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【十二の星の華】悪夢の住む館

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【十二の星の華】悪夢の住む館

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第1章 穴蔵と思惑(前編)

「初めまして。新任警備員見習いとして今夜は急遽シフトに入る事になりました。宜しくお願いします」

 鉄格子と石壁の殺風景な空間に凜とした声を響かせ、ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)はシャキッと背筋を伸ばした。
「新任だぁ?」
 ローザマリアの声に、老警備員が白髪交じりの眉をひそめる。
「そんな話は聞いてないけどねぇ」
「はい。なので、『急遽』というわけで」
 老警備員はジロジロとやや疑わしそうに、ローザマリアの姿を眺め回した。
「君みたいなお嬢ちゃんが? 務まるのかい?」
「ふむ。不安ごもっともだが腕はそう捨てた物でもないと自負している。信じてもらうしかないがな」
 ムッとやや不満そうに唇を歪めたローザマリアの前にグロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)が割って入った。
「いや、もちろん、この道のヴェテランである其方には及ばないと思うが」
 ライザの言葉に、老警備員はいくらか気分よさそうに頬を緩める。
「聞けば其方、働き通しとか。ひとつどうだろう? 此処はローザに任せ、妾にも警備員の心得というものを教えては貰えぬだろうか? 休憩室で御茶を淹れさせていただくが」
 老警備員は本格的に頬を緩めて、グゥっと体を伸ばしてみせた。
「いやいや実際その通り。ここのところ訳のわからん事件だらけで……空京はいつからこんな物騒になったのかね。まったく、年寄りに無理をさせてくれるよ」
「ああ、それはいけない。では肩もほぐさせていただこう。ささ、ささ」
「そうかい。じゃあ――お嬢ちゃん、任せたよ」
 
 ポン、と。
 
 リスティルローザマリアの肩をひとつ叩いて、老警備員は部屋を出て行く。
 去り際、ちらりと振り返ったライザに、ローザマリアはこくりと頷いて見せた。

「さて、出番よ」
 二つの靴音が遠ざかったのを確認。
 ローザマリアが呟いたのを合図に、部屋に入ってきた二つの人影がテティス・レジャ(ててぃす・れじゃ)の鉄格子の前に張り付いた。

「な、なんですか?」

 突然の闖入者に、パッと顔を上げたテティスが目を丸くした。

「あ、そんな身構えんでええよ? 私はこう見えて法曹の魔道書なんよ。弁護士との接見、とでも思って気軽に、肩の力を抜いて話してくれはってええんやからね?」
 片手でテティスを落ち着かせるような仕草をして、今川 仮名目録(いまがわ・かなもくろく)はテキパキと事情を聞く準備を始める。
「貴方様が屋敷を荒す現場を、直接目撃した方がいないのであれば……やがて、別に嫌疑を掛けられる人間が捜査線上に浮かび上がって来る筈です。突き止めようではありませんか。あ、わたくしは聞き役です。後々のためにメモを取らせてただきますので悪しからず」
 そう言って上杉 菊(うえすぎ・きく)は仮名目録の横で、ペンと紙を取り出した。
「堪忍な。ほんまはこんな状況証拠だけで詮議もせずに牢送りにするんはどうかと思うんやけど……聞かせてくれん? 何が、あったんどすか?」
「え、えっと……でも」
 ちらちらとテティスは鉄格子の外を気にする。
「ああ、警備員のおっちゃんなら席外してもらっとります」
「……もしかして、き、気絶されたりしてませんよね?」

 不安げなテティスの言葉に、一瞬の沈黙。

「あっはっは。そんな手荒なことしないどす」
 仮名目録はカラカラと笑い、菊は少し感心したような表情を作った後で口を開いた。
「お茶につきあっていただいているだけです。私どものみでなくあなたのために動いている者がいるということだけお知りおきを。どうか、御心を強く。そして軽挙な行いは御自重なさいます様」

「そうそう。なかなか良いことを言う」
 ヌッと。
 菊の背後から姿を現したのは霧島 玖朔(きりしま・くざく)だった。
 玖朔はひょいっと鉄格子の中を覗き込んでニカッと唇の端を持ち上げて見せる。
「が、人ってのは多けりゃ多いでまた色々めんどくせぇ話もあるって話で――よう、カワイコちゃん。手こずるのがお得意らしいな」
 自分に向けられた笑顔に、テティスもなんとなくぎこちのない笑顔を返した。
 玖朔はうんうんとそれに頷きを返す。
「そうだよなぁ。確かにクイーン・ヴァンガードの風評は思わしくないが、どうも俺には、君がおかしな蛮行をするようには見えない――」
 
 冷たそうな石の床にペタリと座り込んでいるテティス。
 玖朔はしげしげと上から下までその姿を観察して口を開いた。

「あのさ、上着とスカートを捲ってみてくれないか?」

 ガッ!
 一瞬で。
 玖朔の肩を、ローザマリアが掴んだ。

「ちょっと! いきなりなんてこと要求してくれてるのよ!」
 ローザマリアはそのまま玖朔を壁に押しつけてにらみ据える。
「おいおい、やましいことを言ったつもりはないぜ? テティスが怪我でもしてれば――些細な傷からなにか分かる事だってあるだろ? 信用してくれないか?」
「出来ないわよ。だいたいあんた、どこから入ってきたの?」
「そんなもん、これを見せて――」
 玖朔は自分の身分証明を指差して見せた。
「書類書いただけだぜ?」

 ふるふる。

 ローザマリアは頭を振るった。
「正面突破ってわけ? 大胆な話」
「正面突破、かあ? いや、そうだ、だから急がなくちゃ。人数の弊害が控えてる。なあカワイコちゃん、ひとつ俺を信用して――」

 ドドドドド……。
 それは、轟音の前兆のような音だった。
 遠くから、だんだんと近づいてくる地響き。

 玖朔は、手で顔を覆って天井を仰いだ。
「間に合わなかったな。ほんとの正面突破ってのは――」

 ガアンっ。

「こういうのを言うんだろ?」

 牢に続く鉄扉がけたたましく鳴って。
 ドドドドドっと大量の人影がなだれ込む。

 思わず。
 ローザマリアはぽかんと口を開けた。