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灰色の涙

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灰色の涙

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・アークの最期


「あ、ああ……」
 全能の書が、突然呻き出した。
「何が起きてるの?」
 アルメリアが紅い瞳を見開いた全能の書を見る。
 次の瞬間、その人型が霧のようになって――消滅した。
「終わったのか?」
 周が静寂の中、口を開く。
 その直後だった。
「ぐ…………!!」
 ノインがひざをついた。
「システムが、破壊されたようだ。管理者が消えたのも、そのせいだろう。だが……」
 顔を歪めたまま、ノインは続ける。
「我も……システムに……干渉して、いた。その煽りを受けるのも……当然というもの……ぐ」
 それが、システムを扱う者への反動だった。
 今のノインは魔法を使えない。
 それは、転送術式で帰る事が出来ないという意味だ。
「この艦は魔導力連動システムで……動いていた。接続がまだ……切れていない……艦内の魔力の残滓を使えば、全員を送る事は……出来る」
 だが、それはノイン自身はここに留まる事を意味する。
「ふざけんな! そんな事したら、今度こそ……」
「だが、そうしなければ……」
 有無を言わさず、周がノインを背負う。
「何か方法があるはずだ。一緒に帰るって言ったじゃねぇか!」
 全員アークと一緒に墜ちるか、それともノインがアークに残って他の全員を助けるかしか選択肢はない。
 だが、そこへ一本の連絡が入る。
 それが、第三の選択肢だった。

            * * *

「バカ……な……」
 アントウォールトが術を放とうとした瞬間、突然何かがヒビ割れるような音が響いた。
「魔力炉が……」
 急激にアントウォールトが老化していく。
 もう、彼には力は残されていなかった。
「先生……」
 倒れ伏し、アントウォールトが動かなくなった。
 魔力炉が壊れた事を受け、アークがコントロールを失う。
「マズい、みんな早く!」
 司城が促し、中央制御室から脱出させようとする。アークの機内に、次第にヒビが入っていく。
 制御を失った機体が、自壊し始めたのだ。
『第三ブロック、みんな最初の転送先へ』
 司城が無線で指示を出す。
「この戦艦、システム以外で何とか直せないの?」
 朝野 未沙(あさの・みさ)が言う。
 彼女は、この艦を修復してこの状況を脱しようと考えていた。制御室の基盤を一つ一ついじっていくが、うんともすんとも言わない。
「無理だよ。完全に制御を失ってる。墜落する頃には、もうバラバラになってるはずだよ」
 司城の弁を受けても、まだ飛空戦艦を諦めきれない。
「とにかく、早く行くんだ!」
 だが、まだこの時は知らない。ノインの転送術式が使えなくなっている事を。
 そこへ、PASD本部から通信が飛んでくる。
『皆さん、そちらに今飛空挺が向かっています。アークから乗り移って下さい!』
 声の主は、ロザリンドだ。
 アークを攻撃するために向かっていた空族達もいたが、情報屋アレンの伝手により、救助艇を送ることに成功していた。
 今まさに、上空からアークに接近している。
 魔力炉が壊れ、結界が消滅した事により、アークに風穴を開ける事は可能だ。
『第三ブロックに着く事になっています。そこにPASDの方々は集まって下さい!』
 おそらく、そこに穴を開け、脱出路を確保するつもりだろう。
 館内の機甲化兵も、艦が停止した事を受け、全てが機能停止している。
「センセー、早く!」
 悠司に促されるも、司城は動かない。
「ボクはここに残るよ。ワーズワースの知識と記憶は、ここで消滅するんだ」
「先生、まさか最初から……」
 未憂が声を上げる。決着をつけるというのは、そういうことだ。五千年の因果を断ち切るために、ここで全てを終わらせるつもりだったのである。
 五機精をついて来させないようにするのは、自分が死ぬ所を見せたくなかったからだ。
「時間がない。早く行くんだ!」
「なあ、センセー。親ってのは先にいなくなるもんだけど、ガキの頃から親がいない子供を見るのは不憫でさ。あんたはそういう面倒な事を増やさないでくれよ」
 司城を諭そうとする、悠司。
「……そうだね」
 一歩踏み出し、彼の言う通り、脱出しようとしたかと思いきや。

 征、お前は逃がさん

 アントウォールトの声が響いた。
 次の瞬間、
「――――!!」
 悠司、未憂、リンが吹き飛ばされる。
「先生!」
 だが、もう制御室まで戻ってる時間はない。
 そんな時だった。
「ち、遅ーと思ったが、そういう事かよ」
 ガーネットが戻ってきていた。
「アン、クリス、頼むぜ!」
 ガーネットが悠司ら三人の手を取り、全速力で第三ブロックの方へ向かっていく。
「大丈夫だ、絶対に死なせねーよ」
 クリスタルが翼を生やし、全力で飛んでいく。
「アン、お願いするです」
 崩れそうになった通路を、アンバーが磁場を操作する事で、崩壊しないようにとどめる。
「クリス、早く連れて来るのじゃ」
 その間にも、アークは次第に崩壊していく。
「サフィー、道を作れ!」
 第三ブロックを目指すガーネットの前には、サファイアがいる。その前には瓦礫の山だ。
「分かってるわよ!」
 瓦礫を分解し、最短経路を確保する。
「掴まるです!」
 その間にも、クリスタルが司城の手を取り、戻ろうとする。
「早くせい! そろそろこっちも持たぬぞ!」
 彼女達も戦いである程度疲弊している。崩壊するアークを長い間抑える事は難しい。
 その時だった。
「間に合わない……です!」
 クリスタルの前の天井が落ちてきた。彼女の翼は、今飛ぶために使われている。
「クリス!」
 しかもその衝撃で、さらにアークに亀裂が入った。
「アン、お前も早く来い!」
「じゃが、クリスが……」
「アイツなら大丈夫だ。このまま潰れる方がマズいだろ!?」
 
            * * *

「誰も、気付いていない?」
 『灰色』の手を握り、リヴァルトは制御室の方へ向かっていた。アークの崩壊が始まったのはその途中からだ。
「それがわたしの力だから」
 彼女は、アントウォールトが死んだであろう事には気づいている。だが、それ以上にもう一人のワーズワースである司城が気にかかったのだ。
 それはリヴァルトも同じだ。
「先生の事だから、お祖父さんと相打ち覚悟で臨んでるかもしれない」
 『灰色』と会わずに死ぬ、いやそうでなくとも死なれては困る。
 目の前に見えた瓦礫を、彼女が大剣で切り裂く。
「先生!」
 そうして、リヴァルトが司城とクリスタルの姿を発見した。
「リヴァルト、それに……ヘイゼル?」
「わたしは……ヘイゼルじゃないわ。だけど、その人ならきっとこうしたと思うの」
 話している時間はない。
「先生、行きましょう」
 だが、三人が通路を戻ろうと駆けるも、アークの崩壊は勢いを増し――
「く……!!」
 制御室のあった最下層が崩れる。底が抜けたのだ。
「ボクには分かる、このままじゃ間に合わない。クリス、ボクはいい。二人を連れて飛ぶんだ!」
「そんな事、出来ないです!」
「先生、ここまで来て諦めないで下さい!」
「でも、このままじゃ……」
 その時、『灰色』が口を開いた。
「一つだけ、方法があるわ」
「それは、一体?」
「一時的に、『世界』そのものに干渉する。わたしにはそれが出来る」
 彼女の能力の真価は、人の認識支配以上に、世界の法則に干渉する事にある。そもそも、この世界自体不特定多数の人間の認識によって成り立っているとも考えられているのだ。だから、力をフルに使えば……
「単位時間にして、三十秒。やるわよ」
 『灰色』が宣言した瞬間、全てが止まった。その間に、第三ブロック第二層を目指して駆けていく。
 今、リヴァルト達三人には全ての時間が止まっているように見える。
 すでに、三人以外は飛空挺に乗ったようだ。通路にはもはや誰の姿もない。
 第二ブロック第二層に着いた時、ちょうど『灰色』の能力が切れた。
「早く、走って!」
 リヴァルト、司城、クリスタル、『灰色』が走る。そして、飛空挺の姿が見えた。
「よし、間に合っ……」
 その時だった。
 一番後ろを走っていた『灰色』が前のめりに倒れた。
「姉さん!」
 すぐに彼女を連れ戻そうと、引き返そうとするリヴァルト。
「ダメ、間に合わなくなる!」
 次の瞬間、彼の眼前に瓦礫が落ちてきた。
 『灰色』の声だけが聞こえてくる。
「わたしはいいから……貴方が姉さんって呼んでくれた時は、なぜか嬉しかった。わたしは本物のヘイゼルさんにはなれないけど……それでも」
「まだ、まだ間に合う!」
 瓦礫を剣で砕こうとするリヴァルト。
「リヴァルト!」
 エミカが飛空挺から駆け出してきて、彼を引っ張る。もちろん、司城もだ。むしろ司城の方が死のうとしそうだと考え、強引に連れて行く。
「あんた達が死んだら、あたしはどうなるのよ! 同じこと、もう言わせないで!」
 その声は震えていた。二人の気持ちは、エミカにも分かるのだ。出来る事なら、『灰色』も助けたい。
 だけど、紫電槍・改のエネルギーも、瓦礫を吹き飛ばすほどには残っていない。
「これも、わたしが選んだ事だから。早く、行って!」
 『灰色』は、力を使いすぎていた。他人の認識を操作し続け、最後には『世界』に干渉したのだ。それだけの事をして、疲弊しないはずがない。

 ――ありがとう。

 アークを脱出する時、最後にそんな言葉が聞こえてきたような気がした。

 飛空挺がアークから離脱した直後、古代の飛空戦艦は、轟音と共に空へと散った。