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今年最後の夏祭り。

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今年最後の夏祭り。
今年最後の夏祭り。 今年最後の夏祭り。 今年最後の夏祭り。 今年最後の夏祭り。

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第五章 それぞれに夜は訪れ。? 〜あちらこちらで友情愛情〜


 ヴァイシャリーの貸衣装屋で。
 パートナー用に、と明るい青の生地に撫子模様の浴衣を用意したレン・オズワルド(れん・おずわるど)は、
「ん、似合うな」
 満足そうに頷いて、浴衣を着たノア・セイブレム(のあ・せいぶれむ)へ微笑んでみせた。
「レンさんは、浴衣を着ないんですか?」
「俺は、いい」
 レンの恰好は、いつも通りの赤いコートにサングラス。
 夏という季節にも合ってなければ、当然、夏祭りにも合ってない。
「そうですか。でも、レンさんらしいです」
 ノアが楽しそうに笑って言って。
「そろそろ行くか?」
「はいっ」
 祭りの会場へと、足を向けた。

 どこかゆっくり食事ができる場所がないかと探していて。
 夜店が並ぶ中、設置された簡素なテーブルとイスを見つけた。
「すみません、ここ、いいですか?」
 大勢の見物客のために相席となるのは仕方がない。
 それがわかっているから、相手方も「いいよ!」と、ノアの出した申し出に対し、にこやかに応対してくれて。
 レンとノアは、腰を落ちつけることに成功する。
「すまない、助かった。ええと……」
「? あ、名前? 高原 瀬蓮っていいます、よろしくね。こっちはパートナーのアイリス・ブルーエアリアルだよ」
「俺はレン・オズワルド。それから、パートナーの、ノア・セイブルムだ」
「よろしくお願いします」
「うん、よろしく」
 祭りの成せる友好的な空気と、ノアの笑顔のおかげですぐに親しくなれる。
 そう、その相手がたとえ、エリュシオンのアスコルド大帝の娘であり、龍騎士のアイリス・ブルーエアリアルであっても。誰であっても。
 そんなことを言うなんて、野暮で無粋もいいところだ。言わないのが華。アイリスもそれに気付いたのであろう、苦く笑みを浮かべて、『すまない』と言うように片手を上げた。同じように片手を上げて返す。
「? レンさん? どうかしました?」
「アイリス、なにかあったの?」
「「なんでもない」」
 同時にかけられた質問に、同時に答えて。
 顔を見合わせて、ぷっと吹き出す。
 笑われたノアと瀬蓮は頬を膨らませたが、それもまた笑いの種となり。
 喧騒の中に埋もれる。

「そうだ、レンさん。私、覗いてみたい出店があるんです」
 思い切って、言ってみた。
 今日この祭りに、ノアの友人であるケイラ・ジェシータ(けいら・じぇしーた)が店を出すのだ。
 是非行きたいと、思っていた。
 友達の店に行くという理由と、もう一つの理由で。
「気をつけて行ってこいよ」
 レンに小さな財布を渡されて、にこりと笑う。
 それから振り返り、瀬蓮を見て、
「瀬蓮さんも一緒に行きませんか? アイリスさん、とっても綺麗だし、色々似合うと思うんです。
 どんな形であれ、大切な人に何かを贈るって素敵なことだと思いますし、あなたもプレゼントと一緒に、普段は言えない感謝の気持ちを伝えてみませんか?」
 問いかけた。
 瀬蓮はしばらく考えるように視線を漂わせてから、
「……アイリス、瀬蓮も行ってきて、いいかな?」
「もちろんだよ。行っておいで」
 頷いて、ノアの手を取った。
 大切な人のために。
 プレゼントを贈る為に。
 踊り出しそうなステップで、人混みをかきわけて進んだ。


*...***...*


 夜店を出す許可を取って、並べたものは天然石のアクセサリー。
 猫を模したチャームの付いた、手作りのそれをいくつもいくつも並べていた。
 ペンダント、ブレスレット、ストラップ。指輪やアンクレット。何種類も作って。
 ケイラ・ジェシータは、人の幸せを願いながら、アクセサリーを売っていた。
 誰かの助けになりたくて。
 誰かの、恋や絆の手助けをしてあげたくて。
 例えば、煮え切らないカップルへのきっかけであったり、遠く離れた先でも繋がっているよという、友情の証であったり。
 なにかそういう、縁のようなものになればと思ったのだ。
「まだ、自分の中には――」
 強く残る想いは、故人へのものしかないけれど。
 だからせめて、誰かの助けになりたくて。
「いらっしゃいませー、よかったら見ていってね」
 大声で宣伝するのは苦手だけど、そうやって一生懸命に呼びかけて。
 隣で一緒に店番をしているドヴォルザーク作曲 ピアノ三重奏曲第四番(どう゛ぉるざーくさっきょく・ぴあのとりおだいよんばんほたんちょう)――通称ドゥムカに冷却ジェルシートを貼ってもらったりしながら。
 呼びかけていると、
「ケイラさん!」
 聞き覚えのある声。
「ノアさん! 来てくれたんだね」
「うん、レンさんの恋を手助けしようと思って、ケイラさんの力を借りに来ました」
「レンさんの?」
 首を傾げる。
「レンさんって、色恋沙汰に関して本当に不器用なんです」
「そうなの?」
「はい。想い人のフリューネさんに、プレゼントの一つも買って行ってあげないんですよ。
 だから、日頃の感謝をこめて、私がレンさんの恋を手助けしちゃうんです♪
 ケイラさん、フリューネさんに似合う指輪とか、ないですかね?」
 それだったら、と真剣に商品を吟味した。
「これなんかどうかな?」
 選んだのは、フリューネの瞳と同じ色の石で作った指輪。
「これは?」
「サファイアだよ。古来、ええと、古来……神父さんとか、シスターとか、そういう、ええと?」
 言いたいことは頭にあるのに、上手く説明できずケイラがおろおろとしていると。
「聖職者に好まれて身に付けられたと言われている石だな。インスピレーションを高め、芸術的能力も高めると言われている。
 美意識を高める効果もあり、見に付けた人を美しく見せることから恋愛にも効力を発揮するという伝承もある。
 幸福に導きたいときや、真実の愛に巡り会いたいときにお勧めだな」
 ドゥムカが言葉を継いだ。
「すごい、ドゥムカさんの説明、すごいです……!」
「私にかかれば造作もないことだ」
「ケイラさん、私、これがいいです。これ、ください」
「かしこまりました。プレゼント用に包装してもいいかな?」
「お願いします」
 満足そうにノアが笑うから、こっちまで嬉しくなって。
 リボンをかけて、ラッピング。
 手渡しする頃になって、あ、と気付いた。
 瀬蓮がじっと、ペンダントを見ている。
「猫のモチーフばっかりなんですね」
「うん。エジプトの、バステト神っていうのが猫の頭の女神様でね。恋や音楽の神様なんだ。だから、猫モチーフ。
 あと、さっきからずっと見てるそれね。自分特製なんだ。このペンダントを持ってると、二人の絆がより強くなるよ。そういう願いを込めて作ったんだ」
 特製だから、願いを込めたものだから。
 ドゥムカように流暢な説明でもないし、きっとわかりづらかったであろうけれど。
 瀬蓮は瞳を輝かせて、
「これ、ください」
 と言ってくれた。
 その一言が嬉しいし。
 この笑顔で渡す相手を、相手の反応を想像すると、やっぱりそれも楽しくて嬉しくて。
「お買い上げありがとうございます」
 心からそう言えるんだ。

 お客様であるノアや瀬蓮が帰って行ってから、間もなく。
「ただいま、この量は太るぞ」
 店番を免除された代わりに、夜店に買い出しに行っていたマラッタ・ナイフィード(まらった・ないふぃーど)が戻ってきた。
 家で留守番をしている面々へのお土産であったり、食べ物であったり。
 食べ物は本当に多い。思わず第一声が『太るぞ』になるほど、多い。
「太るかな」
 ケイラが苦笑気味に言って、
「私は綿菓子とあんず飴しか頼んでないぞ」
 ドゥムカが心外そうに言った。
「まぁまぁ。おなかがすいたら売れるものも売れないよ。食べよう」
「それは関係ないだろう」
「私もそう思うぞ」
 ケイラが明るく言って、お好み焼きを頬張るのを、マラッタとドゥムカが呆れた目をして見ていた。

 さて、食べ終わって少しして。
 黙々とアクセサリーを作っているケイラに触発されて、マラッタはアクセサリーを作ってみた。
 ケイラが作るような、器用な形のものはできなかったし、褒められたような出来のものでもないけれど。
「これをやろう」
「な?」
 ドゥムカに手渡した。
「な、わ、私は綿菓子ちあんず飴しか頼んでないぞ……!」
 さっきも言っていた言葉を、つっかえつっかえ彼女は言う。
「頼まれてはいないものを渡すのはいけないことなのか」
「そういうわけではないが、っ」
「労いだ。受け取ってもらえないか?」
「……わ、若造が。色気付くなど百年早いぞ」
 なんと言われようと。
 渡して、受け取ってもらって、その時一瞬ドゥムカが見せた嬉しそうな顔は本物だろう?


*...***...*


 余談だが。
「……ノア、これは」
「買ってきました。どうぞ、これでフリューネさんとの関係を発展させてください!」
「…………ええと、なんだ。……一応、礼を言っておく」
 レンが指輪を受け取って思ったこと。
 それは、父親の再婚を応援されているようなシチュエーションだなぁ、と。
 嬉しいけれど、情けなくて、だけどやっぱり嬉しくて、けれどどうして情けなくて、の無限ループ。
 ああ、サングラスがあって本当に良かった。


*...***...*


 ざわざわとした喧騒の中に、
「祭りだ祭りィー!!」
 フリードリヒ・デア・グレーセ(ふりーどりひ・であぐれーせ)の声も、喧騒の一つとして溶け込んでいた。
「なんか良く分からんもんが沢山だな!」
「暑いしめんどくさいし暑い」
「とりあえず俺様は祭りを満喫するぞ! レポート!!」
 横でぶつぶつと「暑い」と「めんどくさい」を無限ループさせているウィルネスト著 『学期末レポート』(うぃるねすとちょ・がっきまつれぽーと)に話しかけると、袖が凍りついた。フリッツの腕を取り、凍った袖にレポートが頬を擦り寄せて、
「氷術って気持ちいいよね」
 うっとりと。
「凍らせんなよ馬鹿、冷てぇ!」
「うーん幸せ」
 抗議するフリッツの傍らで、
「ところで……今日、彼は居ないんですね」
 きょろきょろと辺りを見回していた志位 大地(しい・だいち)が、ぽつりと呟く。
「あー? 過保護者様のことか? 今日は町内会の用事があって来てねーぞ」
 呟きに答えると、大地はあからさまにほっとした顔をして、隣にいるティエリーティア・シュルツ(てぃえりーてぃあ・しゅるつ)を見た。大切で大切で、愛おしすぎて堪らない、そんな優しい目。
 ふーん、とフリッツは思う。
 同時に、こいつらと一緒に居ても多分きっとつまんねーな、とも。
 なので行動に移る。
「俺様は俺様が楽しければそれで十分だ。……のに、なんでテメーらを監視してなきゃなんねーのか。お役目。お役目だと? そんなものはポイだ!
 というわけで、俺様とレポートの分の遊興費を要求する!」
 言うが早いか、ぽんやりと屋台を見るティエリーティアの巾着を奪い取って。
 その中から小銭入れも取り上げて。
「俺様の夏祭りは始まったばかりだ! 射撃の腕を見せてやるからレポート、貴様も来い!」
「やだ。人混み暑いしめんどくさい」
「氷術使ってもいいぞ」
「なんだと、なら行く」
 ふらりふらり、飄々とした男も連れて。
 夏祭りの人混みに、埋没。
 ティエリーティアの声や、大地の呆けた様子など見て見ぬふりで。
「射的だ射的ー!」
 とにかく自分の楽しみを最優先。
「氷術ひゃっほー。……ん?」
 フリッツの叫びにノって、気まぐれで声を上げたレポートが立ち止まったので止まってやると。
「あの青いのは何だ」
 レポートはかき氷屋台の前で止まり。
 ハワイアンブルーのかき氷に視線が釘付けである。
「レポートの大好きな氷だな」
「氷……」
 ふらふら、と屋台まで歩いて。
「氷を。氷をくれ、その青いの」
「うむ、金二百じゃ」
 売り子をしていた袁紹 本初(えんしょう・ほんしょ)の声と、レポートの瞳に押され、小銭入れから小銭を出して渡した。
 がりがりと、削られる氷。細かく、きらきらと輝いたそれが重なって、積もっていって。
 山となったところに、青いシロップがたんまりとかけられ。
「よく味わうのじゃぞ」
「わーい」
 レポートに渡された。レポートは嬉しそうにそれを受け取り、一気に無心で食べて。
「おかわり」
 その間数秒である。
「かき氷がわんこそばのようだ」
 思わず呟いてしまうのも無理はないと、フリッツは思う。
「わんこそば、ああ、あの。……じゃあこれはわんこ氷」
 一人で言って、一人でニヤリと笑うレポートを気味悪く見ながら。
「俺様にもイチゴ味を寄越せ」
「わんこ氷で青いやつ」
 注文して、お金を渡して受け取って。
 レポートがするようにさくさくっ……と食べたら、キーンと強く頭が痛んだ。
 レポートにできてなぜ俺様にできない。と、涙目になりつつも「おかわり」宣言をする彼を見て。
 あいつが異常なんだと、悟った。


*...***...*


 フリッツ曰く、過保護者様が来ていないことに安堵しつつ。
 ちら、とティエリーティアを見た。
 可愛い。とても、可愛い。
 いつもの、ふわふわひらひらとした女の子らしい恰好ではなくて、今日のティエリーティアは浴衣姿なのだ。
 瞳の色と同じ、青の浴衣。ちりばめられた柄はピンクのゼラニウム。帯は濃いピンク色で、脇にリボン結び。手に小さな巾着を持って、けれど表情は少し暗く、はぁ、とため息ひとつ。
 どうしたのだろう、じっと見つめすぎたのがいけなかったか。内心とても慌てながら、「どうしました?」問うてみる。
「フリッツが僕の分のお小遣いまで持って行っちゃったんです」
 いろいろ見たかったし、買ったりしたかったのに。
 小さくティエリーティアが呟いた。
 それからちらりと視線がうつる先は、綿飴の屋台。あれが気になっていることくらい大地にもわかる。
「あれ、綿飴って言うんですよ」
「わたあめ? わたなんですか?」
「さぁ、どうでしょう?」
「はう……」
 不安そうだった瞳を、興味と好奇心に輝かせて、ティエリーティアが屋台を見る。
 ざらめを機械に入れて、飴が吐き出されて、それを割り箸に絡めていく。
 ふわふわ、もこもこ、綿のような雲のような大きなそれができあがる。
「どうです? 確かめるために、買ってみませんか」
「え、でも、僕お小遣いが」
「俺も久しぶりに食べたいなぁと思っていたんです」
 綿飴を買って渡すと、ティエリーティアは遠慮しつつも受け取って、礼を言って。
 それから大きな瞳をさらに大きくして、「これ、綿なんですか?」と訊いてきた。
「食べるんですよ」
「綿をですか?」
「甘い綿です」
 ぱくり、先に一口食べてみせると、ティエリーティアもそれに続いた。
「! 本当だ。あまいです。美味しいですよ、大地さん!」
「それはよかった」
 嬉しそうに綿飴を食べて、笑む。
 うん、やっぱりティエリーティアはこういう顔の方が、似合う。そう思いながら。
「いろいろ見て回りましょうか」
「はい! 見たことないものばっかりで、楽しいです」
 そうして歩きだしたけれど。
 歩みは遅かった。
 ティエリーティアが人に流されるのだ。
 慣れない履き物ということと、背が低いこと。それと、きょろきょろしすぎて足元がお留守で。
 よろよろ、ふらふら。
「ティエルさん、」
 大丈夫ですか? 問おうとしたその瞬間、
「あっ」
 ティエリーティアが転びかけた。咄嗟に抱き寄せる。
 互いの呼吸の音が聞こえそうなくらい、近くに相手の顔。みるみるうちに顔が赤くなって。ティエリーティアの顔も赤くなって。
「すっ、すみません!」
「ご、ごめんなさい!」
 同時に謝り、離れた。
「キラキラで、ピカピカで、だから楽しかったんです。うん、ちょっと気をつけないといけませんよね! ね!」
 あわあわとティエリーティアがそう言って。
「……、いいですよ、きょろきょろしても」
 大地はそう返す。
 それから右手を差し伸べて。
「手を、繋いでいれば転びませんし」
 この手を取ってくれるかな、とドキドキしながら。
 呼吸二つ分後に、柔らかな手が重なった。

「大地さん、あの赤いお魚さんは何をするんですか?」
「あれは金魚です。ポイというもので、金魚をすくうんですよ」
「大地さん! あれは水爆弾でしょうか!? 危険ですね!?」
「いえいえ、あれはヨーヨーと言って、玩具ですよ。掌で弾ませるんです」
「ほわー……」
「林檎飴、気になりますか? 食べます?」
 のんびり、ゆっくり、気になるものを全て見ながら問いながら。あるいは体験しながら進んでいって。
「あ」
 何度目かもしれぬ一時停止。
 今度はなんだろう? と思いながら、「どうしました?」問いかけて覗き込んだ。
「アクセサリーショップですね」
「これが、ワフウですね? 可愛いなぁ」
 ティエリーティアが見ていたのは、青いとんぼ玉のついたかんざし。
 金色の髪によく映えると思うし、今の恰好もより完璧になるだろうなとも思う。
 ひょいとかんざしを取って、髪に合わせてみた。
「似合いますねぇ」
「そうですか? だったら嬉しいなぁ……」
「買っちゃいましょうか」
「えっ」
「これください」
「だ、大地さん!?」
 いいですよ、大丈夫ですよ、と言ってくるティエリーティアに、
「思い出として。ね? ……あ、もしかして、嫌ですか?」
 尋ねると、「ずるいです」と言われた。
 ずるくて結構。
 好きな人の心のアルバムを、自分との思い出で埋めてしまいたいなぁ、なんて。
 思ったら、気障だなぁと顔が赤くなった。
「大地さん? 顔、赤いですよ?」
「……なんでもないです。はい、どうぞ」
 かんざしを渡して、髪に挿してやって。
 嬉しそうに笑ったティエリーティアは、誰よりも可愛かった。

 花火が、始まって。
「綺麗ですね」
「ええ、本当に。――ティエリーティアさんも」
 花火に負けないくらい、とても綺麗です。
 その声は花火の音に消されて。
「え、何か言いました?」
「綺麗ですねって」
「はい。花火、綺麗です」
 会話が上手く噛み合わなくて、苦笑い。
「楽しめました?」
「はい! とっても、楽しかったです」
「来年」
 も、一緒に行きませんか。
 再び、花火の音。
「え?」
「…………」
 実はこの花火、邪魔をしているのではないかと思うくらいに、すごいタイミングで打ち上がる。
 綺麗だけど、ああ、もう。
 少しじれったい。
 そう思っていたら、くい、とティエリーティアが袖を引いて、大地の耳元で、
「来年も、一緒に行きませんか」
 囁いて。
「え?」
 素っ頓狂な声が出た。
 照れたように笑うティエリーティアが、本当に可愛くて、可愛くて。
 同じことを思ってくれていたことも、嬉しくて。
 肩を抱いて抱き寄せて。
「大好きです」
 囁いて、キスをしようとして――
「ティエルー! レポートのやろーがかき氷に全財産を投資――って、テメーら二人で顔赤くして何やってんだ?」
 フリッツの声に慌てて離れた。
「なんでもないですよ!」
「ええ、なんでも……」
「うわ大地の目怖っ」
 邪魔されて、失敗に終わって。
 でもまた、来年があるし。と。
 ティエリーティアと目が合って、お互いに困ったように笑い合った。