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夜をこじらせた機晶姫

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夜をこじらせた機晶姫

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chapter.5 瀬蓮ルート2・記録 


 空京。
 瀬蓮たちがドーナツ屋でグレイプという名前を知った頃、店が並んでいる大通りから外れた路地裏では、シルバ・フォード(しるば・ふぉーど)とパートナーの雨宮 夏希(あまみや・なつき)がより深い情報を得ようと聞き込みを行っていた。
「シルバ……なぜ、このような場所で聞き込みを?」
 夏希の当然の疑問に、シルバはあっけらかんとした様子で答える。
「とにかく情報はいっぱいあった方がいいだろ? だったら、出来る限りの人に話を聞くべきだ。たぶん他の皆は表通りで頑張ってるはずだから、俺たちはこっちの方を聞いて回ることで、満遍なく情報をゲットするんだ!」
 それはあまりにもシンプルな回答だったが、シルバらしいな、とも思える言葉だった。夏希はそんなシルバのため、決して得意ではない会話という行動を道行く人に取っていた。しかしここはあまり治安が行き届いていない裏道。通行人は穏やかな人だけではなかった。
「おいねえちゃん、なんだ? 逆ナンか?」
「え、えっと、あの……お尋ねしたいことがありまして……」
 見るからにチンピラっぽい連中が、夏希に絡みだした。夏希は困った顔をしながらも、どうにか話をしようと試みる。
「俺たちもねえちゃんに聞きたいことあるぜ。ねえちゃん彼氏いんの?」
「いや、あの、ええと……」
「まあいいや、とりあえず俺らと遊ぼうぜ。カラオケ行く? それともホテル行く?」
「どうせやること一緒だろ? ホテルとか金もったいねえし。ここでやっちゃおうぜ」
 数人のチンピラたちはそんなことを話すと、夏希を取り囲んだ。パートナーのシルバは不幸なことに少し離れた場所で聞き込みを行っていたせいで、夏希が襲われそうになっていることを知らなかった。
「シルバっ……!」
 目を閉じ、パートナーの名を呼ぶ夏希。
「おい、しっかり手と足押さえとけよ……ん? おいっ!」
 チンピラの中のリーダーっぽい男が、返事のない様子を不思議に思い振り返ると、チンピラ仲間数名が地面に倒れていた。
「なっ……どうした!? おい!」
 わけが分からずうろたえるチンピラ。そこに、ひとりの男性が声をかけた。
「ふむ、最近の若い者は女性の扱い方がなっておりませんな」
 ばっと声の方にチンピラが顔を向ける。そこに立っていたのは、朝野 凱(あさの・がい)だった。
「あぁ? ジジイ、誰だよてめえ」
「ひとりの老いた執事でございます。ただ、その分野では一流であると自負させていただいておりますが」
 殴りかかるチンピラの拳をひょいと避け、軽く腕をひねって動きを封じる凱。
「まだ続けますかな? 次は遠慮出来ませんが」
「ぐっ……畜生、覚えてろよ!」
「ふふ、生憎歳のせいか物忘れが激しくなってきましてな。残念ながら貴方様のことなど、すぐ忘れてしまうでしょうな」
 凱は手をパンパンとはたくと、不敵な笑みを浮かべながらチンピラを見送った。
「あ、ありがとうございます」
 頭を下げ、お礼を言う夏希。
「礼には及びませんぞ。困っている者に手を差し伸べるのは、執事として当然のことでございますから」
 その少し後、騒ぎを聞きつけやってきたシルバも凱に礼を言い、3人は協力して聞き込みを続けた。余談だが夏希のレベルは優に凱のそれを超えており、実は助けとかいらなかったんじゃないか説もなくはないが、それを感じさせないのが夏希の美しさ、そして凱の老練さの成せるわざなのかもしれない。
 3人はしばらく経ってから瀬蓮たちと合流し、それまでに集まった情報をまとめて他の生徒たちと共有することにした。
「シルバ、結局私たちの方では大事な情報は得られませんでしたね……」
「そんなことないと思うぜ? あの場所には情報が落ちてなかった、それ自体がひとつの情報だろ?」
 シルバ、それはポジティブすぎます。
 夏希は心の中でそっと突っ込んだ。凱は瀬蓮たちから聞いた情報を携帯に打ち込んでいた。どうやら誰かにメールで送信しようとしているらしい。その携帯の指捌きは渋谷の若者も顔負けの速さで、凱曰く「お若い人たちに負けていられないですからな」とのことだった。
 そんな彼らを含めた生徒たちを見渡して、瀬蓮は独り言のように言葉を口にした。
「ヴィネの方も、何か分かったことがあったかなぁ」



 同じ空京内にある、電子機器・機械関連のお店が並ぶ通り。
 遠鳴 真希(とおなり・まき)は、パートナーのユズィリスティラクス・エグザドフォルモラス(ゆずぃりすてぃらくす・えぐざどふぉるもらす)と一緒に通りを歩いていた。
「思ってたよりお店がいっぱいだね、ユズ。機晶姫のことだったら、そういう関係のお店に行って聞けばいいって思ってたけど……うーん」
 困り顔の真希に、ユズが助勢の言葉を与える。
「あの辺りのお店などはどうでしょうか、真希様」
 ユズが示した先には、機晶姫の整備場らしきお店があった。ああいう場所なら、もしかしたら。真希はユズの提案に、「うんっ、あそこに行こう!」と元気に答えた。
 店に入るなり、真希は店員を見つけ、ダッシュで駆け寄る。
「ねっねっ、ちょっと教えてもらいたいことがあるんだけど、いい?」
「おっ、なんだあ嬢ちゃん、おつかいか?」
「違うよぉ! あのね、機晶石のことで聞きたいことがあるんだ!」
 そんなやり取りにユズはクスクスと含み笑いしながら、真希の近くに歩み寄る。
「光の下でしか機能しない機晶石について、お噂などお聞きになったことはありませんか?」
 真希の言葉に補足して尋ね直すユズ。
「んん? そんな変わった機晶石は知らねえなぁ。機晶石について知りたかったら、ここよりヒラニプラに行った方がもっと色々な話聞けると思うぜ、嬢ちゃん」
「そっかぁ……」
 がっくりと肩を落とす真希。念のためヴィネの写真も見せてみるが、やはり期待したような反応は得られなかった。

 ふたりが店を出て通りを抜けると、前日に皆が集まっていた公園がある場所へ帰り着いた。そしてそこにいたのは、ヴィネと数名の生徒たちだった。
「あれっ、あそこにいるの、やっしーさんかなぁ?」
 真希はどうやら友人を見つけたらしく、公園内へと向かって走り出した。
 その公園の敷地内では、日下部 社(くさかべ・やしろ)七瀬 瑠菜(ななせ・るな)がヴィネに身振り手振りを交えながら話を振っていた。
「どんなちっちゃなことでもええんや。なんか思い出したりしたら、遠慮なく言うてや!」
「今日もすっごい良い天気だし、これだけ晴れてたらいつもより機晶石もパワーアップして思い出す! とか、ないかなぁ?」
「はい……すみません、しかしやはり初期化される以前の記憶は残っていないようです……」
 申し訳なさそうに話すヴィネ。そんな彼女の肩を、社が軽く叩いて励ます。
「なあに、気にせんとってやヴィネぽん! そのうち記憶が戻ったり、親と会えたりして、みーんな丸く収まると思うで!」
「ヴィ……ヴィネぽん?」
「あぁ、ごめんごめん、俺、適当にあだ名つけてしまう癖があるんや。けど、そっちの方がすぐ仲良くなれてええんちゃうかなって俺は思ってるんやけどな。ヴィネぽん、は嫌やったかな?」
 ヴィネは一瞬戸惑ったものの、笑顔で社の言葉に対し首を横に振った。
「そうか、よかったわ! じゃあ今日からヴィネぽん、で決まりやな!」
「……はい。そういえば、まだおふたりのお名前を聞いていませんでした」
「ん? 俺か? 俺は日下部社って言うんや。気軽にやっしーって呼んでや!」
「あたしは瑠菜! 七瀬瑠菜だよ!」
 ヴィネは社と瑠菜を数秒見つめると、その名前を小さく反芻した。
「……名前と外見を記録、照合しました。人物把握完了。日下部社、七瀬瑠菜」
 機械的な音声がヴィネの口から出てきて、瞬間ふたりは驚いた。
「びっ、びっくりしたぁ。急にどうしたの?」
「あっ、驚かせてしまってすみません……初対面の人の顔と名前を覚える時は、このデータ登録システムが自動で機能してしまうんです」
「そ、そっかぁ、機晶姫言うてもいろんなタイプがあるんやなぁ。でも、やっしーでええんやで?」
「ですが社さん……やはり、きちんと登録時の名前で呼んだ方が良いと思いますので……」
「んー……まぁええか、いつかもっと気軽に呼んでや!」
 と、社の背中にポンと小さな手が乗った。
「やっしーさん、相変わらず元気だねっ!」
 社が振り返ると、そこには真希がいた。
「おー、真希ちゃん! 真希ちゃんも元気そうやな!」
「どう? どう? 何かヴィネちゃんから聞けた?」
「いやぁ、まだやなあ。真希ちゃんの方はどうや?」
「うーん、あたしの方も役に立ててないんだぁ……瀬蓮ちゃんも頑張ってるみたいだから、あたしもお手伝いしてあげたいのになぁ」
 社はそんな真希の様子を見て、うんうんと頷く。
「やっぱ百合園は、良い子ばっかりやな〜。最初に手伝いたいって言った瀬蓮ちゃんもそうやし、真希ちゃんも、瑠菜ちゃんもや。よし! ここはもうちょっと踏ん張って、ヴィネぽんに最高の笑顔をプレゼントしたるで! 合言葉は、『親の温もりを』や!」
 より一層テンションを上げ皆を鼓舞する社。瑠菜も負けじと声を出した。
「メモリ機能とか、機晶姫とか関係なしに、思い出ってきっと大切なものだと思うの。だから、ヴィネがなくしてしまった大切なものを、あたしたちで探し出してあげないとね!」
 手を挙げる社と瑠菜に混ざり、真希も「おーっ」と声を揃え爪先立ちし、手を空に向ける。そんな真希を、ユズは微笑ましく見守っていた。
「あ、そういえば真希ちゃん、あゆむんも来てるみたいやで?」
 社のその言葉に、真希の顔がぱあっと明るくなる。
「えっ、歩ちゃんが!?」
 噂をすれば何とやら、ちょうどいいタイミングで公園に七瀬 歩(ななせ・あゆむ)が姿を現した。
「歩ちゃん!」
 真希は歩を見つけるなり、彼女の下へ駆け寄る。
「真希ちゃん!」
 歩も、走ってくる真希を見ると嬉しそうに手を振った。そしてふたりは手を繋ぎ合って、小さく飛び跳ねた。子供の頃学校でクラスの女子とかがやってた感じを想像していただければ分かりやすいだろう。
「真希ちゃんたちも瀬蓮ちゃんの手伝いに来てたんだね!」
「うんっ、ヴィネちゃんも、瀬蓮ちゃんも喜んでくれたらいいな、って思って!」
「あたしも一緒! 普通に両親がいるあたしにはその辛さは分かってあげられないかもだけど、すっごく悲しいだろうなっていうのは分かるから。だから、助けてあげたいなって思ったんだ!」
 でも、あんまり情報が手に入らなくて……と言葉尻を弱める歩。
「一回、他の人たちと集まった方がいいのかなぁ」
 これまでに集められた情報がどれくらいあるのか、現時点で分かっていることは何なのか。歩は自分の中にある疑問のためにも、それらを知ることが大事ではないかと思ったのだった。
彼女の中にある疑問。あのおじいさんは、どうしてヴィネさんをひとりぼっちにしちゃったんだろう?
 もしかしたらおじいさんが悪い人ってこともなくはないけど、何となく、そうじゃない気がする。何か、一緒にいちゃ駄目な理由があったのかな……?
 歩が持っている情報だけでは、浮かんでくるそれらの問題を解くことは出来なかった。そしてそのこととは別に、歩が思ったこと。
 悪い理由よりも、良い理由の方が悲しい結果を呼んじゃうこともある。歩はそんな心配もしていた。もしも。ヴィネさんが悲しむようなことになってしまったら。その時はあたしたちが近くで悲しみを和らげてあげたい。歩は自分の胸にそう言い聞かせ、ヴィネたちと瀬蓮のところへ向かった。



 連絡を取り合い、公園へと集合した瀬蓮やヴィネ、一緒に聞き込みをしていた生徒たち。
 メイベルや綺人、ミルディア、優斗らが現時点で集まっている情報をまとめた紙を配る。その紙には当然、他の場所で調べものをしていた生徒たちからの情報も書き加えられていた。箇条書きで書かれた用紙に、それぞれが目を通す。

・ヴィネは数ヶ月前から空京に滞在し、親子の風景を見て憧れを持った
・ヒラニプラの外れに、真っ暗な部屋に引きこもった研究者がいる、名前はグレイプ
・パーツの後付けが可能な機晶姫が存在する
・グレイプという研究者の所在地

「どうやら、ここから先はヒラニプラに行って確かめるしかないみたいだね」
 綺人が紙をしまい、行動を促す。
「まだグレイプさんって人がヴィネさんの親かどうかは分からないけど、それもきっと行って会えば分かるよね!」
「もし親子なら、やっぱり一緒にいるのが一番なのですぅ」
 ミルディアとメイベルが綺人の発言を後押しするように言葉を放った。
「では、皆さんで行きましょうか、ヒラニプラへ」
 優斗も、そんなセリフで後押しをした。瀬蓮がヴィネの方を見る。
「あの映像に映ってた人に会いに行くけど、大丈夫?」
 ヴィネは、瀬蓮のそんな配慮に軽くお辞儀をし、大きく頷いた。
「はい。皆さんこそ、ここまでお世話になってしまって、大丈夫ですか?」
「大丈夫に決まってるよ! あたしたち、ヴィネの一番の笑顔を見るまではどこまでもついてくからね!」
 瑠菜が即答して笑うと、他の生徒たちも口々にヴィネを支える言葉を投げかけた。
 それだけで、ヴィネの顔は温かみを持ってほころんだ。