薔薇の学舎へ

波羅蜜多実業高等学校

校長室

葦原明倫館へ

久遠からの呼び声

リアクション公開中!

久遠からの呼び声

リアクション


第3章 孤独なる戦い人 1

 地下三階に降りていく階段の先は、長い通路が続いていた。
 コビアたちは徐々に洞窟風から機械的な部分が増えていく内装に驚きを覚えながら、慎重に歩を進めていく。
 そんなコビアたちの中で、気の強そうな一人の女性が内壁や機械の様相を入念に調べていた。
「シリウスさん……。どうしたんですか?」
「いやなに……ここが『試練の回廊』とかいう場所ってことはよく分かったけどよ。何のためにそんなもんがあるのか、目的も何もわからねぇ。コビアを呼んだ、女の子のこともな……。だからまあ、ちと気になるんだよ」
 火の爆ぜたような赤い髪をかき上げて、シリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)は悩むような唸りを上げる。
 彼女の仕草や風体はまるで違うが、見る人が見れば――シャンバラ女王候補として名高き、ミルザム・ツァンダと勘違いしてもおかしくなかった。事実、初めて彼女を見たときは、コビアでさえも呆然としたものだ。
 そして、もう一つ彼を呆然とさせたものは――
「年代としては……やはり古王国時代でしょうか……。ヒラニプラで作られたものか、それとも……」
 シリウスのパートナー、リーブラ・オルタナティヴ(りーぶら・おるたなてぃぶ)が、シリウス同様に内壁を調べていた。
 彼女もまた、シリウスのようにある人物――かのティセラ・リーブラと瓜二つであった。まして、その物腰や仕草などまで似ているため、彼女を見分けるのは困難と言ってもおかしくない。無論――別人であると誰もが信じきっているとは言えないということだ。
 しかし、コビアは、どうしても彼女が悪人とは思えなかった。
 ティセラと瓜二つであることに、一番困惑しているのは他ならぬ彼女自身である。
 かつて自分がそこにいた手がかりがないか。自分が関係していることはないだろうか。
 リーブラは『試練の回廊』内を探りながら、それを求める。もちろん、それはコビアのためでもあった。
「わたくしが知っていることがあれば、コビアさんを呼んだ女の子についても何か分かるのですが……」
「……気にしないで。その気持ちだけでも、嬉しいんだから」
 リーブラの落ち込んだような様子に、コビアは笑顔で言った。
 もし、最奥部までいけたならば、自分の正体についてもなにか分かるだろうか。
 そんなことを考えながら、リーブラ、そしてコビアたちは回廊の奥へと更に進んでいった。



 地下一階――探索の試練から心理の試練へと続く階段の途中で、気弱そうな少年――影野 陽太(かげの・ようた)が座り込んでいた。無論、それは決してくたびれて、というわけではない。
「うーん、これ、なんか複雑です……」
 ぐちぐちと呟きながら、彼は銃型HCから展開されたモニターを見ていた。モニターに映るのは、なにやら複雑な構造をした試練の回廊の詳細である。
 奥に行けば行くほど、その構造はより高度な技術によって構成されていく。
 陽太はその中で一際目立つ、中心ともいうべき機晶技術を見つけていた。
「……なんでしょうか……これ。これが全体を勝手に動かしてる……?」
 最奥部に位置する場所で、全ての信号を司っている巨大な存在。
 陽太はそれに不気味な予感を覚えながらも、まずは内部構造をハッキングすることに集中した。
 銃型HCの中へと徐々に取り込まれていくデータの数々。『試練の回廊』からすると、ある意味で反則行為のような気がしないではない。
 とはいえ――それを地上に伝えることは不可能だ。
 電波は入り口で意図的にシャットダウンされており、いくらデータを取り込むことができても、弄ることはできないのである。
 陽太は、銃型HCから直接連絡を取ることにした。
 それは、更に遺跡の奥へと向かっていった、とあるキャラバンの一団のためであった。



 通路の上空を飛ぶ紙ドラゴンが先行し、その下を、まるで付き従うこどもたちのように、小人が探索していた。まるで御伽噺のようなドラゴンと小人の空間に、おとなしそうな少年と気品に満ちた若者が現れる。
「うーん、何もないかなぁ」
「手がかりになるようなものが落ちていれば良いのだがな……」
 少年――和原 樹(なぎはら・いつき)フォルクス・カーネリア(ふぉるくす・かーねりあ)は、辺りを警戒しながら小人たちのもとまで追いついた。特にフォルクスは、ディテクトエビルを展開することで、より懸念を欠かさない。
 そこに遅れて、セーフェル・ラジエール(せーふぇる・らじえーる)がやってきた。
 彼は、まるで女性のように長い銀髪を緩く三つ編みにし、背後に垂らしている。まるでその三つ編みに引っ張られるように、せーフェルの後ろからジンブラ団とその一行の一団も歩んでくる。
「何か見つかったか?」
「ううん、何も……って、ん?」
 ジンブラ団の団長――アビト・ビラに首を振った樹だったが、それを撤回するかのように、彼は何かに気づいた。
 足下を見ると、樹のズボンを引っ張っていたのは小人であった。小人は愛くるしい目で彼を見上げ、その手には少々大きい何かを持ち上げてみせる。
「これ……?」
「それは……コビアの紐だ!」
 アビトは樹に詰め寄り、紐を奪うように取り上げた。そして、わなわなと震える手で紐を確かめる。
「コビアの……紐?」
 樹は、不思議そうに首を傾げる。
 紐で誰のか分かるというのも不思議な話であったが、アビトの横から覗き込むようにして紐を見て、彼はその理由を理解した。紐、というよりは、ミサンガのような編み紐である。おそらくは、足首にでもつけていたのだろう。
「ジンブラ団は、必ず自分達の身体のどこかに紐をつけることを義務付けている。それは、団員である証だ……」
「なるほどですぅ。じゃあ、コビアさんはここまで来てたってことですぅ」
「そうそう! もしかしたら、もうすぐ追いつくかもしれないよねっ!」
 不安げに目を曇らせたアビトへ、メイド服の少女――メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)と陽気な笑みを見せるセシリア・ライト(せしりあ・らいと)が言った。その隣では、まるでメイベルの妹のような容姿をしたシャーロット・スターリング(しゃーろっと・すたーりんぐ)と、穏やかな微笑を浮かべるフィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)が彼女を見守っている。
 のんびりとした口調でどこか頼りなさげにも見えるが、メイベルの声はアビトを勇気付けた。きっと、そんな彼女だからこそ、こんなにも多くのパートナーが彼女を支えているのだろう。
「ま、いずれにしても、先に進んでみないと分かんないわな。手がかりを見つけただけでも良し、か」
 メイベルたちを見る後方の若者が、一人呟いた。
 気だるげな雰囲気も漂わせるその精悍な若者――緋山 政敏(ひやま・まさとし)は、パートナーのカチェア・ニムロッド(かちぇあ・にむろっど)リーン・リリィーシア(りーん・りりぃーしあ)とともにジンブラ団の後方で警戒に当たっている。
 アビトたちが先へと進むと、通路の脇では昆虫型の機晶機械が破損したまま転がっていた。カチュアは紐よりも遥かに見つけやすいそれに近づき、検分していく。手馴れた様子で調べ始めた彼女は、そう間もない内にアビトたちへ振り返った。
「上手く突破はしているようですね。痕跡からして他の契約者が付いているのは間違いなさそうですが……」
「あっ、ようやく繋がった!」
 そんなとき、アビトたちとともにいた藤谷 天樹(ふじたに・あまぎ)が声を上げた。
 彼はここに来るまでの間も、なにやら誰かと精神観応で連絡をとろうとしていたが……人の精神にまで影響するような妨害魔法が発生されているのだろうか。
 天樹が自分のパートナーである鳳明と連絡が取れたのは、このときようやくのことであった。精神観応による相互の意思疎通によって、天樹は鳳明たちとコビアが無事に合流していることを知った。
 それを伝えると……
「……そうか」
 アビトは、心配の種が少しだけ減ったことに、安堵の顔をした。しかし、団長としての威厳だろう。彼はすぐに、親代わりとしての自分を心へ置いて、ジンブラ団団長としての顔へと戻った。
「あ、あぁ、あー、また切れちゃった」
 更に多くの情報を得ようと思ったのだが、再び意思疎通が妨害される。恐らくは、一時的に弱まったに過ぎなかったのだろう。
 しかし、コビアが無事で、なおかつ他の仲間と合流していることは貴重な情報であった。アビトたちは、コビアに追いつこうと再び歩を進める。
 それにしても――
「コビアさんは……なんで一人でこんなところに入っていったのかな? 危険なことは分かってるはずなのに」
「若いときは、分かっていても身体がそれを受け入れないときがある」
 リーンの疑問に、アビトが思いにふけるよう答えた。
「でも、それにしたって……」
「気になるか?」
 アビトが、リーン、そして他のメンバーに振り返る。
 ここまで手伝ってもらっておいて、話さないのは失礼だと思ったのだろうか。
 アビトは、同意を得るように団員たちに目を向け、彼らが頷くのを確認すると、ゆっくりと話し始めた。
「あいつは、家族を魔獣に殺された」
「魔獣……?」
「ツァンダの東にいた魔獣だ。といっても……その地で封印されていた伝説の魔獣の瘴気を受けて凶暴化した、ただの獣に過ぎないがな。なんでも、その伝説の魔獣は死んだと聞くが……」
 アビトの語る伝説の魔獣が何を指しているのか。分かる者がいたとて、それを口に出す者はいなかった。
「……まあ、いずれにしても、そのときはまだ伝説の魔獣は封印されていた。瘴気を受けて凶暴化した獣に、幼かったあいつの家族は襲われた。運が良かったのか悪かったのか……。獣がコビアの家族を襲ったとき、俺たちは森を越える途中だった。駆けつけたときにはすでに遅かったが、なんとかコビアだけでも救い出すことが出来たんだ……」
 コビアの過去を聞いて、リーンは我がことのように心が痛んだ。悲痛な顔をする彼女たちに、アビトは続ける。
「あいつは、かわいそうな奴だ。ずっと、誰も助けることの出来なかった自分を悔やんでいる。表面はどれだけ明るく振舞っていても……目の前で大切な人が死ぬのを、ただ黙って震えるしかなかった自分の弱さを、不甲斐なさを、心の中で悔やみ続けてる」
 リーンたちは、アビトの話を黙って聞いていた。
 コビアの中では、ずっと情けない自分がいるのだろう。だからこそ、それをなぎ払うかのように、彼は階段を必死で駆け上がろうとしている。一歩ずつ歩くべき階段を、二段、三段と飛ばして、必死で誰かを救える自分になろうと。
「だから、わきめも振らずに遺跡の中に入っていたのですわね」
 フィリッパが、同情するように言う。
 メイベル、そしてシャーロットもまた、彼女たちと見合ってコビアの過去に悲痛な思いを抱いた。もしも、ここにいる家族同然の誰かがいなくなってしまうなら……。そう思うと、メイベルたちはコビアの心に巣くう悲しみの深さを知ってしまう。
 それは、樹たちとて同じこと。セーフェルもフォルクスも、かけがえのない家族だ。
 そして――
「……だからなんだってんだ」
 政敏は苛立ちを吐き捨てるようして、かつかつと先に進んだ。
 それは、まるでつまらないこととでも言うかのように。しかし、ぶっきらぼうに言い捨てた彼に、文句を言う者など誰もいなかった。
 それは、彼の声に苛立ちだけでない、静かな哀情の色を聞いたせいなのだろう。