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第3章 もうひとつの戦い
 
 教会は怪我人や極度に疲労した人たちで溢れていた。
 さながら野戦病院の様相を呈している。
 町の人の救助に来た者は無事、教会の中に入ることはできたが、それですべてが終わったわけではない。
 むしろ、彼らにとっての戦いはこれからだった。
「より痛むものは速やかに申し出ろ。我慢はするな」
 イーオン・アルカヌム(いーおん・あるかぬむ)が、持ってきた薬を使い、迅速に処置を施していく。
「あ、ありがとう……ございます」
 床に横たわっていた青年が、途切れ途切れに礼を言った。
「できることをしているだけだ。それに俺は医者ではない。これで助かったと思うな」
 冷たい口調で容赦なく言い切るが、それでも青年の安堵の表情は変わることはない。
 処置を終え、青年が眠りに就いたのをイーオンが確認したところで、フェリークス・モルス(ふぇりーくす・もるす)セルウィー・フォルトゥム(せるうぃー・ふぉるとぅむ)がやって来た。
「イオ、次は何をしたらいい」
「イオ、次の指示をください」
「そうだな、フェルは水と氷嚢を準備してくれ。セルは――」
「うわあああん!」
 指示を出そうとしたイーオンの言葉を遮り、子供の泣き声が教会内に響き渡った。
 見ると、5、6歳ほどの少年が泣きながら立ち尽くしている。
 助けが来たことで、緊張の糸が途切れたのかもしれない。
「イオ」
「ああ、まずいな」
 フェリークスの声に応じ、イーオンが頷く。
 数日間に及ぶ立て篭もりで、町の人々は精神的に限界に来ていた。
 少年の泣き声をきっかけに、他の幼い子供たちが今にも泣き出しそうに顔を歪める。
 その空気が大人にも伝播したことで、不穏な空気が漂い始めていた。
 放っておくとパニックになりそうだ。
「黙らせてきます」
 子供に向かおうとしたセルウィーに、フェリークスが訊く。
「どうする気だ?」
「気絶させれば静かになるでしょう」
「待てセル、早まるな」
 物騒なことを呟くセルウィーをイーオンが止める。
 その時、少年に駆け寄る少女がいた。ミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)だ。
「ほら、男の子なんだから泣いちゃいけないよ〜」
 そう言って、ミルディアは優しく少年を抱きしめてやる。
 直接人肌を感じたおかげか、少年の泣き声が小さくなっていく。
「偉い偉い。そうだ、ちゃんと泣き止んだら、ごほうびあげる!」
「ひっく、ごほうび?」
「うん、ほら、あまーいお菓子だよ」
 ミルディアは今回、常備食としてマドレーヌを多めに持ってきていた。
 そのうちのひとつを割って少年の口に放り、残りは彼の手に持たせてやる。
「……おいしい」
「よかったー。まだたくさんあるよ。みんなも食べる?」
 気付けば、ミルディアの周囲には子供たちが集まっていた。
 彼女の言葉に子供たちがわっと歓声をあげ、ミルディアに殺到する。
「ちょ、ちょっと落ち着いて! 順番に――あっ、キミ血が出てるじゃない! 救急箱救急箱……」
「ここにありますわ」
 すぐ後ろで、救急箱を手にしたミルディアのパートナー和泉 真奈(いずみ・まな)が、小さくため息をついていた。
「出発する時に置き忘れていましたよ。肝心なものを準備しなくてどうするのですか」
「あ、ごめ〜ん! ありがとう!」
 満面の笑みで救急箱を受け取るミルディア。
 ナーシングを併用しつつ、子供たちや町の人の治療を行う。
 真奈もまた、ヒールやキュアポイゾンでミルディアの補佐を行っていた。
 それでも、毒針にやられた重傷者にはあまり効果がない。
「やはり、特効薬でないと効果は薄い様ですね……」
「そうだね。でも、あたしたちはあたしたちにできる事をやろうよ!」
 ミルディアがあえて明るく、元気良く言った。
 漂い始めていた不穏な空気は、とっくの昔に消えている。
「やるものですな」
「非効率的です」 
 ミルディアたちの様子を見ていたフェリークスとセルウィーが、それぞれ感想を漏らした。
 そんなパートナーふたりに、イーオンが呼びかける
「セルにもいつかわかる。とりあえず、今俺たちがやるべきことは一緒だ。手伝え」
「イエス・マイロード」と声を揃え、彼女たちはイーオンの治療を手伝うのだった。


 襲われた時の恐怖を引きずっているのか、女の子が固く目を瞑って震えている。
「大丈夫ですわよ。ここは安全ですわ」
 ナトレア・アトレア(なとれあ・あとれあ)が、そんな女の子の背をさすり、水を飲ませてあげた。
 自分になにができるか考えた結果、彼女は水を詰めた2リットルのペットボトルを持って来ていた。
 薬にしろ水にしろ、いきなりの襲撃で立て篭もらざるを得なかった町の人にとって、それらはありがたい物資である。
「津波にも、わたくしが有用だとわかってもらいたいですわね……あら?」
 ナトレアの目に、彼らをここまで案内してきたシーナが映る。
 シーナは彼女と同年代の少年、それとその隣に横たわる小太りの少年を看病していた。
 彼らが、シーナのパートナーのカズキと、友人のフランクだろう。
 しかし、ふたりとも意識がないことと、シーナの泣きそうな表情から、容態が芳しくないのだと察することができた。
 彼らの治療は澄んでおり、これ以上ここでできることはなかった。
 しばらくして、看病を続けていたシーナが唐突に立ち上がった。
 立ち上がった際にふらつくが、それでも厳しい表情のまま、教会の裏手へと消えていく。
 そんな彼女を慌てて、数人の生徒が追って行った。
「……心配ですわね」
 シーナが去った方向を眺めていたナトレアの耳に、今度は女性の悲鳴が聞こえてきた。
「な、なんですの!」
「そぉれ鉄砲を食らえ〜〜」
 そこには病人の前でズボンを下げた南 鮪(みなみ・まぐろ)の姿が。
 ナトレアが鮪に詰め寄る。
「な、なにをしているのですか!」
「はっはー、これはパラ実に伝わる伝統的現地緊急蜂刺され対処方だ〜。知らなかったのかよォ〜。パラミタじゃあこれは効果があるってのは最早常識だぜ」
「そ、そうなのですか……?」
 思わず信じかける真面目なシーナ。
 そういえば、事前に調べたハチに刺されたときの対処法にそんなものがあったような――と、そこまで考えたところで思い直し、
「と、とにかく、時と場所を考えてほしいものですわ!」
「チッ、しょうがねえなあ〜」
 鮪がズボンをはき直した。
 行為の信憑性はともかくとして、ここにはたくさんの人がいる。続けさせるべきではないだろう。
 恥ずかしさを追い出すように、ナトレアが大きく息を吐いた。
「ヒャッハァー! なら今度はアリスキッスだー! 魔法切れの人はカモ〜ン!」
「いいかげんに、しなさい!」
 ナトレアの一撃が、鮪を壁まで吹っ飛ばした。