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●アフタヌーンティーは会議と共に 

「2020年 薔薇の学舎 芸術祭実行委員会 第一回目の会議を行います」
 メサイア・ツェンデュ・エクゼビオは言った。
 本名は先に明記したとおりである。
 ここは自室とは別に与えられたメサイアの執務室。
 今日は会議と言うことで、置いてあったソファー類を退かして、大き目の円卓を置いていた。その上に青いアジュール刺繍を施した白いハーフリネンのテーブルクロスがかけられている。
 ボーンチャイナのティーカップの中には地球産の紅茶が注がれ、参加者の前に置かれていた。書類やファイルの邪魔にならぬよう、ワゴンの上にお菓子や軽食も用意されている。
 紅茶の香りが鼻先をくすぐっては消え、辺りに午後の雰囲気を漂わせていた。

 上月 凛(こうづき・りん)ハールイン・ジュナ(はーるいん・じゅな)ナンダ・アーナンダ(なんだ・あーなんだ)冴弥 永夜(さえわたり・とおや)クリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)クリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)オットー・ハーマン(おっとー・はーまん)
皆川 陽(みなかわ・よう)テディ・アルタヴィスタ(てでぃ・あるたう゛ぃすた)佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)清泉 北都(いずみ・ほくと)テスラ・マグメル(てすら・まぐめる)(蒼空学園所属)

 以上、15人の生徒の前に立ち、淀みなく述べたメサイアの秀麗な横顔を、ナンダ・アーナンダ(なんだ・あーなんだ)はじっと見つめる。
 イエニチェリになるためには努力は惜しまない。そんな態度だ。
 常に高みを目指すナンダとしては、分からない知らない事などあってはならない。
 「学ぶ」事は頂点に立つ真の一流になるためには重要な事。
 ナンダは自分はエリート意識が強く、いつか必ずイエニチェリになると信じていた。
 実際のところ、その自信に比例した学業の成績であった…が、少々配慮が足らず、いつも一言多い青年だった。
 そして、ナンダはずっと相手を観察していた。
 そんな彼の視線に気が付いたメサイアは、この柔らかな午後の陽射しのように穏やかに言った。
「…おや……どうかしましたか? さっきから、ずっと俺のことを見てるようですけども」
 何か質問でもあるのかなと言った風に、メサイアはふと頭を傾げてナンダの方を見た。
 強い赤みを帯びた薔薇色の長い髪が揺れる。
 制服は着ずに、しっかりとした仕立ての上品なスーツを身に纏っている。
 ナンダは少し芝居がかった物言いで返した。
「ボクはエリートだけど、祖国以外の芸術について造詣が深くなくてね。この機に学んでおこうと思ったのさ」
 そんなナンダの様子に、メサイアは微笑んだ。
 ナンダの直球のセリフに周囲の方が驚いたが、当のメサイアの方は気にもしていない。
「ああ、そうですか。何でも学んでいこうというのはよいですね。それで、今回の会議に参加したのですか?」
「薔薇の学舎は各国から集まったエリート揃いだし。今回の芸術祭もレベルの高いものだから期待しているんだ。
 何もせず外から眺めるより、こうして側で学んだ方が効率も良いはずだしね」
 屈することを知らぬナンダの眩しいほどの明るさに、メサイアは金色の瞳を細めて聞いていた。
 一つ頷くと、手元に置いたファイルを広げながら言った。
「そうですか…では、みんなで創っていきましょう」
「え?」
 ナンダはメサイアの言葉に目を瞬いた。
「どうしました?」
「創って…って、どういう…」
「えぇ、言葉の通りですよ。創るんです」
 ナンダは訳がわからず相手を見つめた。
 メサイアは微笑んでいる。
「外から眺めず、この輪の中に入ってきてくださったんですから」
 ナンダにとって、芸術とは外から眺めるものであり、自分が創る物だとは思ってもみなかった。第一、今回はオペラをするというではないか。自分はそのように歌えない。一体どうやって創るというのだろう。
 メサイアは続けた。
「私たちが集まった理由は、『オペラ』という総合芸術を表すためです。この芸術を表すためには、みなさんが必要です。
 もちろん、俺一人でもできません。あなた方が必要なのです。
 そして、一番最初にせねばならないことは、各部署の責任者を立てることにあります」
 今回はそれを担える人材をメサイアがセレクトし、その人物たちから希望者を募ったのである。
 実力の無い者もさることながら、『熱意のない者には、絶対にリーダーは務まらない』というのがメサイアの自論である。
 よって、ここに居る者は、熱意があるか実力があるか、または、両方ある者か、であった。
「じゃぁ、ボクは是非とも音楽を担当させてもらうよ」
 クリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)は言った。
 いつもの大人しいクリスティーとは思えないようなハッキリした態度に、パートナーのクリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)も少々面食らった。
「だって、【こけら落とし公演】に携われるなんて滅多に無い…ううん、それってありえないよ。メサイアさん。
 だったら、是非、ボクに歌わせて!」
 半ば必死に訴えかけるクリスティーを見つめ、メサイアは嬉しそうに笑った。
「はい。是非、貴方に歌ってもらいたいですね。貴方の『やりたい!』と思う気持ちが、きっと、この公演を成功させると思います。
 貴方が適任と、俺も思います」
 メサイアはクリスティーを真っ直ぐ見つめて言った。
 クリスティーは膝の上でグッと拳を握った。
 自分にとってのチャンスだ。
 とても良いチャンス。
 街中の劇場でこけら落とし公演を務めても喜びは得られるだろう。しかし、我が学舎での公演はそう滅多にあることではない。
 いつまで自分がここに居られるのか、この情勢でもあるし。実際、誰にとっても今日と言う日、明日と言う日があるとは限らない。
 そして――いつか、子供は大人になる。

(ボクは…歌う)

 クリスティーは決意した。
 そんなクリスティーの様子に、契約者のクリストファーは苦笑しつつ言った。
「クリスティーがそこまで言うのって珍しいよね。まあ、そう言う俺だって公演は楽しみだけど」
「クリストファーさんは歌われますか?」
 メサイアは訊ねた。
「もちろんだよ。今の自分程度でオペラハウスのこけら落とし公演に出られるなんて、非常に名誉な事だからね。絶対に成功に勤めてみせるよ」
「それは嬉しい限りです」
「そういってもらえるとこっちも嬉しいけどね、本当に大丈夫なの?」
「大丈夫とは?」
「俺たちは学生だよ。それも貴賓が来場するって…」
「そうですね。不安に思う方もいらっしゃるでしょうし、学生の身分で…というのもわかります。
 でも、ジェイダス様はそれでもこのオペラハウスを建ててくださいました。お考えがあってのことです。
 俺はそれに応えたいと思います」
 静かに言うメサイアの様子を、クリスティーはそっと、クリストファーの横から覗き見た。
 クリスティーはナンダと同様、イェニチェリを目指している。
 メサイアの人物についても感じ取ってみたいと、先程から彼は何を認められてイェニチェリになったのかを探るように見ていたのだった。メサイアの方もそういった視線には慣れていて。それを厭うこともない。
 メサイアはクリストファーの言葉を待った。
「わかったよ。俺も全力を尽くすからさ」
 クリストファーは納得がいったのか、頷いた。
 貴族相手に適当なものをやりたくないという、クリストファーの真面目さ、自尊心の高さからの発言だったのだろう。
 そんな部分が好ましいとメサイアは思った。
 やると言ってくれることが、何より嬉しいことだった。
「でも、来場する貴賓に合わせる必要があると思うけど。誰が来るんだよ? 地球側の人間?」
「いいえ、地球側の来客はありませんね。ここまで連れて来るのも大変ですし。蒼空学園の御神楽 環菜(みかぐら・かんな)女史が亡くなりましたから、地球側の方も自分たちのことで手いっぱいでしょうね」
「だろうねぇ…自らの死をトリガーにした為替・株式市場への破壊的介入、【御神楽大恐慌】が起きるかもって、冷や冷やしてたとは思うけどね」
 この情勢でやってくる貴族たちに披露するのなら手は抜けないとクリストファーは続けた。
 実際のところは、それも仕掛けていたかどうかも謎に包まれたままだ。
 ともあれ、地球側の来客が無いことには変わりはない。
 貴賓がシャンバラ種族なら、嗜好に会う演目を選ぶのはそれなりの人間がいい。クリストファーはメサイアを見た。
「で、演目は何にする? 相手の好みに合わせるのが一番だけど。そういった情報は無いのかな?」
「いらっしゃる方の好みは…ほぼ、オールマイティーですね」
「え?」
「今回お呼びする招待客の方は、地球側の音楽に興味はおありのようで、色々と聞いていらっしゃるようです。
 まあ…何をやってもOKでしょうね。女性の方もいらっしゃいますので、優雅な曲の方が良いかもしれません」
「ストライクゾーンが広すぎてわからないよ!」
「そういったものを選ぶのは難しいですよねぇ…ちなみに、クリストファーさんはやってみたいものはありますか?」
「俺?」
「ええ、そうです」
「やってみたいものはあるけどさ…声域をカバーできるか…保証できない」
 クリストファーは薔薇の学舎に入学する直前に声変わりがあり、以前の声域では歌えなくなっていた。
「おや、そうですか。でも、やってみたい気はあるんですよね?」
「…ある。でも…」
「では、やってみたら良いと思いますよ」
「時間が無いんだよ!?」
「ありませんね。でも、ご自分の舞台を持つことが出来るのに、冒険はしないんですか?」
「……」
「どうです?」
 メサイアはクリストファーを見た。
 ただ静かに見つめるばかりだ。
「だって…声が変わっちゃって…難しいよ」
「やりたいですか? それとも、無難な方でいきますか?」
「それは…。できるならやりたいね。だって、昔の声域で歌えるものは歌い込んで慣れてるし…」
 歌は慣れもある。しかし、根本にあるのは『好き』という感情だ。
「では、まずチャレンジしてもらえないでしょうか? 学舎にとっても、貴方が恥を掻くような事態を望みませんし、俺も嫌です。
 でも、俺は貴方に輝いて欲しいんです」
「リスク…高いよ?」
「構いません」
「本当にいいのか?」
「ええ、勿論です。『無難』という言葉に輝きはありません。美しくないものに、ジェイダス様は心を動かされることは無いでしょう。
 俺は庭師と同じです、花に水をやり、土を耕し、世話をするだけです。
 輝くのは、貴方です。俺ではありません」
「そうか…わかった。じゃぁ、歌劇『ジュスティーノ』から Vedro con mio diletto 〜この喜びをもって会おう〜を歌うことにするよ」
「あぁ、それはいいですね! とても良い曲です。バロック音楽は貴賓の方がお喜びになるでしょうね。チョイスする曲のセンスはさすがです。
 私は『オリュンピアス』の 〜君の眠る間に、愛の神よ、かき立てよ〜 なんかも好きですねえ」
「あぁ、それ? いいんじゃないかな」
「では、お願いしますね」
「お願いしますってさ…声が出るかわからないよ?」
「そうですか? クリストファーさんの首は細いですから、練習すれば出るようになりますよ」
「そんな簡単に言わないでくれる!?」
「ふふ…そうでもないと思いますよ? どこに音を当てるか、それに慣れるかだけですから、きっとクリストファーさんはできます」
「ホント…簡単に言うよね」
「信用してます」
「人を簡単に信用していいのかな」
「裏切る気はないんでしょう?」
「……痛いところを突いてくるね。まあ、クリスティーも本気になってるし、頑張らせてもらうよ」
「お願いいたしますね」
 メサイアは嬉しそうに笑った。
「では、クリスティーさんはどうしますか?」
「ボク?」
「ええ……やってみたいものはありますか?」
「やるなら…温かいものが良いな。女王誘拐に、ろくりんピックでの御神楽環菜の暗殺。起きる事件が大きすぎるよ。
 これなら、タシガンに不穏な空気が流れても仕方ないね。ボクはシャンバラ人だけど、地球人がタシガンの街角で事件に巻き込まれるなんて嫌だから。せめて、その日ぐらいは不安な気持ちを忘れたい。そういう優雅な曲をセレクトしたいな」
「そうですか…では、ドヴォルザーク作曲の『新世界』から「家路」〜遠き山に日は落ちて〜のイングリッシュバージョンなんか如何ですか?」
「新世界…家路…。あぁ、あの曲…そういえば地球人の、特に日本人の子が良く歌ってる。馴染み深いね…」
「でしょう? 平和な雰囲気にはピッタリですし…それに」
 家路っていいですよね? と、メサイアは笑っていった。
「あとは誰かいませんか?」
「俺様も、ステージに立ちたいんですよ」
 そう言って手を上げたのは、南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)
 今日は会議とあって、いつもの口調は押さえ、クールに決めようとしていた。
 メサイアの方は初めて会う相手なので、普段の程はわからない。それが南臣にとって普通の口調なのだろうと思い、気にせず話しかけた。
「えっと…南臣さんですね。歌の経験はあるのですか?」
 かなり痛いところを突いてきた。それでも南臣は余裕の表情で返す。
 元気だし、顔はそこそこだし、何より南臣は声がいい。
 舞台栄えしそうだと思いながら、メサイアは南臣を見た。でも、どこか可愛い感じがするのは、やんちゃなイメージを受け取ってしまった所為かもしれない。
「俺様だって真面目にヤルときもあるんです(たぶん)」
「はぁ?」
「いや……そこは気にしないでクダサイよ」
「そこって、どこですか?」
「まあまあ…(いや、だからそこは突っ込むな)…それはともかく、名案があるんですよ」
 南臣は膝を打って言う。
 ん? とメサイアの動きが一瞬止まる。
「名案…ですか」
「そう、それは『勧進帳』の名シーンですね。主君打擲、飛び六法! …良いだろ??」
「あぁ、日本の…名場面ですね…おや、口調が」
「はッ!」
「ふふっ……自然体の方が良いですよ、疲れませんし」
「あ、バレてた?」
「えぇ、色々と。仕草に出るものですよ」
「どこでバレたんだろうなぁ…チェッ」
「さあ、どこでしょう? 勧進帳なら貴方の祖国である日本の文化ですし、ジェイダス様もお喜びになると思いますよ」
「そうか…あ、そうそう。他にも仕掛けを考えててさァ」
「仕掛け?」
「そう! 冬季ろくりんピック開催資金集めバージョン! どうだ!!」
 南臣は胸を張って言った。
 ふんと胸を反らせて言う仕草が活き活きとしていて、思わずメサイアは笑みを零す。
「冬季……ろくりん…あぁ、なるほど」
 面白そうにメサイアは言った。
「最後はあんなだったけどさ、面白かったんだよなぁ」
 遠くを見るように南臣は言う。
 今回、この話をメサイアにするのに、南臣はろくりんくんことキャンディス・ブルーバーグに事情を話していた。
 次回があるならとても楽しいことになるだろう。そう思っての南臣の行動だった。
 メサイアにも、その気持ちはわからないでもない。
 事件は悲しいことではあったが、メサイアも執務室でオリンピック気分を楽しんでいた。冬季があるなら、ぜひ楽しみたいと思うのであった。
「それがしも頑張るでござる!」
 オットー・ハーマン(おっとー・はーまん)も胸を張って言う。
 メサイアは頷き、メモに書き込んだ。
「では、勧進帳はお任せします。オペラの合間に楽しい演目もあって良いと思いますし。あとでシナリオを持ってきてくださいね…チェックしますから」
「ここに持って来れば良いのか?」
「そうですね…出かけていることもありますし。誰か補佐に入ってもらった方が良いですね」
 そういうと、メサイアは辺りを見た。
 手を挙げる者がいる。上月 凛(こうづき・りん)だ。
 凛は先程からメサイアと実行班の班長との間に入る連絡係が必要と考え、話を聞きながらリストを書いていた。
「えっと、君は上月 凛…さん、だったね?」
「うん。メサイア…さんは…」
「ん?」
「えっと…」
「何かな?」
 言い淀んだ凛を見つめ、メサイアが言った。
「何て呼んだらいいか…」
「そういうことか。別に良いですよ、呼びつけでも、何でも。ただし、お客様とジェイダス様、ラドゥ様の前では止めて下さいね。俺が叱られます」
「わかった…じゃぁ、メサイア」
「はい、なんですか、上月?」
「え?」
「ふふ……俺は親しい相手には苗字で呼びますよ。それで良いですか?」
「あ、うん」
「では、上月。貴方のご意見を」
「えっと…オペラ上演と貴賓のおもてなし係と警護とがうまく連携しないといけないと思う。芸術祭全体がスムーズにいかないんじゃないかと思ってさ」
「なるほど」
「だから、その為に必要な情報を収集してそれぞれに伝達したりとか、それぞれにまたがるような雑用をする人間が必要だし…」
「結論から行きましょうか。その方が時間のロスが少なくて済みます」
「えっと…自薦しても、いいかな?」
「構いませんよ」
「とりあえず、まとめ役はメサイアだろうから、メサイアの所にそれぞれのグループから報告が上がってきた後、また指示が出せるように連絡手段を用意しないとだよな。だから、僕がそれをやろうと思ってるんだけど」
「なるほど」
「ざっと思いつくまま書いてみたんだけど…」
 そう言って、凛はメサイアにメモを見せる。
「学園祭全体のタイムスケジュール、えっと、校長先生とかの行動予定、貴賓の人数と名前と顔、貴賓の来る時間と帰りの予定、オペラの内容とか開演と終了の予定、オペラハウス内の通路や施設の配置とその周囲の庭園の図面、裏方それぞれの人数、裏方用の更衣室や休憩室の確保……」
「おや、短時間でよくまとめましたね」
「そうかな…」
「えぇ、十分です」
「では、上月に補佐を頼みますね。あと、貴方のパートナーにも手伝ってもらいましょう」
 そう言って、メサイアはハールイン・ジュナ(はーるいん・じゅな)に微笑みかけた。


 補佐がに決まり、話が進もうとした時、手を挙げた者がいた。
 蒼空学園所属、テスラ・マグメル(てすら・まぐめる)である。
「すみません、演目が4つでは少し寂しいと思います。合唱などを入れてはいかがでしょうか」
 テスラは言った。
 学校経由で話を聞きつけ、薔薇の学舎に足を運んだテスラは大きめのジャケットを着ていた。少々、暑そうに見える。
「えぇと…蒼空学園のテスラさん…ですね」
「はい」
「合唱ということですが、何か案はありますか?」
「タシガン貴族の方が折角いらしてくださるのですから、薔薇の学舎らしい、そして、タシガンらしい音楽もご披露してはいかがですか?」
「なるほど…それは名案ですね。具体的にはどんな曲でしょう?」
「ジュゼッペ・ヴェルディの『レクイエム」です」
「ほう…なかなかに…挑戦的な選曲ですね」
 わかりにくい表情でメサイアは言った。
「レクイエム??」
 クリストファーは目を剥いた。
「それって、タイミングが良すぎるよ。題名を聞いて貴賓が動揺するよ!」
「でも、曲は素晴らしいです」
 テスラは言った。
「不謹慎…」
「荘厳かつ、学舎に合い、タシガンらしい音楽と思いますけど」
「それはわかるけどさ! 相手は貴族。しかもこの情勢に?」
「曲自体は重厚で、タシガン貴族の方々の好みに合いそうなんですけれど…要はタイミングですね」
 メサイアは呟いた。
 テスラの演目、『レクイエム』の作者ジュゼッペ・ヴェルディは、イタリア統一運動の時代にオペラの第一人者であった人物。
 ヴェルディの作品は期せずしてイタリア人の愛国心に共鳴している。
 それを考えると、この演目は悪くないのではないかと思えた。
 この曲は題名と反して、ひじょうにエネルギッシュで生を感じさせるという評価が高い曲でもある。
 先日の事件と連想すれば不興も買うだろう。だか、華麗で荘厳なこの音楽は他の曲と比較することは出来ない。むしろ、この曲をもって、我々の意識を高めても良いのではないか。
 皆は考え込んだ。
 これには、別に問題があって、中高一貫、大学部込みで総勢500名程度の薔薇の学舎では、音楽科の人数だけでは足りない。
 レクイエムは合唱の人数がやたら多いし、女性パートもあるのである。オケと合唱の人数が足りず、他校生徒の力を借りないとできない状態にあった。
 それをメサイアが説明すると、佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)がふいに手を挙げた。
 調理担当には佐々木が良いと校長からのお達しで、佐々木は呼ばれていたのだった。
「今回は調理の手伝いにイルミンスールの本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)さんを呼ぶつもりなんですがねぇ」
 佐々木はのんびりと言った。
 友人である本郷涼介は今回の芸術祭に佐々木の口添えで、料理人として参加させてもらうことが決まっていた。
「我が薔薇の学舎のため、イルミンスールに協力をたのむのはどうでしょうか。校長先生から頼んで頂ければ、話も通しやすいのではないかと思いますけど」
「そうですねぇ…ただ、ジェイダス様の名を出すのは申し訳ありませんからね」
「では、イルミンスールの校長に招待状を出して、その中に協力を頼む手紙を同封したらどうでしょうか。私たち生徒の気持ちをわかってもらう努力はしたいんですよ」
「そうですね。それなら良いかもしれませんね」
 メサイアは頷いた。
 そして、クリストファーに向き直る。
「では、クリストファーさん。舞台の方を頼みます」
「じゃあ、こっちは任せておいて」
 クリストファーは言った。
 だが、クリストファーの方は、それが【オケも一緒に】ということに気が付いていなかった。

「で、当日の警護はどうなってるんだ?」
 ヴィナ・アーダベルト(びな・あーだべると)は言った。
 外見は派手めに見えるが、中身は実直。ルドルフの世話を焼くなど、優しい一面を持つ人物である。
 この度も、警備の心配をして会議に参加したのであった。
「貴賓の顔と名前は必ず一致させておく必要があると思って、今日の会議に参加したんだけどさ」
 リアリスティックな意見が出る。
 それについてメサイアは説明した。
「タシガンの警察機構でもあるシャンバラ教導団に手伝ってもらう必要があると俺は思っています。それはこちらで連絡しますが、後々の連携は警備担当者に動いてもらいます。なお、警備担当責任者は藍澤です」
 メサイアは言い、先に用意してあったファイルを配り、見せた。
「大変だとは思いますが、当日までに【全ての出席者の名前と顔を覚えて】ください」
「全部?」
「そうです、全部」
「如何な理由があろうとも、招待するお客様の顔を忘れることは許されません。接待にも、警護にも支障が出ます」
「確かにそうですね」
 そう言って、清泉 北都(いずみ・ほくと)はファイルを食い入るように見る。今から覚えてしまおうという意気込みを感じた。清泉は、配膳と貴賓への接待を担当するのだ。
 メイド役は皆川 陽(みなかわ・よう)テディ・アルタヴィスタ(てでぃ・あるたう゛ぃすた)がかってでることにしていた。
「ここにいるのは、全ての業務の責任者、リーダーです。警護にかまけて、本来するべき業務も忘れてはいけません。同時進行は大変でしょうが必須事項と心得てください」
 メサイアは言った。
 その言葉に皆川は縮み上がる。
「どうしよう…できるかな?」
 陽はパートナーのテディに小声で話しかける。
「大丈夫、僕が動くし。陽は見ててくれればいいんだよ」
「そっかなぁ…はぁ」
 パートナーに慰められ、それでも最善を尽くすことを陽は決意した。
 本心はやはり怖いと思っているのだが、パートナーにだけ動いてもらうわけにはいかないと頑張ることにした。
「必要な人材、資材、経費についての相談は俺の方へ来てください。連絡が取れない時は、上月に連絡してくださいね」
 メサイアは言った。
「え?」
 ふいに名前が出て凛は驚いた。
「補佐ですから、当然です。上月、貴方に携帯番号をお教えしておきましょう」
 メサイアは凛に携帯番号を教えた。
 つまり、必要な情報と不必要な情報を、凜が振り分けろということだった。一本の電話に数人がかけまくると、他の仕事もあるメサイアが動けなくなる。それを避けるためだ。
 メサイアは凛の賢さを見抜いていたため、それを凛に託した。
「では、本日の会議はこれで終了とします。詳しいことが決まり次第、上月か俺の方に連絡を下さい。大抵は、この執務室にいます…お疲れ様でした」
 そう言うと、メサイアはよろしくお願いいたしますと皆に頭を下げた。