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今年最後の夏祭り。

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今年最後の夏祭り。
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第七章 それぞれに夜は訪れ。? 〜デート約束〜


「姫やん、今日も学ランなんだな」
 浴衣姿のミューレリア・ラングウェイ(みゅーれりあ・らんぐうぇい)の言葉に、
「おう。学ランは漢気の源だからな!」
 姫宮 和希(ひめみや・かずき)は、ニッと笑って答えた。
 女の子だけど、憧れるのは硬派な男。男や漢気の象徴といえば、学ランと学帽。今日みたいな祭りの日でもそれは変わらない。
 けれどミューレリアは少し残念そうに、
「そっかぁ。姫やんの浴衣姿ってのも見てみたかったぜ」
 と言うから、少し気持ちが揺らぐ。
 硬派な男を目指す自分と、好きな人に可愛いと言ってもらいたい自分で。
 頭を振って、「ダメだぜ!」浮かんだ考えを排除。
「俺はいつでも男らしくがモットーなんだ。そんな浮ついた恰好はできないぜ」
「似合うと思うけどな」
「この話はここまでにしようぜ。ほら、屋台見て回ろう!」
 これ以上続くと、揺らぐから。
 和希はミューレリアの手を取って、進みだす。
「わ、姫やん今日積極的……!」
 ミューレリアの驚いた声。ああそうさ、今日は積極的だ。
 いつも受け身だし、恋愛なんて不慣れだし、奥手と言われるし。
 けれど、今日みたいな日くらい、何かできる気がして。
 浴衣は着られなかったけど、他の事でなら何かできそうな気がして。

「姫やん、もっと屋台とか見たかったんじゃないか?」
 花火が始まりそうだから、と屋台巡りを切り上げて。
 神社の屋根に陣取った和希に、ミューレリアが言う。
「大丈夫だぜ」
 そりゃ、屋台全制覇とかしたかったけれど。
 俺だけが楽しんだらいけないから。
「それに、ミュウの喜ぶ顔が見たいからな」
「えっ?」
「な、なんでもないぜ。あ、ほら花火始まる!」
 声を上げると同時に、花火が空に咲いた。
「わ……っ」
 ミューレリアの驚いた声。花火の上がる音。消えていく音。
 ちらり、とミューレリアを伺い見る。花火に夢中で、大きな瞳に花火を映す大切な人の姿。
 花火の光で、髪が、姿が、天使のようにきらきらと光っていて、ああなんて綺麗なんだろう。
 いっそこのまま時間が止まってしまえばいいのに。
「……はー、すごいんだなぁ、花火って。な、姫やん……あれ、姫やんどしたのぼーっとして」
「んぁ、な、なんでもないぜ」
 ミュウの横顔に見入っていた、と言うのは恥ずかしかったのでごまかしごまかし。
「……姫やん、私な」
「ん?」
「姫やんと一緒にいると、すごく楽しかったけど。……最近はそれに加えてドキドキするんだ。
 ……これが、好きってことなのかな?」
 その告白に、ドキンとした。心臓が跳ね上がる。落ちつけ俺の心臓、と言い聞かせて。
「姫やんと一緒に色んな事したい。ずっと一緒に居たい。なぁ姫やん、もっと姫やんと仲良くなりたいよ。
 ちょっとだけ、くっついてみても大丈夫かな?」
 こくり、頷くと、ミューレリアの身体が寄せられてきた。
 甘い香りと、温かな体温。
 まさか体温が心地よいと感じるなんて。
 甘える感じに身を委ねてきたミューレリアの肩をそっと抱いて、彼女を見る。
「なんか不思議な感じだな」
 照れたようにミューレリアが笑った。
「……俺、ミュウのこと、好きだ」
「な、っ。姫やん、いきなりなんだよ。驚くぜ……」
「これからもずっと二人で居たい。いや、二人で居られるように、離れ離れになんてならないように、ミュウを守るぜ」
 言いたくて、言えなかった言葉を言うと。
 ミューレリアの瞳が潤んでいた。頬も赤くて。
 ぎゅっと抱きしめると、ミューレリアは小さな声で「嬉しい」と言った。
 和希だって。
 受け入れてもらえたことが、嬉しくて。
 ただただ、ミューレリアを抱きしめて、「すきだ」と言った。


*...***...*


「デートしよう」
 遠野 歌菜(とおの・かな)は、思い切って月崎 羽純(つきざき・はすみ)にそう言った。
 いつもだったら、『一緒に出掛けよう』って言うだけ。だけど、今日は、勇気を出した。
 返事を待つ、息の詰まる時間。
「ああ」
 短く了承の言葉をもらって。
 天にも昇るかというほどの、嬉しい気持ちに舞い上がる。
「すっごいお洒落しちゃうからね!」
「じゃあ楽しみにしてる」
 楽しみに? してくれるんだね!
 言葉一つで嬉しくなって、笑顔になって、踊り出しそうなのを我慢して。
 今日という日をありがとう、神様!

 夏祭りはさすがというか、人が多かった。
 浴衣を着た。髪を結った。巾着も持って、下駄を履いた。
 が、下駄という履物が意外と曲者で、人混みと相まってよろよろ、ふらふらしてしまう。
「大丈夫か、歌菜」
 羽純だって、浴衣に下駄なのに。
 よろめくことなく、どこぞのモデルのようにしゃんと立っていた。
「……じゃあ、羽純くん」
 右手をのばして、羽純の左手に触れた。ぎゅっと握る。
「手、繋いでいてよ」
「ああ。……今日は積極的だな」
「へ、ん?」
「いや、嫌いじゃない」
 好きと言われたわけでもないのに、その人に認められただけでも嬉しくて。
「あ、ねえねえあれ! あの屋台行こう!」
 はしゃいでしまうのは、恋する乙女の特権。 

 だいぶ屋台を回った。
 ヨーヨーを取って、お面を買って、かき氷を食べてお約束に頭を痛くして。
 人気の少ない場所を見つけたので、たこ焼きを買ってベンチで休憩する現在。
「やっぱり屋台のたこ焼きは格別だよね〜♪」
 美味しい、と頬張って食べていたら、
「歌菜、口元にソース付いてるぞ」
 羽純の声。「え? やだ恥ずかし……」戸惑う間にぐっと近くなる距離。「羽純く、?」口元に温かで柔らかな感触。
「取れた」
 ぺろ、と舌を舐める羽純を見て、ああ舐め取られたんだ。ソース。気付く。
 気付いてから五秒ほど間を置いて、
「え、えええ!? 今の、ちょっと、今の……! キス……?」
 顔が、熱い。目の前が潤んだり暗くなったり、わけがわからない。
 混乱しているんだ、ということだけ、一部分だけ冷静な自分が理解していた。
「? キスしたのか?」
「き、きききキスでしょういまのは……!」
「キスのつもりじゃなかったが」
 羽純はあっけらかんとしているし!
 この混乱の、ほんの一割でもわけてやりたい。
「……歌菜」
「は、はい?」
「ちゃんと、キス、してみるか?」
「ん、な――」
 何を、何を言ってるのだろう。何を言ってくれちゃってるのだろう!
 キスだと。さっきの、キスもどきでもこんなに顔が赤くて熱くて心臓はバクバクで破裂寸前だというのに!
 でも、真剣な羽純の顔を見ていると。
 どうしてだろう、自然に頷いてしまって。
 抱き寄せられる肩。ごく近くに相手の吐息。空に上がる花火。
 唇と唇が触れ合う直前、花火に照らされた羽純の顔が見えた。
 少し赤かった。
 なんだかすごく安堵した。


*...***...*


 祭り会場の前で。
 無地で紺の浴衣を着た神崎 優(かんざき・ゆう)は、水無月 零(みなずき・れい)を待っていた。
 どんな恰好でくるのだろうか。たぶん、浴衣だろうな。この浴衣を買った時一緒に空京百貨店で買った浴衣。
 白地にピンクの花模様の、可愛い零に似合う、可愛い浴衣。きっと似合っていることだろう。
 考えているうちに、
「お待たせっ」
 零が来て。
 その恰好に目を奪われる。
 想像していた通りの、浴衣姿。髪型はアップにして、以前プレゼントした蜻蛉玉のかんざしを挿して。
 暑さを忘れさせるような涼しげな笑みを浮かべて、立っていた。
「優?」
「あ。いや、待ってない。大丈夫だ」
「ならいいけど。あ、そうだ。浴衣、どうかな? 変じゃない?」
 どうって。
 普段着ている物と違う装いの零はとても目新しくて。
 綺麗だし、可愛いし、胸がドキドキして苦しくなってるし、お待たせの一言に何も返せないほど見惚れているのに。
 変なはずあるものか。
「とても似合っているよ」
 ああ、もう。綺麗って、言いたかったのに。
「そっか、よかったー。ありがとう、優もとても似合ってるよ」
 大して零はなんてことなく笑顔で言って、手を伸ばしてきた。
 触れる温もり。握られる手。近くに来る、零の顔。
「ほら、見て回ろう」
「ああ」
「花火、もうすぐかな」
「多分な」
「楽しみだね」
 嬉しそうにはしゃぐ零を見て、何度目かの『綺麗』を、心の中で呟いた。

 花火が上がり始める。
 繋いだ手はそのままに、買った物を食べながら花火を見上げた。
「わぁ……」
 零は、花火の色鮮やかさに目を奪われていて。
 でも優は、花火よりもその光に照らされる零の方が何倍も綺麗だと思って。
「綺麗だ」
 思わず、呟く。
「うん。花火、綺麗だよね」
 零の言葉に、少し脱力。お約束すぎるだろう?
 ……言えるか? ドキドキする。
 でも、言わなきゃ。伝わらない。
「違う」
「?」
「花火も綺麗だけど、零の方がもっと綺麗だ」
「――え。……えぇ!?」
 零の顔が、赤くなった。
 困ったような戸惑った顔をしたり、照れくさそうな顔になったり、とても可愛らしい。
「あ、ありがとっ!」
 それから、ふんわり甘いシャンプーの香りがしたと思えば、頬に温もり。
 ああ、キスされた? 今度は優が戸惑ったり照れたりと百面相して。
 ぎゅぅ、と腕に抱きついてきた零を、抱き返しながら。
 上がる花火を、二人で見続けた。


*...***...*


 目的なんて、最初から一つだけ。
「ラブラブしたいんです」
 と、コトノハ・リナファ(ことのは・りなふぁ)は直球ドストレートに言った。
「ラブイチャしたいんです。ルオシンさんと」
 だってもう、ずーっと、してないじゃないですか。
 うりゅ、とコトノハの瞳が潤み。
 ルオシン・アルカナロード(るおしん・あるかなろーど)は、優しくあやすように「よし、夏祭りへ行くぞ」と言うのだった。

「きゃぁ、屋台がたくさん出ていますよ! 見てください、林檎飴ってやっぱり大きいですよね」
「大きさならじゃがバターも負けてはいないな」
「ですよね、じゃがバターひとつ食べきるとおなかいっぱいになってしまいます」
 浴衣姿で、仲良く手を繋ぎ、二人は屋台を見て回る。
 綿飴を買って、二人で食べたり。
 フランクフルトや、チョコバナナ。たこ焼き。
 食べて、食べさせて。
 花火が上がるまで仲睦まじく屋台を巡り、始まる頃には人気の少ない場所まで移動して。
 花火を見上げながら、
「ルオシンさん。私、幸せです」
 コトノハは噛み締めるように、言った。
「この一年、色々なことがありました。
 女王が復活したり、夜魅が娘になったり……。
 私、とても幸せです」
 もう一度、幸せだと。
「幸せすぎて、まるで夢のよう」
「夢ではない。我はここに居るだろう?」
「はい。ルオシンさんは、私の隣に居ます。強くて、優しくて、温かい。貴方を感じていたい」
「……何」
「幸せすぎて不安なんです。
 ……だから、確かめずにはいられない」
 ルオシンに手を伸ばし、するりと襟元に絡みつかせる。
 簡単にはだける浴衣。ああ、なんて卑猥。
 少し汗ばんだ肌を、ゆるりと撫でる。
「コトノハ」
 邪魔が入らないように、禁猟区を展開したところで、ルオシンが声を上げる。
 熱のこもった声に名前を呼ばれて、はふ、と息を吐く。ただ撫でているだけなのに、火照ってきた。
「ルオシンさん、……いつもより、深く強く確かめて……」
 浴衣はただの邪魔な布切れになって、性急に脱がされて。
 肌と肌の触れ合いが、妙に心地良い。
「ねえ、ルオシンさんっ……私、やっぱり、幸せ――」
 うっとりとした声は、花火の音にかき消されていった。


*...***...*


 隣にナナ・マキャフリー(なな・まきゃふりー)が居る幸せを、ルース・メルヴィン(るーす・めるう゛ぃん)は噛み締めた。
 自分がプレゼントした浴衣――白生地に、猫柄の可愛らしいものだ――を着て、「いらっしゃいませー」と声をあげている。
 幸せだ。
「二人で屋台をやってると、なんだか夫婦みたいですよね」
 低い台に座り、金魚すくいのポイを作りながらルースが言うと。
「ふふ。そうかもしれませんね」
 ルースよりは高い椅子に座ってお面を売るナナが、恥ずかしそうに微笑む。
「ナナ……!」
「あ、でも、大衆の面前で抱きついてきたら、容赦なくその中に沈めて、ルースさん救いもとい掬いにしちゃいますからね」
「……ハイ」
 警告も忘れない、しっかり者で貞操観念の強い、素敵な女性(でもちょっとはくっつきたかった)であることを再確認し、じっと金魚を見るお客さんに声をかける。
「いらっしゃいませ。値段は、金魚すくいが3G、お面が5Gですよ」
 お客――姫野 香苗(ひめの・かなえ)は、
「お面屋さんの素敵なお姉さんもすくえますか?」
 きらきらとした純粋そうな瞳に、若干のいやらしさを交えてナナを見る。
「いえ、それはダメです。ハチの巣にしますよ」
 にこり、ルースが笑って言うと、「ちぇ」香苗が金魚すくいの屋台から、お面屋へと移動し、
「お姉さんがつけているのと同じお面をくださいな」
「セイニィ様のお面ですね。どうぞ、5Gです」
「ありがとう!」
 お金とお面を交換する際にちゅっと頬にキスをして、香苗がぱたぱた走り去る。
 あ、あの娘……! 俺だって今日まだ何もしていないのに!
 羨ま、いやまったくけしからん。追いかけて行って正座させて説教しようかと思ったりしたけれど、
「ルースさん」
 ナナに甚平の袖を掴まれて、制止された。
「ナナはオレの大切な人ですよ。誰にも渡しませんからね」
「……、はい。ナナも、離れたりしませんから」
 袖を掴んでいた手を、握る。嫌がったりはしない。きゅ、とゆるく握り返された。
 ドォーン、と音が響いて、空に花が咲く。
 綺麗、と呟いた。周りの客も、花火に見惚れている。
「ナナ、花火、始まりましたね」
「綺麗です」
「ナナの方が綺麗ですよ?」
「……でも、夕方来た美人なお客様に、厚めのポイを渡していたでしょう」
 気付かれていたか。まさか気付かれるとは思っていなかったし、ヤキモチを妬いてもらったことも想定外だった。
「すみません、もうしません。オレはナナ一筋です」
「ひとすじ、ですか」
「一筋です。ナナがオレから離れないというなら、オレはナナを離しません」
 花火が上がる。
 光に照らされたナナの顔。綺麗な顔。少しだけ照れたような、だんだんと感情が表に出るようになった、ナナの顔を見て。
 なんだか無性に抱きしめたくて、なんだか無性にキスがしたくて。
 素早く辺りを見回して、夏祭りに来た客が花火に見惚れているのを確認して。
 ぎゅっと抱き寄せ、唇を奪う。
「な、」
 戸惑ったようなナナの声。無視して、触れるだけのキスを。
「――金魚すくいから、ルースさんすくいに変えると」
「言ってましたね。……でも、すみません。ナナがあまりに綺麗だから」
 キスしたくなっちゃったんです、ごめんなさい。
 素直に謝ると、ナナは困ったように、
「……そんなに、嫌じゃなかったです。これじゃルースさんを沈められません」
 と言うものだから。
 もう一度キスしたくなった。
 我慢したら、ナナが少し近付いて、頬にちゅっとキスをしてきて。
「お客様が、居ませんので。ちょ、ちょっとだけ、です」
 なんて言うから。
 ぎゅっと、抱きしめた。


*...***...*


 さっきの人たち、夫婦かなぁ、いいなぁ。
 そう、姫野 香苗は思う。
 女の人は綺麗だったし、男の人は幸せそうにしていたし。
 残念ながら、香苗には特定の人がいない。
 なので、らぶらぶいちゃいちゃ、夏祭りに参加することはできないけれど。
 夏の定番イベントがただ過ぎ去っていくのをぼんやり一人で過ごすのも寂しくて。
 少しでも女の子と触れ合いたい!
 そんな思いと、可愛い女の子を金魚すくいのごとくすくい上げようという思いに突き動かされてやってきた次第で。
「それにしてもいいイベントですね、浴衣の女の子可愛すぎですハァハァ……」
 息が少々荒くなってしまうのは御愛嬌。
 そんな折に聞こえたものは。
「いらっしゃいませいらっしゃいませー! ハルカちゃんの屋台は安全美味しい早い安いの四拍子揃った優良店ですよー」
 やや舌っ足らずな幼い声だ。
 女の子の経営する屋台! と、あたりを見回し見たものは、11歳くらいの美少女の姿。
 緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)が開く屋台だった。
 メニューには、ヤキソバとかき氷。
 こんな小さな女の子が頑張っているのかと思うと、きゅんきゅんする。大人なお姉さんの大きな胸が大好きだけれど、可愛い女の子の守ってあげたくなるような雰囲気も大好きなのだ。
「こんにちは、ひとつくださいな」
「はい、おひとつありがとうございます。あれ? えっと、どちらをでしょうか?」
 きょとんとした瞳も、可愛い。
「両方でっ」
「ありがとうございます」
「あれ? でも、ヤキソバを焼く道具がない……?」
「ご心配なく。ではこれから調理を始めます」
 幼げな声が、凛とした色で響いたかと思えば。
 パフォーマンスが始まった。
 そう、パフォーマンス。それは芸術的なほどに美しいものだった。
 まず、ヤキソバ。
 サイコキネシスで空中に食材とソースを浮かせ、ファイアストームによる高火力での調理。しかし、温度調節はしっかり
されているらしく焦げることはない。
 謳い文句で早さをウリにしていただけあって、早い。
「おまたせしました、ヤキソバです」
 そして、渡すとすぐにかき氷に取り掛かった。
 天然水をサイコキネシスで浮かせ、ブリザードで氷の塊に変化させる。続いて、ブライトフレイルで砕く。
 あっという間に完成だ。
「シロップは何にしましょうか?」
 にこり、笑うハルカに対し「すごい……」という感想しか出てこなかった。
「こんなに小さくて可愛い子が、あんなにすごいことできるなんて……! 感動です感動です。よかったら香苗とメアド交換しませんか!?」
 きゅ、と遙遠の手を握り、香苗が言うと。
 勢いに押されたのか、ハルカはこくりと頷く。
「やったー! 可愛い女の子とお近づきになれたー!」
 嬉しさに火がついて、くるくるその場で踊り出した。
「じゃあ、ハルカちゃん、これからお祭りを一緒に回りましょう! そして人気のない茂みや倉庫で香苗と」
「え、と。ハルカちゃんは、バイトが忙しいので今日は無理です」
「……そっかぁ。残念です」
 遙遠の言葉に、それなら仕方ないなと必死で自分に言い聞かせて諦めて。
「じゃあ、じゃあ、今度。今度一緒に遊びましょうね! デートです、約束」
 小指と小指を絡めて、勝手に指きりげんまんをして。
 ぶんぶん、手を振って別れた。


*...***...*


 姫野 香苗が屋台から去って、緋桜 遙遠は「どうしよう……」と呟く。
 遙遠は、11歳の可憐なる美少女、ではない。
 身長140センチ、屋台経営を頑張る健気な美少女、でもない。
 実年齢22歳。身長186センチ。空京大学に通う、男である。
 パートナーに、『接客業は可愛くないといけない』と言われてから女装幼児化スタイルでバイトしていただけなのだ。
 いや、最近、ノリノリではあったけれど。
「まさか、こうなるとは。ヨウエンの計算外ですね」
 SPタブレットを齧りながら呟いて。
 空を見上げた。
「打ち明けるべきなのでしょうか。いや、ううん」
 花火に問いかけても答えなんて返ってくるはずはないので。
「まあ、ヨウエンはヨウエンのやりたいようにやらせていただきますよ」
 自問自答し、屋台の呼び込みに戻るのだった。