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豆の木ガーデンパニック!

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第3章 蔓にだって役目はあります 2

 巨人が発進するしばし前のことである。
 淡い銀髪のはかなげな雰囲気を持つ若者が、葉っぱを渡り歩きながら豆の木を登っていた。その胸にぶらさがるのは鮮やかな赤色のイヤリングであり、それは彼が跳躍するたびに揺れて煌いている。
 やがて、若者は豆の木のてっぺん――遊園地ムアンランドへと辿り着いた。
 幸か不幸か、目的の巨大豆がちょうど生えている場所に着いたようだった。とはいえ、どうにも足腰が悲鳴をあげている。
 ぐてっと若者が倒れこむと、胸元にぶらさがっていた赤いイヤリングが淡く光り、最前までの姿――知的な雰囲気を持つ、艶のある黒髪を靡かせる女性へと変貌した。
「そこまで疲れるのなら、どうしてエレベーターを使わなかったのですか?」
「ほ、ほら……こういうのってさ、苦労して登るから楽しいのであって、苦労しないのは、なんともね」
 疲れた表情で苦笑する佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)に、賈思キョウ著 『斉民要術』はくすっと笑みをこぼす。
「そういうものなのですか」
「……そういうものだよ、多分ね」
 佐々木は疲れて動きがとれそうにない。
 斉民要術は巨大豆へとかがみ、当初の目的である調査へと移ることにした。豆の表面を削り、サンプルを採取する。すると、表面を削られたことによって豆の蔓がぶるぶると震えた。それは、まるで人が痛がっているときの仕草にもよく似ている。
「なんと……痛みを感じる植物ですか」
 人間ほどではないにせよ、動物並みの思考はあるということか。斉民要術は、農業書としての本質からか、うずうずと湧き上がってくる好奇心に満たされていった。前回はカーネで新薬を作ることに失敗したが、今回は成功させてみせる。
「……どうだい?」
 サンプルを調べている斉民要術に、ようやく動けるほどにはなったのか、佐々木が近づいてきた。
「これなら、実だけを大きくするように出来るかもしれませんわ」
「学園の技術部が出来たんだ。きっと上手くいくよ」
 佐々木はそう言って、自分に自信をつけるように笑った。
 もちろん、彼らがこうして植物調査にやってきたのは、食糧問題の解決という目的がある。しかし、ある意味でそれはおまけであり、本音を言えば、薬学をかじる者として対抗意識が燃え上がった、というところだろうか。
 つまりは、「僕の方がもっと上手く薬を作ることができる」ということである。
 そんなこんなで、しばし調査の時間が穏やかに流れていたのだが――それを壊すかのように、巨大な騒音が聞こえてきた。
「な、なんの音でしょうか……?」
「嫌な予感はするよね。たしか、この豆の木を生やしたのって……」
 佐々木が、以前のカーネ騒動の原因となった男のことを思い返したとき、それはぐわんっ! と風を押しのけるようにして現れた。
「お、大きい……」
「アトラクション?」
 まさか、そんなはずもあるまい。
 蔓で出来た巨人の肩に乗る数名の人影が、わーわーぎゃーぎゃーと騒いでいる。よく見れば、そんな巨人を登っている人影もあるではないか。
「すごいなぁ……」
 巨人は、他人事のように呟く佐々木たちの横を通り過ぎて、ずん、ずん、と歩いていった。残された斉民要術と佐々木は、きっとあの肩の上にいたのは夢安京太郎なのだろうと思いを馳せながら、
「……じゃ、続けようか」
「そうですね」
 心の中でそっと、この巨大豆に関してお礼を言うのだった。



「つまり、これは俺に対する挑戦という訳だなッ」
 誰ともなく、巨大豆の木に向かってビシっと指を差しながらエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)が言った。幹の途中の葉っぱの上にてそんなことを叫ぶ若者というのは、端から見ればお母さんが「しっ、見ちゃいけません!」と子どもの目を塞ぐような光景であった。
 もちろん、当の本人はそんな自覚などは全くないのだが。
「おわああぁっ! 木がうじゃーって動くよー!」
 逆に、遊ぶという自覚満々のクマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)は、幹から飛び出た蔓で作られた滑り台――もちろん、クマラが勝手に滑り台にしただけだが――で無邪気に遊んでいた。
「ねえ、ねえ、エース。これって『豆の木促進剤』? とかいうやつで大きくなったんだろー? そうすると、その薬って豆の木にしか効かないのかな?」
「そうだと考えるのが一番無難だろうな。と言っても、地球で普通『ジャックと豆の木』って通称名で流通しているのはカスタノスペルマムって名前の常緑高木性の観葉植物なんだ。それとどう違うのかっ! ってのはまた俺の興味をそそるところで――」
「わーい、蔓のムチー!」
「……人の話は聞こうぜ」
 難しい話に飽きてきたのだろう。クマラは豆の木と遊ぶので頭がいっぱいのようだ。
 仕方なく、エースは話を止めてデジカメで豆の木の写真を撮っていくことにした。もちろん、気がついたことはすかさずメモすることを忘れない。
「動くってことは……蔓性の幹が見かけより柔軟って事なんだな。蔓は緑色か。となると、動くためにエネルギーがドッサリ要るから、光合成してるのかもな」
 ペンを動かしてカキカキカキカキ。
 様々な方向からの写真は十分に撮り終えた。あとは、出来れば少し枝が欲しいところである。蔓系植物は生命力が強くて挿し木で増やせるものが多い。薬の効果で巨大化しているとはいえ、その特徴はきっと変わらないだろう。可能ならば、育ててみたいものである。
「と言っても……」
 無断でちぎる、というのはどうにも気が進まない。紳士にははなはだしい行為だ。
 そういえば……とエースは思い返していた。この豆の木は夢安京太郎を主人とみなしているという話である。ということは、少なからず意思を持っているということだ。
 クマラに目をやると、彼は今度はエースから借りた機材で動画を撮りながら蔓と戯れていた。その様子は、確かに豆の木が自身の意思で動いていることも表している。
「――なあ、ちょっと相談があるんだけど」
 物は試しだ。
 エースは豆の木に向かって話しかけてみることにした。
「君はここから他の場所に動いていくことが出来ないけれど、葉のついた小枝をひとつもらえれば、それを俺が他の場所で増やしてあげる事が出来るよ。もし良かったら、小枝を分けて貰えないかな? 種族繁栄のためにもさ。ちゃんとお世話はするぜ」
 すると、クマラと遊んでいた蔓がピタリと止まった。
 どうしたのか、といったようにきょとんとするクマラ。エースは、その蔓だけでなく、それまで僅かに動いていた豆の木が動かなくなったことに気づいた。
 失敗したかな? 不安がよぎったが、そのとき、豆の木は再び僅かに動き、蔓がどこからかエースへと伸びてきた。
「これは……」
 蔓が手のようにして持っていたのは、一本の小枝である。
「……さんきゅ」
 エースはそれを受け取ると、大事に懐の中にしまった。これは、言わば豆の木から託された子どもである。決して、無駄にはしない。
「なんか、どんどん蔓が伸びててっぺんに昇っていくねー」
 クマラがふとこぼした声に、エースも異常な蔓の動きに気づいた。きっと、それはてっぺんの広場で主人である夢安が何かをしているに他ならない。
 気にはなったものの、エースは豆の木を降りていくことにした。
「あれ、エース? もういいの?」
「ああ。この豆の木だったら、きっとなんとかなりそうだからな。今は、こっちを育てることが俺の役目ってこと」
「……?」
 いまいちよく分かっていないクマラだったが、エースは最後に語った。
「薬の効果として特筆すべきは、巨大化より『豆の木が多少の意思を持ち、可能な限り主人の要望に応えて形を変える』という部分。この豆の木は、悪いやつじゃあないみたいだ。薬の効果がどうかは分からないけど、悪い結果には転がらないだろう。植物を信じてやるのも、園芸家としての務め――」
「きゃほー! 地上までひとっすべり〜!」
「……だから人の話聞けよ」
 豆の木を滑りながら降りていくクマラの背中を追って、エースは葉っぱを渡り降りていった。