リアクション
● 夏菜と禰子の二人が観覧車に向かっていた頃――同じように遊園地を満喫する三人組がフリーフォールから降りてきた。 「いやー、遊園地ってそんなに期待してなかったけど、案外すごいわねぇ〜。これなら一日中でも楽しめちゃうわ!」 「う……ぐぇ」 「鴉……だいじょうぶか?」 誰ともなくすがすがしそうな師王 アスカ(しおう・あすか)に対し、そのパートナーである蒼灯 鴉(そうひ・からす)はまるで吐き気を催すかのようにぐったりとしていた。そんな彼に、ルーツ・アトマイス(るーつ・あとまいす)が心配そうに声をかける。 「さ、ほら、今度はあの蔓と葉っぱで出来たコーヒーカップに乗りましょう〜」 「ちょ、ちょま……!」 そんな鴉など露知らず、アスカは彼とルーツを引っ張ってコーヒーカップに乗り込んでいった。中央にあるのは、カップを回転させるための円盤。もちろん――ルールを把握した彼女の取る道は。 「ずばり! この乗り物は……思いっきり回さないと駄目らしいわぁ! そ〜れ回れ回れ〜!」 「ぐぁ、あああぁあぁ、や、やめ、ぐほっ……」 「こ、これは……!」 円盤を掴んだアスカがそれを回し始めるが、その回転速度は異常なものだった。笑顔で回しているにも関わらず、まるでその高い身体能力が可能とするスピードは乗り物に弱くなくとも頭をがんがん振り回されるようなもので……。 「はい、しゅうりょう〜!」 終わったときには、世界はぐるぐると回り続けていた。 「あ〜、面白かったわぁ。あら鴉、顔色悪いわよ〜?」 「も、もう駄目……ギブ」 鴉の憔悴しきった呟きには気を留めず、アスカは更に次のアトラクションへと向かおうとした。だが、そんなとき彼女の視界に珍しい人物が映る。 「……あら? あそこにいるの夢安君かしらぁ?」 何かから逃げてきたらしい彼は、ぜいぜいと荒い呼吸を整えようとしてベンチに座っていた。そんな彼に、アスカが不用意に近づいて行く。 「おはろ〜」 「うわっ! な、なんだお前……」 「お前ってことはないじゃない〜。こんな遊園地作ってくれた人だし、一言お礼でも言おうかと思ってぇ。あ、はい、これさっき買った豆アイスよ〜。どうぞぉ」 「……さ、さんきゅ」 見知らぬ人とはいえ、客相手に無下にはできまい。それに、どうやら自分を追いかけてきている連中ではないようだ。素直に夢安はアイスを受け取ったが……アスカは彼をじっと見つめていた。 「な、なんだ?」 「ん〜、どうも疲れてるご様子だな〜と思ってねぇ。あ、そうだ」 怪訝そうな目を向ける夢安。すると、ふいにアスカの顔がすっと近づき、自分の頬に重なった。頬に触れた感触は、あの甘くも柔らかい唇で……。 「おいおいおいおいっ!」 「頑張ってね、夢安君!」 顔を朱に染めた夢安とは違って、アスカはあっけらかんとしたものだ。そんな彼女を不思議なものでも見るような目で見ていた彼であったが――自分の名前を呼ぶ声が近づくのに気づく。 「やべっ!」 咄嗟にアイスを握ったまま、夢安はアスカの前から去っていった。 「あら〜? こうしたら喜ぶと思ったんだけど、嫌だったのかしらぁ?」 嫌……というわけではないが、免疫がなかっただけだろう。あとは、単純に逃げていたため。とはいえ、そんなことは知らない彼女は鴉たちを連れて――もしくは引っ張って――次のアトラクションへ向かうのだった。 そんなこんなで――絶叫系アトラクションをほぼ制覇し尽くした頃。ルーツの提案もあって、彼女たちは観覧車からの眺めを一望していた。どうやら人気のある観覧車のようで列も並んでいたが、待ったかいはあると言うものだ。 景色は――とても美しかった。 美しい景色を見ていると、どこか自分に問いかけるような気持ちにもなる。この遊園地もそうであるが、ルーツはアスカと契約してからというもの、目まぐるしいほどの体験と発見があった。それは……時には困った時もあるが、正直に言えば、楽しい。そんなことを考えていたからだろうか。 「アスカ……ありがとう」 自然とそれは、彼の口からこぼれていた。 「……どういたしまして」 突然のルーツの言葉に、アスカも何か思い起こしていたのだろうか。彼女は穏やかに笑ってそう返事を返すだけに留まった。きっと、それ以上の言葉はいらなかったのだろう。 二人のやりとりを遠くに聞きながら、鴉は終始外を見たままだ。その顔から察するに、今日の自分の醜態を悔やんでいるのだろう。なにせプロの殺し屋だった男が絶叫マシーンでこの様だ。 ……まったく、こいつには付き合ってられねぇぜ。 そんなことを考えていたとき、鴉、そしてルーツに向けて、ふいにアスカの笑顔が向けられた。 「ねぇ……また一緒に来ようね」 不思議と、鴉は何も言えなかった。できれば勘弁……そんな自分の声が喉まできていたが、口に出そうとは思えなかった。きっとそれは、この女に俺も絆されてるからなんだろうな。 ――ま、退屈しねぇからいいか。 無意識に微笑んでいた彼が、後にそれをネタにからかわれるのは、そう遠い話ではなかった。 ● |
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