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エピローグ『後悔無き明日へ』

 マリエルを探して駆けていた愛美の足が、ふと止まった。
 眩しく輝く夕日の中、赤く染まった芝生の上を、闇色の塊がするすると進んでいたからだ。
 愛美はしばらくその場に立ち尽くしたあと、180度方向転換して、黒ずくめの益代に駆け寄った。
「益代ちゃん」
 マントの下で、細い肩がぴくりと跳ねた。立ち止まった益代が、ゆっくりと愛美を振り返る。
 帽子のつばが作る影の中で、蛍光グリーンの瞳がぼんやりと浮かんで見えた。
「何か用?」
 隙間風のようにかすれた声で、益代が短く言う。
 愛美はちょっと首をかしげて、微笑んだ。
「えっと……人形になったみんなを元に戻してくれて、ありがとうね」
「馬鹿じゃないの、あなた」
 益代の目が、途端に鋭く細まった。
「わたしはわたしの勝手な都合で、あなたたちにあんな仕打ちをしたのよ? それをなじるならまだ分かるけど、ありがとうってどういうこと?」
「ああ、そか。そうだよねぇ……。うーんと、でもね」
 愛美は、まだ痺れるように痛む胸に手を当てて、微笑んだ。
「益代ちゃんは、梅木君を取られたくない一心で、あんなことしたわけでしょ? それをね、諦めるって言うのは、それをやめてさ、みんなを解放するって言うのはさ、すごく……勇気のいることじゃないかなって、思って」
「ああ、なるほど」
 ふん、と益代が鼻を鳴らした。
「あんたも、毅様にフられたんだ」
 うっ、と愛美は思わず呻いた。
「なんで分かるの!?」
「わたしは凄腕の占い師よ、顔見れば何だって分かるの」
 尊大な口調で言ってから、益代はすぐに噴き出した。
「……なんて、冗談よ。あなたがね、泣きそうな顔してたから」
「うそ!」
「本当よ。……なあに、笑ってたつもりだったの?」
 益代がやわらかく微笑んで、愛美の頬に手を伸ばしてきた。
 けれども、頬に触れる直前で、益代の生白い手はぴくんと止まった。
 愛美は笑って、益代の手に自分のほっぺたを、ぐりぐりとこすりつけた。
 小さな益代の手は、寒空で冷え切ったように冷たいけれど、やわらかかった。
「……あなた、呆れたお人好しね。いつか、もっと痛い目見るわよ」
 ふん、と鼻で笑いながら、けれど益代は、手を引っ込めようとはしていなかった。
「いいよ。マナミンはね、人を信じて後悔しても、人を信じないで後悔はしたくないんだよ」
「……そう」
 俯くように、頷いて、益代が手を引っ込めた。
 ひんやりと冷たい手の感触だけが、愛美の頬に残っていた。
「わたしね、校長室に寄ってきたわ」
「校長室?」
「ええ。自主退学してきたの」
「退学!? どうして!?」
「どうしてって、あなた、もう学校にいられるわけないじゃない。あれだけのことをして」
 愛美の息が詰まった。
 愛美の視界に映る、寂しげに微笑んだ益代の瞳が、じわっ、とにじんだ。
「は!? なになに、何であなた泣くわけ!?」
「だって……益代ちゃん……」
「やめて、泣かないでよ胸が痛いから。……学校にいられないなんて、ただの口実よ。本当はね、後悔したくないからなの」
 益代は微笑んで、愛美を見上げた。
 もう一度、生白い手が伸びてくる。
 今度はためらわずに、益代の手が愛美の頬に触れた。
 少しだけ血の気の戻ったような、ぬるい指が、愛美の目元をぬぐう。
「あなた、わたしに言ったでしょう? 後悔しないように生きてるって。……だからわたしもね、そうしたいって思ったの」
 益代は微笑んだ。どこか泣きそうな、けれど力強い笑みだった。
「自分の運命を呪って、他人に迷惑をかけて生きるより……なんとか、この呪われた運命から抜け出す道を見つけたい、それが無理でも、この運命を呪わず生きてゆける道を、じっくり探してみたい、って、そう思えたの」
 愛美の目からこぼれる涙が止まっても、益代は手を下ろさなかった。
「おかしな話よね、運命は心がけ次第でどうとでもなる、なんて言ってた人間が、いまさらその言葉の意味に気づいただなんて。それに気づけたのは……あなたのおかげね。好き勝手振り回しておいてこんなこと言うのもなんだけど……ありがとう」
 愛美は微笑んで、かぶりを振った。
 うまく笑えていたかは分からない。また、視界が涙でにじみ始めていたから。
 益代は手を下ろした。しばらく、蛍光グリーンの瞳が愛美を見据えて……突然に、益代はきびすを返した。
「たくさん迷惑かけたわね。……さよなら、小谷愛美」
 歩き出した益代の背中にかけられる言葉を、愛美は口をぱくぱくさせながら必死に探った。
「あ……えっと、益代ちゃん! また蒼空学園に戻ってくる?」
「ええ。もう他人に迷惑をかけずに生きて行けるようになれたら、そのときには必ず戻ってくるわ。……そのときはね、ちゃんと友達を作ってみたいの。綾乃さんみたいな親友や、マッシュのような悪友を」
「私みたいなのは?」
 ふと、益代が歩みを止めた。
 ずいぶん小さくなった、カラスの濡れ羽色をした益代の背中が、真っ赤に燃えた地平線に浮かび上がる。
「……恋敵もね、敵じゃなくって友人なんですって」
 益代が、歌うように言った。
「そういう意味では、あなたみたいな友人も欲しいわ。その時は、ぜひ真正面からぶつかってみたい。同じ目標を目指して高めあいたい」
 くるりと、益代が振り返った。
 真っ赤な夕日が、地平線の彼方に沈んでいく。
「そういうわたしになれたなら、きっと帰ってくるわ」
 夕日が沈みきった。
 あたりが闇に包まれて、黒ずくめの益代の姿も、夜闇の中に溶け消えてしまった。
 夜の帳が下りた空には、太陽の変わりに真ん丸い月が、白々と輝きだしていた。
「――あっ」
 箒にまたがった魔女のシルエットが、蛍光グリーンの尾を引いて、月の前を横切って行った。
 愛美の視界には、ぼんやりと輝く緑色の軌跡が、長いこと焼きついたまま残っていた。

担当マスターより

▼担当マスター

望月 桜

▼マスターコメント

 お久しぶりの方は、お久しぶりです。初めての方は、初めまして。
 望月 桜です。
 この度は、リアクションの発表が大きく遅れてしまって申し訳ございませんでした。
 今回の遅延の原因は、単純にわたくしのスケジュール管理のミスです。
 深くお詫びいたしますと共に、反省いたします。
 ご迷惑おかけいたしました。
 皆さんがお貸しくださった魅力的なキャラクターと、生き生きとしたアクション、そして貴重なアクション欄を削って書いてくださった前回の感想や、励ましのコメントで、望月はなんとか書き上げることが出来ました。
 ほんとうにほんとうに、ありがとうございました。

 遅延が確定してしまった後、いつもなら時間的な問題で妥協せざるを得ない描写を、なるべく妥協せずに書き込んでみました。
 少人数ごとの描写が多い今回のシナリオ形態もあいまって、一人ひとりの描写量がいつもよりちょっぴり増やせております。
 待たせてしまった皆様に、少しでも多く楽しんでいただけら幸いです。
 また、今回はリアクションを途中から読むのには適していないため、もくじと登場キャラクター表はつけておりません。
 ご了承ください。

 それでは、今回は本文が長いので、マスターコメントはこの辺で。
 皆様、またお会いできるのを楽しみにしております。

※追記
 霧雨 泰宏さん、どりーむ・ほしのさんの会話部分にあったミスを修正いたしました。
 こちらの勘違いで謝った記述をしてしまい、申し訳ございませんでした。
 お詫びして訂正いたします。