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●オペラハウスに大輪の薔薇咲く 〜クリストファーの戦い〜

 貴賓たちはホールに集まり始めた頃、クリスティーたち、オペラを上演するスタッフは舞台の裏にある練習室で最後の練習をしていた。
「今の音、遅いよ」
 クリスティーが言った。
 真剣な眼差しだ。
 第一バイオリンからコンマスの座を奪った少年は、ふだんは大人しいクリスティーの変わりようにビックリしている。
 クリスティーの集中の仕方は凄まじく、クリストファーも驚くほどだ。
 コンマ1のズレさえも許されないような、そんな気迫がある。
 決して怒鳴らないあたりが逆に怖かった。
 それもそのはずである。
 テスラの案であるレクイエムはひじょうに難しい曲であり、今回の一番のメイン。そして、その題名がどんな波紋を投げかけるのか、オケの団員は緊張を隠せない。
 でも、生への思い、亡き環菜への思い、タシガンと地球への想いが皆の力となって、短時間で仕上げたとは思えない仕上がりになっていた。
「開場です!」
 そこに開演を告げる生徒の声が響く。
「出番が来たね…」
 クリスティーは言った。
「そうだね」
 何かを思うクリスティーの様子に、クリストファーは肩を竦めてみせる。
 一同は立ち上がり、音楽室を出ると歌劇場に向かって歩きはじめる。
 向かう先は、オーケストラピット。
 視線と熱狂と評価の砲弾を受ける、我々の塹壕だ。
 皆は背筋を伸ばした。

 ざわめく歌劇場の音を聞きながら、ピット内に緊張が走る。
 歌い手たちは舞台袖に待機していた。
 全ての奏者が席に着くと、チューニングを始めた。そして指揮者の登場。
 開幕を告げる声(アナウンス)。
 幕の奥では、一番手のクリストファーが舞台の真ん中で立っている。次番のクリスティーは隣でパートナーを見つめていた。
 メサイアは歌い手たちの様子が気になるのか、クリストファーの元にやってくると微笑んで言った。
 指先でクリストファーのスーツの胸に挿したブートニアを直す。
「この舞台と言う名の戦場で、先陣を切り、貴族と戦えるのは貴方一人です」
 クリストファーはニッと笑うと前を見る。
「当たり前じゃないか。俺のこと誰だと思ってるの?」
 眩しいほどの大胆さに、メサイアは少し嬉しそうに微笑んだ。
 メサイアが去ると幕は開いていく。

 いざ、戦場へ。

 割れ鐘のような拍手の後、クリストファーは歌い始めた。
 戦えるのは、自分だけ。
 今は歌が全て。