの生き物を襲っちゃってるんだろう?」
盛り上がった空気が一段落したところで、光が疑問を口にする。
「私、古文科発掘部に入ってるから色んな場所に行って探検してるんだ! でね、吸血鬼にも何回か会ったことあるけど、皆が皆他の生き物を襲うような種族じゃない気がするんだよね〜」
「吸血鬼にも、血を好む者とそんなに好まない者がいるということでしょうか……」
相方のレティナが光の言葉を補足するように言う。
「けど、現に吸血鬼は島から出て生き物を襲ってるんだろ? だよな、雪?」
「はい、そうですね……しかし、聞いたところによると吸血鬼さんは謝りながら血を吸っていたそうですから、本心で襲っているわけではないと思うのです」
「……どうやら、魔女が鍵を握ってそうだな」
龍壱と雪は絡まった糸を少しずつ解くように、疑問点を挙げながら話を進めた。
「分かった! 分かったよワタシ、この謎が!」
突然大きな声を上げ立ち上がったのは、筐子だった。ただでさえ全身段ボールという奇妙な身なりのせいでやや距離を開けられていた筐子だったが、その勢いに圧倒され他の生徒たちはさらに一歩ひいた。
「魔女と吸血鬼は島でひっそり暮らしてたんだけど、そのうちふたりの間に新たな命が宿っちゃったんだよ!」
「……?」
「妊娠中の魔女からはさすがに血は吸えないだろうってことで、吸血鬼は今回の事件を起こしたんじゃないかな!」
自信満々に独自の理論を展開する筐子。筐子はその理論を出航前からすでに考えていたのか、荷物にお産用のタライと産着、オシメまで持って来ていた。なんなら段ボールの表面に赤ちゃんの絵まで描いてあるという徹底っぷりだ。
「私は先日、地球のテレビでラマーズ法というものを習いました。ヒッヒッフー、ヒッヒッフーと呼吸すると、安全に子を産めるそうです」
相方のアイリスも本来なら暴走気味の筐子を止める役目なのだが、なぜか筐子のノリに乗っかってしまっていた。
「吸血鬼と魔女の間に生まれた子って、どうなるんだろう? 吸血女? 魔鬼? 戸籍上の種族はどうなるのかなあ?」
もう既に頭の中では吸血鬼と魔女の大家族を思い描いている筐子。一方周りはといえば、当然このオリジナリティー溢れすぎる予想と空想についていけず、ただ呆然とふたりを見ていた。
なんかこの雰囲気、前にも感じたことがあるような……とアイリスは思った。たしかアレは環菜校長が風邪をひいて、イルミンの校長が保健室に来た時だったような……。しかしアイリスはあまり深く思い出さないことにした。相方の筐子のやりたいようにさせたかったからだ。あと、あんまり他のシナリオの話を出すと「そんなシナリオ参加してないから知らねえよ」というクレームが来るかもしれないと思ったからだ。
とりあえず周りも「うん、そうかもしれないね」と適当に話を合わせ、雰囲気を元に戻すことにした。
「しかし、恋の話か……はっきり言ってそんな経験ないし、よく分かんないな俺は。ミリアはどう思う? 同じ魔女として」
ロイが相方に話を振ると、ミリアは表情を変えないまま答えた。
「私も、そういった恋愛の経験はないので何とも。そもそもそういう感情は個人的なものですから、同じ魔女としてというカテゴライズは無意味ですね」
さらにミリアは、「というか正直依頼にも吸血鬼にもそんなに興味がないのです」と他の蒼空生が言わないようなことを平然と言ってのけた。そこに痺れ、憧れる生徒はさすがにいなかったが、ミリアの弟子であるロイは彼女の言葉に頭が上がらなかった。
「ロイがどうにかしてやりたいと言うから着いてきてあげましたが、気持ち的にはそれこそもう暇潰し感覚で来てますからね」
「そんなこと言って、なんだかんだ言って俺の背中に着いてきたかったんだろ?」
ちょっと調子に乗ってみたロイだが、すかさずミリアに頭を叩かれすぐにだんまり状態になってしまった。
そのそばでは、未羅がほわほわと夢見心地で空中を見つめていた。
「良いお話だったの〜」
「ロマンチックであま〜い恋って、いいよねぇ」
夢見る少女そのものである未羅の横で、未沙も空想にふけっていた。言葉の響き的には乙女ふたりの呟きだが、未沙のそれは明らかに求めているものが違っていた。
「あたしも、愛美さんとあま〜い恋、したいなぁ……」
その声は愛美まで届いてはいなかったが、愛美は何か背中がぞくっとするのを感じた。悪寒の正体を確かめようと目線を動かす愛美。もしやと思い未沙の方を見たが、未沙は未羅と微笑ましい様子で笑い合っているだけだった。
あれ、うん。勘違いだ。きっとそう。友達を疑うとか何やってんだろう私。あんな綺麗な笑顔の女の子たちを疑うなんて。
再度自分を納得させ、愛美はまた視界を移動させた。それを確認し、未沙が小さく呟く。
「あぶなっ。愛美さん、禁猟区ばりの危険察知能力ね。けどあたし、そんな警戒心の強い愛美さんも好き」
後日、愛美はマリエルに禁猟区でお守りを作ってもらうようお願いしたらしい。
◇
「まだ島に着くまでは時間がかかるのかな」
船室を出て、風を浴びながらマリエルが言葉を漏らす。それに答えたのは光とレティナだった。
「今のペースなら、あと1時間ちょっとといったところでしょうか」
「皆で色々話してたらあっという間だよ!」
落ち着いているレティナとは対照的に、光が明るさ全開で言う。
「どうしたの? 何か心配事?」
マリエルの様子が少しおかしいことに気付いた光が尋ねると、マリエルは静かに口を開いた。
「心配事ってわけじゃないけど……今回のこの事件、マナが悲しむような結末じゃなければいいなぁ、って」
あれだけ説話を気に入っている彼女が、実際に生き物を襲っている吸血鬼を見たらどういう反応をするのだろうか。マリエルは、それを知るのが少し怖かった。そんな彼女の羽根に、光が優しく触れる。
「大丈夫、なんだかんだできっとうまくいくよ!」
何ひとつ明確な理由もなければ根拠もない。しかし彼女の名前をそのまま表したような屈託のない笑顔には、その言葉を信じさせる力があった。さっきまで船内で愛美と話していた由香もやってきて、マリエルに話しかける。
「マナミンは強い人だよ。マリエルちゃんも、マナミンのパートナーならもっと信じてあげなきゃ!」
マリエルはガラス越しに船内をちらりと見た。ガラスの向こうでは愛美が他の生徒たちと楽しそうに話をして笑っている。
「……うん、そうだね、ありがと」
守護天使であるあたしが守るのは、あの笑顔だ。マリエルの心から恐れはもうなくなっていた。
まだ見えない島に向かって、船は進み続ける。
この少し前、愛美たちが乗った船とは別の、もう1艘(そう)の船がロウンチ島に到着していた。
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