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第4章 命の選択 2

「誰も死を選ばぬか……。なんとも脆弱で浅ましい生き物よ。汝らは己が助かるために他者の死を選ぶというわけか」
「人を死を選ぶ選ばないなんて……そんなの馬鹿げてる! それは試練なんかで、そんなものなんかで決められるものじゃないんだ!」
 コビアの言葉に、試練の主の声が荒さを持つようになった。
「いかなることを述べようとも……選択は成されたとみなす。汝らの愚かさは仲間の死をもって決されよう」
 コビアたちの言葉を聞き入れることなく、試練の主は不条理にも宙吊りの仲間たちを奈落の底へ落とそうと――した。
「…………なぜだ? ……なぜだ!?」
 ――だが、僅かに軋んで動き始めたそれは、すぐにけたたましい機械音を立てて停止する。困惑し、声に焦りの色をうかがわせた主に向かって、若い男の声が聞こえてきた。
「悪いですが……機能は停止させてもらいました」
「誰だ……!」
 コビアたちがやってきた所からは遠く離れた場所で、一人の男――戦部 小次郎が姿を現した。コビアたちからは見えないが、どうやら別に入り口があるようであった。
「どれだけ神様気取りのようなことを言おうとも、貴方の力は所詮機械モドキ……。時間はかかりましたが、他の仲間が檻の制御データは支配させてもらっています」
「なんだと……!」
 そう言って、小次郎は銃型HCから見えない相手に通信を開始した。
「影野さん、檻を動かしてください」
『はい、わかりました』
 影野――そう呼ばれた者が制御しているのか。
 仲間の囚われた檻は再び動き出し、徐々に平地のコビアたちのもとに降りてきた。そして地に降り立つと、檻の出口が解放される。
「アビト! 良かった、無事で……!」
「ああ……」
 無事に仲間と合流できたことを喜び合うコビアたち。しかし、試練の主はまだ諦めていなかった。
「こうなれば……皆、死するが良い! 選択も出来ぬ愚か者など、ここにはいらぬ!」
 試練の主の憤慨した声が響き渡ると、ある意味で馴染み深い、あの昆虫型の機械生命体が地中から這い出てきた。それも、無数の数が……!
「みんな、こっちです!」
 その圧倒的な数に戸惑うコビアたちに、小次郎の声がかかった。平地に降り立った彼は、すぐに出口へと案内する。
「ここから次の階へと行けるはずです」
「誰かは分からないですけど、ありがとうございます!」
 コビアが頭を下げると、彼は少しばかり照れ臭そうに微笑んだ。
「大したことはしてませんよ。それよりも……」
 小次郎が指を差したのは、扉から少し離れた位置にあるスイッチだった。
「ここの主は、どうしても選択を迫りたいようですね」
「どういうこと……?」
「あの昆虫たちを全滅させるか、あるいは誰かがスイッチを押し続けるか。そうでもしないと、扉は開かない仕組みになってるんです」
 小次郎は悔しそうな顔で言った。
「これだけの昆虫の量は、全滅させるなんてほぼ不可能に近いです。せめてあと数人は助けがいると思います。ここの機械は精密で、私たちの人数と能力に合わせ、不可能と思われるほどの数を地中から生み出します。ギリギリのところで選択させたいんでしょう。……性格が滲み出てるみたいですがね」
 つまり……必ず誰かを犠牲にさせるということだ。誰を犠牲にして生き残るか。その選択を今度は迫ろうと言うのだろう。
 ここまでくれば、何が試練だ。コビアは苛立ちを募らせていた。そんなとき――彼の横を一人の女性が駆け抜けて行った。
「舞羽さん……!」
 真田 舞羽(さなだ・まいは)は、脇目もふらずにスイッチへと走った。
 たとえそれが誰かの策略だったとしても、それが試練の選択だったとしても……仲間を助けたい。舞羽は、自分の意思がそう告げたとき、すでに足を動かしていた。
 スイッチに辿り着こうとしたとき、まるで待ち構えていたかのように昆虫たちが彼女に襲い掛かった。
「ぐぁ……!」
 腹を斬られて、倒れこむように彼女はスイッチを押す。
「あ痛ったぁ……。やはは、ドジッちゃったなぁ……」
 もし自分以外の誰かを犠牲にしたら、きっと必ず後悔する。だったら、仲間のためなら、自分が犠牲になるのが一番良い。
 激痛のせいだろうか。かすんだようになる視界を見て、きっとここで終わるんだろうと予感がする。舞羽は、静かにここで終わってしまっても、それで満足なつもりだった。
 しかし――彼女の目に、少年たちの姿がぼんやりと見えた。
「舞羽さん!」
 昆虫たちをなぎ払って、彼女の前に集まったのは、コビアを初めとする仲間たち。
「な、なんでキミたち……」
「誰かが犠牲になるなんて、そんなの嫌なんだ。……もう、誰かが消えてしまうのを見るのは、嫌なんだ! 誰一人、誰一人欠けちゃ駄目なんだよ! そんなことするぐらいなら、ギリギリまで戦って……ギリギリまでやってやる!」
「……そういうことだ。試練の選択なんかじゃない、俺たちの選択だ」
 コビアとヴァルが、舞羽に微笑みかけた。
「……一生懸命、ここで終わってしまう覚悟決めて、泣きたくなるのを押さえて、笑って見送って一人で消えようって思ってたのに……。みんな、お人好し過ぎるよ。――ありがとう」
 舞羽はそう言って、静かに目を閉ざした。きっと、気力も消耗してきたのだろう。
「エクス、彼女を癒してあげてくれないか?」
「……しょうがない。ここはわらわに任しておくといい」
 唯斗に頼まれて、エクスが仕方ないとばかりに舞羽にヒールをかけ始めた。無論……彼が言わなかったとしても、恐らくは自らやっていただろうが。
「はああぁぁ!」
 気合一閃。亮司の前で彼を守る風天は、近づいてくる昆虫をなぎ払う。
 先制攻撃を加え、敵の体勢が崩れてバランスをなくしたところに、容赦のない追撃。だが、深追いまではしない。あくまで彼の使命は、佐野亮司を守ることだ。
「佐野さん! こっちにっ!」
「お、おぉ……」
 風天は後方にさがると佐野の腕を引っ張り、自分の背後に送った。そうして、コビアたちとともに円を描くような陣形を作る。
「さて、これだけの数をどうやるか?」
 うようよと近づいてくる昆虫型機械の大群の光景は、まさに絶体絶命という言葉が相応しい。
 そんなとき――
「誰かが正義を呼んでいる!」
「誰かが涙を流してる!」
 どこからか聞こえた謎の声とともに、謎の集団が平地へと降り立った。高らかな叫びとともに現れたそれは、誰もが予想もしていなかった援軍であった。