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ベツレヘムの星の下で

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ベツレヘムの星の下で
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気持ちを届けたいのは1人だけ

 東の建物の2階で、料理を軽く食べたリュース・ティアーレ(りゅーす・てぃあーれ)白波 理沙(しらなみ・りさ)は静かに庭園を眺めていた。
 本当は手でも取ってゆっくり歩いてみたいけれど、なんとなく気まずい空気が2人を包んでいる。
(今日来てくれたってことは、少なくとも嫌われてはいないんだろうけど……)
 ちらり、と隣を見れば腕を伸ばしてギリギリ届くかという距離に理沙がいる。このテラスは貸し切りのように誰もいないのに、酷く遠いその距離に胸が痛む。
(前はもっと、近くにいてくれたのに)
 薔薇の学舎の薔薇園でデートをするのは2回目。そして、前回は白い蕾に想いを乗せて告白してみた。けれども、その後のデートで自分の言葉足らずにより彼女を傷つけ、誤解されたであろうことに後悔しているリュースからは動くことが出来ない。けれど、それは理沙も同じだった。
 互いに気遣い、その結果広がってしまった隙間。軋み始めた歯車はもう動かないのかもしれないけれど、それでも友達としては側にいたい。告白を無かったことにするにしても彼女を悲しませたままにしておけないと、リュースは思い切って頭を下げた。
「――ごめん」
「リュース?」
「進展や返答の話、オレの言葉が足らなかった。傷つけたよね……ごめん」
 深々と頭を下げるリュースに理沙は困惑するしかない。薔薇の蕾で告白されたと思い距離を詰めようと思ったけれど、1度拒絶されたのでそれは勘違いだと思おうとしていたのに。迷惑を掛けないように、今日はちゃんと友達のポジションで楽しもうと参加していた理沙は、謝罪の意味が分からなかった。
「全く気にしてないって言ったら嘘になるけど、落ち込んでもいないよ? 友達と来られて楽しいし」
 にこりと微笑む彼女が無理をしているようには感じない。きっとそれは本心なのだろうけれど、再び庭園へと向けられる視線に肩を掴んで振り向かせてしまう。
「オレは嫌なんだ! ……これ以上、友達のままでいるのも。理沙が1人で強がっているのを見るのも」
「だって、あのとき――」
 秋色に染まった空の下で言われた言葉。それから近づくのが怖くなってしまって、今までよりも1歩離れて接している。
 本当は離れてしまったほうが良いのかもしれないとも思うけど、友達として側にいたいと思う理沙にはそれ以上離れることなんて出来なかった。
 なのに今は、リュースの腕に抱きしめられてしまっている。
「傍にいたい。支えてあげたいんだ、他の誰でもない理沙が好きだから」
 気持ちを押しつけてしまっていたとしても、正直に伝えたい。過去のことで誤解されていたならきちんと説明したい。昔は変えられないけれど、今愛しいと思うのは目の前の彼女1人きりで、代わりなんて存在しないことを、ちゃんと。
「本当は触れたいよ、オレも男だから。大事だから傷つけたくなかった」
 自分の肩に額を乗せて呟く言葉が、酷く震えている。あのとき伝えたかった本音なのだろうかと、ゆっくりと思い返してみる。
 あの秋の日に自分たちが溝を作ってしまったことは確かなのに、その言葉を照らし合わせると悲しい思い出もなんだか温かい気持ちになれるのは何故だろう。
「私は……あなたにそばに居てほしいの。これからもずっと、ね」
 驚いたように顔を上げるリュースに、つい苦笑してしまう。これでは、お互いに遠慮しあっていたのが馬鹿みたいだ。
「と、いうか……気付いてよね」
 腕から逃れることもなくクスクス笑い続ける理沙に、リュースは呆然としてしまう。
「ごめん、なんか信じられなくて」
「しっかりしてよ、騎士様?」
 赤いマントを靡かせて、青い騎士の服を着るリュースを冷やかすように言えば、思い出したように真っ直ぐ理沙を見つめる。
「――裏切ることなく、欺くことなく。誠実に理沙を守る盾となるよ」
「……うん」
 随分と短く纏められた誓いの言葉。けれども、騎士として側にいるのではなく1人の男として側にいてくれるのならば、それで十分だろう。
 少し遠回りをしてしまったけれど、これでもう不安になることもない。満月の月明かりの下で、2人は口づけを交わすのだった。
 そして、入り口で波乱の気配を漂わせていた虚雲はと言うと、友達にしては若干近すぎる距離にドキドキしながらも仲良く薔薇を見て回っていた。
「にしても見事だね……っと、あっ」
 けれども、射月の言葉が頭の中をぐるぐるとまわっていた縁は足下を何かに取られたしまったようだ。
 ライトアップされているとは言え、慣れない高さのヒールで景色を眺めながら夜道を歩く。その上考え事をするのは難しいだろう。どうにか転けないようにとバランスを取ってみるが、その甲斐虚しく転倒してしまう。と、思ったのだが。
「っと、セーフ!」
 さっきよりもっと近くに聞こえる虚雲の声に、自分が抱き留められたのだと気付く。年下で細身な彼なのに、支えてくれる腕は逞しくて男の子なんだと意識させる。それは虚雲にとっても同じことで、姉呼びで慕い年上だと意識していても彼女はこうして腕の中に入ってしまえるほど小さく、か弱くも見えた。
(ドキドキしたのは、私服が普段のイメージと違ったからだって思ってたけど……)
 友人が転けそうになったから支える。それは至極当然のことだと思うし、今までこんな気持ちになったことはない。予想外の急接近に鼓動が早くなるが、耐えられなかったのは縁のほう。
「あの、えっと、もう大丈夫だってぇ……ったぁー」
 慌てて体を離し立ち上がるが、どうやら足を捻ってしまったらしくその場で立つのがやっと。到底歩けたものではないだろう。
「縁ねえ? もしかして足捻って――」
「大丈夫! 大丈夫だよぉ……せーのっ……くぅうう」
 強がって1歩踏み出したものの、やはりこの足では歩けそうにない。大丈夫大丈夫とまるで呪文のように呟いているうが、我慢しているのはバレバレだ。
「これだと歩けないだろ? 俺の方が年下なんだし、ほら遠慮しない!」
 言うが早いか目の前にしゃがみこみ、おんぶの体制を取る。けれども、さすがにそれに乗るわけにはと辺りを見回した。
 立ち止まっているせいで近づいた皐月射月との距離。他には誰もいないけど――
「……紅が、いいか?」
 自分から提案したのに、言いようもない苦しさが込み上げる。別に、縁を運ぶのは誰だっていいはずで、ショックを受ける必要もない。けれど、キスでもしてるんじゃないかと思った待ち合わせ場所の件と自分に遠慮して射月を見ている縁にどんな顔をすればいいのかわからない。
「ううん、誰も見てないかなぁって。さすがに、おんぶは恥ずかしいよぉ」
 でも仕方ないねぇと言いながら虚雲の背中にお世話になることにし、近くの建物まで揺られることにする。
 そんな2人を後ろから見ている2人はと言えば、縁の異変に気がつかないわけもない。
「よすが、大丈夫かな。きょんお兄ちゃんも、しんどくないかな……ね、いつきさん?」
「え? ああ……はい」
 2人を見つめたまま盛大な溜め息。これではなにが「はい」なのかわかったものではない。
 入り口で見送ったときも小さな子に気を遣わせて、何をやっているのだろう。拠り所を失ったかのように皐月を抱きしめ、励ます言葉と共に額へキスをもらった。元気が出るおまじないだと笑う彼女に、このままじゃいけないと普段通りに振る舞っていたのに、宣戦布告をしたときの気迫はどこかへ消え去ってしまったのか。幸せそうな顔して歩く2人に、もう2度隣へ並べないような気さえする。
「よすがね、言葉は怖いって言うの。生かしも殺しも出来るからって。だからね、気をつけなきゃいけないよね」
「……さつきさん?」
「でもね、飲み込んじゃうのは違うと思うの。誰も傷つけないことなんてない、いつきさんが苦しんでたらワタシは悲しいもん」
 動かなきゃ始まらない。いつか来るだろうと漠然と構えていたことが起きた今、じっとしてもいられない。
「すみません、さつきさんは縁さんたちとゆっくり来て頂けますか? 僕はこの先の建物で治療薬をお借りしてきます」
「え? いつきさん!?」
「その後の看病はお任せします。……ということで、いいんですよね?」
 にこりと微笑んだ顔は、迷いのない笑顔。今日初めて見られた気のするそれに安心して、さつきも微笑み返す。
「うん、よすががしょうがないのは慣れっこだもん。任せて!」
 そうして紅が急ぐ東の建物には、先ほど初々しいカップルが誕生したばかりなのだが、リュースと理沙はそのまま2階のテラスでゆっくりしているようだ。
 下から賑わっている声が聞こえるけれど、もう少しだけ2人きりでいたいという思いが強いのかもしれない。
「そうだ、これ。一緒に食べよう」
 近くの椅子に置いていた包みを開けると、そこには林檎を包んだバウムクーヘン。料理を2階へ運ぶ際にあらかじめ持ってきていたお皿に切り分ける手際は見事な物だが、その手は少し違和感がある。
「そう言えば、さっき料理を食べるときも手袋をつけたままじゃなかった?」
「え、あー……うん。正装なんてあまりしないから、かな」
「……外してみて」
 なんとか笑って誤魔化そうとするリュースに対し、誤魔化されるものかと気の強い瞳で見返す理沙。根負けして渋々手袋を外したリュースの手は、火傷を負っていた。
「実は、これを作るときにちょっと……でも、見た目ほど痛くはないし、見苦しいかなって手袋付けてただけだから」
 林檎に生地を巻くときに熱い生地を触ったり勢い余って鉄板を触ってしまったのか指先は赤くなってしまっている。
 こんな手になってまで用意してくれたなんて、その気持ちは嬉しいが複雑な気分だ。
「――漂いし水の気よ、生命に恵みと浄化をもたらすその力で、彼の者に癒しの手を……ヒール!」
 キラキラと輝く粒が理沙の手に集まり、リュースの手を癒していく。まるで日だまりの中にいるかのような温かな光は心地良くて、水ぶくれの跡も赤みも静かに消えていく。
「……ありがとう」
「無理だけはしないで。守ってくれても、怪我なんてしたら許さないからね」
 ゆっくりと癒してくれるその光に、ふとリュースは彼女が持ってきていたオーナメントを思い出す。
 ベルには迷わず神様の元へ帰れるようにとの願いも込められているが、迎えの光はこんな風に清らかな物なのだろうか。
(でも、赤いリボンがついたあれなら……迷い無くこの愛を永遠に結び合わせる、かな)
 あのとき彼女がどう思って付けたのかは分からないけれど、隣に飾ったベハングの星を約束とするなら素敵な思い出になりそうだ。
「リュース、どうしたの? 思い出し笑いなんてしちゃって」
「いや、後でもう1度ツリーを見に行かない?」
 気付いた意味を教えてあげたら、どんな顔をするだろう。恥ずかしがる顔を独り占め出来たらいいなと思いつつ、リュースは大人しく癒されるのだった。
 そんな東の建物の近くで、カップルの安全とこのパーティの秩序を守るためにと身を潜めていた黒い影。レイディスは薄々感づき始めてしまった。
「……なぁ兄貴。俺たちは、良いことをしようとしてんだよな?」
「ああ、シングルヘルだと嫉妬に狂う奴らに制裁を与えてやるんだ」
 だから、これは良い傾向のはずなんだ。見回ってもカップルの悲鳴は聞こえず、悪巧みをする連中も見かけず、建物を見張っても幸せそうな恋人たちが寄り添って入ってくばかりで、独り身を嘆く連中が暴れてないこの現状に何が不満なんだ。
 手元に置いた処刑人の剣は、いくら暴徒とは言えクリスマスだからと刃に包帯を巻いている。コイツを振りかざすことのない今を不満に思うということは、すなわち――
「まさか、正義の名の下に八つ当たりをしようと……」
「レイディス、わかっていてもそれは口にするな。……いや、八つ当たりする理由なんてないじゃないか」
 本当は、この日のために良いスーツも用意した。プレゼントだって誕生石のサードニクスと銀の飾り鎖を使って手作りしたんだ、きっと喜んでくれるに違いないと、楽しみにしていたのに。
 こんなクリスマスを過ごすはずじゃなかった、今頃は俺たちもあのカップルたちの仲間入りをしていたに違いないと見守る様は、どこか悔しそうだ。
「そうだな、俺らは独り身じゃない。たまたま相手の都合が合わなかっただけだしな」
 クリスマスの暴徒たちと一緒にしてもらっちゃ困る。自分たちは正義のために戦うだけで、吹き飛ばして気絶させ、ふん縛って木に吊すことで相手が来なかったことの八つ当たりをしようだなんて微塵も思っていないんだ……多分。
「奴らは盛り上がったところを狙う気かもしれないしな、油断ならないぞ」
「そうだな兄貴! 要注意人物も来てることだし、終わるまでは気が抜け……っくし」
 ブラックコートに口元には黒いスカーフを巻いているので、そう寒いわけでは無いはずなのに出たくしゃみ。誰かが噂しているのかと考え、今日来られなかった彼女が土産話でも期待して待っているのだろうかと思うと荒んだ心が少し落ち着いてくる。
「どうした? 冷えたなら少し休憩にするか」
「いや……ちょっとくらい楽しんだ方が、土産話の1つでもしてやれるかなって」
 このままこうしていても、折角のパーティは終わってしまう。本当は悪さをするヤツがいないってことに気がついていて、彼女とこれなかったことで素直に楽しもうとしなかっただけだ。
「そう、だな。悪いことが出来ないよう、代わりにパラミアントのミニフィギュアでも飾ってきてやるか」
 そうすれば、カップルたちが集まるであろう東の建物も安全だ。決して悔しくなんてない。
「それじゃあ兄貴、俺たちは中央の建物辺りにでも混ぜてもらいますか!」
 かくして、パトロールも終了してクリスマスパーティを楽しもうとする2人。しかし、向かった先には要注意人物にチェックされていたがいたので、彼が冗談めかしたナンパ劇を繰り広げる度に目を光らせていたことは言うまでもない。