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第3章 士道科・実技訓練


 士道科の教室へと足を踏み入れる一行、くるりと内装を見回した。
 ぱっとみ日本風の、水墨画や歌舞伎絵が飾られている。

「『朝日さす 山桜花を 旨とする やまとごころを 我は問いたし』」

 唐突に、ジュリエット・デスリンク(じゅりえっと・ですりんく)が口を開いた。
 他校の生徒はいいとして……案内役の生徒も、首をかしげる。
 
「……あら、わたくしとしたことがつい溢れる詩情を抑えきれずに口走ってしまいましたわ。
 ともあれ『武士道とは死ぬことと見つけたり』なのですわよね。
 生を貫き死をもって己の美学を完結させるなんて、なんと凄まじい生きざまなのでしょう!」

 スキル【博識】を用いて、語り続けるジュリエット。
 窓際まで歩くとその場で回転、羨望にも似た眼差しを青空へと向ける。

「『死は或いは泰山より重く、或いは鴻毛より軽し』という思想の持ち主の方々ですか……これは気が抜けませんわ」

 ジュリエットのパートナー、ジュスティーヌ・デスリンク(じゅすてぃーぬ・ですりんく)も【博識】の能力を発揮。
 しかしジュスティーヌは、ジュリエットとは対照的に難しい顔をしている。

(わずかなりとも『わたくしどもへ無礼をした』と先様がお思いになられたなら……『君命を辱めた』ので『士道にもとる』と、
 きっとお腹をお召しになるに違いありませんわ。
 わたくしどものせいでそのような不幸な出来事があってはなりません、細心の注意を払って見学をしなくては。
 多少のことは『忍』の一字で耐えるよう、お姉様とアンドレを説得しなければなりませんわね)

 開いたままの両手を、胸の前で軽く重ね合わせるジュスティーヌ。
 まぶたを閉じてしっかりと、心中に決意した。

「『士道に背いたら切腹』らしいじゃん?
 『大君の辺にこそ死なめ かえりみはせじ』らしいじゃん?
 これがマジならチョー強い軍隊できるじゃん!」

 そんなジュスティーヌの心配を余所に、アンドレ・マッセナ(あんどれ・まっせな)のテンションは最高潮。
 士道科の生徒の手を取ると、ぶんぶんと振り回してみたり。

「『大陸軍(Grande Armee)は世界最強』とか言ってる場合じゃないじゃん!
 死兵ほど敵に回したくないものはないじゃん!
 これは元大陸軍元帥としても、武装らしい武装を持たない百合園生としても、今後のために絶対真偽を確かめておきたいじゃん!」

 自身の過去を思い起こしながら、アンドレは叫ぶ。
 あの頃の自分達も強かったが……マホロバの住人が軍隊を組んだらば、それを越えるのではないかと。
 だから。

「そのバックボーンになってる『士道』って思想について知っとかないと、これからのパラミタを泳いでいけないかもしれないじゃん!
 激ヤバじゃん!」

 離した両腕をいっぱいに開いて、誰へともなく訴える。
 しかし焦る言葉とは裏腹に、表情は明るく楽しそうでさえあった。

「わたくしもそれなりの覚悟は常に持っておりますが、ここまでとなるとなかなかできることではありませんわ。
 これは心が震えますわね……ぜひぜひこれは、レクチャーをお願いしなくてはなりませんわ」

 冷静なジュスティーヌと、情熱のアンドレ。
 2人の言葉にも多少あおられて、ジュリエットは眼を輝かせる。
 パートナー達と合わせて、改めて案内役の生徒へと頭を下げるのだった。


 教室を眺めて済んだら、教科の授業を見学。
 終了後に、質疑応答の時間が設けられたのだが。

「寺院と戦うと仰っていましたが、果たしてその実力はあるのかどうか見せていただきたいものですね」

 いくつかの質問のあとに告げられた一言で、教室の空気が冷え込んだ。
 教室全体へ、強気な視線を巡らせる戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)

(ある意味鳴物入りで参加してきた葦原ではありますが、実力のほどは実際に見てみなければ判りませんからね)
「今後の寺院との戦いを想定して、10対10くらいでの集団戦をやりませんか?
 もちろん、我も参戦いたしますので」

 挑発ともとれる小次郎の申し出に、士道科の生徒達も黙っていない。
 それならそちらの実力も見せろと、教室を飛び出す男女。

「藤五郎、俺達もいくぞ!」
「はい、殿!」

 皆を追い越す勢いで走り出した、伊達 藤次郎正宗(だて・とうじろうまさむね)伊達 藤五郎成実(だて・とうごろうしげざね)
 生前は戦国武将で戦友であった2人は、パートナーこそ違えども現世でもよき仲間だ。

「気を付けてくださいね〜そういや、かげゆはどこいったんですかね?」

 そんな藤次郎正宗と藤五郎成実に微笑ましく思いつつ、支倉 遥(はせくら・はるか)は飴を口のなかでころころ。
 気にするのはもう1人のパートナーのこと……だがさらっと切り替えて、教室を後にした。

「腕に覚えのあるやつぁはいねかー?」

 『雅刀』を右肩に載せ、ゆるりと歩く遥。
 普段のゆるい表情は消え、殺気さえ漂う。

「……皆さん、ご自分の組は分かりましたわね?」
「殺傷はなしですよ……それでは、参ります!」

 リース・バーロット(りーす・ばーろっと)により、参戦希望の20人が2組に分けられた。
 小次郎とリースに士道科生の組と、遥率いる組には藤次郎正宗と藤五郎成実に士道科の生徒が加わって。
 開始を告げる小次郎の声が、戦場に響いた。

「昔を思い出しますな、殿!」
「そうだな……葦原の武士(もののふ)の実力のほど、見せてもらうか!」

 先陣を切るのは、もろ肌を脱いだ藤五郎成実と藤次郎正宗の武将コンビ。
 揃って武器を振り下ろし、敵組の陣形を乱す。

「はいちょっとごめんよ〜!」

 さらに2人の退いた場所から、鞘に入ったままの刀が飛び出した。
 無表情に遥は、士道科生を気絶させる。
 見事なまでのコンビネーションが、見物人だけでなく戦闘中の生徒をもあっと言わせた。

「我等も負けてはおられませんね……リース殿!」
「了解ですわ、小次郎さん!」

 小次郎とリースも、3人に負けじと攻撃を開始する。
 相手がリースの【光術】に眼をくらまされている隙を突き、機関銃を放つ小次郎。
 弾はもちろん、暴徒鎮圧用のゴム弾に取り替えてある。

「皆も2人1組でペアをつくり、協力して1人ずつ確実に潰していきましょう!」

 実戦に慣れていない様子の士道科生へ、小次郎は指示が飛ばした。
 先に発した言葉と態度へ、実を持たせるだけの能力は見せ付けている。
 ゆえに皆、素直に小次郎の作戦を実行へと移した。

(ふむ、刀か……懐かしいな)

 士道科総出での実技訓練を眺めていた井ノ中 ケロ右衛門(いのなか・けろえもん)が、1人心中にごちる。
 武将達同様、刀のぶつかり合いに感じるものはあるのだが……あえて傍観を決め込んでみた。

(あきたぜ……食堂にでも行くかな)

 それでも、見ているだけでは次第につまらなくなってくるもの。
 興味をなくしたケロ右衛門はきびすを返し、食堂を目指す。
 料理をたらふく食べるために、行ってしまった。

「ふぅ……終わりですね、皆さんの実力はよく分かりました。
 少なくとも今回の訓練に参加された生徒殿は、寺院との戦いでも戦力として換算できるでしょう。
 個々の武に頼るだけではなく、連携を考えて行動することも可能なようですしね」
「いやぁ、楽しかったですね」

 最後の最後に立っていたのは、小次郎と遥のみ。
 肩で息をしているものの、変わらぬ顔の小次郎。
 一方の遥も、先程まで感じられた気迫が嘘のように微笑む。
 2人とも、士道科の生徒の能力を一定程度、認めたようだ。

「皆さん、お疲れ様でしたわ。小次郎の非礼、お許しくださいね」

 小次郎にスキルポイントの回復を任せ、リースは【ヒール】を発動していく。
 皆の体力を満たすのと同時に、擦り傷なども癒していった。

(寺院と戦う勢力が増えて……皆、仲良く1つになって戦いを挑む日がくるのでしょうね。
 剣を交えることで得られたものは、きっと大きいですわ)

 今回、小次郎に頼まれて士道科の見学を選んだリース。
 小次郎の満足げな表情に、内心嬉しくなった。

「リース殿、かたじけないな。
 さて……縁に合流してランチとしゃれ込みますか、殿!」
「そうだな、遥も行くだろう?」
「えぇ、お腹空きましたね」

 藤五郎成実の誘いに、藤次郎正宗も遥も首を縦に振る。
 ちりやほこりを払って身なりを整えると、3人を先頭に士道科の面々と見学者達は食堂へと足を向けるのだった。