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第2章 教会への道

 静寂の中、時折ハチの羽音と誰かの叫び声が聞こえてくる。
 ハイムの町の各所で戦いが始まっているのだ。
 一体何匹いるのか、町の至る所から、ハチの群れは湧いてくる。
 今もまた、ハチの一団が町の大通りを飛んで行った。
 それを見届け、通りの陰から菅野 葉月(すがの・はづき)がそっと顔を出す。
「……ハチは行ったようです」
「それじゃ、今のうちに進んじゃおう!」
「はい。町の人がいる教会までは、もうすぐです」
 葉月と彼のパートナーのミーナ・コーミア(みーな・こーみあ)に守られ、今回の依頼人である少女シーナ・エレットが足早に駆け出した。
 彼らが先導しているのは、町の人を助けるために集まった学生たちだ。
 ハチに見つからないよう目立たず、それでいて最短距離のルートをシーナは進む。
「そこの路地を行けば近道です……あっ!」
「シーナさん!」
 足を滑らせたシーナを緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)が支え、肩を貸してやる。
「慌ててはいけません。それでなくともシーナさんは弱っているのですから」
「ですが……」
「カズキさんが心配なのですね。気持ちはわかります。遥遠も、遙遠が同じ状態になったら、きっと冷静ではいられないでしょうから」
 紫桜 遥遠(しざくら・ようえん)が悲痛な表情で、遙遠とシーナに目をやった。
 シーナのパートナーであるカズキは、彼女が助けを求めるために町を出た時には、既にハチに襲われ重態だったと聞いている。
「でもさ、まだ大丈夫なんだよね?」 
 会話に加わったのは、横で話を聞いていたミーナだった。
 彼女の言葉は、ただの希望的観測から出た言葉ではなかった。
「はい、カズキになにかあれば、私にわからないはずがありませんから」
 自分で言って安心したのか、シーナが少しだけ落ち着きを取り戻す。
 それでも、最悪の事態がいつ訪れるか、それは誰にもわからない。
 パートナーを失うという恐怖は、パラミタにいる誰もが共感できるものだった。
「ですがシーナさん、あなたもまだ本調子ではないでしょう? 助けを求めに町を出た時にも、ハチに刺されているはずです」
「あなたがパートナーを想うように、逆もまた然り、ですよ」
 遙遠と遥遠の励ましに、シーナがこくりと頷く。
 とはいえ、シーナが蒼空学園に助けを求め、町に戻って来るまで、既に数日。
 カズキも、町の人も、ほとんど余裕はないと見ていいだろう。
(一刻も早く町を蜂から開放してあげないとですね)
 遥遠が決意した時、先頭を行っていた葉月が鋭く呟く。
「止まって下さい」
 立ち止まった一行の視線の先に、一際大きな建物が映っていた。
 目的地の教会である。
 だがその周囲には、数多くのハチがたむろしていた


 教会の中に人がいることがわかっているのか、教会の周りからハチが完全に去ることはない。 
「結構残っているな」
「ええ、正面扉までの距離から考えると、襲われずに辿り着くのは難しそうです」
 葉山 龍壱(はやま・りゅういち)天領 月詠(てんりょう・つくよみ)が、教会までの道筋を相談している。
「いけそうか?」
「ええ、ハチはまだこちらに気付いていませんし、なんとかなると思います」
「よし、それじゃ、合図をしたら一気に行くぞ」
 龍壱が遙遠や葉月にそう伝える。異論はないらしく、彼らも頷き、ミーナと遥遠が後方の仲間に伝達していった。
「シーナさん、中への呼びかけをお願いします」
「教会までは僕たちが護衛しますから」
「あ、はい、よろしくお願いします」
 緊張した面持ちで、シーナが教会を見つめていた。
「雪、中は任せたぞ」
 龍壱が空菜 雪(そらな・ゆき)に呼びかける。雪は笑顔で頷き、
「ご主人様、ご武運を……」 
 心を込めたパワーブレスによって龍壱に祝福を与える。
「主様、援護は任せてください」
 月詠もまた、龍壱を安心させるように光条兵器を構えてみせる。
 ふたりのパートナーに背中を押され、龍壱が号令をかけた。
「よし、行くぞ!」
 その声に、路地から生徒たちが一斉に飛び出した。


「シーナです! 助けが来ました! ここを開けてください!」
 教会の扉に辿り着き、シーナが叫ぶ。どんどん何度も扉を叩くと、扉の向こうで複数の人間が慌しげに動く気配がした。
「危ない!」
「きゃっ!」
 シーナを狙って降りてきたハチを、遥遠の薙刀が両断する。
 彼女の薙刀の先には布が巻かれ、煌々と炎が猛っていた。
 遥遠が炎の薙刀を振り回してハチを牽制する一方、
「この辺りのハチをできる限り殲滅しますよ、遥遠!」
 遙遠がスプレーショットによる面制圧を行う。
 ばら撒かれた弾が、ハチの群れを抉り取った。
 その直後、閂が外され、教会の扉が荒々しく開かれた。
 近くにいた者から、次々に教会の中へと入っていく。
 それを見て神楽崎 俊(かぐらざき・しゅん)がパートナーであり、義理の妹でもある神楽崎 沙織(かぐらざき・さおり)に向かって叫ぶ。
「沙織、早く中に入れ!」
「わ、わかりました! 義兄さんも無茶しないで下さい!」
 返答代わりに、扉の前に陣取った俊が、教会に入ろうとしたハチをアサルトカービンで狙い撃つ。
 ヒールが使える分、沙織は中で怪我人の治療に当たった方がいい。そう考えての俊の判断だった。
 見れば、他にも何人かが中に入らず、教会を守るためにこの場に残ろうとしている。
「扉を閉めるぞ!」
 俊の声に、遙遠と遥遠が反応する。
 扉を閉めるために背を向けた3人を守る形で、龍壱の爆炎波と月詠の火術がハチを牽制した。
 そして、軋んだ音を立てて教会の扉が閉ざされる。中に入る手段を失い、一旦上空に引き上げるハチの群れ。
「まだまだ未熟な俺だが、ここは絶対に通さないぜ!」
 ハチに相対し、俊が吼えた。わずかな時間とはいえ、騒ぎが起こったことでハチたちが教会に集まっていた。
 入口が閉ざされたことで、集まったハチたちの標的は教会の前にいる俊たちに移る。
 町の人を、そして自分のパートナーを守るため、決死の覚悟で彼らはハチに相対した。