薔薇の学舎へ

波羅蜜多実業高等学校

校長室

葦原明倫館へ

雪下の幻影少女 

リアクション公開中!

雪下の幻影少女 

リアクション

【3・ルミーナ・レバレッジは躊躇わない?】

 場所は再び校長室に戻る。
 そこでマトーカ・鈴木(まとーか・すずき)は、部屋が揺れて雪像環菜が倒れるのを懸念して窓から外の戦闘を見守っていた。生徒の勇姿を特等席から眺めて、ご満悦な表情であったが。勿論ちゃんと中にも気を配っている。
 現在その室内はというと、市井とマリオンが持ってきた大量のドライアイスと、隼の氷のおかげで環菜の雪像は溶けることはなくなっていたが。そのぶん皆がガクガクと寒そうに震えてしまうことだけは仕方なかった。
 そんな現状をさっさと打開すべく生徒達は、凶司のサイトに寄せられて来る情報を頼りに、環菜を元に戻す術を色々と試みていた。

201 :名無し:2020/xx/xx(水) 13:15:21.05
オレ、そういう症例知ってるぜ。そんな時はネギを頭に巻くんだwwww

312 :パッ君:2020/xx/xx(水) 13:25:38.33
僕が聞いた話では、念仏を聞かせてあげれば治るらしいであります。

373 :クモジャケ:2020/xx/xx(水) 13:46:06.38
周りに炎に関わる獣の置物を並べればいいと、わたしは思いますです……

 のような、ばかばかしいものから真面目そうなものまでやるだけやってみていた。
 しばらくは外を眺めていたマトーカも、思いつくアクションを起こしてみようかと思いたち、ちょっとあたためてみたり、ほんとにネギ借りてきて巻いてみたり、話しかけてみたりといった方法をとっていったが。
「どれもダメじゃのう。これではお手上げじゃ」
 結局、ことごとく失敗に終わった。うっかり救助方法にヒットしたらばめっけものくらいに考えていたとはいえ、やや落ち込むマトーカだった。
「残念ですわね。せっかくサラマンダーの人形も探してきましたのに……」
「しょうがないだろ、情報の信憑性までは責任持てないからな」
 ルミーナと凶司のやりとりを横目に見つつ、市井はふいに切り出した。
「……なあマリオン、もうひとつ呪いを解く方法でポピュラー、というかお決まりの方法を知ってるか?」
「……正直言うとあまり聞きたくないんですけど、なんですか?」
「キスだキス。チューってな」
 そしてチュー、と迫ってくる市井に、マリオンはその顔面にドライアイスの一撃を打ち込んだ。
「おわ! ちょ、なにすんだよ! 氷ならまだしもドライアイスは本気で危ないだろ!」
「そっちが馬鹿なことするからですっ!」
 と、まさかそれが正解とは実際思っていない市井はそれで引き下がってしまうのだった。
 そんな喧騒へ、入口から愉快そうな色の混じった声がかけられた。
「あらあら、これは面白い事に立ち会ってしまいましたわ」
 それは百合園女学院所属の城ヶ崎 瑠璃音(じょうがさき・るりね)だった。彼女は本日蒼空学園を訪れ、校長に挨拶を出来ればと偶然この場にやってきたらしかった。
「ふふ……これはきっと、後で色々と使える素材になりますわ」
 禁猟区をかけているルミーナは、含み笑いをして近づいてくる瑠璃音の不穏な空気を感じ、いつでも対応できる位置取りをする。アリアも殺気看破とディテクトエビルで警戒しているゆえ、警戒を強める。
 と、そこへ別の殺気を持って駆け込んでくる人物がいた。それはザイエンデ。遅れて永太も入ってくる。ザイエンデは勢いを殺さずに駆けて、シロップと練乳を振りかぶった。
「っ! 好きには、させない!」
 が、そこは警戒していたアリアが校長の間に割って入り、シロップが軽くアリアの顔にかかることで被害は避けられた。ザイエンデはそのままルミーナやマトーカ、そして永太に取り押さえられつつも、じたばたと諦めることなく暴れ続ける。
 と、その隙をついた瑠璃音がダッと環菜の雪像に抱擁をする。
「私が温めてさし上げましょう……人肌で」
 そしてそのまま、口づけをかまそうと試みる。ルミーナ達は、ザイエンデに気を取られまだ気がついていなかった。
「こら、勝手にそういうことをするのはよくないですよ」「そ、そうですよ! なにやってるんですかっ!」
 しかし、そこへまた新たに校長室に入ってきた道明寺 玲(どうみょうじ・れい)レオポルディナ・フラウィウス(れおぽるでぃな・ふらうぃうす)が見咎めて割って入ろうとする。
「おっと。邪魔をするんじゃないぜ!」
 しかししかし、それをまた瑠璃音のパートナー森猫 まや(もりねこ・まや)が突如姿を現して止めていた。
 まやは瑠璃音の言いつけに従い、環菜と瑠璃音の絡みを携帯電話で、動画として記録する役だったらしく。今までは光学迷彩で姿を消していたのだった。
 他の生徒はいきなりのことに対応に困るばかりで止めることはできず、ついには瑠璃音の唇が近づいて、環菜のそれと触れようかという瞬間――
 突如環菜の身体から吹雪が放出し、あっという間に瑠璃音を包んでいく。
「!? な、なんですのこれ……!」
 謎の吹雪に驚きながらも、それでも負けじと唇を近づける瑠璃音の執念はさすがだったが、いくらやっても寸前のところで吹雪がそれを邪魔し、ただただ余計に吹雪が纏わり着くばかりで。
 結果、十秒も経たない内に瑠璃音は、完全に環菜同様に雪像と化してしまっていた。
「う、嘘だろ!? なんだってんだよこれ? 返事してくれよお嬢様!」
 さすがに慌てふためくまやは、雪像の瑠璃音をぺちぺちと触るが、返事は返ってこない。
 あまりの衝撃的な展開にルミーナ達は呆気にとられる。
 と、そこで力が緩んだところでザイエンデは床から飛び起き、シロップと練乳を環菜のチャームポイントであるおでこにぶっかける。
「ちょ、ちょっとザイン!」
 永太の静止もきかず、そのままザイエンデは一口食べようと「あーん」と口を近づけた。
 そのとき先程と同様の現象が起きた。吹雪が巻き起こり、そのままザイエンデまでも包み込もうとする。
「ザインッ!」
 が、すんでのところで永太に引っ張られて吹雪に捕まらずに済んだ。
「これは、どういうことですかな……? なにか呪いの類か、あるいは……」
 玲はそんな様子を眺めながら、皆が行った失敗についてメモをしておく。そしてザインのかけたイチゴシロップのせいで、顔面出血したみたいになった雪像環菜を写真にとっておいた。が、ルミーナに軽く睨まれたので慌ててカメラを引っ込める。
「もう、今のタイミングではさすがにルミーナさんに失礼ですよ」
 レオポルディナにも窘められ、軽く肩をすくめる玲。
 そんな彼女は、ルミーナがシロップをハンカチで拭きとったのを確認してから、許可をとって環菜の生命活動があるのかを調べるため胸元に耳をくっつける。そこからは確かに心音が響いていた。
「おや? これは……奇妙ですな」
 その行為で玲はあることに気づいて首を傾げる。
「どうかしたんですか?」
「いえ。今しがた耳をくっつけた時には、吹雪が起きなかったと思いまして。ただの偶然とも考えにくそうですし、これは重要なことに思えますな」
 そのまま考え込む玲。真似してレオポルディナも考え込むポーズをしていた。
「おっ?」
 と、そのとき凶司が小さく声をあげた。
 なにごとかと一同の注目が、現在パソコンに表示されているHPに集まる。そこには、

573 :生徒A:2020/xx/xx(水) 14:12:05.18
さっき例の幻影少女捕まったの見た。雪像から元に戻すにはキスすればいいって話してた。

 という記事が載っていた。
 有力な情報に場は沸き立ちかけるが、同時にその行為は先程瑠璃音がやろうとして失敗しているだけに若干の戸惑いが場に漂う。
「よしもう迷ってる暇ないな、ルミーナさんチュー!」
 が、市井は場を打開すべく敢えてそう提案していた。
「え、ええぇ!? こ、こういうのって普通は男の人がするものじゃないんですか!?」
「いやあ、カンナちゃんが後で知っても一番ダメージ低そうなのルミーナさんだしさ、ねぇ」
「た、たしかにそうですわよね……」
 思い悩み始めるルミーナ。
「あ、あー……なんなら我が試してみてもいいんじゃがのぉ」
「恥ずかしいですけど、自分も校長を助けたいですし」
「ま、まってください! それなら俺だって!」
 マトーカや、隼、陽太も参戦表明し始める。
 そのうえいつの間にか部屋に現れたジョーカー・トワイライト(じょーかー・とわいらいと)も、
「おでこでも大丈夫でしょうか? のほほほほほほ、ほ」
 参加する気があるようだった。
「でも、ヘタをしたらさっきのように皆さんまで雪像になってしまうかもしれませんわ」
 ルミーナの言葉にも、怯む生徒はおらず、
「なに、そのときはそのときです、ルミーナさん。以前読んだおとぎ話に石像に変えられてしまった姫を口付けで治すなんてのがありましたし、数多の伝承でも姿を変えられた人物は大抵キスで治ります。今回も方法自体は間違っていないと思うのですよ」
 むしろそのジョーカーの言葉で、やる気を増す一方だった。
「そうです! もし会長に対するこの俺の、熱量(魂)を捧げきって自分が朽ち果てたり身代わりに雪像化しても、望むところですよ!」
 中でも陽太は人一倍テンションがあがったらしく、ダダッと他の生徒を押しのける勢いで環菜へと近づき、その勢いに任せてキスを……
 ピリリリリ
 ……する寸前で、携帯電話が鳴った。
 緊張していたぶん、全員が軽くコケそうになった。
「な、なんですかこんな大事なときに……も、もしもし?」
 心臓バクバクの陽太は声が上擦っていた。
『もしもし? 私です、紫月綺那です』
 電話をしてきたのは、図書館組の綺那からだった。陽太は一応、場の皆にも伝わるように音量を調節する。
「どうかしたんですか?」
『見つけたんですよ! 雪像になった人を、元に戻す方法を!』
「ああ、それでしたらもう……」
『手段は口づけ、つまりキスです。ただ、それを行うのは誰でもいいわけじゃなくて』
「え?」
『その人物がもっとも信頼している相手……要するにパートナーからのキスでないと効果が無く、それどころか拒絶されて同じように雪像になる可能性があるらしいんです』
「パートナーからのキス? ということは……」
 視線が一気にルミーナに集まる。
『とにかくそういうことですから、行う時は気をつけてください。それじゃ』
 ピッ
 電話は切れた。
「…………わかりましたわ。環菜さんを助けるためですものね」
 もはやそれ以上の言葉はいらず、ルミーナは静かに雪像になった環菜へ歩み寄り。
 そのまま冷たい頬を両手で覆い、ゆっくりと顔を近づけていく。
 観客の生徒達がドキドキでそれを見守る中。
 ついにキスが――

ドオオオォオオオン!

 交わされる直前、轟音によって室内が大きく揺れた。
「きゃっ!」
 その拍子に雪像の環菜が前のめりに倒れ、ちゅ、とルミーナの唇が環菜のおでこに接触した。
 瞬間、それこそまばたきするくらいの間で、環菜は元の姿へと戻っていた。
「……あれ? 私……」
 状況がわかっていないらしい環菜は、目をぱちくりとしていたが。
「か……環菜さん! 環菜さんっっ!」
 ひしっ、とルミーナに抱きつかれ、今度は目を白黒させて戸惑うのだった。
 自然に部屋には拍手喝采が巻き起こる。
「よかったですね、ルミーナさん。やはり口づけこそ呪いを解く常套手段だったようです、のほほほ」「ああ、でもなんだか少し残念な気がするのはどうしてでしょうろう」「はは、俺もですよ」「まったくじゃのう、惜しいことをしたもんじゃ」
 喜ぶジョーカーに、キスできず残念がる隼、陽太、マトーカ。
「あ、あら? 一体なにが……?」「瑠璃音! よかった、元に戻った! キスはやっぱり身体のどの部分でも良かったんだな」
 瑠璃音の手にキスをしてみたまやは、パートナーの無事に喜んでいた。
 歓喜一色の雰囲気についていけない環菜はかりかりと頭を軽くかいて。そこで自分の顔がなぜだかべとべとしているのに気づいた。
「…………」
 視線の先には、ザインから奪ったシロップと練乳を持っている永太。
「え? いやあの、これは永太のしわざじゃないですよ!? ほんとに違――ぅぁ!?」
 そして。
 これまでの経緯を、永太を形容し難いほどえらい目に合わせつつ聞いた環菜は、
「なるほどね。そんなことになってたの……」
 溜め息混じりに呟き、改めて窓の外へと視線を向けた。
 そこには――