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ラビリンス・オブ・スティール~鋼魔宮

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ラビリンス・オブ・スティール~鋼魔宮

リアクション

 SCENE 15
 敵の数は膨大、ややもすると圧されそうになったものの、やがて【新星】ブルーニクは攻勢に転じた。一糸乱れぬクレーメックの采配もさることながら、従うメンバーの士気の高さもあってのことだろう。誰かが傷つけば誰かがそれを癒し、誰かが危機になればまた誰かがそれをフォローする――ひとつの生命体のような新星に比べれば、ヒューマノイドマシンの軍勢はあまりに無秩序だ。
 ゴットリープの前進も相まって、ジェイコブは勢いを得た。小回りの利かない敵を右に左にかわして、その背を至近距離から撃ち抜く。ちらりと振り返って、
「フィリシア、万が一の時は頼んだぜ!」
 とフィリシア・レイスリー(ふぃりしあ・れいすりー)に言い残し、敵の集団に躍りかかった。
「えっ、突然なにをおっしゃりますの!?」
 フィリシアが止めようとするも、ジェイコブはもう止められない。
「ファウスト、合わせるぞ!」
「承知! 派手に決めるとするか!」
 同時に斬り込んだケーニッヒと共に敵の中央部に着地、
「オラ行くぜ! 本日の天気予報は土砂降りだ! ただし、弾丸のな!!」
 炸裂! 炸裂! ジェイコブが弾丸を雨のようにブチ撒き、
「どぉりゃあああッッッ!!!!」
 同じくケーニッヒ、爆炎の赤い尾を曳く剣にて、情け無用の刃物三昧を食らわす!
「全員上がれ! 殲滅する!」
 クレーメックが声を上げ、総攻撃が開始された。
 アム・ブランド(あむ・ぶらんど)の氷術が、敵を凍らせ行動不能にする。
「ここが頑張りどころ、ですな」
 マーゼンも前進している。ランスの一撃で、凍り付いたマシンを木っ端微塵にした。
「討ち漏らしはしない。貴様が……最後だ!」
 ケーニッヒが首を吹き飛ばしたマシンが、最後の一体となった。
 勝利した。
 どっと疲労感が訪れる。
 洋は銃を置いて座り込み、さすがのジェイコブも肩で息をしている。
 ゴットリープは深呼吸してレナからカメラを受け取り、記録された画像をチェックしている。
「ダメね、ここには無線が入らないわ。この戦果、是非報告したいのだけど」
 無線機を操作していた麻衣だが、視界の隅に白いものを発見して声を上げた。その白いものは……人だ。
 手に火術の焔を踊らせながら、アムが人物に近づいた。
「両手を挙げて立ち上がりなさい……早く!」
 うずくまって震えているとおぼしき相手に、少々苛立った様子で声を上げる。
「殺さないで! 抵抗はしません……ぼ、僕……ここの研究者です……」
 研究員は、まだ声変わりすら済んでいないような少年だった。くすんだ金髪。白い服は白衣で、大きな眼鏡をかけている。
「名前と所属は?」
「お、塵殺寺院の……」
「待って、もういいわ」
 震える余り歯の根も合わぬ様子に溜息して、アムは少年に近づいた。
「大人しくしてなさい。殺したりはしないから」
 少年の目を覗き込み、蠱惑的な笑みを浮かべた。口づけするように唇を寄せ、その先端で少年の首筋に触れた。冷たい牙が柔らかい肉に食い込む。
 その瞬間、
「え……!」
 アムの体は少年に持ちあげられていた。しかも、彼の片腕一本で! 喉にかかる凄まじい圧力を感じる。息ができない。
「……」
 他のメンバーが動くのを見て、少年はアムの体を真下に、床がめり込むほどに叩きつけた。
 少年研究員は眼鏡を外した。少年ではない……少女だ!
 白衣の両袖から幾筋もの鞭が、のたうつ線虫のように這い出した。
「……コードネームC・U・R・N・G・E。個体名、『Φ(ファイ)』。標的確認。殲滅開始」
 ブロンドの少女は口元を歪めた。

 壁に叩きつけられた。
 肋骨は二三本、確実に折れたであろう。肩の関節も外れたに違いない。……運が良かったとしたらそれで済んだはずだ。
「こいつが噂の『CRUNGE』か……いかにもな雰囲気だな」
 それでもジェイコブは、血と共に強気の台詞を吐いた。だが体が動かない。視界が急速に狭まりつつある。
「バウアー! バウアー!」
 ジェイコブとクランジの戦いが見たい、と内心願っていたフィリシアだが、もうそんな気持ちは吹き飛んでいる。圧倒的すぎる。あのジェイコブが、いくら疲れていたとはいえまるで子ども扱いではないか。背後からジェイコブが銃弾を放った途端、怪物は腕の関節をありえない方向に曲げて弾丸を掌で受け、地を蹴るや彼の腹部に頭突きしたのだ。たったそれだけ、たったそれだけでこの破壊力。聞いている『Χ(カイ)』の能力すらこのクランジは凌駕しているというのか。
「バウアー! 目を開けるのですわ! バウアー! こんなところで……こんな……」
 そんなつもりはなかったのに目に涙が溢れた。フィリシアはこのときはじめて、彼を喪うのではないかという恐怖に怯えた。
「こいつ!」
 ケーニッヒも即座に力の差を感じた。懸命にソードを振るうも、クランジ『ファイ』には掠りもしない。しかも相手は、ケーニッヒに一度も目を向けていないのだ。まるで何かを探そうとでもしているかのように、黄金色の眼球を動かし続けていた。
(「クランジは我々の指揮官を見極めようとしている。最小の攻撃で最大の心理ダメージを与えるために……」)
 いち早く気づいたクリストバルが声を上げる。
「全員撤退! 私の命令に従いなさい!」
 次の瞬間、長い鞭が伸びてクリストバルの喉を締め上げた。
「……!」
 クレーメックは瞬時にクリストバルの意図と決断を悟る。彼のために、彼女は我が身を犠牲にしたのだ。
 ここで私情に溺れれば指揮官失格、それが判らぬクレーメック・ジーベックではない。
「全員撤退! 見敵必殺のチームのところまで全力で戻れ! それまで私の命令は一つだ!」
 噛みしめた唇から血が溢れる。鉄のようなその味を、クレーメックは忘れることはないだろう。
「死ぬな! 生き延びよ!」
 高圧電流を流されボロ布のようになって崩れ落ちるクリストバルにも、彼の命令は届いただろうか。