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美術フロア 〜シルバーアクセサリー体験教室〜

 渋井 誠治(しぶい・せいじ)シャーロット・マウザー(しゃーろっと・まうざー)は学校が違うこともあり、休みの日以外はメールや電話くらいでしかやりとりができない。誠治はシャロにベタ惚れなため今回のデートが楽しみで、楽しみで、楽しみで、楽しみだった。
「シャロは今日も可愛いなぁ……」
「ほえ? 何か言いました?」
「え、あ、独り言、こっちの話!」
 そんな彼の本日のファッションはジップパーカーにジーンズというカジュアルなものだが、指にはクリスマスで恋人に贈ったペアリングが光っている。シャーロットは白いワンピースに同色のリボンで髪をまとめて、ピンク色のパンプスという清楚なスタイルだった。もちろん彼女の指にもおそろいの銀色がおさまっている。
「手作りでおそろいなのも、良いですよねぇ」
「これはもしや……初めての共同作業というやつでは!?」
 本日はシャロが興味があるということでおそろいのハート形のシルバーネックレスを作りにやってきたらしい。あー、シャロに格好いいって思われたい! もっと好きになってほしい! むしろ好き過ぎてどうしよう、あーシャロ、いいにおいがする。シャンプーの香り?
「誠治、どうしよう。ハートがかけちゃいます……」
 さっきからゆっくりと作業を進めていたシャーロットの銀粘土は、時間がたって水分が飛んでしまったようだ。直したいのだが焦る気持ちが先走って、その間にもどんどんハートに亀裂が走っていく。
「だ、大丈夫だ! オレがなんとかするから!」
 誠治はスタッフのもとに大急ぎで走っていくと、水の入ったボールを持って戻ってきた。
「シャロー!! 水付ければなおるってさ、だから心配しなくても平気だぞー!!」
 誠治は彼女の指輪にちょっとずつ水を付けて、銀粘土の亀裂を戻してやった。本当はシャーロットのほうが美術はうまいはず。亀裂は治ったがちょっぴりへこんでいた。でも、彼女はその部分をあえてなくさずにそっと指でなで、幸せそうに頬をさくら色に染めた。
「……ごめんね、誠治。でも、ありがとう」
「へへっ。そーだ、イニシャル入れようぜ!!」
 ハート側の部分にお互いのイニシャルを入れる。シャーロットは完成したら帰る時に早速つけたいと思った。誠治は他の人がどんなデザインにしているのか気になって、近くにいた白菊 珂慧(しらぎく・かけい)ヴィアス・グラハ・タルカ(う゛ぃあす・ぐらはたるか)に話しかけてみた。
「なあ、そっちはどんなの作っているんだ?」
 珂慧は本日休みであるが学ランを着用、ヴィアスはリボンがふんだんに使われたクラシカルなワンピースを着ており、まるで洋行帰りのお嬢様のようだった。
「菊の花と、カウベル……」
「ピアスを作るのよぅ」
「それはもしかして僕とヴィアスのイメージなのかな……?」
「へえ、珍しいもん作ってんな!」
 ラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)はひょいっとのぞきこむと自分の作っているシルバーペアリングと見比べる。本日は黒いタンクトップに灰色のフードパーカー、ズボンは黒いスラックスで所々にポイントとしてアクセサリーの銀色を配置している。ジャケットにネクタイというトラッドな服装の幻時 想(げんじ・そう)もペアリングを制作していたが、こちらは恋人に贈る目的のラルクと違い失恋続き……。渡す相手はいないけど、意中の人にいつか贈れたらともくもくと製作していた。
「アクセサリー作りなんて初めて。そこは教室だから、初心者でも大丈夫、だよね」
「白菊は器用だから、きっと素敵なピアスに仕上がるわ」
「砕音のプレゼントだし、気合い入れて作るっきゃねぇな!」
 実はヤギの獣人ヴィアスは最近不自然に減りが早い相方のスケッチブック購入に付き合っていたのだが、シルバーアクセサリー体験教室を見てどーっしても欲しくなってしまったそうだ。欲しい欲しいと駄々をこね、作ってくれなければストライキを起こして座り込むわよぅ! とごねていた。
 そんな2人の仲良さそうな様子を見て想は小さくため息をつき、自分の恋愛について回想していた。今まで、あまり出会いの運はなかったように思う。優しくされると、つい気持が向いてしまって……でも、そんな理由で好きになった自分が相手と釣り合うとは、考えられなくって……。
「ペアリングのイメージとしては……狼をイメージしたかっこいい奴をつくりてぇな! そっちのペアリングの兄ちゃんはどうよ」
「僕ですか?」
「ああ、白い兄ちゃん熱中してこっちの音聞こえてねえなー」
「正直、上手くいく自信は全く無いけれど……」
 想は自身の恋愛について発言したが、ラルクはデザイン面での発言だと解釈した。
「たとえ下手でも心が籠もってれば平気だよな!」
 想は自分も、デザインに工夫してみようかと思いつく。ラルクと珂慧は相手のために四苦八苦しているようで、でもその様子が楽しそうだったからだ。自分も、単に惚れっぽいだけなのかもしれないが、もしかしたらいつかペアリングを渡す機会がくるかもしれない。その時のために何か……。
「……できた」
 先ほどからピアスだから、あまり重くならないようにとか、大きすぎないように、気をつけないとなどと小さな声で呟いていた珂慧の手元にはリボンのついたカウベルと菊のピアスの原型ができていた。
「穴はもう開けてるから心配ご無用よぅ! 完成したら着けて貰うのっ、かわいいでしょう?」
「……気に入ってくれれば、それで」
 ぴょんこぴょんこと飛び跳ねるヴィアスを見て、無表情にぽそりとつぶやいた。ラルクはオオカミの頭を模したモチーフに、想は月と星の装飾を入れたペアリングを作った。


 霧島 春美(きりしま・はるみ)ディオネア・マスキプラ(でぃおねあ・ますきぷら)はアルバイトしているパートナーに会いに来ていた。
「わぁー、奇麗な百貨店ねぇ、ディオ。こんなところで、あの2人バイトしてるなんて凄いよねー」
「おおー大っきいお店だねー。ボク、ドレスコードとか大丈夫かな?」
「大丈夫、大丈夫♪」
 彼女たちは音楽フロアを見学したその足で美術フロアにやってきており、先ほどはマジカルホームズっぽくバイオリンに触っていた。『わわわ、バイオリンあるねー。かっこいいねー。欲しいなぁー。こう持ってさ、パッヘルベルのカノンなんか弾いたりしてさ♪』『うん、そりゃ弾ければカッコイイけどきっと春美には無理だよ。え? サラサーテみたいに弾くって? あははは、ムリムリ』そんなコントみたいなやりとりが目撃されている。
「みんな、よろこんでくれるかな……?」
 オープン記念に美術フロアの一角では銀粘土を使用したシルバーアクセサリー教室が行われていた。体験教室の前を通りかかったとき、春美は春物のピンクの小花柄キャピワンピに白のジャケットを着たヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)が入口付近を恐る恐る覗き込んでいるのを見つける。ピンクのリボンが可愛らしく揺れていた。
「私の名前は霧島春美……ある時はイルミンスールの東洋魔術学科学生、またある時はデパートの一般客、しかしてその実態は百合園女学院推理研究会所属のマジカルホームズなのよっ!」
「ど、どうしたのさ!」
「私の推理によると、あの小さな子は体験教室に入りたくても1人で入る勇気が出ないみたいね!」
「そのまんまじゃないっ」
 ヴァーナーは春美を見ると『?』という顔をする。春美がお姉さんらしく話しかけてみると、どうやらパートナーに作るシルバーリングを作ってみたいらしかった。
「ええと、みんな、なかよしでいたいですー」
「なっ、なんて健気ないい子なの!? 私たちもどうせなら、今日の記念になるようなの作ろうよ☆」
「うん、それはいい案っ。きっと、あの2人も喜ぶよ♪」
 ディオネアもしっぽをふりふりしながら賛成し、ヴァーナーと一緒に3人でアクセサリーを作ることにした。案内されたテーブルでは瀬島 壮太(せじま・そうた)がすでに粘土をこねて制作しており、壮太はシルバーアクセサリー好きということもあって素人目にもデザインに迷いがないように見える。アーマーリングタイプのフリーダ・フォーゲルクロウ(ふりーだ・ふぉーげるくろう)は机の上に置かれて、彼の仕事にアドバイスをしている。
「あいつにも何かアクセ作ってやりてえんだけど、シルバーってイメージじゃねえしなぁ」
「あらあら」
「アクセサリー贈って、束縛しようとしてるなんて思われたら嫌だしよ……」
 独り言のように気になる女の子のことをつぶやくと、机上の機晶姫はくすりと笑った。壮太は幅が広めの男らしいゴツゴツしたものに、器用に溝を掘って装飾を施している。
「壮ちゃん、そこはもう少し削ったほうが綺麗よ」
 やはり初めての制作ということで指輪の厚さにムラができやすいようだが、フリーダの助言でなかなか味のある仕上がりになっていった。そんな様子をヴァーナーは目を皿のようにして観察し、自分がパートナーに贈る指輪の形を考えている。
「おにいちゃん、すごいなあ。んーと、んーと」
 春美は紙に図案を描いて、ディオネアにウィンク交じりに発表してる。図案には大きなクローバーが描いてあった……おや、これは普通のクローバーではない??
「ディオ、こんなのどう?
 ハートの形のペンダント4つ作って、私たち4人でかけるの。1つ1つでも、かわいいハートだけどさ、4人のを合わせると4葉のクローバーになるのよ☆」
「うん作る。でも、ボクのこの手で出来るのかなー?」
「いいんじゃない? 私たち4人の幸福を象徴するペンダント。あの2人にもあげたら、きっと喜んでくれると思うわ」
「ハートですか? かわいいです♪ ボクはユリっぽいユビワがいいな……」
 その様子を見た壮太はヴァーナーでも作れそうなデザインを一緒に考えてやることにした。聞けば3人分の女の子用のものらしい。
「うーん……可愛いデザインってのは思いつかねえな」
「女の子向けならこんなのはどうかしら?」
 フリーダは百合の紋章を指輪に入れるのはヴァーナーには難しいと判断し、かわりに彼女のトレードマークであるリボンの飾りを指輪にくっつければどうか? と言った。指輪本体の部分は壮太が手伝ってあげて、リボンの部分をヴァーナーが作ればきれいにしあがりそうだ。
「うん、それもカワイイね〜♪」
「姐さんはこういう話ができていいぜ」
「フフフ、素敵な指輪になるわね」
 こうして穏やかな時間が流れていった。


「この筆でボディペインティングでも出来たら楽しそうです、ふふ……!」
 たくさんの美術道具を買い込んだ珠輝はシルバーリング体験教室までリアを迎えに来たようだ。リアは遅れて参加したため凝ったものは作れなかったようで、その手にはシンプルなリングが握られている。
「大きく作りすぎたから、おまえにやる」
「へ? リアさんが私にリングを? 結婚の申し込みですか、喜んで……違いますかそうですか」
 おっと、気が変わったら勿体ない! 珠輝はリアの気が変わる前にひょいっと指輪を受け取った。シルバーリングは焼くと縮むため大きめに作るのだが、初挑戦のリアは苦労して形は整えたもののサイズの目安を誤ってしまったようだ。
「待ってやったんだから、デパ地下も付き合えよな?」
「お礼にリアさんのヌードを……」
「……」
「嫌ですか残念です、ふふ」
 デパ地下に行くにはからくり時計の前を通る。今の時間は3時少し前。