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リアクション
第一章
「気になりますね……」
コトノハ・リナファ(ことのは・りなふぁ)は、昨日放送されていたニュースを、思い出す。
『朝から夜まで、本日は一日安定した気候となるでしょう。続いて本日の――』
そこで言葉を切った意味が、必ずあるはずだ。
「そうだな、タシガン勝負の続きでもやっているかもしれん。行ってみるか?」
ルオシン・アルカナロード(るおしん・あるかなろーど)の提案に、コトノハはぱぁっと顔を明るくさせた。
「行きましょうルオシンさん!」
「あまり、はしゃぐでない」
そうして空京ニュースを発信していることろまでやってきた二人組だが。
「なーんだ、もう勝負も最後の一手ですね」
「来るのが遅かったようだな」
西軍の、勝利。
そういった瞬間だけ見れた。
「まぁいいだろう、たまにはこういうのも」
「そうですね、謎も解明できましたし!
なにより、ルオシンさんと一緒なら、私、どこへでも! ……あ、や、やっぱ、今のはルオシンさんだけの秘密で」
「…………あぁ、わかった」
「……ルオシンさん。顔赤いですよ?」
「熱っぽいんだ」
「それは大変! 早く休める場所を用意しなくちゃ!」
ニュースステーションから瞬くままに消して、廊下を走る。走っている最中、危険ですよと注意されたけれど、構うものか。一大事なのだ。
建物を出て、歩く先は丘の上。月が綺麗に見える場所だ。
シートを引いて、月を見上げて。
「風流ですねえ」
「ちょっと待て。休める場所を求めて、何故月見になる」
「綺麗だからですよ? お身体も、心も、ゆっくり休めなくちゃ」
二人が、小さなやり取り。
コトノハは、なんとなくルオシンを見た。ルオシンもこっちを見る。二人の瞳がお互いを映し合う。
「…………」
「…………」
「コトノハ」
「はい?」
先に沈黙を破ったのは、ルオシン。
「……その、傷の具合はどうだ?」
「傷ですか」
コトノハは、タシガン将棋に兵士として参加した経験がある。そして、そこで撃墜されてしまった。その時に負った怪我が、胸にある。
「……はい、この通りです」
はらり、と上着を肌蹴、胸をあらわにする。下着に覆われた、こぼれ落ちそうなほど大きな乳房――
「ってどこを見ているんだ俺は! 見るべきは傷であって!!」
セルフでツッコんでから、ルオシンはコトノハの怪我を確認する。傷跡も薄いし、これなら完治するのも時間の問題だろう。念のためヒールをかけてみるが、変わりはない。
と、唐突に。
むぎゅぅ、とたわわな胸に、顔が埋まった。
「!? !!?」
「ぱふぱふ、って言うんですってー」
「っぷ、ぁ! 年頃の娘が何をしているのだ!」
「嬉しくなかったですか?」
「…………嬉し、かったが」
「じゃあ、いいですよね」
にこぉり、笑うコトノハに。
だめだ、俺は彼女にペースを乱されまくりだ。と思う。
「それから、ルオシンさん……」
「え?」
「ここら一体、禁猟区使って邪魔者が入らないようにしてあるんです。……ねえ、お月さまに見られながら、シてみませんか……?」
だから、またこうやってペースを乱してきて!
ルオシンの手が、コトノハの身体へ、伸びる。
据え膳食わぬは男の恥、だからな。
ルオシンはコトノハを優しく抱き締めた。
*...***...*
ヴァイシャリーの、湖の上。
船が一艘、浮かんでいた。
「静かでいいですね、ナナ」
ルース・メルヴィン(るーす・めるう゛ぃん)は、正面に座るナナ・マキャフリー(なな・まきゃふりー)に微笑みかける。
ナナは、目を閉じて耳を澄ますようにして。
「本当。虫の声しか、聞こえませんね」
どこか嬉しそうに、笑った。
湖の上で月見がしたいと提案したのはナナで、ルースはすぐにボートを借りた。湖の上なら邪魔も入るまいと。
湖の中央ほどまで漕いできたところで、ボートを止める。それからルースは、持ってきていたお酒を出す。と、ナナが笑った。
「? なんですか、ナナ」
「いえ、ルースさんらしいなぁって。うふふ、でも、だからナナもこれを作ってきたんですよ」
と言って、ナナが持ってきていた荷物を開く。
お弁当箱の中には、枝豆と唐揚げ。
「……あの、ナナはまだ、料理修業中の身なので、お口に合わなければ――」
言いかけたナナの声を無視して、ルースは唐揚げをつまむ。
うん、美味しい。さすがに時間が経っているせいで、パリパリしているはずの皮の食感は損なわれていたが、それでも下味から何から、きっと真面目なナナのことだから、揚げる温度や時間もしっかり計算してやったのだろう。
「……あ、乾杯もせずに頂いちゃいました。美味しそうだったから」
笑ってみせると、ナナは嬉しそうな、困っているような、そんな顔で笑い、
「お酌しますよ。彼女の務めです」
「では、お言葉に甘えて」
虫の声と、たまに吹く風によって木々や水面がざわめく音。
それに混じって、お酒を注ぐ音。
「ありがとうございます、ナナ」
「あの、ルースさん。……ナナも、ご一緒してもよろしいでしょうか?」
「もちろんですよ。ナナも飲めるように、甘口の日本酒を用意しましたし、ね」
なので、今度はルースがナナのコップへと酒を注ぐ。
二人とも酒を持った状態で、こつんとコップ同士をぶつけた。
「乾杯」
「乾杯です」
静かに、静かに、時が流れる。
ルースが飲んでいた酒が空になるころ、
「ナナ、お月見をするのって実は初めてなんです」
「え、そうなんですか?」
「はい。綺麗だし、素敵だし……その相手が、ルースさんだから……もっと、嬉しいし、幸せです」
にこり、と淡く微笑むナナ。
銀色の髪が、月明かりに照らされきらきらと輝く。風が吹いて、ナナの髪をさらっていっても、輝いている。ビロードのようだ、とぼうっと思う。
気がついた時には、ナナの髪に手を伸ばしていて。
するすると引っ掛かりのないその髪を梳いていて。
そしてそのまま、「ルースさん?」というナナの慌てたような声を無視して。
頭を抱いて、顔を寄せて。
桜色の唇に、唇を重ねた。
柔らかい感触と、同じ人間とは思えないようないい匂い。
数秒経って、唇を離すと同時に、
「ルースさんっ!」
顔を真っ赤にして、ナナが大きな声を出した。
「あ。……す、すみません、嫌でしたか?」
「違います、その……、」
歯切れ悪く言葉を止めるナナの声を、待つと。
「その……ナナから、キ、キスをすることも、考えていたから……なんだか、先手を、取られた気分……です」
「なら、もう一度キスします?」
「!!? し、心臓がもちませんっ!」
可愛いナナの反応に笑って。
「では月見をしましょうか」
「はい」
本来の目的に、戻る。
*...***...*
同じく、湖。ゴンドラに乗った白銀 司(しろがね・つかさ)は、
「えへへ、なんだかデートみたいだね」
セアト・ウィンダリア(せあと・うぃんだりあ)に微笑みかけた。しかしその微笑みは、すぐに崩れる。
「ってセアトくんお団子持ってきてるし!」
左手に団子を詰めた箱を持ち、右手でそれをつまみ、ひょいぱくひょいぱくと絶え間なく団子を食べている、セアト。
「もー。ムード台無しだよー」
「じゃあおまえ、団子要らないんだな? 俺の手製の団子も茶も、いらないんだな? よーし食うなよ?」
「えっうそなにそれ! ずるいよセアトくん! ほしい、ほしいよ!」
「三回まわってワンって言ったら」
「ここで!? こんなところでそれをやったら落ちちゃうよ!
……ん? 落ちる? 落ちたらセアトくんも一緒に濡れちゃえーって引きずり込んじゃって、あれ? そうしたら、うっふっふー。水も滴るセアトくん。エロかっこい――」
いね! と続けようとしたところで、ズビシと重い音のするチョップ。
「い、いたい……結構本気だったでしょ」
「おまえこそ、結構本気だっただろ」
「だってエロかっこいいセアトくんが見たかったんだもん」
「アホか。団子も茶もやるから、見るのは月にしておけ」
「わーい♪」
了承を貰って、団子に手を伸ばす。箱の中には一口サイズの団子がごろんごろんと大量だ。きっとこれだけの量だから、最初から司の分も、と考えて作ってくれたのだろう。
「くーっ、やっぱりセアトくんは良い人だね!」
「……はぁ?」
「でもね、ムード台無しだから、彼女さんとかと来る時は気をつけなよ? 幻滅されちゃうよ?」
「俺は俺のやりたいようにやってるだけだろ、幻滅したけりゃ勝手にしろ」
「もー。……にしても、このお団子美味しいね、手が止まらないよ」
「……そんだけ食えば、明日体重計が新記録を叩きだすな」
「なっ、なんだとー!?」
思わずゴンドラから立ち上がり、ファイティングポーズを取った司に対して、
「お、月が湖に浮かんでる」
興味の対象を移させる、セアト。
司は単純だから、湖にも月があると聞けばそこを見てしまう。
「ほんとだ! すごいね綺麗だねセアトくん!」
しかも、コントロールされていることに気付かない。
そんな司に対して、セアトがため息を吐いた。司としては、「?」である。
「なに? どうかした?」
「いや。それより気をつけろよ? 落ちないように」
「うん。水面に揺れる月っていうのも、素敵だね……」
吸い込まれそうなくらい。
身を乗り出して、月を見詰めて、「あ」ずるっ、と、それこそ引きずり込まれるようにゴンドラから落ちかけて――
「アホ、だからさっき気をつけろって! 言っただろーが! アホ!」
「うぅ、何も二回言わなくとも……と油断したところで、必殺水鉄砲! てーっ」
「っだ!?」
落ちかけた際に、掬った水。
それを水鉄砲として、セアトに命中させて。
「やった! 水も滴るセアトくーん! やっぱりエロかっこいいよ!」
「おまえな……。……いいか、俺はやられたらやり返すタイプだ」
セアトが言って、司よりも大きな掌でたっぷり水を掬って、
ばしゃんっ。
「……、……。……やったなー!」
その後ゴンドラ内では、水掛けゲームが始まったのだとか。
*...***...*
十五夜の夜。ヴァイシャリーで月が綺麗に見えることをニュースで知った神崎 優(かんざき・ゆう)は、水無月 零(みなずき・れい)を誘ってお月見に来ていた。
手を繋いで――それも、指を絡めた恋人繋ぎで場所を探す。どこか、座れそうな場所。座って、月を綺麗に見られる場所。
「あの辺でいいか?」
「うん」
適当な場所に腰を下ろす。手は、繋いだまま。零がくすぐったそうに笑うから、「離すか?」と言ってやる。「イヤ」と笑ったまま零は言って、より強く指を絡めてきた。
愛しい。
素直にそう思う。
思いながら、月を見た。
雲ひとつなく、大きな月が露わになっている。その周りに、控えめな星々。
「優と初めて会った時の事を思い出すね」
不意に、零が話しかけてきて、視線を月から隣の彼女に向ける。月の光を受けて、陶磁器のような白い肌が青白く輝いていて、一つの美術品のようだった。
「? 優?」
声を掛けられて、見惚れていた自分に気付く。
ああ、最初に出会ったあの頃は、月の光に照らされた零を見ても、翼の生えた女が居る! それくらいの感想だったのに、今は。
「優ってば」
答えない優に痺れを切らして、零が握ったままの手を上下に振った。
「そうだな。あの時も月が綺麗な日だった」
「答えるの遅かったわね。忘れてたんじゃない?」
「俺と零の思い出だぞ? そう簡単に忘れるものじゃない」
そう返すと、零が赤い顔をして俯いてしまった。こういう初々しい反応も、とても可愛い。
「でもあの時は、まさか零と恋人同士になるとは夢にも思ってなかったな」
「? じゃあ、優はいつから私の事を好きになったの?
問われて、考える。
あの日、あの時、月の下。
「零がよく言う、運命的なモノ――あれを感じた」
「じゃあ、運命?」
「いや。運命を感じたのは本当だが、いつから好きになったかは解らないんだ。
たぶん、零と過ごしていくうちに、段々と惹かれていって。……気付いたら、好きになっていたんだ」
零のことを一つ知って。
自分のことを、一つ知ってもらって。
零のことを、また一つ知って。
自分のことを、また一つ知ってもらって。
それを繰り返しているうちに、惹かれていった。焦がれていった。愛していった。
ただ、それだけのこと。
「それで……零はいつから俺の事を好きになったんだ?」
「私? 私は初めて会った時から、好きだったと思うの。優の事を『大切な人』と思っている自分とは違う自分が、違う感情があって。困惑していて。
けれど、段々その――『大切な人』から、『大好きな人』へ気持ちが変わっていって。大切なだけじゃないんだ、って。好きなんだって。
優が『好き』。そう思ったの。好きだという事が解ったの」
告白を受けていた優は、零に向き合う。告白のせいで、だろうか。零の顔は赤い。もしかしたら、自分の顔も赤いのかもしれない。顔を見ているだけで、ドキドキしてきた。
それでも言葉を絞り出す。
「……今更かもしれないが、俺は零を好きになって本当に良かったと思ってる」
「本当……?」
「ああ。だから、今、凄く幸せだ」
零が、満面の笑みになる。なんだか、泣き出しそうな笑顔だな。そう思った時にはもう抱き寄せていて、唇にキスをしていた。
触れるだけのバード・キス。
その余韻を楽しむように、柔らかな零の身体を抱きしめていたら、
「私も優の事が好き。優が私の運命の人で良かった」
そう、言われて。
嬉しくなって、もう一度キスをした。
甘い香りの、バード・キス。
「……月が見えなくなっちゃうよ、優」
「じゃあ、離れる?」
「…………ううん、このままで、見る」
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