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第六章


・中央制御室


「来たか、征」
 中央制御室にいたのは、前にアークの中で見た老人ではなかった。
 二十代中頃と思しき青年が立っている。
「ノーツ博士、その姿は一体?」
 司城が彼に問う。
「魔導力連動システムとリンクした時のちょっとした副作用、ということだと言っておこう」
 システムのネットワークとアントウォールトの肉体がリンクし、魔力が流れ込む事によって細胞が活性化し、若返ったということらしい。
「一つ聞きます。ヘイゼ……あの『灰色』に何をしたんですか?」
「エメラルド・アインの力で肉体を修復し、そこにヘイゼルの人格を組み込んだ。記憶も、私の知る限りでだが、植えつけてある」
「なんてことを……」
 衝撃の事実だった。姿形だけでなく、中身も故、ヘイゼル・ノーツとなっていたのである。もちろん、彼女はオリジナルではない。見た目も中身も同じであっても、本物にそっくりな別人でしかない。
「自分をヘイゼルだと思い込むようにしてあるが、どうにもまだたまに不安定になるのが問題だ」
 まるで道具のように、アントウォールトは『灰色』の事を話す。
「アントウォールトさん、あなたは一体何がしたいんだ?」
 正悟が尋ねる。司城の推測通りなのか、違うのかを確かめるためにも。
「真理に近付く。そのために私は完全な力を手にし、世界を手に入れる必要がある。今の世界には、不純物が多すぎる。こと、このパラミタはな」
 彼の語る目的は、ほとんど司城の予想した通りだった。
 あまりにも身勝手で、いかれた考えだ。
「だけど、そのために空京を……いや、俺の仲間を傷つけるのなら、容赦はしない!」
「出来るのか、小僧?」
 アントウォールトが、静かに動いた。
「これが最後の戦い……全力全開で行くよ」
 が気を引き締める。
 最初の攻撃は、何の前触れもなく訪れた。
「……っ!!!」
 室内にいたものが、同時に壁に叩きつけられる。
「このアークは魔導力連動システムで動いてる。それが何を意味するか」
 続けざまに、アントウォールトの周囲を魔力が渦巻く。
「艦内に満たされた魔力は、全て私の手の内にあるという事だ」
 手を振りかざす。それだけで、風が巻き起こった。
 アントウォールトに接近する事すら許されない。それでも、PASDのメンバーは彼に挑みゆく。
 正悟が氷術を放つ。
 自分の能力で出来うる限りの最小単位――粒子状にして、光の屈折を変え、自分の位置を錯覚させようとする。
「無駄だ」
 だが、敵の攻撃はそんなものはお構いなしに、室内にいる者達を襲う。彼はただその場に立っているだけだ。
 それなのに、誰も攻撃を当てることすら出来ない。
「魔法が駄目なら……!」
 今度は手に持っている剣をアントウォールトに投擲する。だが、それはアントウォールトの前に存在する見えない壁に阻まれ、消滅した。
「他愛ない」
 次の瞬間、正悟は衝撃によって弾き飛ばされた。
「ぐ……が……あ」
 敵の攻撃の実態が不明な以上、守りの技をもってしても対処しきるのは困難だ。
「まだ、あきらめないです!」
 ヴァーナーがグレーターヒールを施す。さらに、その場にいる者達にパワーブレスをかけ、力を高める。
 そして、彼女自身はアントウォールトに向けてライトブリンガーを放った。
「その程度か」
 右手で、その攻撃を掴む。実際は、掌に結界を張り、その状態で受け止めたのだ。実体のない敵をも討つその部技ですら、システムの前には効力を発揮しない。
「これなら、どうです?」
 エレンディラが凍てつく炎をアントウォールトに向けて放つ。その後ろから、葵が駆け出し、ライトニングランスを繰り出そうとする。
 手には、先刻手に入れた魔力融合型デバイスが握られている。
 彼女達の攻撃に合わせて、『無銘祭祀書』がサンダーブラストを放つ。いくら結界を張ったからとはいえ、これだけの攻撃を全部まとめて防ぐ事がアントウォールトに出来るのだろうか。
「させません!」
 葵がライトニングランスを繰り出そうとした瞬間、睡蓮が試作型兵器によって彼女の攻撃をそらす。そして加速ブースターで葵に接近した九頭切丸が、刀の魔力融合型デバイスで実力行使に出る。
「……く!!」
 葵もそれを槍型のデバイスで受けきるが、そこから攻撃態勢に戻せない。防御を固めるため、ここは彼女が抑える。
 だが、同時に放たれていたエレンディラと無銘祭祀書の魔法は、アントウォールトの反唱によってかき消されていた。
「さて、今のうちに」
 雄軒がPASDに向けてアシッドミストを放つ。彼はアントウォールトによって、システムの魔力によって強化されている。足止めをする分には十分な威力だった。
 それでも、試作型兵器を使えば簡単に薙ぎ払えるレベルだ。彼の攻撃に合わせて、バルトがチェインスマイトで牽制を行う。
 雄軒が司城に迫る。
「そう簡単にセンセーにゃ手を出させねーぜ?」
 雄軒に向かって、悠司が轟雷閃を放つ。さらに、直後に隠れ身を発動し、そこからブラインドナイブスを繰り出す。
 彼の攻撃に合わせて、未憂が雷術を放つ。
「先生には、触れさせない!」
 ギャザリングへクスで魔力を高めた上で、雄軒に対して牽制を行う。彼女と同時に、リンも雷術を放ち、倍化させる。
 続いて、すぐに二人同時に氷術を発動。氷の壁を形成し、司城と敵との間を断絶する。
 一度SPルージュで回復を図り、それからはリカバリでPASDメンバーを回復し、支援としてパワーブレスを施していく。
 それでもまだ、アントウォールトの打開策は見えてこない。
「派手にやってんなァ!」
 そこへ、ナガン達がやってきた。
「オイオイ、なんだ、若返ってるじゃねェか?」
 今のアントウォールトは老人の姿ではなく、リヴァルトに似た青年であった。が、明らかに異質な雰囲気を漂わせており、一目見ただけでそうだと分かった。
「お! お前がアントウォールトって奴か! 探したぜ!!」
 ラルクがその姿を認めるとすぐに、飛び込んでいった。強者とは戦わずにはいられない気質のようだ。
「何のつもりだ?」
 だが、アントウォールトの目先にいるのは、この二人ではなかった。メニエスである。
「どうもここも騒がしくなっちゃって、とりあえず今のあたしには貴方が邪魔なのよ」
 直後、エンドレスナイトメアを発動する。
「そんなものが効くか」
 アントウォールトが瞬時にメニエスの生んだ闇を払う。そしてその闇黒を収束させ、彼女に向けて放つ。
「メニエス様!」
 ミストラル・フォーセット(みすとらる・ふぉーせっと)が、ガードラインでそれを受け止める。護国の聖域の甲斐もあって、何とかメニエスに攻撃が及ぶのを防ぐ。
「ぶっ殺す!」
 その間にロザリアス・レミーナ(ろざりあす・れみーな)がアントウォールトに接近し、ブラインドナイブスを繰り出す。
 攻撃のタイミングは、ラルクと同時だった。
 だが、
「――――ッ!!」
 アントウォールトがそれぞれの攻撃を片手一本で受け止める。
「力の差が分からんのか」
 トン、と軽く短刀と拳を突いただけのように見えた。だが、そのまま二人は地面に叩きつけられた。
 だが、決してアントウォールトに挑むのは彼らだけではない。PASDの面々も、隙を狙って攻撃を繰り出す。
 メニエス達がどうであれ、アントウォールトを倒すという目的は一致している。混戦になりながらも、挑んでいく。
「何人で来ようと同じだ」
 アントウォールトが詠唱やモーションを一切行わずに、衝撃波を飛ばそうとする。
「これは……賭けかな」
 それが発動しようとした瞬間、その衝撃が全てアントウォールトに跳ね返った。システムの魔力を読んだ司城による、反唱だ。
「……こしゃくな」
 それが一瞬の隙だった。
 ラルクが軽身功、先の先で加速していく。
「食らえ!!!」
 ドラゴンアーツとヒロイックアサルトの剛鬼で力を高め、鳳凰の拳をアントウォールトの腹部に打ち込む。
 拳は彼の身体を貫き、背中から突き出た。
 すぐにそれを引き抜き背後に回り、アントウォールトを羽交い絞めにする。
「ナガン!」
 続いてナガンが彼の体内に持ってきた試作型兵器を詰め込む。その際に、兵器を起動しておいた。その瞬間に、ラルクが飛び退く。
「メニエス!」
 ナガンの合図で、メニエスがファイアストームを、魔力融合型デバイスに向けて放つ。

 直後、派手な轟音が室内に響いた。

 爆発が起こった場所には、アントウォールトの姿はない。
「……やったか?」
 あれだけの攻撃だ。いくら魔力炉と繋がっているとはいえ、木っ端微塵になれば再生すら出来ないだろう。

 ――それで終わりか?

 どこからともなく声が響いた。
「……ッ!!」
 次の瞬間、ラルクが天井に吹き飛び、ナガンの全身がねじれ右手の機晶姫の腕は木っ端微塵になり、メニエスには魔力の波動が打ち付けられる。
「バカな……!」
 アントウォールトは、無傷で立っていた。
「お前達が倒したのは、私の虚像に過ぎない。お前達が見ていた姿は、始めから私の実像ではなかったのだ」
 だが、そこで変化が起こった。
 目の前の青年が、老け始める。アントウォールトの姿は、四十前くらいになっていた。
「さすがに、魔力を酷使し過ぎたか」
 だが、それでも圧倒的な力を持っている事は変わりない。
「終わりにしよう」
 彼の前に、光が集まっていく。
 
 その時だった。

 中央制御室の扉の先から、高出力の光条がほとばしった。
「やっとたどり着いたのです」
 クリスタルだった。
 彼女だけではない。
「ふむ、お主があの人の知識を受け継ぐ者か」
 アンバーもいる。
「エムを道具のように扱ったのは、あなたね。許さない」
 サファイアが睨みつける。
「ねーちゃん、落ち着いて。でも、ボクだって怒ってるんだよ」
 エメラルドが言う。
「っつーわけで、おっさん。あたいらはこんな事をするてめぇを認めねー。ここでぶっ倒す!」
 ガーネットが言い放つ。
 五機精と、彼女達を護ってきた者達が中央制御室に足を踏み入れる。
「造り物の分際で、創造主に逆らうか。力を抑制されたお前達など、五体で来ようが私の相手にはならない」
「ちがうです。みんな、ボクたちとおなじです!!」
 ヴァーナーが叫ぶ。かつてサファイアを物扱いした傀儡師と対峙した時のように。
「あたいらが認めるのは、そこの男女だけだ。てめぇが偉ぶってんじゃねーよ!!」
 ガーネットが拳をアントウォールトに繰り出す。
「よせ!」
 司城が声を上げる。
「ガーナ、わたくしに任せるです」
 クリスタルが、アントウォールトの認識を操作しようとする。
「無駄だ」
 が、彼はクリスタルの背後に立っていた。
「言ったはずだ。虚像を作る事など容易いと」
 彼女が見たアントウォールトは、実体ではなかった。いつの間に入れ替わっていたかも分からない。
「少々痛めつける事になるが……まあ、直すから問題はないな」
 アントウォールトが五機精を手にすべく、術式を発動させる。
 彼女達ですら傷つけるということは、この場にいる契約者達は跡形もなく消滅してもおかしくないほどの力だ。
「征。お前はそこで自分の無力さを嘆くがいい」