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灰色の涙

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灰色の涙

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新説・油小路事件


「なあ、平助」
 近藤が復讐に狂う平助に向けて静かに呟く。
「それが本当にお前の望んだ姿なのか?」
 返答はない。変わりに、発せられるのはそれを浴びただけで斬られたと錯覚せんばかりの殺気だ。
「ァアア!!」
 平助が刀を思い切り振るう。そこには、もはや北辰一刀流の型すら残っていない。ただ力任せに、本能のままに振るっているだけだ。
 発せられる空気さえも切り裂く真空波を正面から受け止める事は出来ない。
 出来るのは、守りの構えを取ったままそれを避ける事だけだ。
「近藤さん!」
 マイト・レストレイド(まいと・れすとれいど)がガードラインでパートナーの近藤と共に後衛の護りに入る。
 だが、いくら守りを固めても、規格外の攻撃に対しては思うように効果が出ない。
「俺を恨むか? なら俺にその借物の刃を突き立ててみろ」
 土方が平助を挑発する。
 彼の目の前で伊東にとどめを刺したのは、他ならぬ土方なのだ。
「土方ァァァアアアア!!!!」
 殺意の眼差しを彼に向け、刀を勢いよく振り下ろす。全ての憎しみが、土方に向けられた証拠だ。
「チイッ!!」
 心頭滅却、後の先、エンデュアで守りを固めるも、平助からの攻撃を完全に受ける事は出来ない。
 軌道を読み、避けるだけで精一杯だ。
「どうやって近付きゃいいん……くッ!!!」
 かわしたと思った直後、彼の間合いに平助が飛び込んでくる。そのまま彼に向かって試作型兵器の刃で切りかかる。
 対し、土方は等活地獄でそれを受け止める。この距離では驚異的な斬撃は来ない。
 彼が平助を引き止めている間に、原田がアルティマ・トゥーレの冷気で動きを封じようとする。
「……ッ!!」
 だが、その槍先は容易く払われてしまう。
 狂化した平助は、本能で彼らの気配を感じて応戦している。近付くのは容易ではない。
(あの攻撃を誘導出来れば……)
 そう考えるのは、だ。あれほどの威力ならば、魔力炉すらも斬り裂いてしまうだろう。
 だが、今彼と交戦しているのはそこに至る通路の上だ。魔力炉の扉に当てるにも、厳しいものがある。
 それでも攻撃の軌道を逸らすことくらいは出来るはずだ。攻撃の瞬間に、クロスボウ型の光条兵器を平助の武器目掛けて放つ。
(よし、これならいける……!)
 平助から距離を取っていることで、武器狙いなら気配は読まれない。とはいえ、牽制になる程度だ。
「もう一度だ」
 原田が再びアルティマ・トゥーレを放とうとする。
「ブリザードに併せて頂戴。その方が効果的でしょう?」
 土方のパートナーである真宵の言を受け、彼女のブリザードと同時に今度はアルティマ・トゥーレを繰り出す。
「目ぇ覚ませ、平助!!」
 そこから原田はヒロイックアサルトで忘却の槍を平助に突こうとする。
「!!」
 本能的に彼がそれを全力で避けた。どうやら、忘却効果を恐れてのことのようだ。
「……どうやら、精神に影響する攻撃までは防げねぇみたいだな」
 今の反応からするに、そう判断出来る。
 そこで、真宵のもう一人の契約者であるベリート・エロヒム・ザ・テスタメント(べりーとえろひむ・ざてすためんと)が悲しみの歌で平助の戦意を落とそうとする。
「憎しみは何も生み出さないのですよ?」
 意気消沈、とはいかなくてもこれまで以上に顔を歪める平助。
「今なら効くかもな」
 が清浄化を行おうとする。彼の狂気を取り払い、正気に戻すために。
「ガァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!」
 平助が吼えた。同時に、空気が震動する。
 彼は精神への影響に抗ったのだ。それだけ彼の復讐心と憎しみは深いのだろう。
「なんて、気迫や」
 これには陣も圧倒された。
 それでも、彼を何とか元に戻さねばならない。新撰組の面々にパワーブレスを施し、援護する。
「目をお覚まし下さい!」
 新撰組が態勢を立て直す間、真奈が弾幕援護を行う。それで倒せるわけではなくとも、少しでも平助を疲弊させる事が彼を正気に戻す近道であるような気がした。
「そろそろこっちもヤバイn」
 土方達の体力、精神力は共に大分削られていた。
 テスタメントが彼らにヒールを施していく。また、マイトがSPリチャージを前衛に施していく。
 彼らは気休め程度とはいえ、回復した。一方の平助は完全に狂化しているとはいえ、身体まで誤魔化す事は出来ない。
 最初より明らかに動きが鈍くなっている。それは、一重に先に彼と戦って消耗してくれた人達もいるからだ。
「チャンスは一度だ」
 土方が平助に向かって飛び込んでいく。彼の攻撃を引き受けるために。ヒロイックアサルトの喧嘩殺法で攻撃力を上げ、鳳凰の拳を繰り出す。
 正面から打って出た彼を、平助は受け止める。
 それに合わせて、原田が三度目のアルティマ・トゥーレを放つ。さらに、後衛の近藤が轟雷閃で平助の注意を向ける。
「今度こそ……!」
 原田の忘却の槍が、平助に当たった。
「今だ!」
 土方が平助の刀を受け流し、そのまま身を退く。すぐに平助は構えを戻し、彼らに斬りかかろうとしてきた。
 変化はその時訪れる。
「効いてきたな」
 突然平助が呻き始める。
「グ、グググ……」
 頭を抱え始める。
 土方が放ったのは、その身を蝕む妄執だ。
 平助の刃を弾く際に、それを実行した。もちろん、狂化したままでは幻覚を見せようが、あまり意味がないように思えた。
 だから、原田が忘却の槍を平助に当てた時がチャンスだったのだ。
 土方が見せているのは、彼を斬ったと思いきや、それが平助自身だったという悪夢だ。復讐心を満たしたと思った瞬間に、自分自身を傷つけたとあれば、動揺どころではすまない。

『復讐を果たした味はどうだ。それがやろうとしている真実だ』
 幻覚の中、平助は土方がそう言うのを聞いた。だが、目の前にいるのは自分だ。まるで自分に諭されているような錯覚を覚える。
 まだ正気ではない。だからそれを否定するかのように斬りかかる。
『馬鹿野郎! 殺気も借物じゃ話にもならねぇ。己の意思のみで貫けっつてるんだ!!』
 斬っても、決して目の前の人物は倒れない。

「藤堂さん、目を覚まして下さい!」
 芹沢と共に、新撰組の行く末を見届けていたが訴えかける。とはいうものの彼女もこれまでの間、パワーブレスとヒールで新撰組のサポートをしていた。それも、全ては平助を正気に戻すためだ。
 彼女が叫ぶと同時に、陣が再び清浄化を行う。
 平助は歯を食いしばり、震えている。だが、その手にはまだ魔力融合型デバイスが強く握られている。
(動きが止まっている、今なら……)
 新撰組との混戦を眺めつつ、平助の隙を窺っていた優梨子が、彼に向かって駆け出す。
 目的は、後ろから組み付いて吸精幻夜を行う事だ。今がその時と、向かっていく。
 遠目から見れば、それはかつての油小路の再現のようだった。
 原田や永倉が平助を助けようとしたのに対し、彼らの事情を知らない者が背後から平助を斬りつけた時のように。
「平助!!!」
 咄嗟に、原田が飛び出した。そして優梨子の喉元に忘却の槍を突き立てる。
「……もう、同じ事を繰り返すわけには行かねぇんだ!!」
 その願いが通じたのか。
「左之……さん?」
 平助が振り返り、彼を見た。そこにはもう狂気はなかった。
「藤堂平助確保!」
 正気に戻ったと見るや、マイトが彼を組み押さえる。
「……ッ!」
 平助は何が起こったのか分からないようだった。
「目ぇ、覚めたか?」
 土方が平助を見遣る。
「……土方さん」
 彼はキッと土方の事を睨みつけた。
「どうして、伊東さんを殺したんだ?」
「今も昔も、伊東は放っときゃ俺達の命を脅かしたろうよ。その時己はどうしたか考えろ、平助」
「誰が、あの人をそうさせたと思ってるんだ……!」
 憎しみは消えたわけではなかった。
「二人とも、待って下さい!」
 そこで前へ出たのは、歩だった。
「あたしは伊東さんと話した事は数回しかないです。でも、あの人はあたしの意思を尊重してくれる人でした」
「けどな、アイツは……」
「昔がどうだったか、あたしには分かりません。でも、自分の信念を持って戦ってるようでした。藤堂さん、だから貴方も一緒に戦おうとしたのでしょう?」
「オレは……」
「伊東さんは、仇討ちを望むでしょうか? 我を失い、ただ復讐に走る事を」
 それは、平助の若さ故の過ちだったからだろうか。
 彼は、はっとした表情になり、すぐに俯いた。
「あなたを案じた友の方は最後まで生き抜きそして剣を置き筆を手に、歴史を紡いだと聞きます。それをよく考えてみるのです」
 テスタメントが平助に語りかける。友、というのは永倉 新八の事だ。まだナラカから上がって来れない彼も、今の平助の姿は望んでいない事だろう。
「平助、許してくれとは言わない。だが、もうこの件からは手を引け」
 近藤が彼に告げる。
「復讐について、水に流せとも言わない。その心が消えないというのなら、いつでも受けてたつ」
 毅然と平助の目を見据えて伝えた。
「伊東さんは、始めからノーツという人の仲間になる気はなかった」
 ふいに、平助が語り始める。
「あの人は、誰から恨まれても構わない、敵にしても構わないって言っていた。昔から、そうだった。決して表に出そうとはしなかったけどよ……」
 伊東の目的は結局は分からない。だが、平助は彼を理解した上で、彼のみに付き従っていたに過ぎない。
 だが、目の前で伊東が死んだ事で気が動転し、そこをアントウォールトに付け入れられたのだ。
「多分、伊東さんをよく知っていたのは、オレと山南さんくらいだ。どうしようもない理想主義者で、それでいてそのためには外道だと思われる事も厭わない。本当にあの人が外道だったら、あんなに慕われるわけがないだろ」
 彼の目に映る伊東 甲子太郎はそんな人物だったようだ。
 それもまた、別の視点から見た一つの人物像に過ぎない。とはいえ、歴史で語り継がれている事ばかりが、全てではないのだ。
 解放され、立ち上がろうとする平助だったが、よろけてしまう。
 身体を酷使した結果だ。
「平助さん!」
 急いで彼にヒールを施したり、魔法の救急箱を取り出して治療したりする。
「大丈夫だ、命に別状はない」
 疲弊して、そのまま気を失っただけだった。
 目を閉じた平助の顔を見て、近藤が一言だけもう一度呟いた。
「本当に、すまなかったな」

            * * *

「どうにか収まったみてぇだな」
 芹沢が遠めに様子を見て、呟く。
「あひるさーん」
 そんな彼に、柳尾 なぎこ(やなお・なぎこ)が近付いていく。
「だから俺はあひるじゃなくて鴨だと何度言えば……」
「あれ? あひるさんじゃないですか? がちょうさん? あほうどりさん? なぎさんわかんなくなってきましたよ?」
「なぎさん、あひるさんじゃなくて鴨さんだよ? かもさん」
 そんななぎこに、佐々良 皐月(ささら・さつき)が言う。
「ところで、鴨は鴨でも、普通に鴨さんなんでしょうか、家鴨さんなんでしょうか……ええと、中間とって合鴨さんでいいですよね?」
 エヴァが芹沢の方を見る。
「エヴァさん、アイガモって余計な部分ありますってだから……」
 どうにも、名前関係で少しおかしな事になっているようだ。
「名前の由来は確かに鳥の鴨そのままだけどよ」
 頭をかきながら、困った顔をする芹沢。
 皐月は、まだ芹沢に挨拶をしていない事を思い出した。
「よろしく願いしますっ芹沢さん!」
 今度はが芹沢の事を笑顔で見上げていた。
「どうしてこう童が寄ってくるかなぁ。悪かねぇけどよ……」
 ぼそりと呟いた。
「まあ、鴨さん、そういう顔しなさらないで〜」
 が芹沢の顔を見遣る。
「平助さんも何とか戻ったようだし、あとは奥の魔力炉だねぇ」
 これで最上層の残りは、魔力炉のみだ。先に入った者達はまだ戦っている事だろう。破壊していれば、もうアークに異変が起こっているはずだ。
「さぁて、連中の因縁とやらにも決着ついたようだし、ここらでちっとだけ身体動かすとすっかな」
 芹沢が立ち上がる。
「無理すんなよ、鴨ちゃん。まだ完全に回復してねぇんだから」
 カガチが彼を見遣る。
「ちっと手伝うだけだ。さっきのもだがよ、決着はつけるべきヤツがつけるに限るぜ」
 こうして、最上層の戦いは佳境を迎える事になった。