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リアクション
「あ、モーナ、これ、渡しておきますねー」
作業音が工房に響く中、エラノールは機晶石をモーナに差し出した。ファーシーが操っていた巨大機晶姫の中から採掘して、唯乃が持ち帰ったものだ。不純物なども無い、とモーナのお墨付きをもらっている。
「ファーシーの移植に使うのですよー」
「あ、うん……ありがとう」
今、渡される理由がよく分からずに、モーナはきょとんとした。
「それで、修理ですがー、外か、外に近い所でお手伝いできることはないでしょうかー。 あと、ヘキサポッドを庭に置きたいのですがー」
その申し出でモーナは、彼女が何かの襲撃に備えるつもりなのだと気がついた。備えあれば憂いなしというやつだろうか。石を渡す理由もそれで理解できる。
「ヘキサポッドを置くくらいのスペースならあったと思うよ。雑用とかだったら、外でも出来るけど……」
「ありがとうございますー」
その頃、唯乃はフィアと外に出て、工房の周囲に警戒の目を走らせていた。今の所、誰かが襲撃してくる気配は感じられない。
(全く、あの自虐大好きっ子は……にしても、本気ならちょっと見過ごせないわよね)
ちなみに、自虐大好きっ子というのは日比谷 皐月(ひびや・さつき)のことである。唯乃は「雪だるま王国」の国民として、女王赤羽 美央(あかばね・みお)の勅命を受けていた。
美央曰く。
『日比谷皐月が鏖殺寺院と名乗り、ファーシーさんと彼女に関わった人に危害を加えると宣言したようだ。王国の名誉の為、技師たちに紛れ彼の動向を見極めよ』
とのことだった。陛下である美央は、跡地の地下へ同行して彼との接触を図ると言っていた。どこに、いつ現れるかわからない以上、分担して警戒するしかない。本人に会ったら、その言動の真意を問うつもりだった。
仮に、彼が本当に寺院サイドの人間だった場合は本気で排除を試みる心積もりだ。
エラノールが玄関から出てくる。
「パーツのお掃除を、玄関でやっていいそうですー。ヘキサポッドも持ってきますねー」
そんな2人の様子を見て、フィアは思った。
(2人とも何か頼まれ事があるみたいですね。新しい武器と装備を買ってもらったのはそういうわけなのでしょうか。……まぁ面白そうなので私も手伝いますが)
ただ武器と装備をちょっと使ってみたいから――とも言うかもしれない。
「この前は、ヒラニプラの技術を教えてくれてありがとう」
カレンは心を込めて、改めてモーナにお礼を言った。本当は他人に広めてはいけないであろうに、自分の気持ちを汲んでメンテナンスを教えてくれた。直接言葉で伝えられないから、その作業を直に見せることで。
今日は、学んだ事を少しでも実践に活かしていこう。
「ん、技術? 何のこと?」
モーナは手を止めてそう言った。
「あたしは、ファーシーが直せるかどうか相談に乗っただけだよ。ああ、でもその時に専門的な話もしたかもねー」
そして、思わせぶりにウインクする。
「あ、カレン、この部分の回路を繋げたいんだけど、流れ、分かる?」
彼女の指した場所を確認する。それは、先日初めて見たタイプの回路だった。確か、メモに取った筈――
「えっと……」
一生懸命に図を脳裏に描き、流れを思い出した所でメモを確認する。次に工具を持つと、慎重に回路にあてていった。慎重に、慎重に。それをあてたまま、目を離さずにジュレールに声を掛けて別の道具を取ってもらう。自然と、額に汗が浮かんだ。
そのカレンの様子を、ジュレールは見守る。カレンはファーシーの為に、そしてジュレールの為に出来るだけの事をやろうとしている。
(未だ、我は心から支援できないが……)
言い様の無い感情。この先に待ち受ける、孤独の時間を思う。それを紛らわすためにも、ジュレールはカレンの助手として工具の受け渡しに集中した。
「……うん、OK。じゃあ、ここに入れる部品を作るね」
モーナはプラスチックのケースから小さな部品をいくつか取り出してミリ単位の作業を始めた。カレンは急いでその工程をメモに取っていく。決してその技術を他に広めようとする気持ちはなく、そもそも一朝一夕で備わる技術でもない。今度、ジュレールやファーシー程ではないせよ、修理が必要な機晶姫達のために役立てていきたい。
ただただそう思って、彼女はペンを動かした。
作業をしているモーナ達を眺めながら、司は言った。
「ファーシーの現在の状態は、奇跡の結果によるものだ。果たして……奇跡抜きで元の身体に戻ることは出来るのか?」
軽い口調でサクラコが返す。
「奇跡は願えば起こる。そう思ってないと、救われないじゃないですか。悲観はいけませんよ、悲観は」
そう言われても、楽観するにはまだ早い。2日前、モーナはファーシーの修理に関して、奇跡を除外して考えなければいけない、と説明していた。あの日の奇跡が、理論立てられるのなら別だが……
「奇跡なんてものは、多くない。だから人は理論を暴く」
それを聞いて、サクラコは1つ息を吐いた。彼女も、司が理屈の上で慎重に言っているのは知っていた。それを言い伏せられるだけの意見がないこともよく分かっている。
「たとえ、どんな結果になるとしても、ここまで関わってきた人々が記憶していく事こそが、大事なんですよ」
サクラコは獣人だ。パラミタで比較的短命な獣人種族の中では、受け継がれた物語こそが永遠の命といえる。一族に連なる、一つの永遠の命。
「……で? それ、どうするんですか? 持って行くならさっさと持って行ってください」
彼女は、司が指の間に挟んでいる試薬にジト目を向けて言った。
「分かっている……モーナ」
「何?」
司はモーナに近付くと、試薬を見せた。
「この薬はイルミンスールから持ってきたものなのだが、これを組み合わせると簡易電池が出来る。その電池を、精密に電気周りを考えなくてもいい部分の電源に利用してもらえないか?」
モーナは薬を見つめると、困ったような表情で未沙と顔を見合わせた。
「うーん……機晶姫の動力源は、機晶石だけなんだよね。電池を組み込んでも、作動しないんだよ」
「……でも、機晶姫と関係無い所では使えるかもしれないわ」
未沙が言う。
「どういうこと?」
「例えばこれで、乗り物を作るとか。あたし達とか、種族を問わずに操作出来る小型の乗り物。ファーシーさんの魂は、完全じゃないのよね? それなら、身体が自由に動かない可能性だってあるわ。その時に、移動用の乗り物があれば……」
「まあ、適当に使ってくれ。駄目ならそれでも構わん」
司は荷物運びを手伝うべく、彼女達から離れた。サクラコが言う。
「素直じゃないというか何というか」
「……俺は技師ではなく、科学者だ。直すとか、作るとか、保つとか、そういうものはお門違いだ。だが科学者は、その夢がいつか技師の手に宿り、自分にできないそれらをやってくれる日を望まずにはいられない――そういうものだ」 科学者として奇跡は願えないが、できる限りのことをしてやりたい。司は、そう思っていた。
「まだまだ私にも学ぶことが多いようで……フィック、このパーツはどの部分ですか? ……あれ、フィック……?」
怪力の籠手をつけ、ミルディアと協力してパーツ分けをしていた幸は、メタモーフィックがいないことに気付いて首を巡らせた。目を止めたのは窓際、ルミーナの傍。そこで彼は、ファーシーに何事かを話していた。邪魔をしないように、声の聞こえる物陰にさりげなく近付く。
「この銅板って、合わせたら丸くなるんでしょ? 僕の本体に形が似てるね」
「そうなの? フィック君の本体って?」
自己紹介を済ませた結果、ファーシーも彼の事をフィックと呼ぶようになっていた。
「記憶破壊データなんだ。今はCD」
「記憶破壊……?」
怪訝そうな声を出すファーシーに、メタモーフィックは言った。
「うん。僕は、壊すために生まれた存在なんだ。僕も、やってることが分からなくなったことがあって……でも、ママに聞いたんだ。壊すことが、全て悪いことじゃないって」
「…………」
「ファーシーねぇは、ルヴィにぃを壊したことに落ち込んでるんだよね?」
「……うん……そう、だね……」
落ち込んでるなんてものじゃないかもしれないけど。
「僕が存在意義に悩んでいる時、ママが言ってくれた。破壊から新しく生まれるものも在るんだって。破壊も、必要なんだって。悪いことじゃないんだよ。全部が、悪いことじゃないんだよ」
ファーシーは、彼が一生懸命に自分を励まそうとしてくれているのだと分かった。それで、心が軽くなればと。
「ありがとう……」
「だから僕、壊すことはやめないよ。それでママを守れるなら僕はやめないよ。壊すことを目的にするんじゃなくて、ママを守る為に使っていこうと思う」
「うん……うん……」
決意を語るメタモーフィックに、ファーシーは頷く代わりに返事を繰り返す。その彼の意思が大切なものだと伝えるために。
その陰で、幸は彼の成長を実感していた。
(……どうしたのかな、ファーシーさん達、なんだか泣きそうになってるみたい……)
彼等の方を気にしながらも、ティエリーティアはモーナに指定されたパーツを集めて、整備をしていた。フリードリヒ・デア・グレーセ(ふりーどりひ・であぐれーせ)とスヴェンはそれを見守っている。
「それにしても俺が死んでる間にすげェ文明って発達したんだなー」
「……これ、地上の文明じゃないです……」
呑気に言うフリードリヒにつっこみを入れるティエリーティア。スヴェンはパーツを1つ取って、じっくりと眺めた。
「機晶姫とは、このような部品で出来ているのですか……古代の技術……とは、何故失われてしまったのでしょうね」
パーツを置いて、自分の胸に手を当てる。
「この私の体……も……」
スヴェンはそこで、はっとした。フリードリヒを見ると、彼は何か言いたそうな目をじとーっと向けてきている。
「い、いえいえいえ。大事なのは今です、今!」
慌てて立ち上がって、2人に言う。
「私はお茶でも入れてきますね。そろそろ、みなさんも休憩した方が良いでしょう」
1人キッチンに行きつつ、スヴェンは思う。
(……もう、開き直るしか?)
その彼と入れ替わりに、大地がティエリーティアの所にやってきた。決して、スヴェンと顔を合わせるのを避けたわけではない。そう、決して。
「ティエルさん……」
ファーシーの方をちらちらと見ながら、大地は言う。
「俺は、ファーシーさんには、ルヴィさんへの想いはそのまま抱き続けた上で……新しい人生をスタートするつもりで、誰かのパートナーになってもらうのがいいんじゃないかなと思うんですが……」
「うん……」
ティエリーティアは初めてファーシーと話した時の事を思い出す。
「まさか、自害する前にやりたいことを全部やっておこう、とか思ってませんよね?」
「え……?」
驚くティエリーティアに、彼は続ける。
「思い過ごしならいいのですが、いえ、どうにも何か急いでいるような気がして……そうでないことを祈りたいですが、もしそういう行動に出るならなんとか止めたいと……」
「そんな……! 弱くたって小さくたって、光がひとつでもあれば大丈夫なはずなんです……!」
大地の言葉だけじゃない。さっきの隼人の言葉も、ずっと気になっていた。ティエリーティアはファーシー達の所に駆け寄っていった。
「ファーシーねぇ、聞いてもいい?」
「うん。……何?」
メタモーフィックは、悪気の無いまま彼女に言う。
「ルヴィにぃはファーシーねぇの中に居るんだって。ルヴィにぃは壊れたはずなのに、どういう意味なんだろう。壊れてないってことなのかな?」
「わたしの……中に……? どういうこと?」
「ファーシーさん!」
ティエリーティアが心配そうな顔をしてやってくる。プレナとソーニョも集まってきた。
ファーシーは考える。自分の中に在るもの。壊れていないルヴィ。2日前、オトス村で教えられたこと。
(あ……!)
それは。
「思い出……」
「え?」
「ルヴィさまと過ごした記憶。それが思い出……。忘れない限り、壊れないもの……」
話を聞いていた幸が、ファーシーをそっと手に取る。
「そうです。貴方自身の中にある、気持ちの中にあるルヴィさんは、生きているんですよ。ここにあるパーツを見てください。様々な形がありますよね?」
「ええ……」
「機晶姫をイチから機体を造り上げる技術は今はありません。手、足、頭、1つ1つに別の誰かの……製作者の想いがきっとあったはずです」
「誰かの、想い……?」
「ファーシーさんの身体は、沢山の命に支えられて作られるのですよ。その中に、ルヴィさんの命もあります。その身体を、どうか大切にしてくださいね。これからその誰かの沢山の命を、貴方が代わりに紡いでいくのです」
ファーシーから手を離して、幸は微笑んだ。
「人は皆、支え支えられながら生きています。生きるということを、そんなに急ぎ過ぎないで……どうか私達を頼ってくださいね。貴方は少し、頑張り過ぎですよ」
そしてメタモーフィックとも目を合わせ、囁くように伝える。
「フィック、貴方も……ゆっくり待っていますから、急ぎすぎて貴方らしさを見失わないで下さいね」
「うん、そうだよ。弱音を吐きたい時は、構わずプレナにもソーニョ君にもぶつけていいんだよ? プレナ達じゃなくてもいい、弱音を吐ける相手がいるのも、大事なコトだよ」
「少しでも、気持ちが楽になってくれたら、僕達はうれしいんです」
プレナとソーニョが言うと、ファーシーは声を震わせた。
「そんな……みんな……やさしすぎるよ……」
ルミーナが耐えられなくなったかのように顔を伏せる。
「ファーシーさん……ルヴィさんに愛されていた事と、ルヴィさんに起きた5000年前の出来事……二つの真実を知ってまだ間がなさすぎるし、いきなり楽天的に生きるというのは無理かもしれません……だけど、『壊れ』ない限りは、知ったばかりの彼の想いを反芻できるんです」
ルヴィの死因に関して、心のなかで整理するのにはきっと時間が必要だろう。落ち着いてゆっくりと、それらを溶かしていけばいい。その結果、彼女がルヴィと共に眠る事を選ぶのなら――
それは彼女の望んだ結果なのだから仕方ない、と思う。
――だけど。
真っ直ぐな瞳で、ティエリーティアは言った。
「だから……貴方が『生きて』来たこと、貴方と共にルヴィさんが『生きて』いたこと、そしてルヴィさんの愛したあなたを、捨てないでくださいね?」
翌朝。
見送りに出てきた皆に、ルミーナが丁寧にお辞儀をした。
「じゃあ、よろしくお願いしますね」
「可愛らしい身体に驚かないでくださいね」
隼人が冗談めかして言う。
「修理は任せたからね! わたしは……大丈夫だから!」
ルミーナが背を向けて、ヒラニプラの出入口へと歩いていく。そこでは、洞窟へ向かう生徒達が待ってくれている。
「気をつけて行ってきてくださいね。僕たちみんな、ファーシーさんを待ってますから!」
一度振り向いて、ルミーナが礼をする。遠ざかっていく彼女達に、ティエリーティアはたまらず叫んだ。
「ちゃんと帰ってくるんですよっ!」
「とりあえずあっさり諦めんじゃねぇ。それだけは許さねーぞ!」
フリードリヒが続けると、ファーシーがルミーナの胸元から叫び返す。
「わたしを誰だと思ってるのよ! ……結婚式には来なさいよ!」
――そうして、2日目が始まる。
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