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女空賊に憧れる少女を救出せよ!

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女空賊に憧れる少女を救出せよ!

リアクション

 交渉が決裂に終わったマッシュとシャノンが次に目をつけたのは、ヴィルベルヴィント号に肉薄している冒険者たちの飛行船だった。1隻でも沈めておけば自分たちの離脱が容易になる、そう目論んだ二人は、最も手がかからなさそうに見えた、商船に偽装した船へと向かっていく。
「あれ? ねえカオル、あの人たち何かおかしいよ、あたしたちが乗ってきた船を狙ってるみたい!」
 剣を振りかざして船内に飛び込もうとしていたマリーア・プフィルズィヒ(まりーあ・ぷふぃるずぃひ)が、木刀を携えた橘 カオル(たちばな・かおる)に警告を飛ばす。
「何だって!? ちくしょうシュヴァルツ団め、卑怯な真似しやがって!」
 船に向かっていくマッシュとシャノンを、シュヴァルツ団の団員と思い込んだカオルが、マリーアとランス・ロシェ(らんす・ろしぇ)と共に斬りかかっていく。
「面倒だなあ、雑魚はそこで寝ててよ」
 本当に面倒といった表情で、マッシュが光を周囲に発生させる。
「くっ、視界が……」
「な、何も見えないよ!」
 光で視界を奪われたマリーアとランスに、忍び寄る影のようにマッシュがブレードの一撃を叩き込む。ちょうど死角からの一撃は的確に急所を打ち、鮮血に甲板が染まる。
「マリーア! ランス! ……こ、このおっ!」
 僅かの間に二人を失ったカオルが、木刀に力を込めて仇討ちの一撃をマッシュへ見舞う。
「そんななまくらじゃ、俺には傷ひとつつけられないよ」
 血で染まった刃を振り返して、マッシュが振り下ろされたカオルの木刀を叩き割る。
「まだまだぁ!」
 予備に持ってきた木刀を手に、再びカオルが一撃を振り下ろす。だがその木刀も、さらに予備として用意していた木刀も、マッシュの一閃であっけなく打ち砕かれる。
「だから寝ててって言ってるでしょ? 素直になるのが一番だよ」
「この……っ、言わせておけば――」
 砕けた木刀を投げ捨て、カオルが忍ばせていたハンドガンに手を伸ばしかけたところで、世界が歪み、先程倒されたはずのマリーアとラルフが起き上がり、カオルに向かってくる。その表情、そして身体のあちこちは腐り、今にも崩れ落ちそうだった。
「お、おい、止めろ、オレは……うわあぁぁ!!」
 頭を抱えてその場に崩れ落ちるカオルを見遣って、マッシュが心底楽しそうに微笑む。
「今日はいい日だ、こんなに恐怖を与えることが出来たんだから」
 振り向いたマッシュの視界には、新たに現れた風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)風祭 隼人(かざまつり・はやと)の相手をシャノンがしている光景が映った。
「敵に乗り込まれる前に乗り込むことになったのも予想外でしたけど、乗り込む前に味方に乗り込まれるなんて思っても見ませんでしたよ!」
 優斗の振り下ろしたブレードは、しかしシャノンに避けられる。彼と隼人とは、商船に偽装した船に積み込んだ積荷――もちろんそれは偽の積荷で、ほとんどは空の樽である――の中に潜み、シュヴァルツ団が商船に乗り込んで積荷を強奪しようとする段階で襲撃をかける予定だったのだが、諸事情あってシュヴァルツ団が乗り込んでくることはなく、代わりにマッシュたちが乗り込んでくる結果に鉢合わせてしまったのである。
「私が君たちの味方だと? 戯言も大概にしてくれないか、私は屑に付き合うつもりはない」
「……言ってくれるじゃないか。俺と兄とを屑呼ばわりしてくれた礼は、たっぷりとさせてもらうぞ!」
 シャノンの言葉に静かな怒りをにじませ、隼人が構えた銃を放つ。一発目は回避されるが、炎を上げて突き進んだ二発目がシャノンの肩口を捉え、飛行船の壁に鮮血が跳ね飛ぶ。
「……私に手傷を負わせるとはな。ならば私こそ、礼を尽くさねばならないようだ」
 顔に自らの血を垂らしながら、余裕のある表情を崩すことなくシャノンが魔法の詠唱に入る。
「僕の前で魔法の詠唱など――」
「俺がいることを忘れないでほしいなあ」
 背を向ける形になったシャノンへ斬りかかった優斗のブレードは、飛び込んできたマッシュのブレードに弾かれ宙を舞う。
「ボスの邪魔は誰にもさせないよ」
 踏み込みからの二連撃をその身に受けて、優斗が大きく吹き飛ばされる。受けた損害はまだ動ける程度であったが、武器を失ったことが、次の行動の遅れを生じさせていた。
「優斗兄!」
「……終わりだ。この船とともに、消し飛ぶがいい!」
 シャノンの掌から、膨大な魔力によって呼び出された雷の束が隼人を、飛行船を貫いていく。身体を駆け抜ける多大な衝撃に声をあげることも出来ず、隼人は甲板の端まで吹き飛ばされる。直後、機関部に入り込んだ電撃が動力炉を犯し、強烈な爆炎と爆風が飛行船を揺るがす。
「これでこの船はお終いだね。俺とボスも逃げ易くなるって寸法だ」
 煙をあげながら離れていく飛行船を見遣って、マッシュが狂した笑い声を上げる。一際大きな爆発をあげた船、そこから一つの影が爆風に巻き上げられるように飛び出て、気流に流されヴィルベルヴィント号へ、マッシュのちょうど背後辺りに着地する。
「いっっっっっったぁ〜い! もう、何なのよ!」
 甲板にぶつけたお尻を抑えて悲鳴を上げる朝野 未沙(あさの・みさ)、彼女は船内で一人「フリューネさんフリューネさんフリューネさん……」ととてもお茶の間ではお見せできない妄想に浸っていたところを爆発に巻き込まれ、ここまで飛んできたのであった。
「……あ〜あ、俺の服に傷がついちゃったよ。これ、結構気に入ってたんだけどなあ」
 ゆらり、とマッシュが振り返る、その背中は焼け爛れ、焦げ臭いような形容し難い香りが、強い気流に流されて掻き消えていく。
「えっ、あっ、あたしの化粧品が!」
 未沙が、周囲に散らばった自分の化粧品を集めていく。その中には人体にかけると強烈な酸となって効果を発揮するものもあり、使い所を間違えると非常に危険な代物であった。
「ボスも礼を返したんだし、俺もやっぱり礼を返さなくちゃかな? 何がいいかな〜、まあ、とりあえず死んでもらおうか。恐怖と絶望をその身に浴びながらね!」
 未沙に歩み寄るマッシュの言葉でようやく、自分がどういう状況に置かれているかを理解した未沙が、甲板を後ずさって端に背中をぶつける。
「た、助けて、フリューネさーん!!」
「ヒャッハッハッハ! 喚け叫べ、泣いて助けを呼べよ! 何をしたって、助けなんて来やしないのさ!」
「……まあ、普通はそうなんだろうけど。たまには、そんな都合のいい展開ってのがあってもいいんじゃないかなって、キミたちと一緒にいるとそう思えてきたわよ!」
 声が降り注ぎ、エネフから身を乗り出したフリューネの渾身の一撃が、マッシュを甲板の反対側の端へと吹き飛ばす。
「フリューネさん!」
「乗って! 一度ここを離脱するわ!」
 それまでの恐怖に怯えた表情から一転して、嬉々としてエネフに飛び乗った未沙を連れて、フリューネが撤退を図る。マッシュの反撃も、船の下に潜り込んだフリューネには届かない。
「……あ〜あ、逃がしちゃった。何か最後に興醒めだなあ」
「本人から直接情報を聞き出すのも惹かれるが……まあよい。おい、行くぞ。船を出せ」
 シャノンの求めにマッシュが応じ、そして二人は飛空艇を駆って戦場から離脱していった。