波羅蜜多実業高等学校

リアクション

からくり時計

　オープニングスタッフに応募した椿　薫（つばき・かおる）は警備を担当していた。履歴書の部活欄にはのぞき……じゃなくてバードウォッチングという地球にやさしい部活を書き込んだらしい。特技は捜索、隠す、土木建築ということだが、これだけ書くとリスかビーバーのようだ。面接を無事にクリアして今日が勤務初日なのだが、見回りをしつつ百貨店のいろいろなところを見学していた。
「ふむふむ、からくり時計の裏側も見回りポイントでござるか」
　しかし誰もいないでござろう。
　ふふ、と笑ってからくり時計の機械室の扉を開いた。


　ガチャ

『椿薫の悪魔発見の能力が１あがった！』


「……」
「……」


　パタン

『椿薫の悪魔を退ける能力が１あがった！』


「いやいやいや、待つでござる！！！」
「しつこい野郎だ。ここに逃げ込めば安全だったのに！！」
　薫があけた扉をサンダー明彦が静かに閉じようとするが、薫はつま先をねじ込んでサンダー明彦を追い出そうと頑張った。
「おっ？　おっ？　……ぎゃーっっっ！！」
「ああっ、３時になったでござるー！！」
　薫は慌てて無線で応援を呼び、恋人たちの幸せな午後を守るべく全力ダッシュで百貨店内を駆け回る！


「レイスと美鈴、珍しい組み合わせですねえ……しかし、良い天気ですから、人も多いです」
　神楽坂　翡翠（かぐらざか・ひすい）は灰色のジャケットに黒のジーンズという恰好で、うとうとと待ち合わせ場所のからくり時計前で舟を漕いでいた。暇なのであたりを見回してみると、珠輝とリア、シャーロットと誠治、和希とミューレリアなど……なぜかペアで時計の前に集まる人が多いのに気づいた。ルースとナナを見ると、翡翠はあの２人は間違いなくカップルだろうし、カップルの待ち合わせとして有名なのだろうと納得した。陽もテディにひっぱられてあくびをしながら３時を待っている。
「コハク、ちゃんと見て！」
「見てるよー」
　美羽もコハクとスタンバイオーケーだ。美羽は噂を知っているので積極的にいい席を取ろうと張り切っていた。
「ふああ。おや、やっと来ましたか？」
　レイス・アデレイド（れいす・あでれいど）と柊　美鈴（ひいらぎ・みすず）が連れだって向かってくるのに気づき、少しだけ目が覚めた。レイスは白のパーカーに青いジーンズを。美鈴は黒のワンピースにボレロを羽織っている。
「さすがにこういう服だと気慣れてませんから……動きにくいですわ」
「珍しい姿だよな？　いつも和服だろう？
　お前……やっぱり聞いた事無い音、気になるか？　昔から歌うのは、好きだったよな？」
「そうね、歌えるけど……あなたも歌えて演奏できたんじゃなかった？
　……あの時は……楽しかったわよね」
「俺の歌なんか下手だって。演奏は……簡単な物しか演奏できねえよ。ああ、昔よく合わせていたよな」
　音楽フロアではそんなやりとりをして楽しんだらしい。翡翠の前でレイスと美鈴は少し歌ってくれたが、高低の音が奇麗な息の合った歌声だった。
「２人とも買い物しなかったのですか。時間は、たっぷりあると思ったのですが」
　穏やかに微笑みながら尋ねると、頭をぽりぽりかきながらレイスは無意識に財布に手をあてた。
「値段が不明だったから、買うのは迷ったんだよな〜」
「目移りして……選べませんでしたわ」
　絵の具や筆を見てはみたものの、昔書いた絵の思い出話に花を咲かせるにとどまったらしい。
「う〜ん、色の種類は多かったな」
「そういえば……描いていたわよね……たまに。……描いたもの多く集まったんじゃないの」
「残ってるけど、見せねえよ」
　翡翠はぽけーっとそんなやりとりを眺めていた。眠い。


「にゃん丸、お金っ！！」
「えっ！？」
　ど、どうしたその顔！！
　リリィの顔には水商売のようなどぎついフルメイクがほどこされており、軽くひいてしまう……。どうやら店員に食いつかれて化粧を試しているうちに引くに引けなくなったらしいが……。
「で、いくらなんだよ」
「５０００Ｇｏｌｄ……」
「……」
　にゃん丸は何も言わずに払ってあげた。……わけがない！！
「この小ビンで５０００Ｇｏｌｄかよ？」
「あんたの色紙だって何よこれ！！」
　セイ・グランドル（せい・ぐらんどる）はそんな様子を気おされながら見ていたが、隣にいる宇佐木　みらび（うさぎ・みらび）は３時の瞬間を今か今かと待っていた。心臓が口から出てしまいそうだ……でも、からくり時計を大好きな人と一緒に見たら両想いになれる。あくまで噂だがみらびには大事な言葉の魔法だった。今日は知り合いをなんとか避けてセイに秘密でいられたんだから、あともう少し！　きっとうまくいくはず。
「なあ、宇佐木。ここってイベントでもあるのか？　妙に２人でいるやつ多い気が……」
「な、なんでもないだすよっ！　じゃなくて大丈夫でござる！　でもなくてえっとえっとえーっと！！！」
「……大丈夫か？？？」
　『です』と『だよね』を間違えたらしい。その後も大体間違っている。顔は真っ赤だし熱でもあるんだろうか。
　今日のみらびはデニムスカートにしましまの靴下、お気に入りのＴシャツにうさぎのポシェットを下げている。セイはジーンズにポロシャツだった。
「おい、本当になんでもねえのか？　絶対変だぞ、宇佐木」
　ちらっとリースと風天のほうを見る。彼らは全員で集合写真を撮り、お互いおめかしして遊びに来ているようだ。きっとリースもここの噂を知っているだろう。あんな風になれたらなぁ……。
　もう言い訳のネタも尽きて……というところで３時になった。


ざわざわ……。


　サンダー明彦を踏みつけながら現れるからくり時計の恋人人形たち。
「悪魔をやっつける恋人が題材か……ある意味すごいな」
「……うん。最近のからくり時計って凄くリアルなのね」
　にゃん丸とリリィはお互いへの怒りを忘れてあっけにとられていた。対してみらびは、頭上に『？』を飛ばしながらからくり時計を見つめている。話に聞いていたのと、何か違う。
「い、今のは事故でござる！　事故でござるよー！！」
　薫が声を張り上げつつサンダー明彦の回収を急いでいた。
　なんだぁ、事故なのか……。それじゃあ噂、本当にならないのかなぁ。
　しょんぼりとツインテールを揺らして自分の足元を見る。


「結構面白いな、ここ。また来るか」


「ぴょっ！？」
　雑貨屋の次男坊で手先が器用なセイは、からくり時計の題材よりも仕組み自体に興味をもったらしい。噂にも気付いていないようだ。そりゃそうだ、こんな状況下でうっとりできる人はいないだろう。
「時計、故障したらしいしな」
　セイは時計が見られなくてがっかりしたみらびをフォローしたのかもしれない。そんな細かいことはどうでもよかった。
　そっか、また一緒にこれるんだ！
　先ほどの落ち込みから右肩上がりに元気が回復していくのを見ると、セイはやれやれと息を吐いた。