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トリック・オア・トリート~イタズラっ娘は誰ですか?!

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第4章 パーティーの後の贈り物

 オレンジの空が群青へと変わり、ぽつぽつとした光が黒に色どりを添え、白く空いた三日月が少しずつ、みんなの頭上へと登り始めた頃、ラズィーヤは、パーティーのお開きを宣言した。楽しい時間はあっという間に過ぎる。
 ハレの日の雰囲気を残したパーティー会場を後にするのは、誰もが名残惜しかったけれど、女の子を遅い時間まで引きとめることは出来ない。ラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)はホストとして、ホールでみんなを見送っている。お土産に、とお菓子作りでたくさん出来たハロウィンのお菓子が、可愛らしくラッピングされて手渡されていた。{SNL9999018#アイリス・ブルーエアリエル}と十六夜 朔夜(いざよい・さくや)は、最後までホストの補佐として、ラズィーヤの手伝いをしている。
「あの、静香様……。今日はありがとうございました。これ、受け取っていただけますか」
 真口 悠希(まぐち・ゆき)は、精一杯の勇気を絞り出して、桜井 静香(さくらい・しずか)に自分が作ったお菓子を差し出した。今日のお礼のつもりだった。
「ありがとう。今日は楽しかったね♪気をつけて帰ってね」
「はい。ありがとうございます」
 悠希は今日の夢のような一時に感動して、言いたいことはたくさんあるのに、上手く言葉にすることが出来なかった。
「静香さん、今日はおつかれさまでした。ステキなパーティーでした」
「うん。楽しかったねっ!おつかれさま」
 葛葉 翔(くずのは・しょう)は、静香に挨拶すると、右手を差し出した。静香は翔の手を軽く握り、そっと握手を返した。イーディ・エタニティ(いーでぃ・えたにてぃ)は、あぁあっ!ダーリンってば他の人の手を握ってるジャンっ!!と思ったが、今回だけは見逃すことにした。今度はもっとラズィーヤ邸を探検する時間が欲しいと、イーディは玄関ホールを見まわしながら思った。……アレ、超有名な絵ジャン!

「今日は、いろいろと……、あの、ありがとう」
 変熊 仮面(へんくま・かめん)は、七瀬 歩(ななせ・あゆむ)に向かって照れくさそうに頭を下げた。かぼちゃパンチのシルエットでも、マントをまとっている姿は王子様のようだ。いつも、まともな格好をしていれば、カッコイイのに…。歩は「ダンスには参加出来なかったので」とリチェル・フィアレット(りちぇる・ふぃあれっと)がお詫びに、とプレゼントしてくれたザッハトルテを胸に抱いて、幸せそうに笑った。
「こちらこそ!とっても楽しい時間をありがとうございました♪」
「よかったら、またお会いしましょう」
 2人の間は“気になる相手”から、少しグレードアップした、らしい……。
 パーティーではさまざまな出会いがある。鈴倉 虚雲(すずくら・きょん)は、
「今日はこんな俺に付き合ってくれてその…ありがとな?」
 と、冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)に緑の石の装飾のついたブレスレットをそっとプレゼントした。今日の記念に……。キザなことをする人ほど、実はテレ屋らしい。虚雲はわざとそっけない言い方をした。小夜子は、にっこりと笑顔で受け取って、また今度お会いしましょう、と約束した。

 早めの時間にパーティーを終わらせたと言っても、やはりちびっこたちはすでにおねむの時間で、眠そうな表情を浮かべている娘もいれば、すでにおんぶやお姫様抱っこ状態の子もチラホラ……。寝顔も幸せそうだけど、抱っこしている側もこれまた幸せそうな表情を浮かべているので、邪魔しないほうが良いのかもしれない。正直、眠った子どもは重い……。はじめは「眠ったら、イタズラしてしまいますわよーっ!」と、ご機嫌で崩城 ちび亜璃珠(くずしろ・ちびありす)を追いかけまわしていたロザリィヌ・フォン・メルローゼ(ろざりぃぬ・ふぉんめるろーぜ)も、眠ってしまったちび亜璃珠の重さに、ついにはお姫様抱っこからおんぶへ変えていた。お姫様抱っこって、腕力がないと出来ないんですわね……。これじゃ、せっかくパートナーになった、津波さんにご挨拶も出来ませんわーっ。
 高潮 津波(たかしお・つなみ)は、ちび亜璃珠をおんぶしているロザリィヌをにこにこと見つめて、ナトレア・アトレア(なとれあ・あとれあ)と一緒に挨拶をしに来た。
 いつも門まではラズィーヤの馬車が順番に送迎をするが、とくに女の子は夜道を歩かせたくないというのが静香の意向なので、今日はすでに寮まで馬車で送るように手配がされている。もちろん、百合園女学院の寮以外から参加の生徒たちについても、それぞれに安全に帰れるように手配済だ。
「リュース、一緒に帰りましょ♪もう、逃げないで」
 すでに見られてしまっているのに、いまだに女装を後悔して白波 理沙(しらなみ・りさ)から逃げるように隠れていたリュース・ティアーレ(りゅーす・てぃあーれ)を捕まえて、理沙はそっと腕を取った。
「……すみません」
 何に謝っているのか、自分でもよくわからないままに、リュースは、すみませんを何度も繰り返した。
 離れがたい気持ちを持て余しても、せっかくカップルになれた相手と過ごす時間も大切にしたいと思っても、時は非常にも流れ、帰る時間が近づいてくる。静香の“保護者としての目”は案外鋭く光ってるのだった。

 ラズィーヤのメイドたちは、お客様を追い出すような無粋な真似はもちろんしないので、まだ人の残る部屋は片付け始めることはなく、いつ何を申しつけられても良いように、そっと控えている。もちろん、パーティーの最中から、気遣いが行き届いていて、必要のないものや出たゴミなどは、下げられているので、それほど雑然とした印象を与えることはない。高務 野々(たかつかさ・のの)は、メイドたちの片付けの方法と学びたかったので、部屋に残っていたが、同じく後片付けの手伝いを申し出たロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)と一緒に、丁重な扱いでお見送りされてしまった。それでも、今日一日で得るものは多かったと、野々は大変満足していた。

 ラズィーヤは流石に慣れた様子で、生徒の来客のひとりひとりに「ごきげんよう」と挨拶をしてまわり、お土産を手渡しては、疲れを見せることなく可憐に挨拶をしていた。もちろん、お付きのメイドたちも、お客様たちの前で疲れた顔を晒すようなことはない。大和撫子を目指す、百合園女学院の生徒たちには、学ぶところの多い一日でもあったはずだ。静香はそう思いながら、ゆっくりとしかし確実に帰途へつく生徒たちを眺めていた。
 来客の最後の一人が帰ってしまうと、ラズィーヤは静香と一緒にガーデン横のテラス席に座り、メイドの淹れた紅茶を飲んだ。パーティーでもさんざんお茶は飲んだけれど、楽しいお茶もゆったりと過ごせるお茶も、どちらもステキだ。
「静香様、今日は楽しかったですわね。みなさん楽しんでいただけたようですし、ハロウィンパーティーを開いてよかったですわ」
「そうだね。お菓子も上手に作れたみたいだし。新しいお友達も出来たかな」
「……そういえば、結局あの騒ぎはなんでしたの?問題がないのでしたら、良いのですけれど」
「……あぁ、アレね。アレは、大丈夫だよ。楽しい出会いがあっただけ!」
 静香はにっこりほほ笑んだ。

 静香も帰ってしまうと、広いラズィーヤの邸宅はしぃんと静かな時間を取り戻した。子どもの頃から過ごしている屋敷だけあって、広くても、人の気配がなかったとしても、ラズィーヤはとくにさみしいと感じるようなことはなかった。
 しかし、パーティーの後はいつもどこか少しもの哀しい気持ちにはなるのだった。ラズィーヤはその気持ちを愛してもいた。パーティーの後の静けさ、ハレの日の過ぎ去った切なさは、また次の、楽しい日に希望をもたせてくれるものでもあるのだ。
 パーティーは好きだが、疲れを感じないわけではない。ただ、幼い頃からの習慣で、人前では常に優雅にふるまうことが身についている。今日は早く休むことにいたしましょう……、そんな風に考えながらラズィーヤが自室のドアを開けると、バラバラバラっと何かが上から降ってきた。
「きゃっ!……なんですの?」
 ラズィーヤの頭上に降ってきたものは、びっくりしただけで、とくに痛くはなかった。そっとひとつ拾い上げると、それは赤いセロファンに包まれた☆型のぺろぺろキャンディーだった。セロファンを取ると、それははちみつ色にキラキラと輝いた。……これは確か、静香様もいただいていた、べっこうあめと言うキャンディー。ラズィーヤが、ぺろん、と舐めると、甘いお砂糖の味が口いっぱいに広がった。なんだか、疲れが取れる気がする。

 床に広がった赤や青のセロファンに包まれたキャンディーの中に、オレンジ色のミニ封筒がひとつ、ぽつんと落ちていた。

「ハロウィン、楽しんでいただけましたか♪」
 のメッセージに、ラズィーヤは、にっこりと笑顔を浮かべた。