リアクション
● そもそもを言えば、このムアンランドはジャックと豆の木をモチーフにして作られた薬品――失敗作ではあったが――をもとに生まれた場所である。地球にとってはなじみ深いその場所で、九条 イチル(くじょう・いちる)は子どもの頃から夢見たお伽噺の世界が現実になっていることに興奮が止まらなかった。 「すごいすごい! 本当にジャックと豆の木みたいだっ! 子どもの頃、何度か本で読んだことあるんだよ!」 「ほう……地球の童話か」 イチルのパートナーであるルツ・ヴィオレッタ(るつ・びおれった)は、興味だけは感じているのか、遊園地を見回して呟いた。きっと、物珍しいのだろう。焔のような赤い髪を靡かせて、彼女は子どものように色々な物に感嘆していた。 「豆の木遊園地……なかなか楽しそうではないか。遊具が全て豆の葉でできているのも興味深いな」 普段は残酷かつ非道な一面を持つ彼女であるが、このように子どもっぽいところもあることをイチルは知っている。 「ねえ、ルツ、あれ知ってる? ジェットコースターって言うんだ」 「じぇっとこーすたー?」 「そう。こう、乗り物がコースに沿って走っていくんだよ! ……実は俺も乗ったことないんだ。一緒に行こうよ」 「ふむ……」 イチルに連れられるまま、ルツは彼と一緒にジェットコースターへと向かった。その後はお昼もそこそこに、フリーフォールからお化け屋敷まで、色々なアトラクションにチャレンジしていく。 お化け屋敷に関して言えば、ルツにとってはバカバカしいハリボテにしか見えないのか、スタスタとイチルを置いて先に行ってしまったが。 そうして一通りのアトラクションを楽しんだ二人は、やはり遊園地と言えばコレ! といった醍醐味――観覧車に乗ることにした。 「ほう……あれが観覧車というものか」 「そう。あれに乗って、こう回転しながら更に高いところまで行くんだ」 二人は他のお客が乗って回転している観覧車を見上げていた。 「ただ座っているだけだと? それは楽しいものなのか?」 「きっと楽しいよ! 豆の葉エレベーターで上まで来てるのに、さらに高いところにいくんだよ。……きっとすごい景色に違いないって」 座るだけ、という行為に気が乗らないルツを連れて、イチルは観覧車の列へと並んだ。順番が自分たちの番になると、ルツと一緒に隣同士で座る。 最初は宙に浮かんでいくことに戸惑うだけだった。しかし――やがてそれは、乗り物が90度を越えたぐらいから徐々に驚きへと変わり、そして…… 「うわぁ……」 まるで、天国から下界を見下ろすかのような不思議な風景に、イチルは感嘆の息を漏らした。それまでつまらなそうにしていたルツも、さすがにその景色には圧倒されている。 「ふむ……悪くない」 素直に口に出すのは躊躇われたのか。ルツはそう言って静かにほほ笑んだだけだった。 「あれ……ここのオーナーの夢安くんだよね? 追いかけっこでもしてるのかな?」 ふと、遊園地を逃げ回る夢安の姿が見えて、イチルは首をかしげた。もちろん、当の本人からしたらそんな楽しげな行為などではないはずだ。 振り返ると、同じように夢安たちを見下ろしていたルツの横顔が、ふいにイチルの視界に映った。ずっと封印されていた、焔のような魔女。小柄でかわいくも、それでいて冷厳な彼女の姿は今はただの女の子に見えた。 ……これって、デートかな? ふとそんな言葉が過ぎると、それからはまともにルツの顔など見れないほど頬が赤く染まり、意識すればするほどに、恥ずかしさは込み上げてきた。 「うん? 何をそんなに赤くなっておる?」 「い、いや、別に……」 「というかだな、イチルよ。夢安はただ追いかけっこをしているわけじゃないと思うぞ……」 「そ、そうかな……?」 呆れ顔で下を眺めるルツであったが、イチルはもはや、夢安のことなどどうでもよかった。 普段は、誘っても一緒に来てくれることの少ないルツ。そんな彼女が、今日は心から楽しんでくれていたら、それで良い。 「ねえ、ルツ」 「ん……?」 「今日は、一緒に遊んでくれてありがとう」 イチルの声にルツは返事を返さなかったが、穏やかなその顔は、きっと楽しんでいたからに違いなかった。 ● |
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