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黒羊郷探訪(第2回/全3回)

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黒羊郷探訪(第2回/全3回)

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1-10 黄金の鷲

 前回、イルミンスールからこの地を訪れていたエル・ウィンド(える・うぃんど)によって結成された自警団【黄金の鷲】。
 彼らが守るべき、力なき貧民窟にも、バンダロハムの北で戦闘が開始されたという報が入ってくる。いよいよ、自警団も動くとき……
「何? もう戦闘が開始された……?」
 バンダロハムが戦場になれば、ここの人々は逃げる場もない。
 そこでエルが考えたのは、人々をグループに分け、ウルレミラ、湖賊、みずねこの村といった各方面に受け入れ先を願い逃がすということであった。それぞれの方面に知己のある者をグループに入れることで、受け入れはより確実になるだろう。食糧や医薬品も分けて持たせる。
 ギルガメシュ・ウルク(ぎるがめしゅ・うるく)が、民を率いる。
「エル。では、行動を開始しましょう。予想外に早い展開ですが、こうなった以上、ここにとどまっているわけにもいきません。
 私は、作戦通り民を指揮して各方面へ逃がします。
 エル……? 大丈夫ですか」
「あ、ああ」
 始まってしまった戦い。
 エルは思案する。
 こういう貧民窟が普通に存在しているのも、その原因はこの土地を牛耳っているバンダロハム貴族に原因があるのかも知れない。
 教導団が統治した方が、民は救われるのでは……ならばいっそ。真相次第ではだが、貴族に対し反乱も、牽いては革命も……エルの頭にそんなことがよぎった。
 真相次第。そこは、見極める必要がある。
 エルは、貴族館へ向かう心積りだった。
 そこへ、自警団のトップに会いたいと言い、接触してくる者があった。
 鷹月 桜を名乗る軍人口調の女性と、レナード・バウマンを名乗る彼女に付き従うドラゴニュートの二人だ。
 鷹月は、教導団の手の者であることを打ち明け、援助の申し出をエルに持ちかけた。
 エルは、民を救うために、戦地を逃れさせ、各方面に受け入れ先を作る考えを述べる。すでに、湖賊には家族がいる者があるが、ウルレミラはバンダロハムとは実質交流のない土地だと言えるし、みずねこの村も不確実である。
 鷹月は、本営に連絡を取り、非力な貧民をウルレミラに一時避難させることを提案。自身は、次は湖賊との接触を得るため、湖賊の方面へと向かった。
 ここに、貧民窟と教導団が線で結ばれるきっかけができた。これは、エルのいち早い行動があったためだと言えよう。



1-11 みずねことミューレリア

 少し遅れて三日月湖地方に到着したミューレリア・ラングウェイ(みゅーれりあ・らんぐうぇい)は、みずねこの村を訪れていた。
 前回のリアクションで誰も訪れることがなかったみずねこの村は喜び、こぞってミューレリアを大歓迎して手厚くもてなした。
 三日月湖観光地図に説明文もなく小さく載っているだけのマイナーなこの場所を皆が関心を示さないのも無理はないかも知れない……。みずねこの村は、湖の西のほとりの木々陰に隠れた目立たない場所にひっそりとあった。
 みずねこも、古い土着の一族で、湖賊とは、湖賊が三日月湖にやってきた頃からの知り合いということになる。湖の魔に悩まされていたみずねこは、湖賊と協力してそれを退け、湖の平和をもたらした。
「なるほど……」
 招かれた村長家で食事をとりつつ、そういった歴史を聞くミューレリア。
 お酒好きの彼女には、みずねこ酒も美味、それにみずねこ文庫やみずねこ美術館なども訪れることができた。
 何より、こうしてミューレリアはみずねことの親睦を誰よりも深めた。
「みゅーれりやは、このあとどうにゃされるね?」
「私は、バンダロハムへ行くつもりなんだ。
 湖賊は、旅人を襲うってことはないのか? できれば、安全なルートを教えてもらえるとありがたいんだけど」
「まかせるにゃ」
 みずねこは、結局みずねこ船まで出してくれることになり、ミューレリアを案内してくれることになった。
 ちゃぷちゃぷ。湖を行くみずねこ船。
「バンダロハムに行ったら、どこみるにゃ? みずねこが案内してやるにゃ。
 おまえ久々の客人にゃ」
「あ、ああ。礼を言うぜ。
 とりあえず、沼人マーケットで買い物をしたいと思っているんだ」



1-12 ひろしの妙計

 岩造の呼びかけによって、多くが教導団に付いた食い詰め浪人の中にあって、安易に応じなかった一グループ。
 五月蝿ひろし(さつきばえ・‐)は、黒羊側の使者からその動きを認められ、黒羊軍に参入しないか、と持ちかけられたのだった。
 使者に話を持ちかけられたひろしは、咄嗟に判断を巡らす。
「……(この寄せ集めを戦線投入? 冗談ではない。さりとて功を立てなければ黒羊勢には取り入れぬし……困りましたな)」
 黒羊軍に食い込む好機ではあるが、黒羊側で戦うすなわち、食い詰め同士の戦いとなれば情が絡んで戦いにくいだろうし、教導団や貴族の軍には叶う筈もない。……
 だが、これを逃せば、単なる傍観者として埒外に置かれ、浪人衆の信を失う。……ひろしは、部屋の外から不安げに見つめる浪人らを見た。
 ひろしは使者に、
「軽率でないところを買って頂けたのであれば、少しひと気のない処で詳しく話をしたいのですが?」
 使者とサシでの話し合いの場に至ったひろしは、こう持ちかける。
「お誘いは有り難いが……我々の兵力はただの数。
 まともに戦場に投入したところで、時間稼ぎの捨石にすらなりませんが……」
 と切り出しつつ、ひろしの頭はまたフル回転を開始していた。
「ほう……。では、黒羊軍への力添えは無理と。我ら黒羊旗の誘いを断ると申されるか」
「いえ、まともには戦力外とは言いましたが、些か策はあります。
 教導団の一部隊を偽装して、街に略奪を行うことで貴族と教導団を離間させてみせましょう。
 バンダロハム貴族の勢力が弱まることは、貴軍にとっても長い目では有益と見ますが、どうですかな」
「ほう……。なるほど」使者はにやりと笑った。――黒羊軍にとっても、バンダロハム(三日月湖地方)は、教導団攻略のための足がかり。教導団をここから追い払ってしまえば、当然、バンダロハムのトップもウルレミラのトップも要らない。そのために食い詰めを上手く利用できればそれでいいか、と。黒羊側はこれに乗ることになる。
「だが、簡単にそんなことができるものかね?」
 使者の反応を見て取って、ひろしは微笑し、
「都合よくこんな獲物がかかりましてな」
 ひろしの手にあるのは、教導団軍服。
 話は決まった。
 都合よく、ひろしは言った。確かに、そう都合よく教導団軍服があってよいものか、と思われるかもしれない。しかし、ひろしにはそれを持っている必然的理由があった。何故ならひろしとはつまり……。また、ひろしには、バンダロハムに悪政を敷く貴族すなわち民衆の敵を叩けば、民心を教導団に付けることもになろう、という考えもあった。すなわちひろしとは、教導団の……
「ひろし。甘利から聞いたぞ。黒羊旗からの使者だったのだってな。どうなった?!」
 ひろしは一呼吸置いて話し始める。
「……いいですかな。我々はとりあえず黒羊側に付くことになりました。
 とにかく、これは我々を最も高く売り込んだことになる、とお考え頂きたい」
 浪人勢はざわめいた。
「その交渉は確かか」「黒羊の兵になるのか?」「この生活から抜け出せるならば……」
「まず我々は教導団の一隊に偽装し、バンダロハムを攻めることになる。
 そこで、街で最も悪評高い奸商の候補を挙げて頂きたいのですが」
「……となれば、そりゃあ相手はバンダロハム貴族館とその周辺だろうよ」
「バンダロハム貴族館? じゃあ、あそこの傭兵連とやり合うってのか? 無茶だ……」
「教導団や黒羊軍の力はわからんが、やつらと言ったらそれ以上だろうよ?」
「いや、待て。黒羊側に付いた貴族は、教導団と黒羊旗の戦いになった北の戦線に傭兵連を投入したという。ならば……」
「チャンスじゃねえか?」
 決まりだ。
「よし……これより私どもは、教導団にその名を轟かす龍雷連隊となりますぞ!」
 そしてその後は……(旗揚げ)……ふふふ、ついにこのひろしにもチャンスが。ひろしはニヤリと笑う。
 しかしまずは。
 (偽)龍雷連隊となったひろし率いる食い詰めの100が動いた。
「龍雷来来!」「龍雷来来!」

 さて、ここで一旦物語は三日月湖を離れ、もう一つの激戦地となる谷間の宿場へ目を向けることになる。