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リアクション
●雛祭りの主役? 豊美ちゃんてんてこ舞い
「はい、どうぞどうぞー。祥子さん、『魔法少女協会』の設立、お疲れさまですー」
「既に知っておられたのですね。豊美ちゃんに相談せず作ってしまってごめんなさい」
「いえいえ、いいですよー。学び舎に通う方の意思は尊重されるべきですからねー」
色鮮やかな料理をつまみに、『魔性の一品』を注ぎ合いながら宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)と豊美ちゃんの和やかな会話が交わされる。
「豊美ちゃんには是非、名誉会長への就任をお願いします」
「わ、私ですかー? いえそんな、私なんかが」
慌てて首を横に振る豊美ちゃんだが、結局押し切られる形で名誉会長就任を了承する。
「じゃあ、祥子さんは【魔法少女協会会長】さんですねー。後でエリザベートさんに言っておきますからっ」
「この際ですから、御神楽環菜様とミーミルも名誉会員として引っ張り込みますか? 名乗りはそれぞれ【魔砲少女エルドリッジカンナ】に【魔法少女セラフィムミーミル】でしょうか。……あぁでも、ルミーナとミーミルのユニットもいいですね」
笑い声を交えながら楽しく談笑する祥子と豊美ちゃん。一方で環菜とルミーナ、それにミーミルがクシャミをしたことは、二人の知るところではなかった。
「そうそう、豊美ちゃんの杖ではないけど、私の魔導書を紹介します」
祥子に紹介される形で、同人誌 静かな秘め事(どうじんし・しずかなひめごと)が豊美ちゃんに挨拶をする。
「祥子を魔法少女と認めて頂いて、わたくしとしても嬉しい限りですわ。……あの、豊美ちゃん?」
「はい、それでいいですよー。何でしょうか?」
身体を振り向けた豊美ちゃんに、静香が思っていたことを口にする。
「魔法少女の杖、或いは魔道書としての心得ってなんなのでしょうか?」
それは、魔導書として生まれた自分が、創造主である祥子に何が出来るのか、を問うてもいた。
「そうですねー。例えば私の杖ですが――」
言って豊美ちゃんが、自らの手に『日本治乃矛』を呼び出す。
「『ヒノ』は静香さんのように話しませんし、意思はありません。言ってしまえば『道具』に過ぎません。ですけど私は、『ヒノ』を道具だなんて思ったことは一度もありません。『ヒノ』は私にとって、魔法少女としてするべきことをしなさいと、私を向かわせてくれる存在なんです。だから『ヒノ』は私の大切なパートナーです」
魔法少女としてするべきことって何なんでしょうね、と笑って、豊美ちゃんが続ける。
「静香さんは、祥子さんのお役に立ちたいんですよね? でしたら、例えば魔法少女としてでもいいですし、他の場合でも構いません。その時々で、祥子さんがするべきことができるように、考えてそして行動することが大切だと思います。……ごめんなさい、何だか勝手なこと言ってしまいました」
「いえ、参考になりましたわ。ありがとうございます」
礼を述べた静香が、豊美ちゃんの杯に新しい『魔性の一品』を満たしていく。
「えへへ〜、豆まきの時に豊美ちゃんと一緒にやった合体技、すごかったね〜!」
「あの時は助かりましたー。また力を貸してくれたら嬉しいですー……って、そういうことがない方がいいんですけどねー」
互いに杯を酌み交わしつつ、クラーク 波音(くらーく・はのん)と豊美ちゃんの会話が交わされる。
「はい、波音おねぇちゃん、豊美おねぇちゃん、どうぞっ」
「ありがとうございますー。ミリアさんの作ったちらし寿司、美味しいですねー。何でも作れちゃう人って尊敬しちゃいますー」
ララ・シュピリ(らら・しゅぴり)の取り分けたちらし寿司を頬張って、豊美ちゃんがこれを作ったミリア・フォレストを誉め称える。
「豊美ちゃんが帝をしていた時にも、雛祭りってあったのかな? 形式とか今とぜんぜん違ったの?」
波音の問いに、杯を置いた豊美ちゃんが昔を思い返しながら口を開く。
「私が帝の時には、私も全部を見ていたわけではないので分かりませんけど、なかったと思いますよ。……雛祭りの元は『遊びごと』だったと聞きます。遊びごとは、日々の生活が安定だからこそ生まれるものだと思います。私が帝だった頃は争いが絶えませんでしたからね。帝としての仕事をして、裏で魔法少女としての仕事をして……気付いた時にはウマヤドも、私に親しくしてくれた人もみんな、眠ってしまいました。……やっぱり、平和が一番いいと思います」
そう呟く豊美ちゃんは、どことなく淋しそうに、でも今こうして馬宿と、皆と一緒にいられることに幸せである、そんな表情を浮かべていた。
「あふぅ……ララちゃんなんだかほえほえ〜ってしてきちゃったよぉ……」
ララが、下がってくる瞼を懸命にこらえながら、しかし豊美ちゃんの傍まで来たところでこてん、と倒れ込み、正座をした豊美ちゃんの脚を枕にすやすやと寝息を立ててしまう。
「ああっ、ララちゃんダメだよそんなところで眠っちゃ」
「大丈夫ですよー。……昔はウマヤドも、こうして私の傍ですやすやと眠ってましたねー。可愛かったですよー。……何故かその時だけお漏らししちゃうんですよねー」
「……おば上……それ以上話すようでしたら、おば上でも容赦しませんよ……?」
いつの間に豊美ちゃんの背後に立った馬宿が、瓶を片手に殺意の波動をちらつかせる。
「うぅん……豊美おねぇちゃぁん……」
「ダメですよー、ここで暴れたらララさんが起きちゃいますよー」
「……くっ……止むを得ません。ですが、私もご一緒させていただきます」
瓶を収めた馬宿も加わり、楽しげな談笑が続けられる。
「ミリアさん、雑用はこちらでやりますので、ミリアさんも楽しんで下さいね」
「あら〜ありがとう。ふふ、似合ってるわね、その服」
「節分では、ティアがお世話になりました」
「あれくらいどうってことないよ〜。巽ちゃん、その服かわいいね! もしかして、結構気に入ってる?」
「どうしてまたメイド服があるのさー!? 入れたよね? 執事服、荷物に入れてきたよね?」
働き詰めのミリアのために給仕役を買ってでた風森 巽(かぜもり・たつみ)が、執事服の代わりにメイド服という恰好で、ティア・ユースティ(てぃあ・ゆーすてぃ)に詰め寄る。
「まあまあ落ち着いてタツミ。今日は豊美ちゃんが来てるんだよ? ということはタツミも頑張れば魔法少女に認定されるかもしれないんだよ?」
「いやまてその理屈はおかしい! 大体、男が魔法少女なんて務まるはずがない!」
「そんなことないですよー。魔法少女は、魔法少女であるという想いこそが大切なんです。年齢も性別も想いの前には等しく無力なんですよー」
「……それにしたっておば上は無茶あり過ぎですが――」
『魔性の一品』を煽っていた馬宿に一升瓶アタックをかまして、豊美ちゃんが言う。
「ねえ聞いた? じゃあタツミ、耳出して尻尾出して」
「な、何をするつもりですか」
ティアに急かされて、巽が言う通りに銀毛に黒縞の虎耳と尻尾を出す。
「でね、こうするの……ごにょごにょ」
「はぁ!? どうしてそんなこと……いえ分かりましたやります」
にっこりとハンマーを携えたティアに、巽が渋々と言われたようにする――。
「ご奉仕するにゃん♪」
「合格です!」
グッジョブ! とばかりに親指を立てた豊美ちゃんが、巽を『魔法少女』に認定する。
「……って、あっさり認定しちゃっていいんですか!? 豊美ちゃんさっき想いこそが大切って言ってましたよね!?」
「皆さんに愛される可愛さっていうのも、大切ですよねー」
「言ってることが違ーう!」
頭を抱える巽をよそに、ティアが二つ名の案を口にする。
「『まじかるたつみん』とか『りりかるたつみん』とかそんな感じでどうかな? あ、『つぁんだミュウミ……』」
「勝手に話を進めるなー!」
回復した巽が、豊美ちゃんとティアの間に割り込む。……ちなみにティアが口にした二つ名の中には、かつて『空京〜』の名で連載が開始されたものの、某出版社からクレームを付けられて変更された作品の名前も含まれているとかいないとか。
「ティアこそ、カヤノと『ふたりはカヤティア』でもやってなさいっ!」
「あ、じゃあそれも認定しますねー。リンネさんはきっとカヤノさんに話を付けてくれると思いますー」
豊美ちゃんの声に、聞こえていたらしいリンネもグッ! と親指を立てる。『魔性の一品』に頭の芯まで犯されているようである。
「これでおあいこですよ、ティア」
「タツミ、逃げられないからってボクまで巻き込んだね……」
せめてもの反抗を成し遂げ満足気な巽に、ティアが溜息をついた。
「は〜いどうぞ〜、楽しんでくださいね〜」
秋月 葵(あきづき・あおい)が『魔性の一品』を抱えながら、杯の空いた人へ中身を注いでいく。お返しに注がれては飲んでいたのもあって、顔は既に真っ赤、足取りも何だかふわふわとおぼつかない。
「むぐむぐ……キミ、なかなかやるね」
「別に張り合うつもりはないんだな。こんな時くらいしか満足に食べられないんだな」
「何か他人事じゃないね……よ〜し! イングリットも食べまくるよ〜!」
葵に付いてきたイングリット・ローゼンベルグ(いんぐりっと・ろーぜんべるぐ)が、モップスをライバルに次々と料理の皿を平らげていく。
「あっ! 豊美ちゃんだ〜修学旅行以来だね〜♪」
豊美ちゃんの姿を見つけた葵が、杯を満たしながら挨拶をする。
「む……覚えているぞ。俺のことを魔法少女とのたまった輩だな」
「あ〜言った言った〜。で、本当のところはどうなのかな?」
「だから俺は魔法少女などではないと――」
「ウマヤド? 魔法少女『など』とはどういうことですかー?」
背中に『ヒノ』を押し当てられ、馬宿がそれ以上言葉を発せず黙り込む。
「そうだ! 私も魔法使えるようになったので、魔法少女に認定してください!!」
葵の申し出に、豊美ちゃんが頷いて答える。
「可愛い子は即認定ですよー。じゃあ、名乗りたい二つ名を考えてきてくださいねー。そうすればあなたも魔法少女です、これからよろしくですー」
今度までに考えてくることを約束して、しばしの間賑やかに会話を交わす豊美ちゃんと葵。
「う〜ん……何がいいんだろう〜……」
その後、名乗りたい二つ名を夢の中でも考えているのか、豊美ちゃんの脚に頭を載せて、葵がすやすやと寝息を立てていた。
「ぅ……そろそろやばくなってきたかも……でも、負けないよ! リミッター解除!」
「何もそこまで付き合わなくてもいいんだな……」
一方では、服のベルトからボタンまで緩めたイングリットが、未だ変わらず食べ続けるモップスには負けまいと再び皿を重ねていく。
その後、ついに目を回したイングリットを背負って保健室に連れて行くモップスの姿が目撃されたそうである。
「メイベルー、まだ飲んでないのー?」
メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)の持った杯の減りが遅いのを見かねたセシリア・ライト(せしりあ・らいと)が、半ば強引に杯を満たそうとして、豊美ちゃんに『ヒノ』で頭をこつん、と小突かれる。
「こら、ダメですよー。人に強いるような真似しちゃいけませんっ」
「はぁい……」
「あらあら、これではわたくしの『お姉さん』としての立場がありませんわね」
窘められてしゅんとしているセシリアを慰めるフィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)の言葉に、豊美ちゃんがしまった、とばかりに自分の頭もこつん、とやる。
「いけませんねー、私も飲み過ぎでしょうか。ついつい昔の癖が出てしまいました」
「昔、ですかぁ?」
こくん、と杯の中身で喉を潤したメイベルが、豊美ちゃんに問いかける。
「帝という地位だからかもしれませんけど、私は誰かの面倒を見ていることが多かったんですよー」
「おば上は血縁の子供を始めとして、果ては村の子供にまで好かれていたのです。……察するに、親近感を感じたからでありましょう」
「ウマヤド、それはつまり、私が子供だからということですかー?」
豊美ちゃんの問いに、馬宿が聞こえない振りをして杯を煽る。その頭に杖の一撃を見舞ってから、豊美ちゃんが口を開く。
「理由はよく分からなくても、誰かが私を慕ってくれるのであれば、その気持ちに答えたくなっちゃうんですよー」
「……おば上がそんな調子ですから、私は苦労しましたよ。バランスを取るのにどれほど頭を悩ませたことか……」
打たれた箇所をさすりながら、馬宿が言葉ほどは憎たらしく思っていない素振りを見せる。馬宿も豊美ちゃんのそういう気持ちに一定の理解をしているからこそ、時に無理難題を言われても、愚痴は零しつつ仕事をこなしてきたのであった。
「……今はそんなことする必要もないんですけどねー。いっそ皆さんの『妹』になってみるのも面白そうですねー。……お姉ちゃん、何だか眠くなってきちゃったぁ……」
口調をそれらしく変えて、豊美ちゃんがメイベルに寄り添う。
「あら、可愛らしい妹さんですわね」
「うーん、これはこれでアリ……なのかなぁ?」
フィリッパが微笑み、セシリアが首を傾げる中、メイベルが膝下に横たわる豊美ちゃんの頭を撫でると、豊美ちゃんは気持ち良さそうに目を細める。
「な、何だ、この例えようもない違和感は……まぁいい、飲んでいればその内忘れるだろう……」
一人、背筋に寒気を感じながら、馬宿が満たした杯を一息に空ける。
「豆撒きの時は、見返すどころか逆に迷惑かけちゃったみたいでごめんね、馬宿君」
「何、俺もその後のことはともかく、楽しかった。久し振りに能力も発揮出来たことだしな」
リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)に注がれた馬宿が、『ハイブリッド豆撒き』のことを思い返し、どこか楽しげに呟いて杯を傾ける。
「今日はあの二人もおとなしくしてることだし――」
「うひゃっほう! キレイなネーチャンだらけで、ずっと俺のターン! の気分だぜぃ!」
リカインの思惑を、『魔性の一品』に当てられたアストライト・グロリアフル(あすとらいと・ぐろりあふる)が見事にぶち壊してくれる。
「……ごめんね、ちょっと待ってて。……あんたねぇ! どうせ迷惑かけるだけなんだからおとなしくしてなさい!」
「うっせーな、関係ねーだろ、バカ女!」
そのままリカインとアストライトの間に火花が飛び散る一方で、シルフィスティ・ロスヴァイセ(しるふぃすてぃ・ろすう゛ぁいせ)が童子 華花(どうじ・はな)の面倒を見ながら、『魔性の一品』を堪能していた。
「これがひな祭りというものなのだな。何だかこう、むずむずしてくるな!」
「へぇ〜、本当に子供が校長なのね。ま、華花も子供だし、深く考える必要はないわね」
「なんだと!? オラを子供扱いして、見ていろ!」
華花が、シルフィスティの持っていた杯を奪い取り、中身を一気に飲み干す。あら、と見守るシルフィスティの前で、華花の顔が真っ赤になり、次の瞬間には真っ青になり、元に戻ったと思った直後にぱたん、と床に伏せる。
「何なのよもう……って、ハナ、どうしたの? ……フィス姉さん?」
「嫌ねえもう、そんな目で見ないで。華花が勝手に飲んで勝手に倒れただけのことよ」
「それが問題だっていうの! ハナ、大丈夫?」
リカインの言葉に、華花は言葉を発さない。代わりにすー、すーという寝息が聞こえてきた。
「この飲物は、個人差こそあるが、年齢が上の者ほど抵抗があるそうだ。そこで何やら絡まれてる帽子の魔女など、ふざけているようだが全く取り込まれてないだろうな」
馬宿が指した先には、完全に『堕ちた』ルミーナに絡まれ悲鳴をあげるアーデルハイトの姿があった。
「へぇ、そうなのね。……って、フィス姉さん、キョロキョロしてどうしたの?」
「ちょっとね、これに興味ありありなのに我慢してそうな娘はどこかな〜って……」
「……これ以上被害者を増やすのはやめて下さいっ」
リカインが、シルフィスティから『魔性の一品』を取り上げる。残念そうな顔をしてアストライトの相手をしに行くシルフィスティを見遣って、瓶を馬宿の傍に置く。それらの光景が展開されている一方、豊美ちゃんのところにはシーラ・カンス(しーら・かんす)が、相当飲まれている様子で訪れていた。
「私も豊美ちゃんのような魔法少女に興味がありますの。出来れば協会に加入したいのですけど、やはり魔法少女らしくなくてはいけませんか〜?」
ほえほえとした口調のシーラは、その肩に大ぶりのパイルバンカーを担いでいた。
「何よりも魔法少女であるという気持ちが大切ですよー。私が見てきた中には剣士な方を始めとしていろんな魔法少女がいましたし、私が知らない魔法少女だっているはずですよー。ですから、シーラさんが気に入った恰好で魔法少女の二つ名を名乗っていただければいいと思いますー。あ、でも、この前は剣使いの魔法少女だったけど、今日はハンマー使いにしよう、とかはできればやめてくださいねー。初志貫徹、も大切ですよー」
つまり、豊美ちゃんの魔法少女としての戦闘スタイルは、『ヒノ』を用いた直線的なもので、それ以外のスタイルを取ることはない。魔法少女として活動するのであれば、最初に決めた戦闘スタイルは最後まで通しましょうね、と言いたいのである。
「分かりましたわ〜。検討してみたいと思います〜」
「あんまり参考にならなくてごめんなさいですー。参加をお待ちしていますねー」
微笑んだ豊美ちゃんが、何かを聞きつけると同時にすっ、と真面目な顔になる。視線の先には、おとなしそうな生徒に『魔性の一品』を強引に注いでいるシルフィスティと、あわよくば仲良くなろうと画策しているアストライトの姿があった。
「ほらほら、一気にいっちゃえー」
「そうすれば気持ちよくなれるぜぇ。そしたら俺とイイコトしない?」
決して本人たちに悪気はないものの、していることは豊美ちゃんを『お仕置き』に向かわせるに値するものであった。
「ここは私にお任せください〜」
立ち上がりかけた豊美ちゃんを制して、シーラが連れてきたペットの虎『伽藍』に跨り、パイルバンカー『紅爛』を噴かして駆け飛ぶ。何事かと振り向いたシルフィスティとアストライトへ、鉄槌の一撃を見舞う。
「お仕置きですわ〜」
衝撃が走り、杭に撃ち抜かれた二人が部屋を飛び越え、遥か後方へ飛ばされていく。
「ああ、間に合いませんでしたか……済みません、シーラさんが迷惑をおかけしたようで……」
「こちらこそね……まったく、二人とも本当、問題児だわ……」
シーラを探し当てた志位 大地(しい・だいち)がリカインを始めとした一行に頭を下げ、パートナーの素行にリカインが頭を抱えて溜息をついた。
見かけとは裏腹に『魔性の一品』に強靭な抵抗を示していた豊美ちゃんも、来る人来る人の相手をしているうちにふわふわとし始め、その内床にぺたん、とお尻をつける恰好になる。
「はぁ〜……皆さん元気ですねぇ〜……あ、こんなこと言うと私が年寄りに聞こえちゃいますね。まだまだ頑張らないと――」
「あら、豊美さんではありませんか。魔法少女としてのその服、可愛らしいですわね」
そこに佐倉 留美(さくら・るみ)が現れ、豊美ちゃんの杯に『魔性の一品』を注いでいく。受けたからには律儀に口をつける豊美ちゃん、しかし既にかなりの酩酊状態であった。
「ふわ〜……ごめんなさいですー、何だか眠くなってきましたー……」
ふらふらとし始めた豊美ちゃんが、しまいには留美にもたれかかるようにして寝息を立ててしまう。
(こ、これは予想外にチャンスですわ! この機会に、豊美さんはわたくしが染めて差し上げますわ!)
鼻息を荒くしながら、けれども周囲の様子を伺いながら、留美が豊美ちゃんの背後に回り、スカートとニーソックスの間に広がる領域へ、細くしなやかな指を這わせていく。指が太腿に触れた瞬間豊美ちゃんの身体がぴくり、と反応するが、起きる気配はない。
(このまま、身体に教え込ませて差し上げますわ。それにわたくし、気になってましたの。『ぱんつはいてない』、それは実際のところどうなのか、と。それが今日判明しますのね……ああ、わたくしも胸が高なる思いですわ)
こみ上げてくる感覚を抑えられず、留美の太腿が豊美ちゃんのお尻を擦る。その間にも指は上へ、そしてスカートの中へと潜り込んでいく――。
(…………あら?)
そして、留美は違和感に気付いた。
どこまで指を進めても、
布地の感触がない。
(……! ま、まさか……!!)
事実から想定される光景を想像してしまった留美を、鼻の奥からこみ上げる衝動が襲う。両手でそれを懸命にこらえるものの、指を抜いてしまったために確証までは取れなかった。
「……はぁ。危ないところでしたわ……こうなれば実力行使です。実際に覗いて確かめる他ありませんわ」
留美が豊美ちゃんの前方に回り、床に伏せるようにして、その短いスカートの奥を覗き込もうとする――。
「……いたっ!」
瞬間、傾いた豊美ちゃんの頭が、長机にごつん、と当たる。
「痛いですー……わっ。私……そうでした、眠ってしまったんでしたー……」
事情を察知した豊美ちゃんの視線が、うっかり見上げてしまった留美のそれと重なる。
「……………………」
「……………………」
互いの間を流れる沈黙――。
「何してるんですかーーー!!」
豊美ちゃんの杖が光り、留美が先程二人ほど飛ばされた場所からやはり同じように飛ばされていく。
(……まあ、いいですわ。次こそは正々堂々、豊美さんを射止めてみせますわ!)
何か間違っているような気がする決意をそのたわわな胸に、そして留美の姿が小さくなっていく――。
「……っと、そろそろですかねー。眠ってしまったのでギリギリになってしまいましたー」
時間を確認した豊美ちゃんが、立ち上がって部屋を出て行く。そして、向かった先は――。
「流石に、まだ満開とはいかぬか」
賑やかな場所から離れ、春の温もりにはまだ少し遠い空気の中、つぼみをふくらませた山桜を見上げて迦具土 赫乃(かぐつち・あかの)が呟く。
「いずれ、美しい花を咲かせるだろう。……こんなものか」
武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)が樹の下を払い、二人が座れる場所を作る。事前に確保したちらし寿司を間において、景色を楽しみながらの昼食が始まる。
学校でのこと、私生活のこと……他愛もない会話に時に微笑み合い、時に真剣に意見を交わしながら、ふと牙竜が『魔性の一品』と杯を二つ取り出す。
「用意がいいのう」
牙竜から杯を受け取り、互いに杯を満たす。触れ合わせた杯が微かな音を立て、それぞれの口へと運ばれる。
「……はは、わらわにはまだ早いようじゃ。何だかふわふわとしてきおった」
頬を染めた赫乃が、牙竜の胸に身を寄せる。見上げた牙竜の表情が、それまでのものとは異なることに気付いた赫乃が、口を開く。
「どうしたのじゃ? みょーにしんみりした顔をしておるぞ?」
「……いや、大したことじゃない」
言って視線を逸らす牙竜を、しかし赫乃は見つめ続ける。この人に潜む影を照らし出せるのは、自分だけだという思いを抱いて。
「……昔の、話だ」
ぽつり、ぽつりと、牙竜が自らの過去を語る。
自分が孤児で、両親を知らないこと。
周りと関わることをせず、そのことで育ててくれた養父に心配を掛けたこと。
手作りのヒーロー衣装で何度も励ましてくれた養父、だから今度は自分がヒーローとなって人々の笑顔を守りたいと思ったこと。
「……そして俺はケンリュウガーになった。皆の笑顔を、守るために」
「じゃが、おぬしの顔は冷たい。何故じゃ?」
赫乃の伸ばした手が、牙竜の頬に触れる。
「何故……何故だろうな……」
自問自答するように呟く牙竜に、赫乃が手を頬から頭へ持っていき、そして抱え込むように自らの胸へ導く。
「甘えていいのじゃ。このひと時、胸を貸すのじゃ」
そっと告げた赫乃の耳に、くぐもった牙竜の声が届く。
「ああ……きっと俺は求めていたんだ……この全てを包み込んでくれるような温もりを……」
寝息を立てている牙竜から視線を外した赫乃が、歩み寄ってきた豊美ちゃんに視線を向ける。
「もうじき桜の季節ですねー。山桜は葉と花が同時に開くので、染井吉野に美しさで負けるとよく言われます。……ですけど、花だけ開いても淋しいです。私は、染井吉野も好きですけど、山桜も好きですよ。いつも二人一緒、そんな感じのする山桜が」
豊美ちゃんが杖でこん、と樹を叩く。赫乃が意を決して、自らの決意を口にする。
「わらわは、守ってもらってばかりの立場に甘んじるわけにいかないのじゃ。彼の背中を守れる存在にならなければ!」
「……話は聞きました。あなたの決意に、私なんかが応えていいのか不安ですが……出来る限りお応えしたいと思います」
真っ直ぐに向き合う豊美ちゃんに、赫乃が魔法少女として認可してもらうことを希望する。
「わらわは……白狐面 イナリ!」
赫乃が名乗りをあげた瞬間、振り上げた豊美ちゃんの杖が光り、そして山桜の葉と花が同時に開く。魔法の力が、山桜を満開であるかのように見せていた。
「……う……」
目を覚ました牙竜の視界に、満開の山桜、そして微笑む赫乃の姿が映る。
「起きたかの?」
その笑顔に、牙竜は昔覚えた山桜の花言葉を思い出し、口にする。
「ヤマザクラはあなたにほほえむ」
牙竜と赫乃が二人並んで、その場を後にする。
「……さて、戻りましょうか。ごめんなさい、季節が来たらまた会いましょう」
豊美ちゃんが杖で再び樹をこん、と叩くと、樹は元のつぼみへと戻る。
うん、と頷いて、豊美ちゃんも部屋へと戻っていく。