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ラビリンス・オブ・スティール~鋼魔宮

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ラビリンス・オブ・スティール~鋼魔宮

リアクション

 SCENE 01

 ――空気に混じって鉄の匂いがする。
「殿、いかがなさいました?」
 坂崎 今宵(さかざき・こよい)九条 風天(くじょう・ふうてん)を見上げた。
 ――鉄の匂いは微かに、血のそれに似ている。
 空は鉛色、じき正午になるというのに、太陽は一度も顔を見せない。
 一行は到着していた。制圧目的地となる工場群に。
 敷地を守る扉、その外壁、内部に見える建設物……すべてが鋼鉄、重厚にして広大、これほど物々しいものを、ただの技術研究施設などとよくうそぶけたものだ。
「……」
 風天は口を開きかけたが、すぐに閉じざるを得なくなる。
 突如、一行の眼前にそびえ立つ鉄扉が重々しく左右に開いたのである。

 迷彩塗装の軍用テント、その幌の内側で夜住 彩蓮(やずみ・さいれん)は息を呑んだ。目の前のモニターには工場の様子が映し出されている。彼女は工場の外の密林に身を潜め、情報拠点として活動しているのだ。
 設置したばかりの通信機のスイッチを入れ、各行動班のリーダーに無線を入れる。前髪を払ってマイクを手にした。
「気をつけて、『敵』も我々を認識し、しかも待ち構えているようです」
 続けて作戦内容の簡単な復唱をしたのち、オフスイッチに手を伸ばしかけた彩蓮だったが、その手を止めてもう一言付け足す。
「聞いて下さい。ご存じのように、この作戦は教導団・魔法学校の共同作戦ですが、他校生であれ私たちは味方部隊として尊重しています。繰り返します。卿の作戦に協力するすべての人を、分け隔て無く味方と考えているのです。情報は共有し、この回線も教導団以外にも常に開放します。ゆえに、途上で得た情報、気になる物事があれば逐次ご報告願います」
 信用して下さい、という言葉は呑み込んだ。それは自分から言うべきことではない。
「良いだろう」
 デュランダル・ウォルボルフ(でゅらんだる・うぉるぼるふ)の声がした。常時光学迷彩を用いているため姿は見えないが、デュランダルは守護天使のように彩蓮のそばにいる。隣に、座っている。
「我々教導団は決して、他校に全面的に信頼されているとは言い難いからな。こうやって徐々に誤解を解いていくほかないのだ。やがて理解される日もくる」
「そうですね」
 そうでないと……彩蓮は思う。
 いずれ訪れるであろう、すべての学校が手を結び、強大な敵に立ち向かう日が。
 その日に備えなくてはならない。いつまでも各校が、バラバラであっていいはずがない。

「さっそくお出迎えか」
 宮本 武蔵(みやもと・むさし)は懐手を解き、大小を抜き放いて左右の手に握った。
 一行が門より進入するや、どこに隠れていたのか大量のヒューマノイドマシンが溢れ、攻撃を仕掛けてきたのである。
 マシンは聞いていた通りの姿だ。くすんだ灰色、こけし人形のようなフォルムに、長くアンバランスな蛇腹の腕、脚はなくローラーで滑るように動く。つるりとした表面の金属が、鈍色の光を反射していた。どこかユーモラスな姿なれど、頭部の黒い溝と、その奥に明滅する朱い単眼は冷たい印象がある。しかも蛇腹アームの片側、あるいは両側に、殺傷力の高い武器が装備されているとあっては親しみなど湧きようもない。『彼ら』の攻撃は冷徹で迷いのないものだった。
 正面に見える建設物に入ることも叶わない。敷地内で最初の大規模戦となる。それにしてもマシンは何体いるのだろう、ざっと見ただけで百は下るまい。圧倒多数、しかも次々と新手が出てくるではないか。こちらも少ない戦力ではないが、彼我の頭数の差は歴然としていた。
「ハッ! 殿! 明道丸でございます!」
 今宵は両手に太刀を捧げ持ち、風天に捧げ渡した。
「ありがとう、今宵」
 可憐な容姿だがひとたび刀を握れば、剣鬼と化すのが風天という剣士、
「得てしてこの様な機械は関節部分が脆いモノです!」
 踏み込むと同時に、最接近してきたマシンの腕を叩き落とす。ざくりとした感触が腕に伝わる。ふたたび鉄の匂いが鼻をついたが、戦闘の興奮が洗い流した。
「多数を相手にする戦いには慣れている」
 豪快な笑いを残して、敵の只中に乗り込むのは武蔵だ。四方ぐるりとマシンに囲まれ、それでも二刀を交互に震う。右、左、また右……薙ぐ度に金属が削れ火花が散る。
「ほら、追ってこい! 俺はこっちだ!」
 敵による包囲を乱れさせるや武蔵は背を向けた。まずはヒューマノイドマシンを引きつける、それが彼の戦術だ。そんな彼の横面を、
「?……うおぅ!?」
 眩い雷光が掠めていく。
「おい! 攻撃がすれすれで飛んで行ったぞ!?」
 サンダーブラスト、その発射主は、誰あろう白絹 セレナ(しらきぬ・せれな)である。雷撃をマシンに当ててその首を吹き飛ばしている。
「天下無双の武蔵なら、それくらい避けられると思ってな」
 からからと笑うである。それどころか、
「まだ行くぞ」
 と、杖を振るって第二弾、またも武蔵の真横を通るようにして放つ始末だ。
「くそっ、白姉達め絶対楽しんでやがるな! ……って次は!」
 剣豪武蔵、たちまち首をすくめた。今度は雷撃ではない。武蔵の頭上ぎりぎりを、鼓膜が破れそうな轟音あげてロケットランチャーが飛んでいったのだ。
「ヒューマノイドマシンも大きさがまちまちですね。大型のものにランチャーを使用しました」
 こちらは今宵だ。次弾を装填しながら平然としている。
「嬢ちゃんもドンドン過激になってやがる!」
 しかし、危地にあって燃えるのが武蔵という豪傑、敵が減ってきたので再度突進する。
「いくぜ大将、圧倒的な戦力差を跳ね返す剣術を教えてやる!」
「はい、センセー!」
 一体を斬り伏せて、風天も彼の後を追うのだった。
 鉄の破片が空を舞う。倒れたマシンが火を噴いて爆発、誘爆して別の個体も吹き飛ばした。工場正面、まだ進入から数分も経過していないのに、既にこの地は乱戦の舞台へと変貌している。ヒューマノイドマシンの勢いは弱まらないものの、明らかに味方が押している。
 戦闘バカの本領発揮、とばかりに草薙 莫邪(くさなぎ・ばくや)はルミナスグローブで敵を殴りつけた。
「硬ぇ装甲だな、え!? だが、俺の敵じゃねぇ!」
 もう一発、振りかぶってマシンの顔面に叩き込むと拳は敵の顔面をひしゃげさせてめり込んだ。さらに莫邪は、マシンがなお、ソード状になった腕を振り回しているのをぐいと掴んで、自らの頭部に突き刺してやった。
「じゃったら、わしも本気出ほうかの」
 普段は飄々としている鉄草 朱曉(くろくさ・あかつき)も、敵が鏖殺寺院とあれば話は別、莫邪が破壊した相手を乗り越え、さらなる敵に一太刀、怒濤の勢いにてよろめかす。同じ相手の背後に草刈 子幸(くさかり・さねたか)が回り込み、
「これが殺人兵器でありますか!! せっかくの技術が、ただ人を殺す道具と成り下がっている事が心苦しいであります!!」
 面打ち、見事な早業、標的のガードをくぐりぬけて頭部を砕いた。
「さっちゃん、やるのぉ!」
 と手を叩いた朱曉だが油断があったか。
 機械は痛みを感じないし顔面が潰されても怖じない。半壊のマシンはその腕――回転刃になっている――を、朱曉めがけ水平に薙ぐ。ひやりとした冷たい空気が頬を撫でた。
 危うく斬られそうになった朱曉を、救ったのは莫邪である。回転刃を拳固で粉砕している!
「こらバカツキィッ! 俺に手間かけさせるんじゃねぇよ!!」
 地響き立ててマシンが崩れ落ちると、眼前に敵はなかった。
「攻めるでありますよ! ヒューマノイドマシンたちの悲劇を終わらせるであります!」
 子幸は振り返って告げると、さらなる敵を求め馳せる。
 追いすがりつつ朱曉は莫邪に言った。
「さっきはすまんのぉ。ところでばくやんよ、今日のさっちゃん、妙に熱ぅなっとると思わんかの」
「へっ、使いようによっては平和維持に使える兵器が、単なる人殺しの道具に使われているのが悔しいとかなんとか言ってやがったな、子幸のやつ。……馬鹿言うぜ、兵器は戦争のためのモンだろーが」
 莫邪は吐き捨てるような口調だが、その目は決して怒っていない。
「まったくお馬鹿を言うもんじゃのぉ」
 ま、そがぁなとこがさっちゃんのええとこなんじゃがのぉ――と朱曉は呟き、莫邪も否定しない。
「全てを速攻で片付ける! 行くであります!!」
 子幸は叫ぶ。ようやく正門周辺の敵が減ってきた。掃討に移ろう!

 上空から、機関銃の強烈な掃射が行われた。天城 一輝(あまぎ・いっき)だ。彼は飛空挺に乗り待機、正門地点に留まるという。
「門が自動的に開いたということは、逆に言えば自動的に閉じることもできるってわけだ。包囲殲滅は戦術の基本だが、誓ってそうはさせない!」
 操縦桿を握って機体を旋回させる。輝の小型飛空艇は改造が施してあり、助手席がない代わりにそこに機銃が固定されていた。
 正門周辺のマシン掃討に尽力しつつ、ユリウス プッロ(ゆりうす・ぷっろ)も声を上げた。
「脱出路は我と一輝が一命を賭して確保しよう。この行動は金鋭峰団長からも許可を得ている」
 団長には反対どころかむしろ、必ず果たせと激励すら受けているのだ。
 一輝の機銃を受けてバランスを崩した機体を、ユリウスの槍が貫いて頭上高くまで振り上げた。なんという臂力!
「諸君の武運の続かんことを祈る。これは勝利の前祝いだ!」
 受け取るがいい、と一声言い残し、ユリウスは渾身で槍を振り回し、先端に突き刺されたままのヒューマノイドマシンを建築物の正面に投げつけた。マシンは爆炎を上げて大破し、工場と思わしき建物の扉が壊れて開く。
「あそこね! 突入するわよ!」
 これを見て、宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)は突撃を呼びかける。鉄屑と化したヒューマノイドマシンを踏み越えながら、敵が人間に似ていないことを祥子は内心密かに感謝していた。
「人間に似すぎている相手はどうしても呵責を覚えちゃうもの。そういう意味ではあんな姿で作った鏖殺寺院に感謝ね……さあ、殺るわよ!」
 正門周辺の敵が減ったところで安心はできない。破れた工場の入口からは、さらに大量の殺人機械が飛び出してきたではないか。刃を片手に提げているものがある。火炎放射器を設置しているものも。乾いた音を立てて機銃が発射される。
「小回りが効かない、ってのは聞いていた通りね!」
 地に転がって機銃を避け、手を伸ばしてヒューマノイドマシンの腕を拾い投げつけた。回転しながら腕は飛ぶ。敵はそれに目を奪われたか、さらなる機銃や火炎放射、敵の動きが集中する。この隙を見逃す祥子ではない。槍を高飛び棒がわり、黒い狼のように敏捷に、跳んで一気に距離を詰める。
「オーダー・オンリー・ワン。見敵必殺!」
 次の瞬間には長い髪を躍らせ、祥子は敵の眼前に滑り込んでいる。
「見敵必殺!」
 そして槍の歩先で、機銃を手にしたマシンのモノアイを貫くのだ。しかし突出しすぎたか、祥子の華奢な体を、鋼鉄の兵器たちが取り囲む。命を奪おうとする。
「そこまでだ、魂持たぬ者たちよ!」
 白い光が馳せた。あるマシンはその蹄にかけられ、あるマシンはその突進に跳ね飛ばされ、そしてまた別のマシンは、大剣の鋭い一撃で唐竹割りにされてジャン! という金属音を立てた。
「大事ないか?」
 祥子を馬上にかき抱くようにして、白馬の上の騎士が敵に睨みを利かす。
 彼は湖の騎士 ランスロット(みずうみのきし・らんすろっと)、その愛騎は、角を生やした一角獣だ。敵との距離を測りながらランスロットは言う。
「祥子よ、まだ覚悟が足りないな」
「な、なによ藪から棒に」
「人ならざるモノであっても人の形をしているモノを斬ることへの抵抗や呵責、か。戦がめったに無い平和な時代であればこそだな」
「……だって、そうでしょう」
 騎士はその問いに直接答えなかった。
「慣れろとは言わないが、シャンバラ建国を目指すための過程に鏖殺寺院などとの戦がある以上、心を強くもたねばなるまい」
「頭ではわかってはいるのだけど……いえ、肌で理解してみせる!」
 この戦いで、と言い残して祥子は鞍から滑り降り、再度敵に向かって身を躍らせた。そんな祥子を支えるのが同人誌 静かな秘め事(どうじんし・しずかなひめごと)だ。かつての彼女は同人誌、祥子がしたためたちょっと大人向けの本にすぎなかった。しかし今は……。
「母様、支援しますわ」
 しかし今は、ランスロットと共に祥子を守る頼もしき少女なのだ! 駆け込む祥子を追うように光術を走らせ、カメラアイに頼るヒューマノイドたちをたじろがせる。
(「あれでヒューマノイド…ですか。あまりいい趣味とはいえませんわね……」)
 静かな秘め事はふと想像した。
(「ああでも大きさがもっと小さければ実用……ごほん! ではいきます!」)
 敵は圧され、工場内に引き下がる。皆に続いて静かな秘め事も工場を目指した。