薔薇の学舎へ

波羅蜜多実業高等学校

校長室

葦原明倫館へ

【金の怒り、銀の祈り】うまれたひ。

リアクション公開中!

【金の怒り、銀の祈り】うまれたひ。

リアクション


*追走*



「ああ! もう信じられない! 何でこんな日に限って私の当番の代わりがいないのよ!」

 琳 鳳明(りん・ほうめい)はボタルガ近くの荒野のパトロールをすることになっていた。以前鏖殺寺院のアジトとして使われていたこともあり、たまにパトロールすることになっていたのだが、よりにもよって、ルーノ・アレエの誕生日である今日。そして、自分が選ばれた。
 ため息を何度もつきながら、満面の笑みで招待状を渡してくれたニーフェ・アレエの笑顔が浮かんでは消えていく。
 その様子を、藤谷 天樹(ふじたに・あまぎ)が横目に見ながら別の意味でため息をつく。赤い瞳には、呆れの表情が伺える。

(お人好し過ぎるんだよ。琳は。毎回懲りずに雑用押し付けられて……てか、なんでボクの分まで招待状持ってるんだろ)

「間に合うかなぁ。終わりの予定まで二時間あるけど……」

 そういいながら、腕時計を眺めているといきなり強い衝撃が全身に走った。しりもちをついてとっさに目を見開くと、そこにはニーフェ・アレエが同じくしりもちをついた形で座り込んでいた。ティーカップパンダを頭に乗せていた。

「え? ニーフェ、どうしたの!?」
「あ、う……鳳明さぁん……う、姉さんが……姉さんが……」

 急に泣き出したニーフェ・アレエを抱きかかえるようにしてなだめながら、背中を幾度もさすってやる。ティーカップパンダは、笑ってもらおうと幾度も芸を見せるが、ニーフェ・アレエは泣きやまなかった。
 藤谷 天樹は持っていた水筒から、飲み物をニーフェ・アレエに差し出してやる。

(飲ませてやるといい。疲れてるんじゃないかな)
「ありがとう、天樹。ニーフェ、冷たい麦茶だよ」
「ひっく、うっく……ありがとうございます……」

 こくん、と一口飲んで、ようやく落ち着いたらしいニーフェ・アレエはポツリポツリと語り始めた。
 とても楽しい誕生日会が、何者かによって壊され、姉がさらわれたことを。





 レッサードラゴンにまたがった緋桜 ケイは、幾度目になるかわからない舌打ちをしながら、呪文の詠唱をする。

「猛炎の嵐よ……焼き尽くせッ!」

 対象は、大地からのびてくるスライムたちだ。ニーフェ・アレエを追いかけた先々で、どうやらこのスライムに襲われているらしい。

「……ケイ」
「わかってる! これは、あいつらが使ってた召喚術だ」
「この魔術は、恐らくあの博士達が作ったものじゃろう。となれば、その手のものが生き残っていたと考えるのが普通か」

 悠久ノ カナタは冷静に分析しながら、暑さを軽減するための扇でひらりと払うと、それが魔術の刃となってスライムたちを切り刻む。ひとまず猛攻撃が落ち着いたようで、小型飛空挺で移動していたクラーク 波音に声をかける。アンナ・アシュボードも魔法で援護をしていたが、防御用の魔法も使っていたためか疲れの色が伺える。ララ・シュピリは心配そうに二人の顔をのぞきこむ。

「おねぇちゃん、大丈夫?」
「うん。大丈夫よ。ただちょっと疲れちゃったかも……」
「波音ちゃん、少し休んで?」
「ううん。アンナのほうが疲れてるじゃない」
「二人とも無理するな。一緒に行こう」

 緋桜 ケイが低空飛行で飛空挺の速度にあわせてレッサードラゴンを飛ばす。三人は顔を見合わせて、ほっとしたように微笑む。

「ここぞって時に、力が出ないかもしれないからな。少し休んでるんだ」
「ケイさん!」

 影野 陽太はありったけのスキルを使って、別の飛空挺に乗りながらも、調査をし続けていたようだった。その彼が顔をだしってきたとなれば……
 飛桜 ケイは、少し覚悟をしてレッサードラゴンを近づけた。

「エリシアやノーンが飛んで調べたところによると、このスライムが多いのは、はやりボタルガの方向のようです」
「来て欲しくないから、と考えるのが妥当じゃな」
「陽太!」

 箒に乗ったエリシア・ボックとノーン・クリスタリアの二人が、姿を見せる。表情が少し明るいから、きっといい知らせを持ってきたのだろうと察する。

「未沙から聞いた話だと、ボタルガ近郊で、機晶姫の姿を見つけたそうよ。誕生日会の前だけどね。風貌は、私たちが見たのと同じみたい」
「……やっぱり、あの機晶姫はただの一被害者じゃなさそうだな」

 連絡をしようと、緋桜 ケイは携帯に手を伸ばす。それを、悠久ノ カナタは静止する。

「ソアに連絡をするのは、少し待て」
「なんでだ?」
「確証がないことで、先入観を植え付けるのは危険じゃ」

 そういわれ、エリシア・ボックも頷く。

「そうね。もしかしたら、ってこともあるわ。あの子達を信じましょう」





 あの機晶姫を見つけた荒野を、ソア・ウェンボリス、ケイラ・ジェシータは箒で飛び回っていた。その視線の先に、自主訓練をしている月島 悠の姿があった。

「あ! すみません! ここで赤い服の……」
「金髪の機晶姫のことか?」
「何時間か前に見たよ〜」

 月島 悠と麻上 翼は銃の手入れをしながら、二人が言わんとしている事を悟り、口を開いた。

「て、さっき他のやつにも聞かれたんだがな」
「え、他のって……」
「丁度戻ってきた! おーい!」

 そこには、ポニーテールに黒髪を纏めた女性、綺雲 菜織(あやくも・なおり)が黒髪を綺麗に短く整えている有栖川 美幸(ありすがわ・みゆき)と共にボタルガの方角から現れた。

「あの、お二人は!」
「緋山 政敏から頼まれた。信頼できる男の願いに応えぬとあっては、女が廃るというものだからね」

 口元だけを持ち上げ、微笑んだ。ソア・ウェンボリスはよく知る名前を聞いて、ぱあっと顔を明るくすると、ぺこりと頭を下げる。

「ソア・ウェンボリスです! 今、その機晶姫さんを私たちも探してるんです」
「彼から聞いてるなら、事情は知ってるだろうから割愛するけど……何か情報はあったのかな?」

 ケイラ・ジェシータの問いかけには、有栖川 美幸が首を振る。御薗井 響子は残念そうに肩を落とした。ドゥムカは辺りを見回す。なにやら、戦闘のあとがあるのに、雪国 ベアともども気がついた。

「これは、一体どういうことか?」
「誰かに襲われたのか? 訓練にしちゃ、ずいぶん派手に見えるが……」

 その問いかけには、防御陣地方機晶姫の藤 千夏が答えた。

「急に、大量のスライムに襲われたのです。訓練中だったので、いい的にはなりましたが」
「うん。あっちのほうでも戦いの音が聞こえたから、このスライムいろんなところに沸いてるんじゃないかな?」

 麻上 翼の言葉に、雪国 ベアは白い顎に白い指を添える。

「あれは、ボタルガじゃねぇか?」

 その言葉に、ボタルガという町を知る者たちはその方角に視線を向ける。月島 悠は、朝野 未沙から話に聞いており、目を細めてその方角を見やる。

「……訓練は、中止するか」

 そう短くパートナーたちに告げた。

 誕生日会場で事の顛末を聞いて、機晶姫探索に手伝いに来てくれたのは月谷 要(つきたに・かなめ)霧島 悠美香(きりしま・ゆみか)だった。
 とはいえ、月谷 要は【重装闘機シュヴァルツパンツァー】仕様のパワードスーツに身を包んでいた。

「重装闘機シュヴァルツパンツァー、見参!!」
「要、ふざけてる場合じゃないでしょ?」

 霧島 悠美香はため息交じりに、ロザリンド・セリナたちからもらった経過情報などをそこにいたメンバーに渡していた。ソア・ウェンボリスは丁寧にお辞儀して、挨拶をしていた。

「初めまして、ですよね? 重装闘機シュヴァルツパンツァーさん。よろしくお願いします」
「……ご主人、まじめに取り合うこたぁないぞ?」
「……かっこいい」

 雪国 ベアは呆れのため息を漏らし、御薗井 響子は羨望の眼差しを向けていた。どうやら、機晶姫だと勘違いしているようだった。

「攫われた理由は、やはり鏖殺寺院だから?」
「実際は、彼らを作った博士どもは捕まえたんだろ?」
「でも……他に思いつかないんだよ」

 霧島 悠美香と月島 悠の問いかけに、ケイラ・ジェシータは深々とため息をついた。自分自身も、どうしたらいいのかわからないといった表情だった。

「機晶姫が現れたから、何か鍵を握っているかもしれない。其の程度で……」
「とにかく、足取りを追ってみよう。考えるのは歩きながらでもできる」

 月島 悠は身支度を整え終わると、ボタルガに向かって駆け出した。其の後を追うように、各々の乗り物にまたがる。






「ここでいい」

 赤い服の機晶姫は、自分を抱えていたバロウズ・セインゲールマン(ばろうず・せいんげーるまん)にそう次げ、おろしてもらう。もう一人百合園女学院の制服を纏ったルーノ・アレエを抱えたアリア・オーダーブレイカー(ありあ・おーだーぶれいかー)は、「これは?」と言いたげに指を差す。

「それは最初の打ち合わせどおりつれてゆけ。そこにも協力者がいる」
「……それも、父さんからの?」
「お前たちの仕事は、私の命令を、お前らの言う【父さん】とやらと同じものと思うこと。違ったか?」

 少女型機晶姫とは思えないほどのするどい睨みをむけるが、バロウズ・セインゲールマンは返事をしなかった。沈黙こそが肯定であるだろうと受け取り、機晶姫……オーディオと名乗った彼女は、来た道を戻るように歩き出した。それを見送って、アリア・オーダーブレイカーはにやりと笑った。

「ねーねー☆」
「なんですか?」
「この子は、あそこにいた人たちの大事な子なんだよね?」
「……人として愛されている機晶姫、そうきいているわ」
「この子の【秩序】、壊したらどうなるかなぁ☆」
「やめてください。父さんからはそんなこと命じられてない」

 バロウズ・セインゲールマンはそう冷たく言い放つと、一つに束ねた銀色の髪を荒野の風にたなびかせる。

「父さん」

 鏖殺寺院によって作られた人造人間である彼は、攫った機晶姫やいなくなった命令者の心配よりも、自分を創った父親のことを思って空を見上げた。そして、指示されたとおり、ボタルガの鉱山を目指して歩き始めた。







「そんな……」
「それで、この携帯……学校の先生が新しく機能を追加してくれていたのを頼りに、ここまできたんです……でも、でもぉ……もうその場所が、画面に出てこなくってぇ……」

 う、うっ、と、嗚咽を堪えながらニーフェ・アレエはぼろぼろと泣き出してしまう。なだめていると、何匹かのレッサードラゴンと、光の箒にまたがったものたちが降り立つ。
 だが、それよりも早かったのは幾人かの機晶姫たちだった。ラグナ ツヴァイは進み出るなり、その小麦色の頬をしたたかに叩いた。

 すぱああああん!!

 気持ちいいほどの音が、荒野に響き渡った。

「ちょっと!」
「このバカ!! お前が勝手に一人で突っ走って、ルーノ女史が見つかるのですか!? 二次遭難という言葉を知らないのですか!?」
「ツヴァイさん……」

 ぶたれた頬に手を当てて、呆然とメイド服姿の親友を見上げる。其の唇は震えていて、ようやく言葉が紡がれた。

「どうして、どうして……っ!」
「どうして、私たちを頼ってくれなかったんですか?」

 うつむいたままになってしまったラグナ ツヴァイの変わりに、ラグナ アインがしゃがみこんでニーフェ・アレエの顔を見つめる。

「私は、その……頼ってばっかりだから」
「そんなところは、本当にそっくりだな。だが、褒められたことではないよ」

 ララ ザーズデイも、少しばかり怒りの表情を浮かべていた。その後ろにいるリリ・スノーウォーカーも表情こそ変わっていなかったが、雰囲気から理解できた。彼女たちは、怒りよりも悲しんでいた。
 榊 花梨も、黒猫のリンを伴って、ニーフェ・アレエの前に座り込んだ。

「怒ってないよ。皆心配してただけなの。頼ってくれなくて、悔しかったんだよ?」
「そうであります! ルーノ様もそうでしたが……友達を頼って欲しいであります!」
「じゃないと、せっかく友達になれたのに、仲間はずれにされたみたいじゃない」

 アイリス・零式が、声を張り上げてそういうと、クコ・赤嶺も言葉を添えた。アイリス・零式も駆け寄って、ニーフェ・アレエの顔を覗き込んだ。

「自分は、ニーフェ様やルーノ様が困ったときには助けたいであります! ニーフェ様は、自分や霜月やクコが困ったら、きっとたすけてくれるであります。そういうとっても素敵な人たちだって、自分たちは知っているであります!」
「でも、私、一度もそんなこと……私は、兵器としてくらいの価値しか……何も返せなくって……」
「助けたから、何かを返せなんていう人間はここにはいない。ただ、君を助けたいんだ。ルーノさんにも、笑っていてもらいたいんだ」
「ニーフェちゃんっ」

 赤嶺 霜月が声を荒げた後、場を和ませるとでも言わんばかりに牛皮消 アルコリアがニーフェ・アレエに飛びつく。むぎゅーっと抱きしめた後、にっこり笑って離れる。その背中には、地獄の天使で作り出された翼がある。両手に銃を構える姿は、先ほどまでのにこやかな少女ではなかった。

「私にできることは、この力を振るうこと。私は抜き身の刀だから、貴女を安心させる言葉も、安寧も与えられない」
「そ、そんなことありません!」
「だとしたら、それは私が【人】だからですね」

 牛皮消 アルコリアはにっこりと笑う。

「人だから、暴力だけにはならない。もし、ニーフェさんが暴力を必要とするなら、私を、私たちを使ってください。自分が兵器にならないで。自分が自分の力を振るったら、たくさんのものを見失っちゃいます。誰かのため、になったとき、それはワンクッションおかれます。少しだけ、冷静になれます。さ、貴女なら何が必要か、わかりますよね?」

 そういい終えると、にっこりと笑って背中の翼もしまった。いつものにこやかな彼女に戻ると、ニーフェ・アレエは彼女の手をぎゅっと握る。
 そして、周りにいる人々を見渡す。まだ知り合ったばかりの、クラーク 波音や、スカサハ・オイフェウス、須佐之 櫛名田姫もいた。

「皆さん……私、私、何も返せないけど、姉さんを……見つけてください……」
「うん! 絶対見つけようね!」

 七瀬 歩が泣きそうになりながらニーフェ・アレエに抱きつく、それと同じくして、ミレイユ・グリシャムも泣きながらニーフェ・アレエにしがみつく。わんわん泣いているのを、ロレッタ・グラフトンがなだめにはいる。
 鬼崎 朔が進み出てニーフェ・アレエの手をとった。スカサハ・オイフェウスも、にっこり笑ってその手に自分の手を重ねる。

「……力を貸そう。あの薔薇が似合うお前たちの為」
「大事な、大事なお友達のためであります!」
「絶対に、ルーノちゃんを助けよう!」

 ミルディア・ディスティンも、和泉 真奈と共にその手を重ねた。そこにいる者たちは、その手を重ねようと集まるが、人数が多すぎて全員は難しかった。そこへ、遅れてきた毒島 大佐とプリムローズ・アレックスが現れる。

「遅れてすまなかった。だが、荒事ならば完全武装しなければと思ってね」

 眼鏡の奥の白眼が、可愛らしくウィンクされる。プリムローズ・アレックスも光条兵器であるポールアックスを構えていた。

「……皆さん……! 姉さんは、まだ完全に記憶と取り戻してません。姉さんは、無理やり……あの遺跡にいた仲間たちの負の感情だけを植えつけられているんです」
「それならこの忘却の槍で忘れさせられると思う」
「でもあの感情は、私たちが起動するまえからあったもの……だから……戻らないようには出来ないかもしれません。消すことも難しいかもしれません」
「そうか、古い記憶からうまく消せるか……わからないか」

 ニーフェ・アレエの言葉に、毒島 大佐は舌打ちをして手にした武器を握り締める。「でも、やってみるか」そう言い聞かせた。久坂 玄瑞はふむ、と顎に手を添える。

「そうか。あの頭痛は、其の負の感情にさいなまれていたから、ということか」
「そうなんですぅ……かれこれ、一週間くらい前からなんですぅ」
「え! そんな、姉さんはそんなこと一言も……」

 メイベル・ポーターの言葉に、ニーフェ・アレエは驚いた顔をする。すぐに、ステラ・クリフトンはまっすぐにニーフェ・アレエの顔を見つめる。

「心配させたくなかったんです。ニーフェが一生懸命だったから」
「だから、安心してくださいませ。今日を楽しい一日にするために、痛みを堪えていただけなんですのよ」

 フィリッパ・アヴェーヌの言葉に、ニーフェ・アレエはまた涙ぐみそうになると、セシリア・ライトがハンカチをもって其の顔をぬぐう。

「泣くなよ。もう泣いてる暇はないだろ?」
「はい……そんな負の感情に、それに勝る思いがあれば、大丈夫なはずなんです……大事な想いをちゃんと知ってるから!」
「大丈夫だよ!」

 小鳥遊 美羽が、底抜けに明るい声でそう言い放つ。自信満々な言葉は、ニーフェ・アレエの不安をもかき消してくれた。

「はい! そう、信じますっ」

 きっぱりと言い放った彼女に、誰もが拍手を贈りたい気持ちでいっぱいになった。だが、今はニーフェ・アレエ成長の喜びに浸っている場合ではなかった。