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空賊よ、風と踊れ-ヨサークサイド-(第1回/全3回)

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空賊よ、風と踊れ-ヨサークサイド-(第1回/全3回)
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chapter.1 ヨサークと蜜楽酒家に関する2、3の出来事 


 蜜楽酒家。どこかエスニックな雰囲気が漂うその大きな酒場は様々な文化が混じり合っていて、さながら異種民族の溜まり場のようである。辺りを見渡せば、いかにもウエスタンな格好をした者や和服を着た芸者のような者、果てはゆる族やドラゴニュートまで、ありとあらゆる種族が首を揃えている。故にここは差別や争いの介入を許さない場所、非戦闘区域として指定されていたのだった。
 そんな独特の雰囲気を持つ蜜楽酒家でも、多くの学生たちがやって来るというのは比較的珍しい事態と言えるだろう。
 そのたくさんの生徒は、ルミーナ・レバレッジ(るみーな・ればれっじ)と共に環菜誘拐という大事件について聞き込みを行っていた。

「薫! こっちだこっち!」
 生徒のうちのひとり、鈴木 周(すずき・しゅう)に名前を呼ばれながら手招きされ椿 薫(つばき・かおる)が駆け寄ってくる。
「依頼中急に電話が来たからびっくりしたでござるよ。どうしたんでござるか?」
「ああ、実はうちの校長が……」
「そ、それは本当でござるか!?」
 事情聞いた薫は驚き、すぐに周たちと合流して救出作戦に加わることを決めた。
「あっちにルミーナさんもいるから、皆で環菜校長を助けに行こうぜ!」
「承知したでござる!」
 ぎゅっと互いの拳を握るふたり。実は彼らにはもうひとつ目的があった。それは、のぞき部の部員として避けることの出来ない目的……いや、運命。
 環菜校長はもちろん助ける! でも、その前に捕まってる姿を覗く!!
 そう、きっと縄とかで縛られてあられもない姿になっているであろう環菜を一目覗きたい。あの環菜の恥ずかしい姿を覗かずして、何がのぞき部員だ! 以前校長が風邪をひいた時部長が出来なかったことを、今度は俺たちが成し遂げてやる!
 周と薫は固い決意を胸に秘め、他の生徒たちが集まっているところに紛れた。

 その大勢の生徒たちの前に座っているのは、ひとりの男。瓶の中身を半分ほど減らした男に向かって、ルミーナが話しかける。
「最近、誘拐事件を起こした空賊について、何か知りませんか?」
 その会話の中で男は、ついさっき聞いたばかりの話がどうやら本当であるということを知った。男が手に入れた情報。それは、ある空賊が大金持ちの校長を誘拐したという話。そして男は、犯人の目星がついていた。
「……知ってるぜ。そいつの名前も、テリトリーもな。むしろ俺以外にあいつの行動圏を知ってるやつはいねえだろうな。さらったのはほぼ間違いなく、シヴァ・キールヴィルって空賊だ」
 シヴァ空賊団。それは総勢50人を超す、タシガン空峡の中でも大きな勢力を持っている空賊団だった。そして船長のシヴァは、ずる賢く、黒い噂の絶えない空賊である。そのシヴァが誘拐事件を起こした理由はひとつ、更なる金と権力を手に入れるためだろう。男は少しの間考える。
 これ以上シヴァに力を付けられては、俺たちの空賊団もいずれ潰されてしまう。しかし、今起きているこの状況は、好都合ではないか?
 こいつらは恐らく金持ちの校長とやらを助けるため集まったガキ共。つまり、シヴァの敵。ここに俺らの船員も加われば、シヴァと渡り合えるはず。
「俺の船でシヴァのところへ連れてってやる。ただシヴァ空賊団は結構な人数だ。女、おめえはどうでもいいが、後ろにいるおめえらは俺について来い」
 男は笑みを隠しながらそう告げた。これだけ女を船に乗せるのは不本意だが、どうせシヴァとの戦いで数は減るだろう。残ったやつがいたら空から突き落としてやればいい。死ね。女死ね。ガキのくせに色気出してんじゃねえぞクソアマ。
 思わず心の声が舌打ちとなって現れてしまった男は、気を取り直し、船員たちを鼓舞する。
「野郎ども、今回収穫する作物は蒼空の校長だ! シヴァ・キールヴィルを刈り取るぜ! Yosark working on kill!」
「Hey,Hey,Ho!」
 元気良く掛け声を上げる船員たち。その声で、酒場にいた何人かは男たちの方を振り向いた。そこには、先程まで空を駆けていたフリューネ・ロスヴァイセ(ふりゅーね・ろすう゛ぁいせ)もいた。
「騒がしいおじさんね」
 堂々とした歩みで男に近付き、話しかけるフリューネ。
「あぁ? 女、おめえは黙ってそのだらしねえ格好で空賊のオカズにでもされてろ」
 男が睨みながら返すと、フリューネは「下品な男……」とだけ呟き、身を翻した。
「ちっ……噂でしか聞いたことはなかったが、手強そうなヤツだ……いつかおめえも耕して、刈り取ってやる」

 蜜楽酒家を出て、自らの飛空艇へと向かう男。その背中に、ルミーナが話しかける。
「そういえば……まだお名前も伺っていませんでした。よろしければ、教えていただけますか?」
 男は面倒そうに振り返り、持っていた鉈で先に見える飛空艇を指した。
「ヨサーク。あの船の頭領、キャプテン・ヨサーク(きゃぷてん・よさーく)だ」
「ヨサークさん、ですね。わたくしは」
「女、おめえの名前に興味はねえ。そしてこれ以上会話する気もねえ。分かったらそのくせえ口を閉じろ」
 それだけを言い残し、スタスタとルミーナから離れていく男――ヨサーク。
 と、ヨサークの体がひとりの女生徒にぶつかった。思わず尻餅をついたその小さい生徒――桐生 円(きりゅう・まどか)を見下ろし、ヨサークが言う。
「おいメスガキ、おめえもこいつらの一味かよ。生憎俺の船にミルクは置いてねえぞ」
 その様子を眺めていたのは、円のパートナー、オリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)だった。オリヴィアは先を歩くヨサークの背中を見ながら言葉を漏らす。
「な〜んか気に食わないわぁ〜、あの態度ぉ〜。ねぇ、円もそう思うでしょお〜?」
「女子供だからって舐めてますね」
「あの傲慢な態度が気に入らないから、ちょっと弱みのひとつかふたつくらい握ってきましょうよぉ〜」
「マスターがそういうなら、喜んで。あのおじさんの困った顔が見れるかもというのは確かに面白そう……ボクを子供扱いしたこと、後悔させてあげるよ」
 そしてオリヴィアと円は、ヨサークたちの一団から離れ、今出たばかりの蜜楽酒家へと踵を返した。
「ミネルバも、ちょっとついて来なさいよぉ〜」
「うん! なんかよく分かんないけど、面白いことが始まるんだね! 楽しみ! 楽しみ!」
 円のもうひとりのパートナー、ミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)もオリヴィアに言われるがまま来た道を戻る。
 酒場へと再度足を踏み入れた円は、カウンターに腰掛けるとオリヴィアに指示された質問を口にした。
「あのヨサークって人、なんだか女の人にやたら冷たいみたいだけど……理由、知らない?」
 が、近くにいた空賊や店員がそれに答えることはなかった。オリヴィアはそれを見て懐からお金を取り出し、カウンターに置く。そして、もう一度質問をした。
「おねぃさんたち、ヨサークさんのこと知りたいのよぉ〜。教えてくれたら、もうちょっとお金出しちゃうかもぉ〜」
 その言葉を聞き、和服を着た芸者がすすす、と円たちに向かってきた。それを見たオリヴィアは妖しく微笑んだ。

 同じ蜜楽酒家の隅の方では、諸葛亮 孔明(しょかつりょう・こうめい)カチェア・ニムロッド(かちぇあ・にむろっど)が酒を飲んでいた。彼、孔明はルミーナたちがここに訪れるより先に店内に入り、席から離れずに周りを見渡していた。そして彼らのテーブルの前には既に空き瓶が2〜3本転がっていた。大した飲みっぷりである。数時間前にも飛空艇の中で結構な量の酒を飲んでいた孔明は、割とべろんべろんな状態だ。
「おっ、綺麗なおねえさんを見つけました」
 店内にいる美人に携帯を向け、写メを撮る孔明。
(勝手に写真を撮影してはいけません。良い子はマネしないようにしましょう)
 一通り店内を眺め終えた時、孔明の携帯に電話がかかってきた。相手は、契約者の風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)だ。
「……もしもし。どうですか、そちらの様子は」
「特にルミーナ殿に怪しい視線を向けていた者は……ひっく、見当たりませんな。優斗殿、そちらはどうですか? ひっく」
「こちらも、今のところ変わったところはありません」
 酒場の外にいる優斗が返事をする。彼と孔明の狙い、それはずばり監視であった。
「私たちとは無関係を装い、張り込みをしてほしい」
 優斗の携帯に、兄弟である風祭 隼人(かざまつり・はやと)のパートナー、ホウ統 士元(ほうとう しげん)からそう連絡が来たのは彼がフリューネとの接触を終えた頃だった。
 士元が優斗と孔明に伝えたことはふたつ。環菜が誘拐されたこと。そして、自分たちの同行を監視している者がいないか調査をしてほしいということだ。
 環菜先輩が誘拐されたのは、環菜先輩が空賊退治の依頼を出したすぐ後……そして、誘拐されてすぐルミーナさんは連絡を受けてここ、蜜楽酒家へとやって来た……この一連の流れは、偶然にしてはタイミングが良すぎはしないだろうか?
 そう思った士元は、優斗と孔明にそれを伝え、見張りをさせることにしたのだった。そして優斗と孔明は酒場の内と外に別れ、士元の言葉通り監視に当たっていた。敵方の監視員がもし見つかれば、すぐにでも問い詰めようという決意の元に。そう、孔明が先程からしていた酔っ払いのような行為も監視のひとつ、軍師孔明の策略だったのだ。
「では孔明、一旦切りましょう。何かあったらまたすぐに連絡をください」
「……」
「……孔明?」
「んっ……? あ、ああすみません、分かりました、ひっく、赤壁の戦いの件はペンディングということで……」
「孔明? 大丈夫ですよね? さっきからひっくひっく言ってますけど、酔ってたりしませんよね?」
 策略だったのだ……きっと。おそらく。たぶん。
 優斗は不安を感じつつ、外の監視に戻った。
「パートナー?」
 カチェアが電話を切った孔明に話しかける。
「ええ、全く心配性なパートナーですよ」
 酒のせいか、若干愚痴っぽくなる孔明に、カチェアは思いっきり同意した。
「やっぱり、パートナーに不満は付き物よね! 私のとこは逆に、ぐーたらで困ってるのよ」
 同じく酒が入ってるカチェアも、やや悪酔い気味だ。
(日本ではお酒は20歳を過ぎてから! 自分のアルコール耐性はしっかり把握して飲みましょう)
「いえいえ、少しくらいぐーたらな方が……」
「いやいや、そのくらい心配性な方が……」
 カチェアの本来の目的は酒場での情報収集だったが、もはやすっかり孔明との愚痴合戦になっていた。



 蜜楽酒家でそんな生徒たちのやり取りが行われていることなど露知らず、ヨサークは生徒たちを船に乗せ、今まさに発進させようとしていた。
「おかしらぁ、金持ちの校長を見つけたら、どうするんですかい?」
 船の甲板で風を浴びながら、船員のひとりがヨサークに問う。
「あぁ? 決まってんだろ、そんな市場価値の高そうな作物、わざわざあいつらに返してやる義理はねえ!」
「ですよね、頭領!」
「シヴァからそいつを奪ったら、そのまま俺らで横取りして、金づるにしてやるべ!!」
「さすが頭領! 俺たちに出来ないことを平然とやってのける! そこに痺れる憧れる!!」
 周りにいた他の船員が向ける眼差しに応えるため、ヨサークは大きな声を出した。
「よし、景気付けにもっかいアレやんぞこらぁ!!」
「ヘイ、頭領!」
「Yosark working on kill!」
「Hey,Hey,Ho!」
「もう1回!」
「Hey,Hey,Hooooooo!」
 そして強烈な勢いと共に、ヨサークの船は空へと飛び出した。