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 夏の楽しみ 
 
 
 夏の強い日差しが照りつけている。
 街中ならば、こんな日差しを恨む声もあがるだろうけれど、ここは海。
 眩しく照る日差しは、海を波をきらきらときらめかせ、砂浜をいっそう白く見せる。
 海水に冷えた身体を温めてくれるのもまたこの太陽だ。
 そんな日差しの中を、リアトリス・ウィリアムズ(りあとりす・うぃりあむず)は海岸沿いに歩いていた。
 着ているものは白のワンピース水着。超感覚を働かせている為に、青い髪の上にはひょっこり大きな犬耳が。後ろにはふっさりと長い犬尻尾が生えている。
「あ、ここにも」
 不意にしゃがみこむと、リアトリスは砂の間から顔をのぞかせていた貝を掘り出した。日に透けてしまいそうな繊細なピンクの貝殻を、壊さないように気をつけながら手に取る。
 嬉しそうにそれをしばらく眺めた後、またリアトリスは砂浜を歩き出した。
 どこから流れ着くのか、砂浜には綺麗な貝殻が落ちている。それを集めているのだ。
 そうして砂浜を歩きながら、リアトリスは海辺にいる人もちらっとチェックしていた。男性に見えるほど格好良い女性が、どこかにいないだろうか。
 けれどこちらは、貝殻を拾うようには見つからない。
 はまぐりは対になる殻にしかぴったり重ならないというけれど……そんな恋人との出会いがこの海であったなら……。
 夏の夢を抱いて、リアトリスがまた貝殻に手を伸ばす。と、その手が同じ貝殻に伸ばされた手とぶつかった。
「あ……」
 リアトリスと同じように砂浜で一心に貝殻を拾っていたディオニリス・ルーンティア(でぃおにりす・るーんてぃあ)が顔をあげた。
「どうぞ」
 リアトリスが手を引くと、ディオニリスはぱっとその貝殻を手に取った。
「ありがとう。ふふっ、大きな貝殻嬉しいな。これでね、お兄ちゃんと砂のお城を作るの」
 あそこ、とディオニリスが指差したところでは、サトゥルヌス・ルーンティア(さとぅぬるす・るーんてぃあ)が砂の城の形を整えている。波打ち際に近いところで作ると波にすぐ崩されてしまうので、少し離れたところに海水を運んでは砂を湿らせ、それを盛っているのだ。蒼のトランクスタイプの水着に白のパーカーを羽織っているが、夏の日差しにさらされての作業は暑いらしく、時折手を止めて汗をぬぐっている。
「そう。がんばって大きなお城を作ってね」
「うん。じゃあね」
 くるっと身を翻すと、ディオニリスは拾った貝殻を手にサトゥルヌスのところに戻った。
「お兄ちゃん、いっぱい貝殻拾ってきたよ」
 ほら、と集めてきた貝殻を自慢げに見せるディオニリスを、サトゥルヌスは可愛くてたまらないように目を細めて眺めた。緑のワンピース水着を着たディオニリスの肩に、黒髪がかかっている。髪の色の目の色も兄のサトゥルヌスと同じだけれど、くるくるとカールする髪質だけが異なっている。
「たくさん集めたね。これで飾ったらきっとお城も綺麗になるよ。イリスはどんなお城にしたい?」
「う〜んとね、大きくて立派なお城!」
 貝殻を口元にあて、ディオニリスはふふふと笑った。
 サトゥルヌスが積み上げておいた砂を、ここはバルコニー、ここは塔、と2人は相談しながら城の形にしていった。
 砂の城が出来上がるとそれを、ディオニリスが摘んで来た花や拾ってきた貝殻で飾りつけ。
 完成すると近くにいる人に頼んで、砂の城と自分たちを写真に撮ってもらう。
 その間もディオニリスはずっとにこにこしていた。
 サトゥルヌスが契約者としてパラミタに行くと言ったとき、自分はついていけなかった。どうして自分は契約者になれないのかと、自分を憎み、怒り、嫌悪したけれど……こうして強化人間になることによって大好きなお兄ちゃんと契約で結ばれることができたのだから、今は幸せ。
 離れていた分の思い出を作ろうというように、ディオニリスはサトゥルヌスに寄りかかる。
「今日はいっぱい、い〜っぱい遊んでね」
 
 
 ゼブラのビキニを身につけ、腰にはパレオをしっかり巻いて。ヴェルチェ・クライウォルフ(う゛ぇるちぇ・くらいうぉるふ)は挑むように海辺に視線をやった。
「夏といえば海、海といえば暑い、アツイといえば出会いよね♪」
 クリスティ・エンマリッジ(くりすてぃ・えんまりっじ)はヴェルチェの言葉に、真剣に考えこむ。
「途中まではともかく、なぜアツイのが出会いなのでしょう?」
「あら分からないの? それこそイミがワカンナイわ♪」
「そんなにも当たり前のことなのですか? アツイ……出会い……アツイ……」
 真面目に悩むクリスティをよそに、クレオパトラ・フィロパトル(くれおぱとら・ふぃろぱとる)は海に心躍らせていた。
 両腕を広げて波の音を感じ、深呼吸して海の香を吸い込む。
「おおう! なんと雄大なる蒼き海よ! 見ておるだけで心がウキウキしてくるのぅ」
「こうしちゃいられないって気分になるわよね。でもクーちゃん、見るべき方向はそっちじゃなくて、あっちよ、あっち♪」
 ヴェルチェは海と逆方向を指差した。
「海に来たのに海を見ずしてなんとするのじゃ?」
「もうクーちゃんったら何言ってんのよ。海に来てすることといえば決まってるでしょ。さ、その辺のオトコひっつかまえて逆ナンよ!」
「何、逆……ナン?」
「ここには琴ちゃんセンセーの知り合いがやってる店があるっていうじゃない。引っかけたオトコにその店で何かおごらせれば、売り上げにも貢献できて一石二鳥よ。そしてその後はもっとアツい夏が待ってるのよ、なんなら浜茶屋の裏手ででも……うふふっ♪」
 ヴェルチェは話している途中にも、ちらりとこちらに目を向けてきた男性に秋波を送る。けれどやはり、クレオパトラの興味は海自身に向いており。
「もちろんわらわの美貌をもってすればよりどりみどりじゃが……今日はオトコなぞより泳ぎに参ったのじゃ」
 こんなところでじっとしていたら、足の裏が焼肉になってしまうとばかりに、クレオパトラはてきぱきと自分の格好をチェックする。
「水泳帽OK! 浮き輪OK! ゴーグルOK! いざ、遙かなる神秘の海へ!」
 気分は颯爽と。実際は浮き輪につかまってそろそろと、クレオパトラは海に入っていった。
「クーちゃん、遠く行ったら危ないわよ!」
 ほんとにもう、とヴェルチェは海に浮かれているクレオパトラに苦笑した後、クリスティに向き直る。
「じゃあクリス、行きましょうか」
「出来ましたらわたくしは日陰で……肌を焼くとシミになるとか、ありえません」
 ナンパの為に砂浜を歩くのはちょっと、とクリスティはしり込みする。
「わたくし、ヴェルチェ様やクレオ様ほどは若く……いえ、何でもありませんわ」
「クリスもクーちゃんもノリが悪いのね。そんなんじゃ、夏の海のアツサを十分に味わえないわよ」
「別に味わわなくても……あ、いえ、荷物の番も必要でしょうから、わたくしパラソルの下でお待ちしてますわ」
 そそくさと荷物を受け取って行ってしまうクリスティ、そして海でばちゃばちゃとバタ足で水を跳ね上げているクレオパトラに順に目を移したあと、
「じゃああたしは行ってくるわね。イイオトコは全部あたしが独占しちゃうわよ♪」
 しっかり目をつけておいた相手へと、ヴェルチェは足取り軽く近づいて行くのだった。
 
 
「夏はやっぱり海ですねぇ」
 灰色のハーフパンツ水着に白いパーカーを羽織り、神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)は海を眺めた。
 もうすっかり泳ぐ気満々のレイス・アデレイド(れいす・あでれいど)は黒のハーフパンツ水着姿。パラソルの下に荷物を置くのもそこそこに、すぐにでも海に行きたくてたまらない様子で準備運動をしている。
「海、広いな〜。此処って遠浅?」
 榊 花梨(さかき・かりん)は胸元に大きなリボンのついたピンクのワイヤーホルタービキニにスカート、という格好だ。海は楽しみなのだけれど、泳ぎは得意というほどではないので海の深さが気になる。
「遠浅ではないと思いますので、足下には気をつけてくださいね。急に深くなっているところがあるかも知れませんから」
 翡翠は花梨に注意すると、それから、と浮き輪を手渡した。
「これ、必要でしょう? その水着、よく似合っていますよ。楽しんで来てくださいね」
「えへへ〜、似合ってる? 良かった」
 花梨は照れながら浮き輪を受け取った。浮き輪がないと花梨には海はちょっと辛い。
「楽しんで来てください、って、翡翠は泳がないのかよ?」
 翡翠の言葉に引っかかったレイスが訊く。
「自分ですか? ええ、浜辺で見ていますから何かあれば……え?」
 いきなりレイスに腕を掴まれ、翡翠は言葉を途中で止めた。
「何言ってんだよ。せっかく海に来たんだからさ〜、みんなで遊ぼうぜ。な、花梨もそう思うだろ?」
「あたしは……翡翠ちゃんが嫌じゃなかったら、いっしょに遊びたいな」
「んじゃ決定、っと」
 有無を言わさずにレイスは翡翠を引っ張って、波打ち際へと連れて行った。
「ほら行くぜ!」
 海水を両手に掬ってレイスは翡翠と花梨にばしゃっ、ばしゃっ、と掛けてゆく。それに反撃する翡翠と花梨に両側から掛けられて、レイスは笑いながら顔に垂れてくる海水をぬぐった。そして今度はもっと派手に水を跳ね上げたのだけれど、
「うわ、っ」
 その水がかかりそうになったユリウス プッロ(ゆりうす・ぷっろ)が焦った声を出したので、慌ててその動作を止めた。
「すみません、かかりましたか?」
「い、いや、少々驚いただけである」
 翡翠に聞かれ、プッロは鷹揚に答えたが、天城 一輝(あまぎ・いっき)は横から理由をばらしてしまう。
「プッロが住んでいた辺りでは、夏は山の別荘で涼むのが普通だったらしいんだ。で、海は怪物と神々が闊歩する別次元と考えられていたらしくってさ」
 海に入るのを躊躇していたところに海水が飛んできたから驚いただけだ、と一輝が言うと、プッロは名誉を回復せねばというように付け加える。
「いや一輝、それでも戦いのときは海を渡る必要もあったのだぞ」
 プッロは慎重に一足一足海に踏み込んでいった。入ってしまえば暑い砂浜から解放された足がひんやりと心地よい。
「わたくしも海に入るのはこれが初めてですわ」
 来たことは何度もあるけれど、海水浴ははじめてだとローザ・セントレス(ろーざ・せんとれす)もゆっくりと海に入った。慣れない海水の肌触りを確かめるように、ちゃぷちゃぷと手を動かして身体に海水をかけている。
「あたしも海に入る!」
 海を見るのもはじめてというコレット・パームラズ(これっと・ぱーむらず)が目を輝かせる。そのまま海に入ろうとするところに、一輝は浮き輪をかけてやった。
「しっかりこれに掴まっているんだぞ」
「うんっ」
 パートナーたちとの親睦を深めようと考えて一輝は皆を海に誘ったのだけれど、来てみれば海水浴をしたことがあるのは一輝だけ。
 おかげで仲間で海水浴を楽しむ、というよりは、一輝が皆に海水浴を紹介する、という感じになってしまったのだが、これはこれで親睦になるだろう。
 そう思いつつ、一輝は少し泳いできたり、皆の面倒をみたりしていたのだけれど。
「なんだかヒリヒリしますわ。わたくし、一足先に浜茶屋で休憩していますわね」
 これは美容に悪そうだと、ローザが早々に断念して陸に上がった。
「あ、うきわ……!」
「俺が取ってくるから、おまえはここにいろ」
 うっかり手を放した隙に浮き輪が流され、反射的に追いかけようとするコレットを止めて、一輝は急いで浮き輪を取りに行った。戻ってきてコレットに浮き輪を渡した。コレットはそれを受け取ったものの、
「肩がいたいの……」
 と浮かない顔になっている。強い日差しにコレットの肩は赤くなっていた。
 一方プッロはといえば、軽いパニックに陥っている。
「う、うわあぁぁぁぁぁ、身体が痛い、呪いだあぁぁぁぁ」
「落ち着け、日に焼けただけだ。って……ん? クラゲにでも刺されたか?」
「やはり海は人智の及ぶところではなかった! あぁぁぁぁ」
 叫ぶプッロに人目が集まる。
「しょうがないな。まだ早いが上がるか」
「お昼ごはんの準備する? ここには焼きそばしかないからってきいたから、お弁当持ってきたの」
「そうするか」
 コレットの提案を受け、一輝はまだ大騒ぎしているプッロを連れて、ローザの待つ浜茶屋へと向かった。
 
「翡翠もそろそろ上がった方がいいんじゃないか? 日焼けして真っ赤だぜ」
 レイスに言われ、翡翠はあらためて自分の肌を見た。海に入るつもりはなかったから肌には何も塗っていない。直接太陽にさらされて真っ赤になっている。
「翡翠ちゃん、痛そう……」
 花梨が自分のことのように顔をしかめた。
「そうですね、上がりましょうか」
 パラソルのところまで戻り、レイスから借りた冷却スプレーをかけても、まだ翡翠の肌はひりひりと熱を持っている。海に入って疲れたこともあって、そろそろ帰ろうかということになった。
「あ〜、結構泳いだな」
 広げたものを片付けながら、レイスが満足そうに言う。
「楽しかった〜、今度はみんなで来ようね」
 ノースリーブの花柄のワンピースに着替えた花梨に笑顔を向けられ、翡翠も答える。
「そうですね。みんなで来られるといいですね」
 その時はちゃんと日焼け止め対策をして、と心の内に呟きながら。