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リアクション
★ ★ ★
「伯爵様は今日は多忙ですので、こちらのお部屋でお待ちいただけますでしょうか。ここは、いろいろなコレクションがおいてありますので、退屈なさらないと思います」
狭山珠樹と新田 実(にった・みのる)は、案内のバトラーによって、階下の部屋に通されていた。この部屋にも、霧が入り込んでいる。
「いや、ミーは、直接伯爵のコレクションを見てみたいんだが」
これでは、思惑と違ってしまう。
吸血鬼貴族の御主人様役である新田実が、あわててバトラーに言った。
「ええ。ですから、ここにも、貴重なコレクションが展示してありますので、御退屈はしないと思います。後で、伯爵様がもっとすばらしいものを御用意してくださるでしょう」
そう言うと、バトラーはさっさと退出してしまった。
「ちょっと予定とは違いますけれど、ここから手始めに調べましょうか。みのるん、ここは我たちだけでかたづけますわよ」(V)
狭山珠樹が、新田実をうながした。
「そんなこと言われてもなあ、絵って、よく分かんないんだよな」
「だったら、なおのこと、ここの絵をよく覚えて、後で話題にできるようにするのですわ」
頭を掻く新田稔に、狭山珠樹は言い含めた。
少し広い部屋には、壁中に大小の絵画が、四隅には石像が飾ってあった。
「クイーン・アムリアナ・シュヴァーラって書いてあるけれど、これって女王様の似顔絵なのかなあ」
いくつかの絵を見て、新田実が言った。
「多分そうだと思いますけれど」
答えた狭山珠樹だが、少し自信がない。
絵画にしろ石像にしろ、古代のシャンバラ女王の名が書いてあるので、モデルは彼女だとは思う。けれども、その姿はまちまちであった。ある絵は、縦ロールの金髪を優雅に肩に載せているし、ある絵は短く切りそろえた銀髪で剣を手にしている。幼い丸みを帯びた顔のものもあれば、細面の厳しい面持ちのものもあった。
部屋にある石像の一つは、ふわふわと波打つ綿毛を豊かに讃え、切り株に座って読書している姿であった。いったいどういう技術を使えばこんな細かい彫塑ができるのかと不思議に思うほどである。
別の一つは、大剣を杖のようにして直立したものだ。その姿は、どことなくティセラ・リーブラ(てぃせら・りーぶら)に似ても見える。
「そうかなあ。ミーには、アルディミアクにも見えるけど」
「石像ですから、あっちこっち簡略化されているので、似ている人はみんな同じに見えるのでしょうね」
ちょっと悩む新田実に、狭山珠樹は答えた。
リアルな作りとは言っても、美術品は特徴を強調して細部を簡略化する傾向にあるため、特徴が似ていれば同じ人に見えてしまうのはよくあることだ。逆に、ちょっとしたタッチの違いで、同一人物がまったくの別人に見えてしまうこともある。
だとしたら、様々な姿をしている女王の姿は、結局同一人物なのであろうか。それとも、作者の違うただの想像図でしかないのか。だが、だとしたら、ティセラやアルディミアクに似ているかもしれないというのは、本当のことなのか、ただの他人のそら似であるのか。今は、確かめる術はない。
「どれが、一番本物の女王様に似ているのでしょうね」
「さあ。ミーもいろいろ想像したことあるけれど、ここにある絵は全部一度は想像したことあるような姿だから分からないや」
二人は、興味深そうに、周りを取り囲む女王の姿に見とれていった。
★ ★ ★
「すみませーん。ここはどこでしょうか? 教えてくださいですぅ」
ぞろぞろと城の中庭を徘徊していたメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)が、都合よく霧の中から現れた若い執事にむかって訊ねた。
「ここでございますか。ここは、ストゥ・ディウム伯爵様の居城でございます。ところで、あなた様方はどちら様でございましょうか」
「僕、セシリア・ライト(せしりあ・らいと)だよ!」
丁寧に聞かれて、すかさずセシリア・ライトが元気よく答えた。これこれと苦笑いしながら、メイベル・ポーターが自分とフィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)を紹介する。
「そうですか。道に迷われたのでしたら、しばらくここでお休みになるといいと思います。伯爵は来客の好きな方ですので、きっと歓迎してくださいますかと」
「じゃあ、いろいろ見学しててもいいですかぁ?」
「ええ、もちろん」
メイベル・ポーターの言葉に、若い執事はあっさりと許可を出した。
「後で、ちゃんと伯爵に御挨拶に来ていただけるのであれば、それまで何をしていても構いませんので。用があれば、どこででも構いませんから、誰か城の者をお呼びください。静かな古城ですので、どこにいても声は届くと思いますので」
そう言うと、若い執事は霧の中に姿を消してしまった。
「確かに、静かすぎるほど静かですわね」
霧につつまれて建物の影もおぼろな周囲を見回して、フィリッパ・アヴェーヌが言った。
「せっかくのお城なのに、これじゃ、何も見えないですぅ」
残念そうに、メイベル・ポーターが言った。
「とにかく、ぐるっと回ろうよ」
セシリア・ライトが歩きだす。この霧の中で見失っては大変とばかりに、セシリア・ライトとフィリッパ・アヴェーヌはあわててその後を追いかけた。
「建物の石壁は、すばらしいものですわね。でも、この霧では、せっかくの美術品も隠れてしまってもったいないですわね」
館の外壁に沿ってゆっくりと歩きながら、フィリッパ・アヴェーヌが言った。
外壁には、美しい飾り柱やタイルなどが使われているようなのだが、どうにも全体像が分かりにくい分、評価としてはマイナス点をつけたいところだ。
「それにしても、このお城は、なんのために建てられたのでしょうか……」
ちょっと分かりかねると、フィリッパ・アヴェーヌはつぶやいた。戦いの要害としての城としては、濠や高い城壁がそれを示している。とはいえ、建物自体は、装飾的な宮殿ふうにも思える。なんだかどっちつかずだ。
「そうなの? 僕はお城のことはよく分かんないからさっぱりだよ」
あっけらかんと、セシリア・ライトが言った。
「それにしても、こんなに先が見えないと、いきなり霧の中から生きた棍棒が襲いかかってきても不思議じゃないですぅ」
「それ、都市伝説だよ。リビングメイスなんていないから」
「あら、つまらないですわね」
他の者が聞いたら総ツッコミが入りそうなことを会話しながら、メイベル・ポーターたちは館をぐるりと一周していった。
霧の中で、足音が近づいてくる。まさかと、メイベル・ポーターたちは足を止めた。
「誰にも会いませんように……うわっ!」
突然メイベル・ポーターたちと鉢合わせして、安芸宮和輝たちは肝を潰して逃げだしていった。
「あれが、リビングメイス?」
「多分違うと思いますわ」
「今度見つけたら、とりあえず叩いておくですぅ」
メイベル・ポーターは、ニッコリと笑いながらそう言った。
★ ★ ★
「いあいあ、どうでしょうか。ヒラニプラ名物、女王像の一刀彫りでございます。お一つお城に飾れば、幸運が舞い込み、金運ざくざく、来客ばんざいと……」
背中にくくりつけた女王像を指し示しながら、いんすます ぽに夫(いんすます・ぽにお)が家令にむかって必死の売り込みを展開していた。
「ふむふむ。ですが、我が屋敷には、すでに女王像はありますので……」
家令は、エントランスホールの大階段の踊り場にある女王像を指し示した。
「なんですとお!」
いんすますぽに夫は、怒濤の勢いで階段を駆け上っていった。高く髪を結い上げ、脚を横に揃えて腰をおろした姿の女王像を子細に調べあげる。
「これはいけません。この女王像は偽物です」
「なんと」
いんすますぽに夫の言葉に驚いて、家令も石像のそばにやってきた。
「この石像には、だごーん様のサインがありません。作者不明の偽物です。それにくらべて、僕の石像には、ちゃんとだごーん様のサインがあります。正真正銘の本物です」
いんすますぽに夫が何をして本物と言っているのかは分からないが、家令はなぜか納得したようだ。
「では、伯爵様にお取り次ぎいたしますので、客間でお待ちいただけますでしょうか」
家令は、そのままいんすますぽに夫を客間の並ぶ廊下へと案内していった。
途中でそろりそろりと一つの部屋の扉が開きかけたが、いんすますぽに夫たちの姿をみたカレン・クレスティアは、あわてて顔を引っ込めてしまった。
「どうぞ、こちらでお待ちください」
案内された客間は、霧のせいもあってか、適度にじめついていていんすますぽに夫としては居心地のいいものであった。部屋の中には大きな水槽があり、錦鯉まで泳いでいる。
「くんくん、ちょっと水の匂いにしては甘い気もしますが、お部屋の香水か何かでしょうか」
霧の香りを嗅ぎながら、いんすますぽに夫はつぶやいた。
★ ★ ★
「ちー、ちー」
「あ、あの、お供の方々が、そ、そのー」
足下の霧の中から聞こえるゆるスターたちの泣き声を気にして、給仕さんが困ったように緋桜 ケイ(ひおう・けい)に言った。
「なに、俺様の舎弟にゃ、気にするにゃ」
霧の中からかろうじて顔だけのぞかせて、シス・ブラッドフィールド(しす・ぶらっどふぃーるど)が言った。もちろん、一三匹のゆるスター軍団は霧に隠れて姿すら見えない。
「で、でもー、困ります」
「いいにゃ、いいにゃ」
そう言うと、シス・ブラッドフィールドはポーンとジャンプして給仕さんのエプロンにしがみついた。
「きゃん」
「ははははは、シス卿、おいたがすぎますぞ。ささ、どうぞこちらへ」
見かねた緋桜ケイが、シス・ブラッドフィールドの首根っこをひょいとつまんで、両腕でしっかりとだきかかえる。
「はあはあ、じゃあ、ここでお待ちくださいね」
もう嫌だとばかりに、給仕さんが客間の一つの扉を開けた。
「いあいあいあ……。海はいいですなあ」(V)
部屋の中では、いんすますぽに夫が、水槽の中で錦鯉と戯れていた。
「間違えました」
給仕さんが、あわててバタンと扉を閉める。
「こちらですので、ごゆっくり」
隣の客間に二人を押し込めると、給仕さんは逃げるようにして行ってしまった。
「こら、あんなことをして、疑われたらどうするんだ」
「いや、それよりも、隣の部屋の方が……」
緋桜ケイに怒られながらも、シス・ブラッドフィールドはまだ呆然としていた。
「とりあえず、外にいる舎弟たちに命じて、ココを捜させるのにゃ」
そう言って、シス・ブラッドフィールドは緋桜ケイに扉を開けさせた。
廊下の様子をのぞく二人の目の前を、誰かが走り抜けた。
「ココにゃ!?」
緋桜ケイの腕から飛び出して、シス・ブラッドフィールドがその少女の後を追いかけた。
「えっ、ココなのか!?」
戸惑いながら、緋桜ケイも後を追った。
「もう、ほっといてくれよ!」
そう言って逃げ去る少女の顔は確かに、ココ・カンパーニュだった。だが、黒髪は解いて背中に長く流しているし、何よりも、蒼空学園の制服を着ている。
「どうなってるんだ?」
追われて適当な部屋に逃げ込んだココ・カンパーニュに続いて、何も考えてないシス・ブラッドフィールドと、訳が分からなくなり始めている緋桜ケイが、同じ部屋に飛び込んでいった。
「ココにゃーん! 好きにゃー!」
「ね、ねこぉ!?」
飛びかかってきたシス・ブラッドフィールドの頭を、右手を突き出したココ・カンパーニュがむんずとつかんだ。
「きゃー、かわいい!」
思わず、そのままぎゅっとシス・ブラッドフィールドをだきしめる。
「きゅうぅぅぅ」
「ああ、泡吹いてるから、泡」
あわてて、緋桜ケイはシス・ブラッドフィールドをココ・カンパーニュから奪い取ろうとした。
「私は、絶対にパラ実なんかには行かないからな。せっかくここで友達もできたんだ。そんなとこなんか行きたくない!」
「はあ、なんのことだ。俺はそんなこと言ってないぞ」
訳が分からなくて、緋桜ケイが困惑した。あらためて、よくココ・カンパーニュの姿を見てみる。服装は、標準的な蒼空学園女子の制服を着ている。いつものゴチメイの服とくらべたら、実に普通だ。アクセサリーらしいアクセサリーといえば、両手首に填めている金色のブレスレットだけだろうか。髪も下ろしていて、なるほど、こうして見るとアルディミアク・ミトゥナにそっくりだった。
「そうか。じゃあ、大丈夫だ」
また、ぎゅっとココ・カンパーニュがシス・ブラッドフィールドをだきしめる。
「うがが……、し、死ぬ……」
「やめろ!」
思わず、緋桜ケイが高級はたきでココ・カンパーニュの手を打った。ぼとりと、シス・ブラッドフィールドが床に落ちる。ゆるスターたちがむらがって、あわててシス・ブラッドフィールドをその場から運んでいった。
「ああ、崩れてしまったじゃないか。しかたないなあ」
ココ・カンパーニュが不気味に笑った。緋桜ケイに叩かれた右手が、形を崩して煙のような物になっている。
「お前、何者だ!」
緋桜ケイが叫んだ。
「私? 私は、ココ・カンパーニュだ」
そう言って嗤い声をあげると、ココ・カンパーニュは部屋を飛び出していった。
「待て!」
すぐさま、緋桜ケイは後を追って部屋を飛び出した。だが、廊下には誰の姿もなかった。
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