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豆の木ガーデンパニック!

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第1章 夢の国ムアンランド 1

 葉っぱのエレベーターに運ばれていくと、そこは夢の国だった。
「はぁ〜これがムアンランド……いや、冗談も本気でやると結構あなどれないにょろね〜」
 夢の国ムアンランドを傍観して、ゾリア・グリンウォーター(ぞりあ・ぐりんうぉーたー)は圧巻されていた。
 ほぼ緑色に彩られた遊園地は、その全てが蔓や葉っぱで出来ていた。巨大な葉っぱの珈琲カップに、蔓と葉っぱが見事に融合したジェットコースター。マスコットキャラまで歩いていて、その楽しげな全景はゾリアの面白指数をぐんぐんと上げていく。
「何が悲しくて、この歳で遊園地に付き合わないといけねえんだか……」
「そう言わないにょろよ〜、ロビン。ムアンランドを精一杯楽しまなきゃっ」
 ムアンランドという名前がツボに入っているのか、ゾリアはくすくすと笑う。そんな彼女を見下ろす保護者兼英霊のロビン・グッドフェロー(ろびん・ぐっどふぇろー)は、仕方ないといったため息を吐いた。
 いかにも厳ついおっさんといった出で立ちの銀髪壮年は、遊園地という外観に見事にミスマッチだった。道行く人は――え、なに、あのおっさん、あの歳で遊園地にくんの? 遊園地ではしゃぐのが許されるのは中学生までだよね〜――といったような視線を送っており、羞恥と哀愁のダブルパンチであった。
「お、お嬢、さっさと行くぞ」
「あ、なんだ、ロビンもやっぱり遊びたいんじゃない」
 単純に娘と来ているんですよというカモフラージュとこの場から離れたかっただけなのだが、ゾリアは喜んでロビンの手を引っ張り、目的の場所に向かった。そこは……
「お化け屋敷?」
「いや〜、やっぱり遊園地っていったらホラーハウス、お化け屋敷にまちがいないにょろよ」
 お化け屋敷というよりはむしろ蔓屋敷とでも言うべき外観だったが、どうやらそれなりに人気はあるようだ。中からは女性の悲鳴などが聞こえてきて、十分に楽しげである。
「さっそく、突撃にょろ〜」
「やれやれ……」
 ゾリアに引っ張られるまま、ロビンは仕方なく中へと入っていった。入場料占めて二人分。きっと娘を連れたお父さんに見えること間違いない。まだ三十代なのに。
 ゾリアたちがお化け屋敷に入って数分後。楽しげな悲鳴がわーわーと聞こえてきてしばらく経つと、出入り口からは憔悴したようなロビンとにこにこ笑顔のゾリアが出てきた。
「御神楽校長に似たお化けがいたのは、きっとこの遊園地の支配人の遊び心にょろね……」
「趣味が悪いにも程があるぜ……」
「夢安京太郎……恐ろしい子っ!」
 ゾリアの一ネタを突っ込みすらせずに、ロビンはあの御神楽モドキお化けのせいであれだけ悲鳴が上がっていたのかと、一人納得していた。



「うわっ、あれも面白そうだねぇ!」
 お化け屋敷から聞こえてくる悲鳴を耳にして、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)は嬉々としてそちらを見つめていた。その胸に抱かれているカーネは、まるで同意するかのようにのんびりとしたまぬけな声をあげる。
 そんな彼女を引き止めたのは、この遊園地の支配人――夢安京太郎だった。
「うーん、あれは止めといたほうがいいぞ」
「えー、なんでー?」
「……なにせエグい奴がいるからな」
「え、なに?」
「いやいや、なんでもない」
 ボソリと呟いた夢安が手を振った。そんな彼に首を傾げる美羽であったが、ここを作った張本人が止めておいたほうがいいのであればそうなのだろう。素直に諦めることにするのだった。
 ではこれからどこに行こうか。そんなことを思案し始めた彼らに、穏やかな声がかかった。
「美羽ちゃん、夢安くん、あっちに色々出店があるよ」
 何か楽しそうなものがないかと目を凝らしていた西尾 桜子(にしお・さくらこ)が、なにか見つけたようであった。あまり自ら口を開かない彼女の言葉である。夢安と美羽は彼女についていくようにして出店のほうへと向かった。
 果てさて……なぜ夢安が彼女たちが一緒にいるかというと、一言で言えば「案内役」というのが的確である。もともと支配人という立場からやることねーなーとか思っていた夢安のもとにやってきた二人。お互いに一人でやってきたようであるし、どこを見て回ろうかと考えあぐねていたところ、夢安を発見したというわけだ。
 なりゆきで案内役を任された夢安は、桜子たちを連れて出店――ミルディアのトルコアイスへと辿り着いた。
「いらっしゃいま……あれ?」
「あれってことはないだろ、あれっは」
「こんなところでなにしてるんですか? はっ、もしやナンパっ……!」
「んなわけあるか」
 端から見れば美少女を二人はべられせている夢安に冷静にツッコまれて、ミルディアは冗談だと笑った。
「はい、じゃあこちら豆の木のように伸びるトルコアイスでーす。どうぞー」
「……すごい、豆の香り」
「おいしそうだねー」
 差し出されたトルコアイスを桜子と美羽に手渡して、夢安がは料金を支払った。それに気づいた美羽と桜子が急いで財布を出そうとするが、
「おごりだ」
「え、でも、そんな……」
「どうせここの売り上げは俺のもんだしな。ま、気にすんな。それよりも、ここでめっちゃ美味そうに食えよ? そしたら宣伝効果抜群だ」
 優しいのか優しくないのか……よく分からない夢安のおごりで豆のトルコアイスを食べたあとで、彼らは再び出店を見て回ることにした。
 巨大豆が大量に取れるとのことで、やはりそれを原材料にした店は数多い。豆チップの入ったラー油から、豆スナック菓子、豆ジュース、豆プリン、豆ソフトクリーム、豆コーヒー…豆コーヒーって普通のコーヒーじゃんって突っ込みはナシだ。お約束だぜ?
 たくさんの料理を堪能できて、三人は満腹状態だった。
「……美味しかった」
「おい、ほとんど俺のおごりだったじゃねぇかっ!」
「え、でも宣伝ってことでおごってくれるんでしょ?」
「ひどい、悪魔っ!」
 料理を食べる毎に自分の手帳にメモしていく桜子のかいがいしさは大変おごりがいがあるのだが、もぐもぐむしゃむしゃと食べる美羽におごるのは、なんとも屈辱だった。
「じゃ、今度はアトラクションにでも……」
 美羽がそう言って立ち上がろうとしたとき、ビュン――と風を裂いてなにかが飛んできた。それは一直線に飛来して、夢安の頭に直撃――否、突き刺さった。
「いてええええぇぇっ!」
「……夢安くん、お見事」
「いやいや、そんなこと言ってる場合じゃないっ! さっさとこれ取ってくれ!」
 桜子は、夢安の脳天に突き刺さったそれ――フクロウをずぽんと抜いた。フクロウのくちばしが突き刺さるなんてことは、きっとこの男ぐらいしか経験するまい。
「なんか、くちばしに挟まってるね」
「あの……ていうか俺のこのどくどく出てくる赤くてぬるい液体をどうにかしてほしいんですが」
 夢安のことを無視して、美羽はフクロウのくちばしに挟まっていた紙を開いた。そこには、まるで脅迫状かなにかを彷彿させるように、文章がつらつらと書かれていた。
『夢安京太郎に告ぐ! 蒼空学園で育った巨大豆の木は蒼空学園の所有物であり、校長である御神楽環菜の所有物である。他人の所有物を不正に自分のものとしている今の行為は「横領罪」にあたる。5年以下の懲役に服したくなければ、速やかに投降せよ!』
 脅迫状どころか、マジで脅迫でした。
 すると、無安をはじめとして文章を読んだ三人が呆然としているところに、一人の青年が近づいてきた。
「あ、読んだかい?」
 まるで小洒落たレストランか喫茶店にでも出てきそうな紳士然とした青年は、静かに自己紹介を始めた。
「私の名前はレオン・カシミール(れおん・かしみーる)。まあ……そのフクロウの主人のパートナーと言えば話は早いだろう」
 夢安は一瞬で話を理解して、それまでのとぼけた様子から一転するかのように身構えた。とはいえ、頭の血を止めるためのタオルと巻いた姿はミスマッチだったが。ちなみに、タオルは桜子のもので良い匂いがしてます。バンザイ。
「君がおとなしく投降するならば交渉の席を設ける準備がこちらにはある。無為に抵抗を続けるよりも互いに利益があると思わないか?」
 どうやら、交渉役といったところのようだ。同じ役でも、こちらの案内役とは雲泥の差だな、とか考えながら、夢安はどうしたものかと考えあぐねている。
 そんなとき――
「京太郎、こんなところにいたんですかぃ」
 クド・ストレイフ(くど・すとれいふ)がモバイル型のパソコンを片手にのんびりとした駆け足で駆け寄ってきた。
「あっ、おまえ仕事さぼりやがって!」
「そりゃまあ仕事は飛び出てきたんだけどもねぇ……あ、いやいや、それよりもこんなん見つけたんでさぁ」
 ひょんなことから夢安の手伝いをしていたクドは、持ってきたパソコンを広げてとある映像を見せた。それは、見る人が見れば凍りつく内容のもので。
『あっ、環菜さま、いいですよ』
『……こほん』
 映像には映っていない茅野瀬 衿栖(ちのせ・えりす)の声に促されて、{SNM9999003#御神楽 環菜}は咳払い一つ、演説のように語り始めた。
『皆さんも知っての通り、我が蒼空学園の隣で、巨大な豆の木が出現しました』
 そこから先は状況説明のようなもので退屈極まりなかったが、そのうち豆の木がいずれ蒼空学園を覆ってしまうほどに大きくなることを述べた。
『――ですから、にっくきあの夢安京太郎を捕まえることは、蒼空学園、ひいては私にとっての最重要任務なのです。……もしも、豆の木を利用したり、夢安に協力するならば、どうなるか分かっていますね?』
 にこっ、と浮かべられた環菜の笑顔は、いつにもまして氷結のそれであり、見る者に戦慄を走らせた。
『環菜さまー! そこまで言ったら――ブツン』
 慌てて駆け寄った衿栖の声が終わる前に、映像は途切れてしまった。とはいえ――
「夢安くん、あれ……」
 桜子の指差した方角からは、まるでなだれ込む馬のような者たちが夢安京太郎の名を呼びながら押し寄せてきていた。
「追っ手、ってやつでさぁね」
「のんびりしてる場合かっ! 逃げるぞクド!」
「あっ、待ってよー」
 レオンの交渉もむなしく、夢安はクドと一緒に目の前の脅威から逃げ出していった。その後を、美羽が追いかけて行く。
「夢安くんは走るのが早いね〜」
「生きてそこから降りられることを祈っているぞ、夢安京太郎。ま……人間そう簡単には死なんさ」
 残された桜子とレオンは、遠ざかった夢安の背中を見送った。