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トリック・オア・トリート~イタズラっ娘は誰ですか?!

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トリック・オア・トリート~イタズラっ娘は誰ですか?!

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第2章 豪華絢爛?!ラズィーヤ邸

 トリック・オア・トリートっ!
 お菓子をくれないとイタズラしちゃうぞ〜!と言われても、むしろ可愛い娘がいたら積極的にイタズラしたい。……そんな不貞な輩を撃退するためか?伊達 藤次郎正宗(だて・とうじろうまさむね)は来る人来る人に
「悪い子はいねかぁーっ!」
 と人虎の姿で叫んでいた。どうも別のイベントと混ざっているようだ。
「ちょっ!殿、そのイベントと違いますっ!!はいはーい、カードはこちらです。パーティー直前は混むので、今のうちに引いちゃってくださいね!」
 ベアトリクス・シュヴァルツバルト(べあとりくす・しゅう゛ぁるつばると)は、正宗にツッコミながらも、来客にわかりやすく手を挙げて来客を誘導する。しっかりと自分の仕事はこなす。
 今日のメインイベントでもあるダンスタイムのカップリングは、プリンセスの箱とウィッチの箱、引いたカードナンバーで相手が決まる。
「カードは見えるように、ホルダーに入れて首から下げて……」
 支倉 遥(はせくら・はるか)は、自分という見本を指しながら説明をしている。まだまだパーティーまでは時間があるが、早めに来てお茶をしたり、ラズィーヤの私邸を散策したりしたいという人は、意外と多かったらしい。
「あの……、すまないが自分はパートナー以外と組む気がないのでカードは……」
 申し訳なさそうな表情を浮かべ、ベアトリクスの誘導を断ろうとするガートナ・トライストル(がーとな・とらいすとる)の隣には、黒猫の格好で俯き加減な女性の姿……。
 せっかくのパーティーという新しい出会いの場を提供してみたい、と考えていたラズィーヤだが、仲の良いカップルの中に波風立てたがる無粋さは持ち合わせていない。
「大丈夫ですよ!ラズィーヤ様が、そうおっしゃる方にはこれを、と……」
 ベアトリクスは奥からそっと、対になったカードの入ったホルダーを持って来て、ガートナと島村 幸(しまむら・さち)の首からかけた。もちろん、これはお互い同意しているカップルのみには提供しているが、片想いの場合には運に頼る以外、小細工は利かない。
「はい、良いパーティーをっ!」
 お揃いのナンバー2の入ったカードを下げ、2人はベアトリクスに会釈をして、挨拶をしたい友だちがすでに来ているか楽しみにしながら、パーティー会場となる大広間へと入って行った。

 季節に合わせて、色とりどりの花や緑が美しく配列されている花壇の間を歩きながら、岩河 麻紀(いわかわ・まき)アディアノ・セレマ(あでぃあの・せれま)は、なるべくゆっくりと歩いていた。馬車で通った道も十分に素敵であったけど、ヴァイシャリーの敷地内は細部まで行き届いた手入れがなされ、花壇の通りには、薔薇のアーチや小さな噴水、それを彩るモニュメントなどが設置されている。アディアノは、可愛いモニュメントに夢中になって、見つけるたびに麻紀に指差して知らせてくれる。麻紀は、そんなアディアノの姿を愛らしいと思った。噴水に光る水滴が、静謐な雰囲気の空間に色どりを添えている。
 景色の美しさに見とれているように見えながらも、麻紀の意識はその深みへと沈みこんでいく。美しいものを見た時の、静かな心は彼女の痛みを再認識させるに十分でもあった。アディアノは、なんとなく麻紀が落ち込んでいる気配を察して、彼女の腕を取り、頬を寄せた。
「麻紀さん!何か、いい香りがするよ!」
 くんくんと空気の匂いを嗅ぐと、さまざまな花の香りの中に、ひときわ強い香りが……。小さなオレンジ色の花をいっぱいつけた木が、ちいさな妖精のモニュメントのすぐ横に立っていた。
「これは、金木犀よ。すごく良い香りでしょう」
 麻紀はアディアノの小さな頭を撫でながら言った。そして、金木犀の香りにはしゃいでいるアディアノに目を細めながら、もう少し歩いたらおやつにしましょう、と心に決めた。

 ヴァイシャリーの広大な敷地内では、自然や草木を楽しむことも出来るが、それだけでなく、ヴァイシャリー家が所蔵しているさまざまな絵画・書籍・歴史的資料なども、大変に見る価値のあるものが多くある。
 ヴァイシャリーは水上都市として長い歴史を持っているばかりでなく、かつてはシャンバラ古王国の離宮であったという点から見ても、独特の文化を持ち、かつ離宮で過ごすかつての王家の人々のためにパラミタ全土から集められた多くの歴史的・文化的価値のあるものが残っている。
 そのような地の中でも、とくにラズィーヤ・ヴァイシャリーは、現在のパラミタ人の中で、もっともシャンバラ女王の血統に近い者の一人と言われているだけに、ラズィーヤの私邸には、ヴァイシャリーの図書館や博物館で所蔵しているよりももっと、貴重なものが眠っているのだ。
 ヴァイシャリー家の価値というのは ただ単純に、豪華であったり、装飾に凝ったりしているというだけではないところにあると言っても良いだろう。ヴァイシャリー家の歴史は、シャンバラ古王国の歴史でもあるのだ。つい、見た目の派手さにばかり目が行きがちだが、ヴァイシャリーの敷地に入るということは、それだけでとても価値の高いことなのだ。
 
 なんでお金持ちの屋敷には、必ずこういうのがあるのでしょう……?そんな疑問を抱きながら、菅野 葉月(すがの・はづき)は玄関ホールから続く、ゆったりとした階段に歩を進め、正面にでかでかと飾り付けられているラズィーヤ・ヴァイシャリーの肖像画を眺めた。
 幼い頃に描かれたものなのだろう。画の中のラズィーヤは、今よりもずっと子供っぽい顔をしていた。方向音痴のミーナ・コーミア(みーな・こーみあ)を、広い屋敷の中で一人には出来ない、と葉月はそっと、ミーナの手を取った。なんだか良い香りがする……、と2人はキッチンのほうへと足を向けた。

 ぽつぽつと来客が来始めた頃、橘 恭司(たちばな・きょうじ)趙雲 子竜(ちょううん・しりゅう)もラズィーヤ邸に到着した。めったにない機会だから、じっくりとヴァイシャリーの屋敷を見学させてもらおう。出迎えの人狼から引いたカードをホルダーに入れてもらうと、恭司はちょっと一服……、と屋敷の外に出た。子竜は、来客の仮装を興味深げに見つめている。凝った仮装は眺めているだけで楽しい。
「お待たせ。行こうか」
 屋敷の中は、お菓子作りの女の子たちだろうか、多くの人の声が聞こえている。なんだか楽しそうな雰囲気が伝わってくる。甘い匂いが空気に溶け込んでいる。ツァンダとはまた違った文化を持つヴァイシャリーだけに、屋敷の装飾も目新しいものばかりだ。風光明媚なこの雰囲気は、ツァンダでは見かけない種類のものだろう。文化的価値の高いものがたくさん所有されているのだろうな、と思うと恭司はラズィーヤの屋敷を見て回るのが楽しみだった。
 流石にラズィーヤが私室として使っている部屋を覗く気はないが、時間の許す限り屋敷の中を見てまわりたい。キッチンがあるのだろう横を通り過ぎると、お菓子を作っている女の子たちの様子が見てとれた。女の子がキッチンに立つ姿はやっぱり悪くない。
 長い廊下を、壁の装飾を眺めながら歩いていると、扉の向こうから、何かが倒れる音がした。子竜は、そっと扉を開けて中を覗いた。何かの箱を倒してしまったらしい人影が、ごそごそと動いているが、箱の向こう側で何をしているのかは、見えない。……もしかしたら泥棒ではないか?!と、子竜は箱を蹴り飛ばした。びっくりした表情でその先にいたのは、着替え途中の女の子。
「すすすす、すまないっ!」
 子竜は慌ててアリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)に背を向けた。女の子の生着替えを覗いてしまった!
「あのあのあの、すみませんっ!えっと、その、外に出てくれますか」
 アリアは誰に何を謝っているのかわからないが、ともかく洋服を胸にかき抱いた。その言葉に子竜は我に返り部屋から出たものの、そこで待っているべきなのか、それとも立ち去ったほうが良いのかわからなかった。
「なんだ。どうした?」
 恭司が尋ねたものの、子竜の答えは曖昧だった。
「急だったとは言え……これ、ちょ、ちょっと恥ずかしい……」
 胸が大きく開いたミニスカートの魔女服は、アリアに似合っているものの、露出が多すぎてちょっと恥ずかしい。急きょ借りたりしたもんだからもう。どうしようもない。
「あの…、すみませんでした」
 アリアが扉を開けると、恭司と子竜が待っていてくれたので、2人にぺこりと頭を下げた。しかし、それ以上に、土下座せん勢いで頭を下げるのは子竜だった。嫁入り前の娘になんてこと……っ!子竜は顔を赤くしていたが、恭司はせっかくだから、とアリアを屋敷見学に誘った。

 秋の薄い陽ざしを少しでも取り入れようと、高月 芳樹(たかつき・よしき)は、本を手に窓辺へ立った。薄く開けた窓の外からは、お菓子の焼ける良い香りがしてくる。屋敷の中に華やかな場所は数々あるが、このラズィーヤのための書庫も、書庫として利用するには豪華すぎるほどの装飾が施されていた。しかし、その豪華な装飾よりももっと価値があるのが、ここに保存されている書籍たちだ。街に出したら博物館へ保存されるレベルの多くの本が所蔵されているのだ。イルミンスールにも、貴重な文献を多数所蔵している大きな図書館があるが、表には出ない文献を所蔵するラズィーヤの書庫に入ることが出来るのは、とても貴重な経験である。懐かしい香りで溢れているこの部屋は、普段はあまり人が立ち入ることはない。 
 アメリア・ストークス(あめりあ・すとーくす)は、黒いマントを翻し、芳樹のジャマにならない程度の大きさの声で話しかけた。
「芳樹、おもしろそうな本がたくさんあるわよ」
「そうだな。借りて行けたら、良いのだが……」
 芳樹が名残惜しそうに、本の背表紙を指でなぞった時、小さく何かがきしむ音がして、すっと書庫の扉が開いた。
「……おじゃまするジャン」
 扉から中を覗きこむように、イーディ・エタニティ(いーでぃ・えたにてぃ)の小柄な身体が現した。背の高い書架の立ち並ぶ部屋に、強い興味を持っている様子。うーん、この古い本も高そうジャン?!
「イーディ。あんまりいじるなよ」
 見学というよりも物色と言った表現のほうが近いのではないかと思われるイーディの目つきを察して、葛葉 翔(くずのは・しょう)はそれとなく注意した。窓辺に立っている人影に気付き、翔は2人に軽く会釈をした。
「何か、気になるものがありましたか?」
「そうですね。貴重な文献ばかりなので、借りて行けたら良いのにと話していたとこです」
 パラミタの歴史には、まだ地球人にはわかっていないところも多くある。この場所でなら、今までとはまた違う、パラミタの“隠された歴史”を見る事も出来るのかもしれない。

 なんでお金持ちの屋敷には、必ずこういうのがあるのでありますか……?どこかの誰かと同じような感想を持ちながら、比島 真紀(ひしま・まき)は、玄関ホールから続く、ゆったりとした階段に歩を進め、正面にでかでかと飾り付けられているラズィーヤ・ヴァイシャリーの肖像画を眺めた。幼いラズィーヤの笑顔が愛くるしい。真紀は、失礼にならない程度に自重しながら、ラズィーヤ邸の中を見学して歩く。先祖の肖像らしい中には、ラズィーヤに面ざしの似た少女の姿もあった。中には、真紀が見覚えのある人もいた。オケアニデスの恋したあの娘……。
 広い屋敷の中を目的なく歩いていたせいもあるだろう。真紀が足を向けた先には、いつの間にか鉄色の重厚な扉があった。この豪奢な屋敷にこんなものがあったのかというようなその厳重な扉は、真紀にある予感を起こさせた。…武器庫?
 美しいヴァイシャリーの水上都市には、平和という言葉が相応しい街並みが広がっている。百合園女学院では、当然武器などを入手することは出来ない。しかし、どんなに平和的に見える美しい都市であっても、離宮という歴史的な背景、古王国の歴史を振り返って考えてみれば、ヴァイシャリー家が私兵を持っていてもまったく不思議ではないし、ましてや、女王の血統に近いヴァイシャリー家の一人娘。厳重にガードをされていて当然と言えるだろう。
 このパラミタという大陸の歴史には、まだまだ隠されたものが多くあるのかもしれない。

 ヴァイシャリーの敷地内には、高い時計塔がある。歴史ある時計塔で、緑色のとがった屋根が特徴的だ。歴史を感じさせる重厚な雰囲気に反して、鐘を鳴らすシステムは、アナログではなくデジタルだ。昔は時を告げる重要な役割を担っていたが、今では特別な時にだけ、セットしてもらっている。
 今日のようなパーティーの日にも、ラズィーヤは必ず、パーティーの開始時刻に鐘を鳴らすようにしていた。重々しく響き渡る美しい鐘の音が、ラズィーヤは幼い頃から好きだった。
 ガランガランガラン。初めの音が次の音へと重なって、深みを増した音が、遠くへと鳴り響いている。17時。ハロウィンパーティーの始まりだ。