リアクション
● ムアンランドには多くの店が軒を連ねている。それは個人で出している出店もそうであるが、企業が目をつけて――あるいは夢安がその情報網を駆使して雇った――店も数少ないものの存在するのである。そんなちょっと高級なカフェレストランで料理が運ばれて来るのを待っていたのは、二人の少女であった。 「やっぱり、ちょっと奮発してでも予約しておいてよかったね。眺めも最高!」 「そうですね」 小柄で元気そのものであるかのような芦原 郁乃(あはら・いくの)は、対面する少女に笑顔を向けた。そんな郁乃の笑顔に照れながら答えるのは、小柄な郁乃よりも更に小柄で、小動物のような雰囲気さえ持つ荀 灌(じゅん・かん)だった。 「アトラクションもたくさんあって、楽しかったね」 「は、はい」 郁乃の笑顔に照れているのか、荀灌は紅く染まった頬を隠すようにしている。そんな彼女を見ていると、郁乃は思わず抱きしめたくなる衝動に駆られるのだ。もちろん、店でそこまでのことはしないよう、自粛するが。 様々なアトラクションの思い出を話し合っていたところ、料理が運ばれてきた。チキンと野菜を使ったサラダやスパゲティなど、あっさりとしたメニューである。もちろん、美味しそうなのは見た目からでもよく分かった。 お互いに食事に手を伸ばしていたが、ふとそこで郁乃は周りの光景に気がついた。――というのも、それなりに雰囲気のあるカフェということもあってか、どうにもカップルが多いのだ。 相手の口に食べ物を刺したフォークを差し出し、あーんと言って彼氏の口に食べさせている。そんな甘いカップルの様子を見ていたら郁乃はちょっとした悪戯を思いついた。 「ねえ、荀灌」 「……?」 名前を呼ばれて顔を上げた荀灌の目の前に、郁乃はチキンの刺さったフォークを差し出した。 「はい、あーん」 「はっ……恥ずかしいですよぉ……」 俯き加減ながら荀灌がぼそぼそと言うも、郁乃は逆にそれに悪戯心が刺激されたらしく、手を引っ込めようとはしなかった。それに、荀灌も本気で嫌がっているわけではない。 「大丈夫。誰も気にしてないって」 そう言って笑う郁乃の笑顔に、荀灌は勝てるはずもない。 「う、うぅぅぅぅ〜」 頬をかぁっと赤く染めた荀灌は、少し躊躇いながら、それでも少し口をあーんと開けた。郁乃がその口にフォークを持った手を伸ばした――そのとき。 「きゃっ……!」 ガシャーン! といったガラスを割った音とともに、数人の人影が突っ込んできた。彼らは勢い任せになだれ込み、荀灌と郁乃が食事を取っていたテーブルへとぶつかる。もちろん――フォークはチキンごと弾き飛ばされていた。 「…………」 それを見ていた荀灌は、呆然としている。 「あ、あなた夢安っ!?」 郁乃は、目の前で頭を押さえながら呻いている若者に見覚えがあった。この遊園地――というより豆の木を作り出した張本人だ。そして、彼を心配そうに立ち上がらせるのは、大きなツインテールが特徴的な小鳥遊美羽だった。 「あったたたた……いてぇ……」 「む、夢安、早くいかないと捕まっちゃうよ!」 追いかけてくる人の群れが、壊れたガラスの向こうから見えてくる。夢安はそれに気づいて逃げ出そうとした――だが、それよりも彼の目の前にいた少女が、わなわなと肩を震わせていた。 「じゅ、荀灌……?」 「――おのれぇっ!」 俯いて震えていた小柄な少女は、キッと目の前の遊園地支配人を睨みつけると、 「あべしっ!!」 怒りの形相でその顔面に向けて飛び膝蹴りをぶちまけた。蹴りがめり込んだかと思えば、彼は店の天井を突き破って遠くへひょーんと飛んでいく。――キラン、と星になったのはきっと夢安に違いなかった。 「ちょ、ちょっと夢安ー! 置いてかないでよー!」 美羽は慌てて彼を追いかけていき、後に残ったのは、崩壊寸前の店内だった。 まさか荀灌にあれほどの芸当が出来たとは。唖然とする郁乃だったが、落ち着きを取り戻した荀灌はどうやら先ほどの鬼のような蹴りは覚えていないようであった。 とは言うものの、自分がなにかしでかしたのだということは店の人たちの視線で分かったようで。 「す、すいませんでした……」 彼女は縮こまって謝った。 もちろん、郁乃は彼女を叱ろうなどとは思っていない。彼女が柔らかい笑顔で世話の焼ける幼子でもあやすかのように彼女の頭を撫でてあげた。 それに荀灌がこぼした笑顔は、郁乃にとって、今日の中で一番可愛らしい笑顔であった。 ● さて――星になった夢安はと言えば。 「いててて……くそ、なんだったんだ、あの子どもは」 幸いにも追っ手から逃げることには功をそうしたようで、あれだけ飛ばされても傷をほとんど負わなかった自分の悪運と自在に動く蔓に感謝しているところだった。 「さてと、まずはどうするか……ってあれ?」 そこで、彼はキョロキョロと辺りを見回す。どうやら、何か気になるものでも探しているようであった。 「……あいつ、どこ行ったんだ?」 自由奔放に動き回るお金大好き生物は、いつの間にかいなくなっていた。 |
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