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展覧会の絵 『彼女と猫の四季』(第1回/全2回)

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展覧会の絵 『彼女と猫の四季』(第1回/全2回)

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第三章 正午には快哉を 


「それで……『朝は四本足、昼は二本足、夜は三本足。これな〜んだ?』の答えは出たのかしら?」
 ターナー家。
 エントランスフロアで来客の一団を迎えた女主人は口許に形の良い笑みを浮かべて艶然と佇んでいる。その前に立って、樹月 刀真(きづき・とうま)は真一文字に唇を引き結んでいた。
「エル、まだ? そろそろ始まっちゃうみたい」
 エントランスフロア、柱の影に隠れた四方天 唯乃(しほうてん・ゆいの)は、手にした携帯電話に向かって囁いた。
『ま、待って。待って下さいよぅ』
 携帯電話の向こうからは、イルミンスールの図書室に残してきたパートナーエラノール・シュレイク(えらのーる・しゅれいく)の焦った声と、バサバサと本のページをめくる音が聞こえてくる。
『だ、ダメですよぅ、どれもこれも……新しい答えなんてありませんよぅ』
「シャンバラの伝説、伝承もダメ? お伽噺までちゃんと調べた?」
『調べましたよぅ〜』
 エラノールの声がほとんど泣き声に変わる。
「ん〜、ダメか」
 唯乃は腕を組んだ。

「ふうん。どんな怖ろしげな怪物が出題者なのかって、興味があったんだけど……」
 こちらも柱の影の和原 樹(なぎはら・いつき)
 ターナー氏の豊かなブロンド、美貌、抜群のプロポーションを上から下へと観察し、樹は頷いた。
「うん。これはこれで来た価値はあったかな。悪くないね」
「樹」
 そこへフォルクス・カーネリア(ふぉるくす・かーねりあ)が声をかけた。妙に押さえつけたような響きを帯びている。
「ん?」
「樹」
「な、なんだよ。なに怒ってるんだ?」
「我を見ろ」
「はぁ!?」
「我だけを見ろと言っている」
「な、何言ってるんだあんた!? っていうか近い! 顔近いっ!」
 樹は、ずずいっと顔を近づけてきたフォルクスの顔を押しのけた。
「まったく……」
 フォルクスは肩をすくめてため息をついた。
「なぜあえてここなのだ? 例えばクーパー家だったら危険は少なかったろうに。おまけに樹を惑わす魔物が主人と来ている。踏んだり蹴ったりとはこのことだ」
「魔物って、あんたなあ……。いや、何となく出題者に興味があっただけだよ。まあ結果的には当たりだったな」
「だから、我だけを見ろと言っているのだ」
「だから、しつこいって言ってるだろうに」
 フォルクスの頭を軽くこづいてみる樹だ。
「後は、さて、借りられるかどうかなんだけど……」

「これは有名ななぞかけです」
 ターナー氏の前では、ついに刀真が運命の一言目を口にしていた。
「答えは人間。一日を人の一生に見立て、朝は赤子で四つんばいで歩くから四本足。昼は成人で立って歩くから二本足。そして夜は年寄りで杖をついて歩くから三本足。これが正解のはずです」
 エントランスフロアにはしばしの沈黙がおりた。
「ふん」
 フッと。
 ターナー氏から笑みが消え失せ、その顔を、仮面のような無表情が覆う。

「その答えはあなたで132人目だわ」

 刀真の顔から血の気が消える。
「ええいっ! 刀真、この愚か者っ! 間違っておるではないかっ!」
 刀真のパートナー、玉藻 前(たまもの・まえ)がポカポカと刀真の頭を叩く。
「ご、ごめんごめん」
「ごめんではないっ! どうにかせいっ!」
 ポカポカポカと玉藻は続ける。
 その脇を、駆け抜けていく影があった。

「その答えは『なぞなぞ』!」

 いいかげん柱の影で隠れているのに焦れたらしい。駆け出して来た唯乃がターナー氏に向かって人差し指を突きつける。
 再び満ちた沈黙の中、一同が固唾を飲んだ。

「それは43人目」

「うわぁー!」
 それを聞くと、出てきたときと同じく、唯乃はダッシュで逃げ出した。

「わ、わかりました! では答えは『ソウノマウト』! これは最近蒼空学園で誕生した新種の虫です! この虫が一日を三種類の形態をえて過ごします。朝は四本足、昼は二本足、そして夜は三本足になるんですよっ」
 唯乃の作った一瞬の隙で態勢を立て直した刀真が、今度はターナー氏に人差し指を突きつけた。
「そんな変な虫がいるのか?」
 刀真の背後で玉藻が疑わしそうなつぶやきをもらした。
 が――
「知りません。というかでたらめです。でも、『いない』ということを証明するのは、すごく難しいことなんですよ」
 刀真、気にしない。
「ほう?」
 ターナー氏の口許に、僅かにながら笑みが戻った。

「おっと、だったら他にもいるぜっ!」

 高らかに宣言して刀真の前に割り込んだのは藤原 和人(ふじわら・かずと)
 やはり、ビシッと指を突きつける。

「ゆる族『ハーチャント・ノックペデ・ノコ・トーポンチャイ3世』略してハーちゃんだ!!」

「???????」

 ターナー氏どころか、その場に居合わせた全員の頭の中に、大量の疑問符が湧き上がる。
「おいおい、ハーちゃんを知らないってのか? 夏はしっとり、冬はプヤプヤ。朝は四本足、昼は二本足、夜は三本足になり、落ち込んでる人を見かけるとすぐ同情する。同情して欲しくないと言われると途端に流暢なロシア語で相手に説教を始める。通常の3倍のニョートイをポロチョイできるが、すぐダーダダしてしまう――あの気高くも勇猛、そして誇りに満ちたナイーブな生き物、ハーちゃんだぜ?」
 息継ぎを忘れたかのように畳みかける和人。
 和人がひと言しゃべる度に、加速度的に疑問符の数が上昇していく。
「ほんっとに知らないのか?」
 和人はオーバーリアクションでひどく驚いた顔をして見せた。
「そりゃあ無いんじゃないの? それじゃあこの問題は不成立だぜ。あんたハーちゃんを知らないんだもんなぁ。この世の全てを知ってて言ってるならまだしもさっ」
 「どうだ」とばかりに和人が胸を張る。
 その横では「ふむ、そういう生き物もいるのか」と何やら感心した様子の玉藻が、「いや、だからね――」と刀真に諭されている。

「くっくっく……」

 エントランスホールに押し殺したような笑い声が響いた。
 ハッとした全員が音の元を探ると、それは俯いた様子のターナー氏の口許から漏れ出ていた。

「くっくっくっくっく……あーっはっはっはっはっはっ!」

 忍び笑いが哄笑に変わり、ターナー氏がその体を仰け反らす。

「面白いっ! 面白いわっ! あなたたちっ!」

 エントランスホールを震わせるようなターナー氏の大音声。
 それを合図に、空間には魔力が満ちていく。

「面白いから全部採用っ!」

 高らかに掲げられたターナー氏の両腕と派手な爆発音。
 次の瞬間、エントランスホールには異形の怪物達が溢れかえっていた。
 人間、不定形のクエスチョンマーク、形を変え続ける昆虫に、ゆる族ということ以外にはもはや何だか分からない何か。
 しかもご丁寧に全てが巨大。
 おまけに一匹ではなく複数体で現れエントランスホールを所狭しとうごめき始める。

「ほ、ほう。これが『ソウノマウト』か……」
 玉藻は若干焦点を失った瞳で昆虫を眺め、
「いや、だからね」
 刀真のこめかみからも冷や汗が止まらない。

「は、はーん。こいつが『ハーちゃん』ね……これからよろしくな……」
 和人の開きっぱなしになった口からは乾いたセリフだけが漏れ出し、

「は、話せフォルクスっ! 俺、みんなに加勢しなくちゃっ!」
「状況を見てものを言えお前はっ! さっさと逃げるぞっ!」
 柱の影から飛び出そうとしたした樹はフォルクスに羽交い締めにされる。

 阿鼻叫喚。
 混乱の様相。
 あわや、このまま全滅かと思いきや――

「では、ぼくからなぞなぞっ!」

 そんな状況に一条の光となって差し込んだのははるかぜ らいむ(はるかぜ・らいむ)だった。
 エントランスホールに駆け込んできた勢いはそのままに、ターナー氏に向かってぴしりと人差し指を突きつける。
 らいむのその声で、ターナー氏の高笑いが止まる。
 それと同時に、怪物達の動きも止まった。
「ターナーさん、今度はこっちの番だよ。ぼくの出したなぞなぞに答えられなかったらこの怪物達もしまって、絵も貸してくれる――ってどう?」
 ライムの提案に、ターナー氏は少し考え、
「面白いわね。いいわ」
 ニヤリと笑った。
「じゃあいくよっ!」
 らいむも、可愛らしい顔に不敵な笑みを浮かべてみせる。

「描いても描いても描き終わらない絵は何の絵でしょーか?」

「……」
 ターナー氏がその腕を組んだ。

「……」
 しばらくして天井を睨む。

「……」
 さらには口をへの字に曲げてみせる。

「……」
「……」
「……」
 徐々にそれらの仕草が早くなっていき――

「……ううう。降参」

「よし、やったねっ!!」
 らいむが小さくガッツポーズ。
 エントランスを歓声が包んだ。

「こ、答えは? 答えはなんなのっ?」
 困惑の表情で答えを求めるターナー氏。

「みかんの絵っ! 『未完の絵』……だよ?」

 再び歓声。
 ターナー氏はがっくりとうなだれた。
「さ、約束だよっ!」
 ずいっとらいむがターナー氏に詰め寄る。
「ま、いいわ。面白い答えが聞ければ貸してあげるつもりだったし――お嬢ちゃんのなぞなぞが決定打だけど。怪物は、幻影だしね」
 ターナー氏がぱちんと指を鳴らすと、当たりを埋め尽くしていた怪物は跡形もなく消え去った。
 へなへなとへたり込む一同に、ターナー氏は実に魅力的な微笑みを放った。

「はい、どうぞ」
 ターナー氏から渡された大振りの絵画。
 いわくにまみれまくりの絵画とあって、手にしたライムの周りに、全員が集まった。

 たぶん「秋」を描いた物なのだろう。
 すっかり色を失った木々に囲まれた小さな家と、それに相応しい小さな庭が描かれている。庭の真ん中では小さなたき火が燃えていて、落ち葉を集めるのに使ったのだろう箒が転がっていた。
「あれ? でもこれ――」

「どこが『彼女』で、どこが『猫』なんだろうね?」

 らいむの言葉を引き継いだのは、突然現れた白菊 珂慧(しらぎく・かけい)だった。
 確かにその言葉の通りで、絵の中には女性も猫の姿もない。
「あ、ごめんね。なぞなぞに挑戦するつもりだったんだけど……準備に手間取っちゃって。でも、絵があるってことは成功したってことだよね。じゃあこれ、はい」
 珂慧が抱えていた巨大な荷を解くと、出てきたのは数枚の絵画。
 そのまま、どこか眠そうな様子で、少々困惑気味の一同に「はい、はい」と言いながら絵画を渡していく。
「でも『絵描きが死の間際に呪いを掛けて』なんて言うからどんなにすごい絵かと思って来たんだけど、ちょっと肩すかしだよね。おまけに風景画。てっきり人物画だと思ってたのになあ……ちょっと予想と違っちゃったなあ」
「えっと、これ、なに?」
 そのまま、「大丈夫かなぁ」と考え込んでしまった珂慧に、らいむが代表としてその場の全員の気持ちをぶつけた。
「あ、ああ、ごめんね。説明不足だね。これ、僕が描いたフェイクなんだ。イルミンスールまでの帰り道に、噂の怪盗に盗られちゃたまんないもんね」
 「なるほど」と、全員が手を打った。