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第5章 美術室


 生徒達を迎えたのは、墨や彫刻刀といった日本風の美術道具。
 完成した作品はもちろん、作成途中の水墨画や木版なども置かれている。

「素敵ですわ、絵かきの端くれとしては古風な日本画技術を見学するのもいいかもしれませんわね」

 そんな美術室の雰囲気に、同人誌 静かな秘め事(どうじんし・しずかなひめごと)は満面の笑み。
 眼鏡の端を上げながら、画布を1枚ずつ眺めてみる。

「画材も気になってるんだけど……少しだけ、触ってもいいのかな?」

白菊 珂慧(しらぎく・かけい)は絵を描くことを趣味としており、今回も真っ先に美術室の見学を申し出ていた。
 案内役の生徒から許可をもらい、筆や墨を手にとって観察する。

「墨で描くのなんて経験ないから、コツとか教えて貰えないかな?」

 珂慧が取り出したのは、鮮やかな色で描かれている『肖像画』や『絵葉書』。
 これだけ描けるなら墨でも大丈夫だよと、葦原明倫館生による絵描き講座が始まった。

「普段描くのは色をたくさん使った絵だから、一色で表現するのって難しそう」

 なんて心配を口走るも、さすがは日常から絵を描いているだけのことはある。
 飲み込みの早い珂慧に、誰もが感心していた。


 講座開始から数時間、珂慧と静かな秘め事が水墨画を描きあげたときのことである。
 廊下が、にわかに騒がしい。

「まぁ、お奉行様ですわ!
 美術の授業の一環として、あるいは他校の生徒との交流の一環としてぜひ絵のモデルになっていただけませんか!」
(忙しいでしょうから無理よね、きっと)

 美術室の前を通り過ぎようとしたハイナと房姫を、静かな秘め事が呼び止める。
 期待はしていないけれど……他にはありえない衣装の着こなしを、ぜひキャンバスに収めておきたかった。

「ふむ……交流の一環になるのなら、やってやるでありんす!」
「いけませんわ、お仕事が……」
「固いことを言うな、房姫。
 せっかくじゃ、ぬしもモデルになればよい!」
「……私は遠慮……」
「ということで、可愛く描いてくれりゃ」

 腰に手をあてて仁王立ちのハイナと、伏せ眼がちに椅子に座った房姫。
 2人をモデルに、その場にいたすべての生徒達がスケッチブックにペンや筆を走らせた。

「できましたわ!」
「僕も……どうかな?」

 静かな秘め事は、曲線を強調したポップな雰囲気のイラストを。
 珂慧は、繊細だが重みのある1枚を仕上げた。
 ハイナと房姫も交えて、できあがった絵の感想を出し合う。
 楽しく充実したひと時を過ごしたのだった。